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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第2話 漸進 第2章

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06 どうするんです

 思いがけないものを見たとき、人は瞬時、反応に迷うものなのである。 

 〈青燕〉亭の暫定料理長は、そのときも調理の手をぴたりととめて、まじまじとそれを見てしまった。

「焦げたもんを食わす気か」

 「それ」に言われ、一(リア)そうしてやろうかとも思った。

「何だよ。俺は何もやってねえぞ」

 トルスは気に入らない親戚の町憲兵をじろりと睨みながら、調理を再開した。

「人々の平穏を乱すだけじゃ飽き足らず、善良な街びとを脅しにでもきたのかよ」

「俺を何だと思ってるんだ」

 ビウェル・トルーディは親戚の若者を睨みつけ返した。

「やってない犯罪で捕まえにきたんじゃなければ、何の用だって?」

「お前が作ってるのは何だ?」

「……まさか、食いにきたと言うんじゃなかろうな」

 ファドックがやってくるより有り得ない。

「俺じゃない。ラウセアがどうしてもとうるさいんだ」

 ビウェルが振り返らずに背後を指すと、席を取った若い町憲兵が気づいてトルスに手を振った。

「わざわざ別の屋台で買うのも面倒だ。ふたつ、寄越せ」

「……金は払えよ」

「当たり前だろうが。こちとら、『町憲兵さんからお金をいただくなんてできません』なんて戯けたことを抜かす店主は怒鳴りつけることにしてんだ」

「あっそ」

 ビウェルが言うのは、町憲兵がそうしたことに()れ、いずれ犯罪者から賄賂を受け取るようなことにならないよう予防線を張っているということなのだが、トルスはそんなことに興味はないし、それどころか、人の好意――殊、ビウェルに対して好意を持つなど的外れだが――に文句を言うなんてやっぱり横暴町憲兵だ、と思った。

「でもラウセアが? 何で?」

「お前の友人の嬢ちゃんがやたら褒めるんだと。そんなに美味いのかと訊いてくるから知らんと言うと、是非一緒に行きましょう、ときたもんだ」

「ナティカか」

 少女と若町憲兵は話が弾んだらしい。飯屋の話などあまり色気がないが――いや、ラウセアに色気があれば相棒ではなくナティカを誘う口実にするはずだ。ナティカからそうしたっていいだろう。〈青燕〉は逢い引き(ラウン)に向く店ではないが、きっかけにはなる。

 つまり、話は弾んだかもしれないが巧い方向には進んでいないな、と少女の友人は気づいて苦笑した。

「はいよ、二人前、できあがり」

 トルスは手元の木皿にぱぱっと炒め飯(タナザ)を盛りつけ、金額を告げた。もちろん町憲兵は、きちんと支払った。

「おい」

「何だよ。釣りはねえぞ」

「そんなことを言っているんじゃない」

 ビウェルは仏頂面を見せた。

「お前」

 言いかけて、だが続きがない。

「何だよ」

 トルスは繰り返し、不審を顔いっぱいに浮かべてビウェルを見た。

「……まあ、頑張れや」

 そう言うと町憲兵は踵を返した。トルスはぽかんと口を開ける。

 この男が彼を応援するような言葉を発するなど、何かの間違いか。聞き違いか。それとも、世界の終わりが近づいているのか。

(親父のこと……)

(知ったのか)

 ロディスはどうした、などと訊いてこないのはビウェルらしいような、いや、祝い(・・)の言葉ひとつ口にしないのは、らしくないような。

(頑張れだって?)

 いったいどういう意味なのか。

 意味など、ひとつしかないようだが。

(……クソ)

 トルスは何だか悔しいような気持ちを抱いた。

(何かしら反応を返してやるべきだった)

 そんなことを思ったのだ。

(ざけんな、てめえに言われる筋合いはねえ、でも)

(……礼でもよ)

 くそう、とまた思った。

「兄ちゃん、ひと皿くれや」

 だが複雑な思いに入り込んでいる暇はない。新たな客人に、料理人は「毎度」と答えて仕事の続きをした。

「熱心にやってますねえ」

 若い料理人の働く姿を見ながら、若い町憲兵はにこにこと言った。

「これもすごく美味しい。ナティカ嬢が褒めるだけあります」

 ラウセアは木杓子で軽く皿を叩いた。細かく刻まれた野菜類と下処理をほどこされた魚介類を具にした炒め飯(タナザ)は、飯粒が潰れることなく仕上がっていて、若い町憲兵は感心した。味付けはどちらかと言えば濃いめであったが、労働者には歓迎されるだろう。

「は。こんなもん、誰が作っても同じだろうに」

「本気で言ってるならビウェル、あなたは味覚音痴です」

 きっぱりとラウセアは言った。

「炒め飯の酷いのは、ものすごく酷いですよ。材料が混ざってなかったり、塩の固まりがあったり」

「そりゃ極論だろう」

 ビウェルは呆れた。

「ま、公正に言ってこれは悪かないが、絶賛するほどでもない、ってとこだな」

 それはあなたの場合、最大級の賛辞ですね――とラウセアが思ったとしても、青年はそうは言わなかった。

「ときに、ビウェル」

 その代わり、青年は木杓子を動かしながら言った。

「どうするんです。ヴァンタンのこと」

「ああ、どうするかな」

 年嵩の町憲兵は唇を歪めた。

 ヴァンタンが詰め所にやってきたのは、昼前のことだ。

 ちょうど巡回に出ようとしていたビウェルとラウセアを捕まえると、いきなり「自分を雇ってくれ」ときた。

 曰く、これまでのように掴んだ話を彼らに伝えるだけではない、何かを探れと言われたら従う、と。

 正直なところ、ビウェルは面食らった。

 ヴァンタンが言うのは、「町憲兵隊への協力者」の分を越え、ビウェルらのために――金で――動く情報屋(ラーター)になるということである。

 規定の礼金も要らないと言いかけた男が、どういう心境の変化なのかと思えば、子供がふたりになるかもしれない、との話だった。確かにそれは、予定よりもかなり金のかかることだろう。

 そして、もし育てられないと判断すれば――死産だったことして殺してしまうだとか、闇の商人に売るというような話も、珍しくない。

 それはもちろん許されることではないが、そういった者たちも好き好んでやるのではなく、やむにやまれず行う。

 ただヴァンタンは、そうしたことをかけらも考えなかったようだった。そこは非常に彼らしいと言える。

 だが同時にこの要望は、ビウェルが疑いを持てば、ヴァンタンが無実だと考える人間でも反対をせずに犯罪の証拠を探すということで――それはあまり、らしくなかった。

 ビウェルは返答を保留し、繰り返し頼んでくる青年をしつこいと一喝して、心配そうな顔つきのラウセアと巡回に出た。


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