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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第2話 漸進 第1章

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11 彼は僕を気に入ったようなので

「どういう経路でどういう薬を手に入れた」

 吐け、とビウェルは言った。

「ルキンです」

 簡潔にファドックは答えた。

「鎮痛剤というようなことでしたが、判ったものじゃない」

「ほう?」

 男は片眉を上げる。

「ありゃご立派なお医者様として通ってるようだがな。お前は何を知ってる」

「その前に」

 あくまでもファドックは、自分が尋問をされているのではなく、対等に話しているという姿勢を保った。

「立派な医者にもしも何か疑いが上がったとき、あなたは公正に調査し、犯罪が確定したら捕縛できますか」

「ガキ」

 今度はビウェルは、ファドックの頭をはたいた。いや、はたこうとしたが、今度は少年もそれを避けた。町憲兵は顔をしかめる。

「ガキがナマ言うな! 教育のない奴も腹が立つが、ありすぎるのも腹が立つ」

 要するにファドックは、権威だとか金だとか、そういったものに惑わされることはないか、と念を押したのである。成人したばかりの少年が、彼の倍以上生きている男に言う台詞ではない。その辺りを理解して、少年は謝罪の仕草などしたが、それは却ってビウェルの機嫌を損ねたようだった。

 かと言って町憲兵が、聞く耳を持たないということはなく、そうと見て取ったファドックはだいたいのところをビウェルに伝えることにする。

 ロディスが倒れたというくだりに、町憲兵はただ眉をひそめた。トルスが穿ち過ぎたように喝采をするほどのことはなかったが、特に案じているという風情でもなかった。

 少なくともビウェルにとっては、従妹を不幸にした男の健康状態よりも案じるべきことがあったのである。

「――その瓶はどうした」

 まず町憲兵は、そう言った。

「信頼できる医者に預けてあります」

「馬鹿野郎、簡単に誰かを信頼なんざするな!」

 ビウェルは怒鳴った。

「奴の交友関係がどう広がっているかも判らんのに」

 忌々しいとばかりに男は舌打ちをした。

「もしもステート医師に何か問題が発覚しましたら、どうぞ僕もまとめて捕縛を」

 ファドックがそう応じれば、やはりビウェルは生意気で気に入らないガキだという顔をした。

「まあ、その医者のことは一旦、置く」

 思いがけず町憲兵が引いたようであることに少年は瞬きをしたが、もちろんと言うのか、ビウェルは引いたのではなかった。

「俺がいま聞きたいのは瓶の形状だ」

「それなら」

 小さく細長く底が丸い――と描写をすれば、ビウェルは意気込んだ。

「中身は! どんな色だ」

「薄茶、と言うところです。瓶ではなく杯に入っていれば、カラン茶か何かだと思うかも」

 ファドックは知らず、ヴァンタンの描写とよく似たことを口にした。町憲兵は、片手の拳をもう片方の掌に打ち合わせる。

「ガキ。お前はその瓶が間違ってもなくならんようにしろ。うっかり紛失なんざさせるな」

「判りました」

 ステート医師をルキンの仲間であるかのように考えているらしいビウェルの発言に、しかしファドックは反論を控えた。町憲兵の立場では、それをも念頭に置くべきこと、理解できるからだ。

「飛べる薬としてガキどもに。痛み止めとして病気の爺にか。クソ医者め」

 町憲兵は罵りの言葉を連発した。

「ここで止めんと、次にはどこに手を広げるか」

「飛べる、薬」

 繰り返したファドックは、だいたいのところをほぼ正確に推測した。

 即ち、同じもの――少なくとも同じように見えるものが、違法性のない享楽的な薬物として、若者たちに売られているということ。ロディスにのみならず、ファドックとトルスにと言ってきたことも、それなら意味が通じる。

「どうやって止めるんです」

 しかし、と言おうか。少年は――少年らしくなく――ここで推理をひけらかすことはせず、ただそこを突いた。

「違法でなければ、法で取り締まることはできないでしょう」

「ぎりぎりで網をくぐり抜けりゃ無罪か?」

 ビウェルは、自身が明確にしていない事情にまで少年がついてきていることに気づくのか気づかぬのか、そうとだけ返した。

「そうは言いたくありません。町憲兵としてその発言はどうか、とも言いませんが」

「言ってるじゃねえか」

 ビウェルは面白くもなさそうに笑う。

「『町憲兵としてどうか』ついでに、公の場では言えん俺の考えを話してやろう」

 男の声は低くなった。

「――法では奴を吊れなくても、社会的には殺せる。職場、自宅、知人宅、白日の下で徹底的に調査し、動かぬ証拠を手にする。『法に触れない』と言ったところで、意図的にすれすれにしていることは明らかだ。以前と全く同じ関係を続けようと思う奴はいない。真っ当ならもちろん、後ろ暗くてもな。自分が同じことをされちゃ一大事って訳だ」

 そう(・・)しようと思って捜査を進めたことはない。町憲兵が捜査をする目的は容疑の確定、捕縛、裁き、刑罰だ。

 軽犯罪であれば罰金、拘置といったところまで彼らの仕事だが、人死にの関わる重犯罪になれば、町憲兵隊の手を離れて裁きが行われる。

 その段になって容疑が覆るということは基本的になく、有罪無罪を判定するのは実質、町憲兵だった。裁きは犯罪に対する罰を決める場にすぎない。

 そうなると、絞首刑にできるほどの罪か、強制労働所送りか、それならば何年か、何にせよ適正な罰が与えられるよう、そのために捜査をする。そういったところだ。

 だが今回に限っては、現在上がっている疑いが全て確定しても、罪には問えない。

 だから、二度と企めぬように、してやる。

 ビウェル・トルーディが言うのはそういうことであった。

 ラウセアが聞いていれば、激しく憤っただろう。ビウェルの言うのは、まるで腹いせのようなものだと。結果としてそういったことが起きてしまうのは仕方がないが、目的とするべきではない、などとも。

 限りなく黒に近くても、「犯罪」として立証できない以上は白であると、それがラウセアの姿勢だ。一方でビウェルは、黒に近ければ黒と考える。

 それは彼を強引な捜査に導き、結果として冤罪を作り出すこともあった。

 だがビウェルはやり方を改める気はない。

 ラウセアの理想は、正論と言えば正論だろう。町憲兵が法を遵守せずにどうするのか、という訳だ。

 だがそれは、誰も欲をかかず、憎み合わず、自らを律し、互いに譲り合うことが当然という人間だけが存在する世界においてのみ、通ずるものである。裏をかき、他者を引きずりおろし、自らの利だけを望む、そんな人間がたとえわずかでも存在する以上、同じやり方をすることが必要だ。

 法の目を抜けて犯罪すれすれのことをやる人間がいるなら、裁きに拠らない罰を与える。

 絞首刑の代わりの、社会的制裁――社会的抹殺。

「これが俺の姿勢だ、ガキ」

 沈黙が降りた。

 町憲兵がこれだけのことを言うのは、「クソガキ」と罵りながらも少年の賢さを認め、同じ川岸にいることを見て取ったからだ。

 それでもまだ子供、とビウェルは、ファドックがまるでラウセアのように「そういうやり方はどうかと思います」とでも言ってくるかと考えた。

「お忘れのようですので、もう一度言いますが」

 しかし少年は、肩をすくめてこう続けた。

「僕はファドック.ソレスと言います」

「お前なんざ『クソガキ』で充分だ」

 唇を歪めて、町憲兵は素早く返した。それだとトルスと区別がつかないんじゃないですか、などとファドックは言った。

「もっとも、僕の方でも、トルスがあなたを何と呼んでいたかはっきり覚えていないんですけれど」

「俺の名前なんざ知ってどうする。粗暴で粗悪、町憲兵の資格なしとどこかに訴え出るか」

「『熱心で話の判る人』と申し上げましたよ」

 あれは皮肉でも嫌味でもありません、とつけ加えた。

「名前を教えてもらえませんと、詰め所であなたを呼び出したいとき、『熱心で話の判る町憲兵さん』としか言えませんけど。それでもいいですか」

「ビウェル・トルーディ」

 仕方なさそうに、町憲兵は名乗った。

「いちいち、腹の立つガキだ」

「何とでも」

 少年は肩をすくめた。

「では、セル・トルーディ」

「ラウセア二世め」

 またもビウェルはそう呟いたが、不審そうなファドックに何でもないと手を振り、続けろと言った。

「薬の作り手が作用を知らないはずがない。そういう話でしたね」

「ああ。当然だろう」

「ええ。偶発的にできたのでなければ、それはもちろんのことだ」

 ファドックはそっと息を吐いた。

「僕はルキンに教わろうと思います」

「……何?」

 町憲兵は眉をひそめた。

「賢いふりに長けてると思ったが、真髄は馬鹿か?」

 限りなく黒に近い男に、あれは危険な薬ですかとかどうやって作ったんですかとか問おうと言うのか。ビウェルがそういう意味合いに取ったことはファドックにも判った。

「いきなり訪れていって、疑いを口にしようってんじゃありません。僕が言うのは」

 ファドックは、じっと町憲兵を見た。

「あなたがほのめかすように、あちらへこちらへと出回っているものであれば、ひとりで作っているとは思えない」

「そうなるだろうな」

「複数の手下(てか)がいる、ということになります」

「んなこたあ、ご指導いただかんでも判ってる」

 苦々しくビウェルは返した。

「瓶の件、肝心の中身、決め手はほしいが、ルキン自身から受け取ったというのならお前は重要な証人だ。明日にでも詰め所で話を――」

「お受けできません」

 ファドックは答えた。少年を「ラウセア二世」と考えていたビウェルは、予想外の返答にぽかんとする。

「何、言い出しやがる」

「ですから」

 少年は指を一本、立てた。

「僕はルキン先生(・・)に教わろうと思う、と言ったんですよ。いくらか反抗的な態度を見せたので難しいかもしれませんが、何故だか彼は僕を気に入ったようなので」

「……おい。ガキ。妙なこと、考えてねえか」

「心にもない追従を言うのは得意ではありませんが、どうにかなるでしょう」

「おい。こら。ふざけるな」

 町憲兵はとめようとしたが、少年はとまらなかった。

「彼に近く寄り、尻尾を掴みます」

 さらりとファドックは宣言した。


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