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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第1話 発端 第3章

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09 一生なぞない

「やはり、知ってるな」

「まあ、ね。直接知ってる訳じゃないが」

「評判は」

「いいのと悪いのと……いいや、やばいのと、両方」

「ふん」

 案の定、という辺りだ。

「〈一本角〉の船長とルキンには関わりがある。あの場に、ルキンもいたんだ」

 ビウェルは簡潔に、状況を話した。

「知人が海に落ちて溺れてる。なのに、医者はそのままとんずらさ。いい人のふりをするつもりもなし。いまさら悪評はものともしないってところか」

「密輸船の船長とねえ。……何か企んでるんかな」

「おい」

 ビウェルは聞き咎めた。

「何を掴んでる」

「その前に、旦那の依頼を最後まで聞こうか」

 ヴァンタンは両手を上げ、そっちが先だと言った。クソ、とビウェルは呪いの言葉を吐く。普段ならふざけるなと一喝して終わりだが、今日はそうはいかない。

「あの船はしばらくアーレイドにきていなかった。だが航海記録を見れば、これまで停泊してきた港は知れる。根城は長いこと、北方陸線の方だった」

「ずいぶん下ってきたもんだな」

「大型船なら、珍しくない。〈海の鈴〉号なんかはよく行き来してる」

 これは非常に真っ当な商船だった。

「ちょうどいま、きてるな。……もしかして、旦那」

そうだ(アレイス)

 ビウェルは嘆息した。

「〈海の鈴〉の乗組員をとっ捕まえて、何か聞き出せ。〈一本角〉の船長の噂や、もしルキンも北からやってきたようなことがあれば……」

 望みは薄いが、皆無ではない。

「成程ね。旦那じゃ、顔が知られてるって訳だ。でも、ラウセアならそれほどでもないだろ。彼にやらせればいいんじゃ」

「あいつにそんな応用が利くか」

「俺なら利くと思ってくれた、と」

「嬉しそうに笑うな。気分が悪い」

 本当に、心の底から、気分が悪い。ビウェルは内心で罵りの言葉を吐き続けていた。情報屋として稼いでいる連中ならともかく、ヴァンタンは自身が言うように「ただの善良な一市民」だ。そんな人物に――いや、よりによって、この男を頼りにすることがあろうとは。

「ま、確かに〈海の鈴〉みたいな船の奴となら、呑気に会話をしても危ないことはないな」

 うなずいて、ヴァンタンは笑った。

「旦那も気にしぃ(・・・・)だねえ」

「お前もアーレイドの市民なんだから仕方ない」

 ぶつぶつとビウェルは言った。気に入らなかろうが腹立たしかろうが、彼はヴァンタンを守る立場なのである。

「了解、旦那。成果が見込めるかは判らないが、やってみるよ」

「待て」

 思わずビウェルは片手を上げ、ヴァンタンは目をしばたたく。

「何だよ?『引き受ける』ことにまで文句言うのか?」

「お前、こういうのは報酬の話を聞いてから決めるもんだろうが」

「は?」

 ヴァンタンは瞬きを繰り返した。

「報酬払おうっての? 俺に?」

「無償でやろうって訳か?」

「だって。旦那から頼まれるなんて、今後一生のつき合いを考えても」

「一生なぞつき合うか」

「あと一回あるかないかだろ」

「もう二度とない」

「貴重な体験。金なんか出されなくたって引き受けるよ、旦那」

 ヴァンタンは、合間に挟んだビウェルの言葉を全部無視してそう言った。

「阿呆」

 町憲兵は唇を歪める。

「協力者への礼金ってのは、ちゃんと隊から出るんだ。俺が自腹を切る訳じゃないし、これはラウセアの好きな決まりごと」

 ま、大した額じゃないがな、とビウェル。

「お前は、金が要るんだろうが」

「あー……まあね」

 父親になる男は照れ笑いを見せた。

「そうか。旦那の金なんか受け取ったら今後一生何か言われそうだけど」

「一生なぞないと言ってるだろう」

「公的に出るなら、有難くもらおうかな」

「そうしとけ」

「俺たちの払った税金な訳だが」

「そう言うがな。俺だって税金は払ってるんだぞ」

「ま、そりゃそうか」

 ヴァンタンは笑った。

「んじゃ、契約完了。あ、何か書く必要とかあんのか? 俺、文字なんか書けないけど」

「要らん。記録に残したがらない奴も多いからな」

「了解」

 青年は繰り返すと、どこか面白そうにしていた。町憲兵は毒づく。

「しかし、ルキンか」

 そこでヴァンタンは、真顔になった。

「本当に驚いたよ、旦那」

 深く息を吐いて、彼は続ける。

「実はね。俺がいま追いかけてるのは、そのお医者様なんだ」

「何?」

 今度はビウェルが驚かされた。

「アーレイドにきたのは一、二年前。難病の子供を劇的に回復させたとかで、あっさりと大病院に職を得た。ウォンガース病院は優秀な医者揃いで有名だが、その分、簡単に新しい人間を入れたりしない。そのときゃけっこう、噂になったよ」

「俺は初耳だったぞ」

「事件じゃないからなあ、旦那の耳には届かない類の噂だよ」

 ヴァンタンは肩をすくめた。

「旦那ふうに手厳しく言や、意味のないお喋りというやつ」

「ふん」

 言葉を先取られて、ビウェルは鼻を鳴らした。

「さっきも言ったように、旦那に話す段階じゃない。旦那の好きな証拠もないし」

「それもラウセアだ」

 ビウェルは指摘したが、ヴァンタンはそうかねと言った。

「俺が誰それは無実だと言うたびに、こっちには証拠があるとか、覆したければ証拠を持ってこいとか言うのは、ラウセアじゃないよ」

 嘆息混じりの指摘に、ビウェルは言葉を返せなかった。仏頂面でうなる。

「まあ、でも流れ上、話そう。俺には旦那みたいに意地を張る気質はないし」

「いちいちうるさいな」

 いいから話せ、とビウェルは言った。はいはいとヴァンタンは応じ、どう話そうかと考えるように視線をうろつかせた。

 薄暗い話になりそうなことは、想像してみるまでもない。

 それを忌避することこそ無論ないものの――さんさんと照る太陽(リィキア)が、ビウェルは何だか恨めしかった。


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