11 兄貴分の計らい
「何にせよ、三度目はご免だからな。もう、連中の縄張りをふらふらすんなよな」
「意味もなく散歩をしていた訳じゃない。用があったんだよ」
「市場は夜にゃ、開いてないだろ」
「判ってる。今日はチェレン果を探してた訳じゃない。会いたい人がいたんだ」
「お、ガキのくせに生意気。女か」
「残念ながら、そうじゃないよ」
ファドックは苦笑した。
「さっきの場所のすぐ近くにある酒場に、果物の流通で生計を立てている商人がきていると聞いたんだ。このところ仕事が巧くないと愚痴を言っていたらしくて、話を聞いてみようと」
「何だ。やっぱまた、その話か」
「まあね」
少年は認めた。
「で、何か聞けたのか?」
「生憎と、今日はこなかったんだ。諦めて帰ろうとしたところ、彼らに遭遇してしまったという訳」
「果物って、何の話」
ナティカが口を挟んだ。
「ちょっとな。ファドックが調べてんだ」
「あんまり答えになってない」
「俺もよく知らねえんだよ」
「価格の高騰が気になっているんだ」
「高騰? してるの?」
大きな商家に勤める娘は、トルスと違ってその言葉の意味を理解していた。
「でも気になるって何で? 採れなかっただけじゃない?」
しかし考えるのはやはり、料理人父子と似たようなところだった。
「何故、採れなかったんだろうと思って」
「は?」
ナティカもまた、戸惑った。
「別にそんなの、どうでもいいじゃない? あ、ご主人様の仕事が関係するとか」
「いや」
そういうんじゃない、などとファドックが否定したとき、トルスはふっと何かが引っかかった。
(流通、とかって言ってたな)
(何か最近聞いて……ファドックに話したらと思ったことがあったような)
数日前に耳にした噂話。トルスははたと思い出した。
チェレン果に病が出て、それを育てている村で死人が出たとか。
「なあ、ファドック」
関係があるものかは判らない。だが、この少年は興味を持つのではと思ったのだ。
「チェレン果の」
「――っと、それはないんじゃないですか!」
「うるさい。どこでどう話を掴んでこようと、俺の勝手だろうが」
げ、とトルスは思った。聞き覚えのある、嫌な声。
「僕とあなたは組みなんですよ。どうしてもひとりで行かざるを得ないとしても、僕に話を通すべき」
「うるさい」
という返答と同時に、扉がばたんと開かれた。先客か、とビウェル・トルーディは――何と――謝罪の仕草をして戸を閉めようとし、しかしそこで、見つかるまいと身体を小さくしているトルスを見つけた。もちろん、見つからないはずがないのだが。
「またお前か。今日は何だ」
「もう一度最初から話すのなんか、お断りだね」
トルスは姿勢を戻してそう言った。
「知りたきゃ、俺らが話をした担当の町憲兵に聞いてこいよ」
「クソガキが」
ビウェルは口汚く罵ったが、トルスの言うことはもっともであるとでも思ったか、そのまま戸を閉めようとして――立ち上がっている少女に目をとめる。
「ん?」
「ああ、あなたは」
背後からそれをのぞき込んでいたのは、もちろんラウセア・サリーズだった。
「先日、協力をしてくださったお嬢さんですね」
「は、はい」
「あのときはとても助かりました。有難う」
「いえ! そんなの、アーレイドの市民として当然ですから!」
ナティカの調子は、明らかに普段と違った。どうにも声がうわずっていて、頬が微かに紅潮しているようにも見える。
「……ははあ」
トルスは呟いた。ぴんときた。
(これか)
一度店にきて、ちょっと話しただけ。向こうは彼女の名前も知らない。
エルファラス商会で盗難事件があったという噂は聞いたことがある。そのときに、ナティカはラウセアと話をしたのだろう。
優しくて――ビウェルの隣にいればたいていの人間は優しく見えると思うが、実際、ラウセアは優しいと言うか甘いと言うかのようだ――可愛くて――ここは、男の感覚としてはよく判らないが――身分のしっかりした人。盗難事件を調べにきた町憲兵であれば、確かにこれ以上ないくらい、身分はしっかりしている。
「ああ、サリーズ町憲兵」
トルスは、ついぞビウェルにはしたことのないほど丁重に、ラウセアに呼びかけた。
「先日はどうも」
「こんばんは。トルス、でしたね。確かビウェルの甥御さん」
「違う」
トルスとビウェルは同時に言った。そんなに近い間柄であってたまるものか、とお互い思っているからだ。
「そこのおっさんと俺の関係はともかく」
若者は続けた。
「これは俺の友人で、ナティカと言います」
「そうでしたか、セル・ナティカ」
ラウセアは、男女のどちらにでも使う敬称をつけて少女を呼んだ。少女は目を見開いて、意味もなくこくこくとうなずいた。
「そちらは、ファドック君でしたね。今日も何か……ああ、担当に訊きましょうか」
トルスの剣幕を思い出したか、ラウセアは笑ってそう言った。
「でもどうしたんです、こんなところで。誰か、待っているんですか」
「待っているように言われたんですが」
ファドックが返した。
「いつまで、待たせんのかな」
思わずトルスがつけ加えた。
「すみません。確認してきますよ」
「いえっ、いいです、待ちますから!」
言ったのはナティカだ。ラウセアは首を振る。
「女性を遅くまで足止めしていては、いけないでしょう。聴取にまだ時間がかかるようなら、改めて明日ということにしても」
「こらラウセア、お前が勝手に決めるな」
ビウェルから叱責が飛んだ。
「決めてませんよ。提案というやつです」
若い町憲兵は心外だというように返した。
「ああ、それなら、サリーズさん」
トルスはにやりとした。
「済んだあとで、こいつのこと送ってってやってくんねえ?」
兄貴分の計らいに、妹分は心から感謝の表情を浮かべていた。




