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戦国時代

暗殺 遠藤直経

作者: Lance

 今更だがどうすることもできない。

 勢いを盛り返してきた織田、徳川の連合軍の前に、浅井、朝倉の軍勢の敗色は濃厚になり始めた。

 織田信長。幾度も直に接してきた直経にはその器量の深さ、広さ、いや、大きさが分かっていた。

 朝倉からの同盟の誘いが来たとき、直経は織田につくべきだと主張したが、古くから付き合いのある朝倉と同盟を結ぶことになった。臣下である直経はその下知に従うしかなかった。

 ワシが説得を続けるべきだったのだ。

 直経は主君長政を責めるつもりは無かった。

 己を責め続ける。

 そう、信長を暗殺する機会は自分には幾らでもあった。ワシが行動を起こしていれば、此度のような大敗は無かっただろう。

 暗殺。そうだ。我が背中の咎を下ろすには命を捨てねばなるまい。

「ここを任せるぞ」

 直経はそう言うと戦場へと歩んで行く。

「何処へ行かれます?」

「冥土だ」

 副将の問いに悲壮な覚悟を決めた直経は言葉少なに返した。

 木霊していた鉄砲の音は止んでいた。其処彼処で足軽達が競り合っていた。

 織田の足軽が直経に気付き、斬りかかって来た。

 直経は一刀の下に足軽を屠った。

 そして彼は戦場の端まで斬り殺した足軽の亡骸を持って行く。

 再びそこに現れたのは織田の陣笠に具足を身に着けた敵の足軽の姿だった。

「さて、欺くには手土産が必要よな」

 織田の足軽の姿となった直経は冷静に戦場を見渡した。

 織田も浅井も死屍累々だった。

 そこで運よく見知った浅井の兜首を調達する。

 許せ、これも忠義のため。

 直経は織田の本陣を睨み、改めて決意を固めた。

 歩き出す。

 緊張はしていなかった。

 目的は織田信長の首一つ。

 信長は何処だ?

「待て、お前、ここから先は本陣だぞ」

 織田の足軽頭に止められる。

 直経は慇懃に応じた。

「ははー、実は浅井の有力な臣の首をそれがし討ち申した。これでござる。今は、この首を武将の方々に献上すべく赴くところでござる」

 と、見せるが、足軽程度がそれが将の首なのかも見分けがつくわけでも無い。

 相手はふうむと顔をしかめてはいたが頷いた。

「お手柄だな、行くがよい」

「はっ」

 直経は陣笠を深くかぶり直し、織田の本陣を歩んで行く。

 浅井の行く末は我が双肩に掛かっている。我が働き次第ぞ。

「そこの奴止まれ!」

 若々しい声が轟いた。

 直経は動揺せず止まった。

 一人の武者が歩んで来る。

「笠を脱げ」

 武者の命令に直経は笠に手を掛ける。

 もはや、これまでか!

 と、持っていた首を投げ捨て、刀を鞘走らせた。

 だが、刃は惜しくも敵将を掠める程度だった。

「ぬぅ、やはり曲者であったか!」

 武者が言い、槍を構える。

 ここまでだ。

 直経は哄笑し、陣笠を放り出した。

「貴様、浅井の将、遠藤直経だな!?」

「我が顔を知っていたか! その通り! 浅井が将、遠藤直経、推して参る!」

 直経は斬りかかった。

 老いたりとはいえ鍛錬は怠らず、膂力も充分だった。鋭い剣風と鉄の音が轟いた。

「我が名は竹中久作! その首、貰い受ける!」

 若武者が名乗りを上げ、槍を振るって来る。

 直経は幾度も弾き返し、乱れた槍先を見るや、敵将目掛けて突っ込んだ。

 周囲では足軽達が竹中久作に加勢しようとしていた。

 地面に組み伏せ、刀を敵将に突き立てようとする。だが、槍を放した腕で掴まれ抵抗される。

 敵も片手に短刀を取り出していた。

 命懸けのせめぎ合いだった。

 両者は転がりもつれ合った。

 浅井のため! 浅井の背中は我にあり! ここで敗北するわけにはいかぬ!

 だが、厚く昂る気持ちとは裏腹に老いとは無情なものだった。

 若武者の力の前に直経は突き飛ばされた。

「ちいっ!?」

 体勢を立て直すところへ足軽が斬り込んで来た。

 直経は瞬く間に二人を斬って捨てた。

 そこへ、若武者が飛び込んで来た。

 両者は再び地面に転がったが、直経に跨るのは敵の方であった。

 若武者は両手で短刀を握りしめ、重心を掛けて直経の首元に切っ先を近付けてくる。

 直経はその腕を握り返し、決死の思いで抵抗した。

 しかし、刃はぐんぐん近づいてくる。

 我が死んでは浅井の命運が。

 遠退いて行く主君長政の顔。幼き頃より相談役として成長を見守っていた。

 抵抗虚しく凶刃は距離を縮める。

 負けるわけにはいかぬ!

「負けるわけにはいかぬのだ!」

 遠藤直経は大喝した。

 力漲る刃が振り下ろされた。

「無念なり。浅井に栄光あれ!」

 それが浅井という家を背負った武将の最期の言葉となった。

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