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パン粉 台本集

マーガレット

作者: パン粉

「マーガレット」 作:パン粉


◯如月 緋奈 16歳

 人を助けて死んだ女子高校生。告白後にトラックにはねられ死亡。亡霊。自分が死んだことに気づいていない。普通の女子高校生で、メルヘンチック。能天気でバカ。一部記憶喪失。

◯森崎 和也 17歳

 貧乏な探偵。霊能力者。緋奈を成仏させようと頑張る。登場シーンには並々ならぬこだわりがある。結構頭はいい。だけど性格バカ。

◯琴宮 深雪 17歳

 和也の幼馴染。常識人、突っ込み役。苦労してる。和也と同じく探偵。緋奈には幸せになって欲しいと思っている。

◯桜木 歩 16歳

 緋奈の初恋相手。幽霊。三年前にすでに死んでいる。悪霊になりかけていて和也に目をつけられている。

◯通行人


 車のブレーキ音。衝突音と同時に赤のフラッシュ。

 人々のざわざわした声。

 明転。舞台に緋奈が倒れている。


緋奈「ふぁあああ……よく寝たぁ。……って、ん? なんで私外に寝てるんだろ? おっかしいなー……ま、いっか」


 立ち上がって舞台に落ちているカバンを拾う。


緋奈「あああ、なんか私のカバンちゃんが悲惨なことに。可哀想に……大丈夫だったかい? 誰かに踏まれたりしなかった? ……うん、大丈夫だね、よかった」


 自分の格好を確認する。


緋奈「そういえば学校……えーっと、どっちだっけ? あれ?」


 ふらふらと舞台上を歩き回る。

 と、上手から通行人が一人出てきて、ぶつかりそうになる。緋奈、それをギリギリで避け、こける。


緋奈「うわっ! 危ないなー。ちょっと、人にぶつかりそうになって一言もないの?」


 通行人は緋奈に目もくれず、そのまま下手へ退場。


緋奈「む、無視された……。私そんな影薄いかな? はぁ……って、またカバンちゃんが大変なことに。ごめんよ、何度も何度も。……あれ?」


 カバンの中を確認する。


緋奈「なんか忘れてる気がする……なんだろう? 教科書、ノート、筆箱、はさみ、色鉛筆。あとは……あれ、何が足りないんだっけ?」


 緋奈、周囲を見回して何かを探す。

 そこへ上手から和也が派手に登場する。


和也「オカルト探偵、森崎和也参上! オカルト好きだけど本当は探し物を専門に依頼を受けてるぜ! 探し物ならこの俺におまかせを! ってことで。やぁやぁそこの君。探し物かい?」

緋奈「うにゃ? うん、そうだけど」

和也「よし来た! 俺に任せろ!」

緋奈「えー……ちょっとあなたみたいな馬鹿っぽい人に任せるのはなー、やだなー」

和也「ひでぇ! 別にいいじゃないか、騙されたと思って助けられてみろよ」

緋奈「うーん、じゃああれを探してくれる?」

和也「あれ? あれってなんだ?」

緋奈「あれはあれだよ。なんていうか……あれだよ!」

和也「だからあれってなんだよ! もっと具体的に!」

緋奈「あれは……そうだね、なんていうか……えーっと……」

和也「……もしかして何をなくしたのかも忘れたのか?」

緋奈「忘れてないし! あれをなくしたんだし! ちょっと何をなくしたのかちょっとだけ記憶が飛んじゃっただけだし!」

和也「同じじゃないか」

緋奈「違うし! 今はちょっと忘れてるだけで思い出せるし!」

和也「そ。じゃあ早く思い出してくれ。そうしないと探しようもない」

緋奈「わかったよー」


 上手から深雪が慌てた様子で出てくる。


深雪「ちょっと和也? 何ナンパしてるのよ。いい加減仕事しなさいって」

和也「あ、深雪。ナンパなんてしてないぞ。ちょうど新しい依頼人を見つけたところだ」

深雪「あら、そうなの?」


 深雪、緋奈に気づく。


深雪「……えっ?」

緋奈「え? なになに、私の顔に何かついてる?」

深雪「あ……いいえ、なんでもないわ。それよりあなた名前は? 何を探しているのかしら?」

和也「あ、そういえば名前聞いてなかった」

深雪「馬鹿でしょ。まずは自己紹介が先でしょうに」

和也「忘れてたんだから仕方ないだろ」

深雪「それが馬鹿だって言ってんのよ」

緋奈「あ、そこの探偵さんなら名前聞いたよ。確か森崎和也? だっけ?」

和也「おお! あの登場シーンを最初から見ていてくれてたのか! で、感想は?」

緋奈「うん。普通に馬鹿だと思った」

和也「ひでぇ!」

深雪「はいはい、そこまでにして。さっさと名前聞いちゃいましょ。私は琴宮深雪。あなたは?」

緋奈「私は如月緋奈だよ。よろしくね、深雪ちゃん、……と探偵さん」

深雪「よろしく、緋奈さん」

和也「え、ちょっとまって、なんで俺は探偵さんなの? 深雪だって探偵だよ?」

緋奈「なんか名前で呼びたくなかったんだよ。なんでだろうね?」

和也「知るか!」

緋奈「森崎さん、和也さん……うーん、やっぱり探偵さんが一番しっくりくるかな」

和也「なぜ!?」

深雪「とりあえずこの馬鹿は放っておいて。緋奈さん、探し物は?」

緋奈「あれだよ」

深雪「……あれ?」

緋奈「うん、あれ」

深雪「だからあれって何よ……もういいわ。どうせ同じようなやり取りをそこの馬鹿ともしたんでしょ」

和也「なっ、お前はエスパーか!」

深雪「誰でもわかるわよ、そんなこと」

緋奈「おぉ……そこの探偵さんよりもよっぽど頼りになりそう。じゃあ、探し物、手伝ってくれる?」

和也「もちろんだ、任せとけ」

深雪「なんであなたが答えるのよ。それに何を探すのかわからないのにどこを探すつもりよ」

緋奈「どこだろうね?」

和也「勘で探せば見つかるさ」

深雪「待ちなさい。馬鹿なの? とてつもない馬鹿なのあなたたちは?」

緋奈、和也「ひどい! こんな馬鹿と一緒にするな!」

和也「俺はこんな馬鹿よりはまともだ!」

緋奈「私は馬鹿じゃない! この探偵さんこそ真の馬鹿だよ! 頭イカれてるし!」

深雪「どっちもどっちじゃない」

緋奈、和也「違う!」

深雪「はっ」

和也「こいつ、鼻で笑いやがった!」

深雪「まあ、和也が真の馬鹿だとしてこの話は終わりにして」

和也「おい!」

深雪「緋奈さんはどこの学校に通ってるの?」

緋奈「学校? えっとね…………あれ? どこだったっけ……」

和也「おいおい、真性の馬鹿じゃないか」

緋奈「違うし!」

深雪「生徒手帳とかは持ってないの?」

緋奈「あ、そっか。確かあったはずだよ」


 緋奈、生徒手帳を取り出す。和也と深雪はそれを横から覗き込む。


深雪「〇〇高校。この近くね」

緋奈「ふぅん……」

和也「ふぅんて、他人事みたいに」

緋奈「だって……なんていうか、実感ないんだもん。自分がこの制服着てるのもなんかまだ違和感あるし」

和也「実感ない?」

緋奈「よくわかんない。うーん、私、この学校に通ってたんだ。へー」

和也「……やっぱりお前、記憶喪失だな?」

緋奈「え? でも、私自分の名前覚えてるよ? 記憶喪失って、まず名前を忘れるものじゃないの?」

深雪「頭に強い衝撃を受けた時、一部だけ記憶がなくなる。よくあることよ」

和也「人は嫌な記憶ほど忘れたくなるからな。多分緋奈の場合は学校で何かあったんだろ。ってか探し物って実は記憶だったりするんじゃないのか?」

緋奈「記憶……」

深雪「どのみち何探すかわからないんじゃどうしようもないし。そう決めて、まずは学校へ行きましょう」

和也「そうだな」


 和也、深雪、上手に向かう。


緋奈「あ、待って……二人とも」

和也「ん、どうした?」

深雪「どうしたの?」

緋奈「あー、えーっと、その、学校? 行きたくないなーって」

和也「なんでだ?」

緋奈「それは……」

和也「もしかして学校の怪談とか信じちゃう系だったり? 幽霊とか怖くて行きたくないのか? 確かに時期的にはそろそろ幽霊が大量発生する頃だけど」

緋奈「ち、違うって!」

和也「実はこの深雪は幽霊だったり」

緋奈「えっ」

深雪「違うわよ! 緋奈さんも、何信じようとしてるのよ!」

緋奈「え、違うの?」

深雪「違うわ!」

緋奈「なんだ、よかったー。ちょっぴり残念だけど」

和也「ちっ、騙せなかった」

深雪「あ?」

和也「(明後日の方向を向いて下手な口笛を吹く)」

緋奈「そういえば、なんの話してたんだっけ」

深雪「忘れるの早っ! どうして緋奈さんが学校行きたくないのかって話よ」

和也「で、緋奈が幽霊が怖くていけないという結論になった」

深雪「なってないわ! なに勝手に一人で結論出してるのよ!」

和也「なー、なんで学校ダメなんだ? いじめられてたとか、そういう感じか?」

緋奈「そういった類のものじゃあない、と思う。でも、なんか、ヤダ」

深雪「あ、ちょっと私を置いて話進めないでよ」

和也「でも記憶を取り戻すためには学校には行ったほうがいいぞ? 自然に記憶が戻るなんてことは起こらないし」

緋奈「うーーーーん、そうだよね……。学校、行きたくないなぁ。でもなー……うん、行く。行くよ」

和也「よく言った! なら今すぐ行こうか」

玲奈「二人とも? ちょっと、無視しないでってば」

緋奈「うん。あ、ちょっと待って。なんか部外者は許可なく立ち入りを禁じるってここに書いてある」

和也「それは大丈夫だ。俺もそこの高校の生徒だからな」

緋奈「そうだったんだ」

深雪「私も! 私も同じ生徒よ」

緋奈「なんだ、二人とも同じ高校だったんだ。なら、なんで生徒手帳確認したの? 制服だけでわかるはずじゃ?」

深雪「それは色々確認したかったからよ」

和也「そういうことだ」

緋奈「おぉ、なんか二人とも、詐欺師みたい」

和也、深雪「違うわ!」

緋奈「よし、じゃ、学校行こう」

深雪「待ちなさい。場所わからないでしょう」

緋奈「あ、そうだった」

和也「こっちだ。ついてこい。……はぐれんなよ?」

緋奈「失礼だな。私がいくら方向音痴だからといってはぐれるわけないじゃん」

深雪「悪いけど、私もなんか心配だわ」

緋奈「ひどい! 初対面だけど、もう少し信用してくれてもいいんじゃないかな?」

和也「はぐれなかったらな」


 3人とも上手にはける。暗転。

 明転。学校の廊下。


深雪「やっぱり、夏休みだから人が少ないわね」

緋奈「もう夕方だしねー」

深雪「そろそろ夏休みも半ばだし、やってる部活動も少ないのね」

緋奈「玲奈ちゃんは何か部活やってるの?」

深雪「いいえ、私は探偵の方が忙しいから。あなたは?」

緋奈「私は……どっかに入ってた気がするけどなー……思い出せないや。あ、でも」

深雪「でも?」

緋奈「これ。このスカーフがなんか関係ある気がするんだよね」

深雪「マーガレットの花? そういえば学校の中庭にも咲いてた気がするわね」

緋奈「えへへ、私の一番好きな花なんだ。せっかくだからあげるよ」

深雪「いや、いいわよ。お気に入りなんでしょ?」

緋奈「んーん、もう一枚持ってるし。それにこれ絵の具で汚れてるんだよね」

深雪「ちょっと」

緋奈「深雪ちゃんがいらないなら、探偵さん。あげる」

和也「俺もいらないんだけど」

緋奈「いいじゃん、友好のしるしだよ」

和也「まあ、いいか。じゃ、ありがたく」

深雪「それにしても、これだけじゃね……。何かの部活に関係あるって言っても……華道部くらいかしら?」

和也「美術部じゃね?」

緋奈「んー、わかんないや」

和也「緋奈って一年生だっけ?」

緋奈「どうなんだろう?」

深雪「ネクタイの色が◯色だから一年生で間違いないわよ」

緋奈「おーさすが。私そんなの一切覚えてないよ」

和也「とりあえず一年生のフロアに行ってみるか。さすがにクラスはわかんないけど」

緋奈「へー、各学年のフロアなんてあるんだ」

深雪「緋奈さん……記憶がないとはいえ、それじゃあ馬鹿丸出しよ」

緋奈「わかんないんだもん。どうせ馬鹿だもん!」


 上手から歩が出てくる。


深雪「はぁ……」

和也「いいんじゃないか?」

深雪「何がよ?」

和也「ほら、誰にも見られてないんだし」

緋奈「そうだよ! 誰にも見られてないからいいんだ……よ……」


 緋奈の前を歩が通り過ぎる。そのまま下手へ退場。


緋奈「見られたぁぁああ!」

深雪「だから言ったじゃない」

緋奈「何が誰にも見られてないだよ、しっかり見られてんじゃん! もうだめだ、死のう」

深雪「待ちなさいって。どうせ気にされてないわよ。記憶にも残ってないんじゃない?」

緋奈「ひどいっ、影薄いって言われた」

深雪「えぇっ、私そんなこと言ってないわよ」

和也「遠回しに言ってたぞ」

深雪「そ、そう? ごめんなさい、緋奈さん」

緋奈「ふんっ、ここは私の寛大な心で許してあげよう」

深雪「あれ、なんか物凄くむかつく」

和也「なぁ緋奈、あいつに見覚えとかあったりするか?」

緋奈「んぇ、あの人? そうだなぁ……」

深雪「……またこの展開ね。ふ、何言っても聞いてもらえないんでしょうね……」

緋奈「なんかどっかで見たことあるような……、でも、知らない人ではないと思うなぁ」

和也「まあ同じ高校だしな」

緋奈「ちょっと、ロマンチックじゃないこと言わないでよ」

和也「せっかくだから追いかけるか?」

緋奈「そう……だ、ね」

和也「緋奈?」


 緋奈、頭を押さえてうずくまる。


和也「おい、緋奈! どうした、大丈夫か?」

深雪「緋奈さん? 大丈夫?」

緋奈「だ、だいじょうぶ」

深雪「全然大丈夫じゃないじゃない!」

緋奈「へ、平気だから……ちょっと休めば治るよ」

深雪「無理して喋らない! ちょっと教室から冷やすもの持ってくるからそこで待ってなさい! 和也は救急箱持ってきて!」

和也「わかってる! 緋奈、絶対ここから動くなよ!」


 深雪は上手へ、和也は下手へ退場。


緋奈「うぅ、頭痛い……。何これ、中庭? 白い花……これは? うぅ」


 緋奈、頭痛に耐えかねて倒れる。

 一瞬暗転。


緋奈「……あれ、どうなったの? って、ここ学校? う、頭痛い」


 よろめきつつも立ち上がる。


緋奈「っそうだ、あの先輩。まだ大切なこと聞いてないのに。……探さないと」


 緋奈、下手へ駆け出す。

 数秒後、上手から深雪が戻ってくる。


深雪「緋奈さん、調子はどう……って、いない?」


 同じく上手から和也が戻ってくる。


和也「平気か、緋奈! ……あり、深雪だけ?」

深雪「ちょっと和也、緋奈さんはどうしたのよ?」

和也「いや、俺に聞かれても知らん。ここにいろって言ったのに、あいつ」

深雪「体調悪いみたいだから大人しくしてると思ったのに」

和也「後悔しても仕方ないだろ」

深雪「そうね。全く……どこいったのよ」

和也「とにかく放っておいたらまずい。探しに行くぞ」

深雪「言われるまでもないわ」


 深雪、和也上手へ。

 下手から緋奈が走って出てくる。


緋奈「はぁ、はぁ、確かこっちの方に……おかしいなぁ」


 緋奈、上手へ走り出すと、上手から歩が出てきて、ぶつかる。


緋奈「ひゃっ!」

歩「うわっ!」

緋奈「ごめんなさい!」

歩「いや、別に」

緋奈「本当にすみません、私の不注意で……って、桜木先輩?」

歩「あれ、なんで俺の名前を。君は誰?」

緋奈「あの、私です、私」

歩「……おれおれ詐欺ならぬわたしわたし詐欺か?」

緋奈「違います! 緋奈です、如月緋奈。覚えてますか?」

歩「……如月、緋奈」

緋奈「覚えてませんか?」

歩「いや」

和也、深雪「緋奈さん!」


 和也と深雪が上手から飛び出してくる。


緋奈「深雪ちゃん? 探偵さん?」

歩「しまった……!」


 歩、和也を見ると下手に逃げる。


和也「あ、おい待て!」

深雪「和也、緋奈さんの方が優先よ」

和也「くっ、わかってるよ」

深雪「緋奈さん、大丈夫?」

緋奈「…………」

深雪「緋奈さん?」

緋奈「えっ、う、うん、何が?」

和也「頭痛だよ。ま、その調子じゃ大丈夫そうだけど」

緋奈「うん、頭痛いのなら治ったよ」

深雪「そう、よかった」

和也「緋奈。さっきのやつとは知り合いなんだな?」

緋奈「そうだよ」

和也「じゃあ、記憶は戻ったんだな?」

緋奈「……うん」

和也「何があったか、今話せるか?」


 6時を知らせる曲が流れ出す。


和也「っと、もうこんな時間か」

深雪「そろそろ追い出されるだろうし、今日はもう帰りましょう。話は明日にでも」

緋奈「うん、そだね」


 間


緋奈「そういえば、私が頭痛くなった時、二人ともすごく焦ってたのはなんで?」

深雪「そ、それは」

和也「それは、この学校には本当に幽霊が出るからさ!」

緋奈「えっ? 本当?」

和也「本当だ。ほとんどの奴は無害なんだけど、たまに悪さをする奴が出るんだよな。その霊にとりつかれたから頭痛が起きたんだよ。記憶もその刺激で」

深雪「それはただの噂よ。霊なんているわけないじゃない」

緋奈「あれ? 深雪ちゃんは霊とか、怖いのダメなんだ、へー」

深雪「……あなたにだけは言われたくないわね」

緋奈「ひどい、なんで?」

深雪「知らないわよ」

和也「おい、二人とも、早く帰ろうぜ」

緋奈「うん、今いくよー」

深雪「変わり身はやっ。ちょっと待ちなさい、置いて行かないでよ!」


 3人退場、暗転。

 明転。舞台の中央にボロの机とパイプ椅子がある。机の上には紙が散乱している。


和也「やべぇ、今月はマジでやべぇ。まともな依頼が一件もないってどういうことだよ。もう8月も半ばになるぞ? 先月はたった一件だったし、これじゃやっていけねぇよ……。みんな何か探してるものあるだろ、絶対。一円玉が排水溝に落ちたとか、野口さんが風に飛ばされたとか、おばあちゃんが飴玉で騙されて誘拐されたとか」

深雪「そんなふざけた依頼は来ないわよ」


 下手から深雪が来る。


和也「深雪。じゃあお前は何か案があるのかよ?」

深雪「そうね……、駅前でティッシュでも配ったらどう?」

和也「そもそもティッシュすら用意できねぇ……」

深雪「……ならチラシ配れば」

和也「パソコン壊れてんだよ……修理する金ないし」

深雪「…………手書き」

和也「哀れすぎる! そもそも何を書く! それ以前に画力がない!」

深雪「どうしようもないじゃない! 他の方法なんて知らないわよ!」

和也、深雪「はぁ」


 ノック音。姿は見えないが緋奈の声が聞こえる。


緋奈「はっ、こういうのはノックじゃなくてチャイム押したほうがよかったかな? よし、ポチッと。あれ、押せない。ポチッとな……お、押せない! 嘘だ! チャイムに嫌われてるなんて……あるはずがない! ……よし、こうなったら。ピーンポーン」

和也「なんだあの馬鹿は」

深雪「いつも通りでしょ。ちょっと連れてくるわ。放置してたら不審者で通報されそうだから」

和也「ああ、頼む」


 深雪、下手にはける。


和也「とりあえずこの書類は後回しっと。えーっと、こっちも赤、これも赤、やべ、全部赤だ。いーや、全部重ねてしまえ!」


 深雪、下手から緋奈を連れてくる。


緋奈「ふっふっふ、さすが私。チャイムの音も完璧だったね」

深雪「……ええ、そうね」

緋奈「おはよ、深雪ちゃん、探偵さん」

深雪「おはよう」

和也「おはよう、緋奈。通報されなかったか?」

緋奈「されないよー」

深雪「普通に答えた!? さ、さすが緋奈さんだわ」

緋奈「ところで、ここが探偵事務所であってる?」

和也「あってるぞ」

緋奈「よかった。随分ボロっちいから廃屋かと思った」

和也「さらっとひどいことを言うな、お前。まあいいけど」

深雪「どうせ自宅改良しただけだものね」

和也「言うな。せっかく頑張って二時間で終わらせたんだから」

緋奈「へぇー、二時間!」

和也「お、尊敬したか?」

緋奈「ううん、納得のクオリティだなって」

和也「う゛っ」

緋奈「ここ座っていい? てかこのパイプ椅子もボロボロだね。何年ものだよ」

和也「知らん」

深雪「じゃ、お茶でも入れてくるわね。その机片付けといて」

和也「りょ」

緋奈「あ、私紅茶で」

深雪「遠慮がないわね。ティーパックでいい?」

緋奈「いいよー。アイスでお願いね」

深雪「遠慮がないのか謙虚なのか……はぁ」


 深雪、上手へ。


緋奈「はー、今日も暑いねー。死ぬ前に成仏しそう」

和也「意味分かんねぇよ。魂だけ天に昇るのか」

緋奈「そんな感じ」

和也「死体の処理が面倒そうだな」

緋奈「確かに。じゃあやめとこ。ねぇ、この紙束は何? なんか不吉そうな赤い文字がいっぱい書いてあるけど」

和也「あー……、これは気にしなくていい」

緋奈「もしかして赤字なの? ってか、もしかしなくてもこのボロい内装見ればわかるけど」

和也「わかってんなら言うな」

緋奈「あ、そういえば私も依頼料払わないとね。いくら?」

和也「いや、いいよ。お前のは大したことじゃないし。単なる暇つぶしだよ」

緋奈「そう? ならお言葉に甘えて」

和也「ま、どうせ女子高校生の所持金なんてたかがしれてるからな」

緋奈「あーその言い方ひどい! 私だってそれなりにお金持ってるもん」

和也「いくらだ?」

緋奈「えーっと……桜さんが二枚」

和也「二百円かよ。もらったって少しの足しにもならねぇ」

緋奈「うー……私貧乏だよう……」

和也「はー、一人でも福沢さんがいれば宣伝ができるんだけどなぁ」

緋奈「宣伝? 駅前とかでなんか板とか持って声出しとけばいいんじゃない?」

和也「探偵が? やだよ、恥ずかしいだろ」

緋奈「そうかな? 〇〇駅前ではよくやってるよ?」

和也「あっそ」


 深雪が戻ってくる。


深雪「お待たせ」

緋奈「ありがとー」


 深雪、そこらへんに置いてあるパイプ椅子を持ってきて座る。


和也「じゃ、深雪も戻ってきたし、真面目な話をするか」

深雪「そうね。緋奈さん、まずは改めて自己紹介してくれる?」

由良「……うん。私は、如月緋奈。16歳。〇〇高校の……何期生だっけ? 覚えてないからいいや。一年生で、部活は美術部に入ってるよ」

和也「昨日のあいつは緋奈とどういう関係なんだ?」

緋奈「部活の先輩。桜木歩先輩だよ。結構仲いいんだよ、私たち。部活でもよく話してたんだ。けど、なんだか、昨日会った先輩はちょっと変だった」

和也「どんな風に?」

緋奈「なんかね、よそよそしくて、私のこと覚えてなかったんだ」

深雪「最後に会ったのはいつなの?」

緋奈「終業式の日。その日ね、私、桜木先輩に告白したんだ。返事は怖くて聞けなかったけど」

和也「聞けなかった?」

緋奈「うん。私が一歩的に言ってそのまま逃げちゃったんだ。それが最後」

深雪「連絡とかはとってなかったの?」

緋奈「とって……ないと、思う。ごめん、逃げ出してからそのあとの記憶がないんだ。中途半端でごめん」

和也「いや、十分だ」

深雪「ええ、これでほとんど繋がったわ」

緋奈「え、何かわかったの?」

深雪「ええ」

和也「あ、ひとつだけ確認していいか?」

緋奈「いいよ、何?」

和也「記憶が戻る前、どれくらいのことを覚えていた? 言える範囲でいいけど」

緋奈「高校入る前まではちゃんと覚えてたよ。正確には、高校入ったことまでは覚えてた」

和也「そうか、高校の部分だけが抜け落ちていた感じでいいんだな?」

緋奈「うん」

和也「今の話を聞くに、緋奈の探し物っていうのはその告白の答えってことだな」

緋奈「だと思う」

和也「なんとも形容しがたい探し物だな」

深雪「その答えを聞くには、もう一度学校に行く必要があるでしょうね」

和也「そうだな。緋奈、美術部は夏休み部活やってるのか?」

深雪「ちょっと、緋奈さんに聞いても仕方ないでしょう」

緋奈「あ、その言い方ひどい。まあその通りだけど」

和也「じゃあ、今日も学校行ってみるか。学校開いてるよな?」

深雪「ええ。9時だから、とっくにね」

和也「よっし、今から行くか」

緋奈「え? 今から?」

和也「そうだ。ほら、善は急げって言うだろ?」

緋奈「急ぎすぎじゃないかなぁ」


 和也、深雪、下手に移動する。


緋奈「あれ、昨日も思ってたけど、二人とも私服でいいの?」

深雪「夏休み中は私服でいいのよ」

緋奈「そうなんだ。じゃあ私も私服がいいなー。制服って動きづらいんだよ」

和也「お前はそれでいいだろ、着替える時間が無駄だし」

深雪「大丈夫、似合ってるわよ」

緋奈「そ、そう? えへへ、似合うって言われちゃった。探偵さんの物言いは気になるけど、今は気にしないであげる。深雪ちゃんに感謝してね」

和也「はいはい」


 3人、下手に退場。暗転。

 明転。再び学校。


深雪「うーん、見つからないわね。っていうか、私勘が鈍いから陰でこそこそされてたら見つける自信ないんだけど。まあ、そんなバカみたいなことする人はいないわよね。和也と緋奈さんじゃないんだし」


 上手から緋奈、下手から和也が出てくる。


和也「ダメだ、こっちは見つからない」

緋奈「こっちもダメだったよー」

深雪「そう。探し物って、本当に必要な時には見つからないのよね」

緋奈「あーよくある。それで全部終わった後にあっさり見つかるんだよね」

和也「不吉なこと言うな。緋奈、その桜木先輩っていうのは美術部なんだっけ?」

緋奈「そうだよ。あ、そっか、部活やってるなら美術室探せばいいんだね」

深雪「ああ、美術室だけど今日は使ってなかったわよ。たぶん他の場所でやってるんだと思うわ」

緋奈「えぇー、今日に限って?」

和也「美術部が使うとしたら……外か?」

深雪「写生ね。可能性はあるわ。行ってみましょう」

緋奈「そうは言ってもどこに行くの? 学校の敷地内全部回るの?」

和也「そうだな……写生するとしたら日当たりが良くて、景色がいいところか? 深雪、思い当たるところあるか?」

深雪「私に聞かないでよ。美的センスゼロなんだから」

緋奈「お花がいっぱい咲いてるところがいいんじゃないかな。部活で花の写生やったことあるよ」

深雪「じゃあ中庭かしら。花壇にいろんな花が咲いてたはず。行ってみましょう」

和也「ああ」

緋奈「レッツゴー!」


 三人、下手にはけようとするところで暗転。

 明転、三人が下手から出てくる。


緋奈「ここが中庭かー。うん? なんか色々違う気がする」

深雪「はぁー、日差し強いわね。風が吹いてるからまだいいけど」

緋奈「ねぇねぇ深雪ちゃん。ここってこんなだったっけ?」

深雪「えっ。ええ、そうよ。私がここに入った時は。ここ、確か2年前に工事が入ったとかで以前よりも狭くなってるみたい」

緋奈「そうだっけ? うーん、私の記憶違いかな?」

和也「ま、多少違ったっていいだろ。で、件の人物は」

緋奈「……いないね」

深雪「跡形もないわね」

緋奈「深雪ちゃん、桜木先輩が死んだみたいな言い方やめて」

和也「そうだぞ。もういない先輩に対して失礼だぞ」

深雪「そうね、ごめんなさい」

緋奈「待って、探偵さんも十分失礼だからね?」

和也「冗談だ」

緋奈「冗談にしては物騒すぎるよ。もう、本気で言ってたら探偵さんを地獄に引きずり落として、その首でサッカーしてやるところだったんだから」

和也「お前の方が物騒だよ! ったく、で、どうするんだ? ここにいないとなると、次はどこを探す?」

深雪「うーん、もう思いつくところがないわ。いっそ学校中しらみつぶしに探すしかないんじゃない?」

和也「そうだなー。面倒だけど、やるか」

深雪「行きましょう」

緋奈「……ちょっと、待って」

深雪「緋奈さん? どうしたの?」

緋奈「私……行かなきゃダメ?」

和也「そりゃそうだろ」

深雪「もしかして、行きたくないの?」

緋奈「だって……改めて考えてみたら、先輩に合わせる顔がないし、会ったとしても何言ったらいいかわかんないし」

和也「もう一回告白して答えを貰えばいいんじゃないか?」

緋奈「そんなの無理だよ……」

深雪「あのね、告白するのにどれだけ勇気がいるがわかってる?」

和也「知らん。そういう深雪はわかってるのか?」

深雪「え。ま、まあ……それは……ちっ、わかんないわよ」

緋奈「だからね、やっぱり怖いっていうか……もう、いいかなって。どうせいい返事はもらえないだろうし」

深雪「緋奈さん……らしくないわね、どうしたのよ?」

和也「ネガティブ思考なんてお前らしくないぞ、いつもみたいに馬鹿やってろって」

緋奈「何気に心にグサッとくること言うね……。でも、いいんだ。ここまで付き合わせて悪いけど、諦めるよ」

深雪「そう……」

緋奈「これまでありがと、深雪ちゃん、探偵さん」

和也「……お前、これからどうするつもりだ?」

緋奈「そうだね、とりあえず、帰ろうよ」


 緋奈、一歩踏み出そうとするが、力が抜けたように座り込む。


緋奈「あれ? あれ、おかしいな、立てない」


 深雪と和也は黙っている。


緋奈「あは、ちょっと暑さにやられちゃったかな? まあ、これくらい少し休めば治るよね。そうだよね。……って、どうしたの、二人とも。急に黙り込んじゃって」

和也「もう、隠しておけないか。なあ、深雪」

緋奈「え?」

深雪「……ええ。こうなったら、もう話すしかないと思うわ」

緋奈「えっと、何の話?」

和也「緋奈、お前は幽霊なんだ」

緋奈「は? え、何言ってるの、こんな時に」

深雪「本当よ。信じて」

緋奈「嘘、でしょ? だって私はここにいる!」

和也「幽霊として、だ。緋奈の死は実際に確認されて、とっくに墓に入ってる」

緋奈「そんなの、私見てないもん。証拠はあるの?」

和也「今は持ってこれないけど、この町の墓場に行けば、お前の墓が立ってるはずだ」

緋奈「信じないよ、そんなの……」

和也「じゃあ、今日の朝、事務所のチャイム押せなかったよな? それは何故だ?」

緋奈「そ、それは……」

和也「今まで深雪は一度もお前に触れていない。なぜだ?」

緋奈「何が、言いたいの? 別に、それは深雪ちゃんが人との接触が苦手なだけじゃないの?」

和也「本当にそうか? 本人に聞いたことあるか?」

緋奈「ない……よ。で、でも! 探偵さんには触れるよ。ほら、スカーフを渡したときだって少し指が当たったもん」

和也「それは俺がそういう体質だからだ。悪いが、俺は例外として考えて欲しい」

緋奈「そんな。私、私は」

和也「昨日、お前は先輩に忘れられているといった。それは? そもそも、なんで記憶がなくなっていた? そして何故未だに終業式の日から後の記憶がない?」

緋奈「で、でも! 探偵さんは見てないだろうけど、昨日、桜木先輩とぶつかったんだよ。幽霊なら、物には触れないはずじゃあ」

和也「それは桜木歩も幽霊だからだ」

緋奈「え? 嘘……」

和也「お前から聞いた話をまとめれば、こうだ。お前はその終業式の日、桜木歩に告白した。しかし返答を聞くことなく逃走。帰り道を走って帰る途中に横断歩道で中学生の女子をかばい、代わりに自分がトラックにはねられて死亡。そして現在、未練にとらわれて幽霊としてここにいるわけだ」

緋奈「そんな……」

和也「わかったか? 自分がすでに死んでいることは」

緋奈「や、嫌だよ。そんなの、認めない。ねぇ、深雪ちゃん、深雪ちゃんは私が死んでるなんて言わないよね?」

深雪「……ううん、残念だけど」

緋奈「深雪ちゃん?」

深雪「和也の言ったことは本当。緋奈さんは、もう死んでるのよ」

緋奈「深雪ちゃんまで……嘘、嘘だよ! 私そんなこと信じない!」

深雪「お願い、信じて。あなたは幽霊だってこと。認めてほしい。だって私はあなたに」

緋奈「違う! 私はここにいるんだから! 私はまだ死んでない!」

和也「おい、待て!」

緋奈「うるさい、放っておいてよ!」


 緋奈、下手に走り去る。


深雪「緋奈さん!」

和也「緋奈! だめか、聞いてない」

深雪「やっぱり、言うのが早すぎたんじゃないの?」

和也「いや、遅くなればなるほど認めなくなるはずだ、あの調子じゃな」

深雪「でも……」

和也「やけに緋奈の肩持ちたがるよな、深雪」

深雪「うっ」

和也「まあ、事情は知ってるから強くは言えないけど……」

深雪「ごめんなさい、探偵は中立じゃないといけないわよね。でも、この件だけは」

和也「わかってる。俺も同じだから。緋奈のこと探しに行こうか」

深雪「ええ」


 和也、深雪、下手に退場。暗転。

 明転。


緋奈「酷い、酷いよ二人とも……。私、私は……生きてる、生きてるんだから」


 上手から通行人が歩いてくる。


緋奈「あ、そうだよ、人に聞けばいいんだ。そうすれば証明される! あの、すみません」


 通行人、緋奈の前を通り過ぎる。


緋奈「あの! ちょっと、ねぇ、無視しないでよ。ねえ! ……うそ、でしょ? 見えてない? 正面にいたのに? これじゃまるで……」


 その場にへたり込む。


緋奈「嘘だよね……? うそ、嘘……誰か、嘘だって言ってよ……! 私……。嫌、いやぁぁああっ!」


 上手に走り出す。すると出て来た歩にぶつかる。


緋奈「きゃあっ!」

歩「うわっ! って、また君?」

緋奈「え、あ、桜木先輩……!」

歩「如月さんだっけ? もう少し落ち着いたほうがいいんじゃ」

緋奈「先輩! 私のこと見えてますか?」

歩「うん? 見えてるけど」


 緋奈、歩の手を取る。


緋奈「触れる……先輩、触れてますよね」

歩「そうだね」

緋奈「ほら、私幽霊なんかじゃない。幽霊は物に触れないんだから。桜木先輩、桜木先輩も幽霊なんかじゃありませんよね?」

歩「え? この通り、幽霊だけど」

緋奈「……嘘、冗談はやめてくださいよ」

歩「嘘じゃないよ。俺は三年前に死んでる。ちょっとした事故でね」

緋奈「事故? 事故って、何ですか」

歩「それは、言えない。言ったらきっと君を傷つけてしまうから」

緋奈「そんなの気にしないでください。言ってくれないと、私先輩が死んでるなんて、信じません」

歩「……困ったな。幽霊って、生前のことを話すとだんだん存在が希薄になっていくんだよ。まあ、幽霊見える人なんてそうそういないから、滅多にそんなことにはならないけど。基本的に、幽霊同士の接触はほどんど起こらないしね」

緋奈「そんな。でも、先輩は幽霊なんかじゃないですよ」

歩「それは、何を根拠に言ってる? ちょっと責めるようになっちゃうけど、君、今の俺のこと何も知らないよね?」

緋奈「そうですけどっ、それはこれから知っていけばいいじゃないですか」

歩「何か勘違いしているようだけど、君も幽霊だろう? 幽霊に触れるのは霊感が強い人と、幽霊だけだ」

緋奈「なんでそんな事知って……」

歩「3年も幽霊やってれば分かるよ。生前の記憶が戻ってくるとより人間らしく行動できるようになる。だから自分がまだ死んでいないと勘違いしている霊も多いんだ。経験則だけどね」

緋奈「じゃあ、誰が幽霊だとかもわかるんですか?」

歩「うん。なんとなくだけどわかる。なんか、こう、生気がないんだよ。そこにいるけど生きてない。そんな感じだよ、幽霊っていうのは。君も……如月さんもそう、幽霊だ」

緋奈「そんな……」


 緋奈、歩から距離をとる。


緋奈「……先輩。私の声、聞こえてますよね。私、ここにいますよね?」

歩「うん、幽霊だけど、確かにいるよ」

緋奈「……桜木先輩。私……先輩のことが好きです」

歩「なんで、急に」

緋奈「私、死んでるんですよね。なら、もうここにいても意味ないじゃないですか。なら、言いたかったこと、聞きたかったこと、全部やってしまおうかなって」

歩「……そっか」

緋奈「はは、生前はこんなこと言うの、すごく恥ずかしくて言えなかったのに。何でだろう……」

歩「遠慮する必要がなくなったからじゃないかな」

緋奈「そうですね、そういうことにしておきます。それで、先輩は私のことどう思ってますか?」

歩「今の君は、ちょっと、な。でも」

緋奈「でも?」

歩「いや、なんでもない」

緋奈「あの、言いたいことがあるなら言ってください。聞きますから」

歩「本当にいいから」

緋奈「……そうですか」


 緋奈、その場に座り込む。


緋奈「やっと返事が聞けた。これで、やっと……」

歩「未練はもうないってこと?」

緋奈「はい。私は、これでいいんです」

歩「いいの? 本当にやり残したこと、もうない? 何か大切なことを伝え忘れてるんじゃない?」

緋奈「大切なこと? いいえ、そんなものありません。だから、私はもう……」

深雪「待って!」


 下手から深雪と和也が出てくる。


緋奈「深雪ちゃん? そうだ、お別れ言ってないや。さよなら、深雪ちゃん、探偵さん。私、もう消えるから……」

深雪「だから待てって言ってるじゃない!」

緋奈「……何、まだ言い忘れたことあったっけ?」

深雪「まだまだたくさんあるわよ。緋奈、あなたはそれでいいの? 何も変わってないままで」

緋奈「変わってない? 変わったよ、私は答えを見つけることができた」

深雪「答えですって? 何よ、それ。言ってみなさいよ」

緋奈「別に、大したことじゃないよ。ただ私はここにいなくてもよかったんだなって」

深雪「くだらない。そんなの答えでもなんでもないじゃない」

緋奈「そうだね。でも……ううん、だからもういい。もういいんだよ」

深雪「何がもういいのよ。まだ何も解決してないわよ」

緋奈「私はこれで幸せなの。未練だってもうないし……」

深雪「あるじゃない。緋奈はなんで私たちとあの日の答えを探してたのよ? こんな結末を迎えるためじゃないでしょう! あなたはもっと違う答えを求めていたはず!」

緋奈「深雪ちゃんに……深雪に、私の何がわかるの!?」

深雪「わからないわよ! だからこそ、私たちはあなたと一緒に探してたのよ!」

緋奈「そんなのただのお節介だよ! ただの他人のくせに、口出してこないでよ! 深雪には関係ないでしょ!」

深雪「関係あるわよ!!」

緋奈「っ何が」

深雪「関係ある。あるわよ。だって、私はあなたに命を救われたんだもの」

緋奈「え?」

深雪「今の私がいるのは、あなたのおかげなのよ。あなたがいなかったら今頃死んで、幽霊になっていたのは私の方」

緋奈「どういうこと……?」

深雪「……それは」

和也「それは、俺が説明するよ」

深雪「ごめん、お願いしていい?」

和也「もちろん、真実を話すことこそ探偵の仕事だからな」

深雪「私も一応探偵してるんだけどね。苦手なのよ、こういうの」

和也「知ってる」

緋奈「えっと……?」

和也「ああ、悪い。今から説明する。緋奈、お前が人をかばって死んだことは覚えてるな?」

緋奈「記憶はないけど、探偵さんから聞いた話は覚えてる」

和也「お前がかばったのは深雪なんだよ」

緋奈「……ちょっと待って、あの時は中学生の女子って言ってなかった?」

和也「ああ、そうだ。だから、中学生の深雪をかばったんだ。俺もそのとき現場にいた」

緋奈「嘘、それじゃつじつまが合わない。深雪は高校生で」

和也「まだ分からないか? お前が死んだのは今年じゃない。三年前に死んでるんだよ」

緋奈「三年前に? ……でも、私二日前に起きたばっかりで」

和也「幽霊になるまでの期間は人によって違う。なんでそうなのかはまだわからないけど、緋奈の場合、死んでから三年の月日が必要だったってことだ」

緋奈「嘘……あれから、三年も経ってるなんて」

和也「信じられないか?」

緋奈「…………」

深雪「薄々そんな気はしてたんじゃない? ほら、中庭の花壇とか」

緋奈「……そう、だよね。多分、自分でも気づいてた。私が、それを認めようとしなかっただけだったんだ」

深雪「わかった? 私が無関係じゃないこと」

緋奈「わかった、けど。深雪はなんでそんなに私に気にかけてくれるの?」

深雪「私は、あなたに幸せになって欲しいのよ」

緋奈「幸せ? 幽霊なのに?」

深雪「生きていようが生きていまいが関係ない。誰にでも幸せになる権利はあるでしょう?」

緋奈「ある……のかな?」

深雪「ある。あなたに助けられた私だから保障してあげる。というかなかったら私が許さないわ」

緋奈「そっか。……ふふ、そっかぁ」

深雪「な、何よ?」

緋奈「ううん、なんでもない。深雪、私、深雪と知り合えて良かった」

深雪「何言ってるのよ。ずっと前から知り合いでしょ?」

緋奈「ふふふ、そうだね。私は覚えてなかったけど。ごめんね、覚えてなくて」

深雪「構わないわ。今こうして私と友達になれたんだから」

緋奈「友達? 私たち、友達?」

深雪「ええ、当然じゃない。私たちは正真正銘の友達よ。ついでに言えば、和也もね」

緋奈「そっかぁ。……ふふ、そっか。ああ、そうだよ、伝え忘れてたことあったじゃん」

深雪「うん?」

緋奈「深雪ちゃん、ありがとう、大好きだよ」

深雪「……ええ、私も」


 間


和也「桜木歩さん。まだ、緋奈に伝えてないことがあるんじゃないですか?」

歩「……まったく、お人好しにもほどがあるよね、君たちは」

和也「それは自分が一番よくわかってます」

歩「活動的なのはいいけど、君。生き急ぎすぎるなよ?」

和也「忠告、感謝します。では、せっかくですので少し言わせてもらいます」

歩「うん、聞かせてもらうよ」

和也「あなたが幽霊として今までしてきたこと、俺は全部知ってます。知った上で、それはすべて余計な手出しと言わせてください。この世の問題を解決するのは、この世の人間でなければならない」

歩「ふーん、そっか」

和也「これ以上手出しをするつもりであれば、俺はあなたを除霊するところでした。ですが、その必要はなかったみたいです」

歩「当然だよ。俺の運命は俺が決める。最後の最後で他人に余計なことされなくてよかった」

和也「相当自我が強いですね。なんでこんなやつ緋奈は好きになったんだか。……ほら、緋奈が待ってますよ?」

歩「はいはい、じゃあ、お言葉に甘えて」


 深雪、和也、二人を残して下手へ退場。


緋奈「桜木先輩」

歩「さっき言えなかったけど。でもその前に。実は、緋奈ちゃんのことは覚えてたんだ」

緋奈「えっ?」

歩「最初見た時はびっくりしたけどね。あの時から何も変わってなかった」

緋奈「それは、先輩もじゃないですか」

歩「あはは、そうだね。緋奈ちゃん、さっき言ったことは、本当だ。あの時の緋奈ちゃんは自暴自棄だった。俺はそんな君は好きになってない。だからそう言った」

緋奈「す、すみません。って、え?」

歩「今の緋奈ちゃんは、好きだよ。三年前の、明るくて馬鹿のままで」

緋奈「ひ、ひどい。馬鹿って、今言わなくても」

歩「今だからこそだよ」

緋奈「どういう意味ですか?」

歩「さぁ? ……緋奈ちゃん、お互い死んじゃったけど、これから一緒にいてくれないか?」

緋奈「は、はい、よろしくお願いします……!」


 二人、手をつないで客席側を向く。そして、力が抜けたように倒れる。

 暗転。

 明転。舞台の真ん中には二つのお墓。

 上手から和也が出てくる。


和也「如月緋奈、桜木歩……今までお疲れ様でした。あなたたちが死してなお存在していたことをこの俺が保証します」

 お墓の前で手を合わせる。

 下手から深雪が出てくる。


深雪「あれ、和也?」

和也「深雪。お前も墓参りか?」

深雪「ええ。これをあげようと思って」

和也「なんだそれ?」

深雪「マーガレットよ。覚えてないの?」

和也「……ああ、そういえば」

深雪「そういうこと。お金がなくて一輪だけどね」

和也「はは、相変わらず赤字だな。貧乏にもほどがある」

深雪「仕方ないわよ、幽霊を相手にしてるんだから。幽霊はお金を払えないしね」

和也「そうなんだよな。通常の依頼がもっと増えればなぁ」

深雪「高望みしすぎない。私たちはこれくらいがいいのよ」

和也「そうだな」


 深雪、花をお墓の前に置く。


深雪「緋奈、あなたが好きだと言ったマーガレット。花言葉は……恋占い」

和也「恋占いか。なんとも分かりづらい」

深雪「いいじゃない。伝えられない恋心。この想いが相手に届いて欲しい……そう願ったんでしょうね」

和也「緋奈のくせにロマンチックだな」

深雪「元々そうだったじゃない。夢見がちの、明るくて、勇気のある人だった」

和也「そうか? ……そうだな。緋奈は、お前を救ってくれたんだもんな。緋奈、ありがとう」

深雪「あ、そういえば、まだちゃんとお礼言えてなかったわ。緋奈、ありがとう、私を助けてくれて。そしてごめんなさい。私のせいで、あなたを死なせてしまった」

和也「湿っぽい話は無しにしようぜ。あいつに暗い顔は似合わない」

深雪「ふふ、そうね。緋奈さんは笑った顔が一番似合っていたわ。……ふぅ、話もこれくらいにして、終わらせましょうか。如月緋奈さん。桜木歩さん、今までお疲れさまでした。私たちはあなたたちの幸福を祈っています」

和也「どうか天国で」

和也、深雪「安らかに」



終わり

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