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ゾンビはレベルが上がった G  作者: 竹内緋色
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5 当夜

5 当夜


 昼間の間、随分と矮人はハレイシャについて質問された。

「それほど知らないパフ」

「それは被り始めたな」

「あっちが後釜パフ」

「妖精に譲るのが男ってもんやで」

「無茶苦茶な」

 矮人は考え込む。ラシアとラテが言っているのは、新たな語尾を考えろということなのだった。

「暇なのザウルスね」

「……」

「……」

 そこにはしばしの沈黙があった。

「おかしいザウルスか?」

「いや、お前がいいのなら、いいんだ」

「そうやな」

「すごく哀れな目をしてらっしゃる!」

 ゾンビは昼間活動できないにも関わらず、眠ることも許されない。なので、つまらないことで暇つぶしをしなければならないのだった。そして、その被害者になるのは大概矮人なのである。

「ところで、先生は見つかったザウルスか?」

「それはだな……」

 ラテが言いにくそうに言葉を濁すので矮人は首を傾げる。

「女子さんはずっとあんたとかわいこちゃんとのやりとりを聞いとったさかい、全然先生を探しとらんのよ」

「お前だって――」

「そうザウルス。心配かけたザウルス」

 矮人は頭を下げる。

「どうして頭を下げるのだ」

 ラテが気味の悪いものを見たような顔をする。

「だって、俺のこと心配したザウルスよね。心配かけてすまなザウルス」

「ふ。はははははは」

 ラシアは腹を抱え、足をばたつかせて笑い出す。

「こりゃ、筋金入りやでおなごはん。こりゃあ、な、苦労するわな」

「はぁ」

 ラテは呆れたように深い溜息を吐いた。矮人は何故笑われ、何故呆れられているのか理解に苦しむ。女の子は分からないと思った。

「じゃあ、先生についての情報はないザウルス。ハレイシャも先生を知らないと言っていたザウルス。外からの人間は目立つと言っていたザウルスが……」

 そんな時、部屋のドアの隙間から一枚の紙が滑り込んできた。ドアに一番近かった矮人が手に取り確かめる。

「俺宛に?」

 矮人は内容を確かめた。

「宿のおばちゃんが届けてくれたんとちゃう?里から?」

「そんなわけないザウルス」

 手紙はハレイシャからだった。この地方の習わしであるのか、丁寧な季節の挨拶の後に、今晩、会いたいという内容が書かれてあった。

「うん?どれどれ?お姉さんに見せてみ?」

 矮人は手紙を横取りしようとするラシアから逃げる。

「なんや。ラブレターかいな」

「そ、そそそ、そんなんじゃ!」

「やかましいぞ」

 ラテが迫力のある声で叫ぶ。矮人とラシアはその場で硬直してしまう。ラテは固まっている矮人に近づき、おもむろに手紙を奪おうとした。そのことに気がついて、矮人はさっと手紙を隠す。

「何をしようとするザウルス」

「罠かもしれん」

「大丈夫ザウルス」

 ラテがかなり強引な所があるのを矮人は知っているので、仕方なく、内容を話す。

「俺一人で行くから問題ないザウルス」

「人質にでもされたらどうするんだ」

「助けに来るザウルスか?」

「……」

「……」

 ラテとラシアは矮人から目を逸らす。せめて何か言って欲しかった、と矮人は嘆く。

「ハレイシャは先生について何か情報を掴んだのかもしれないザウルス。あと、今晩は先生探しが遅れるから、ごめんザウルス」

 はあ、とラシアは溜息を吐く。

「ウチらのことを忘れてゆっくり楽しんでき」

「?」

 首を傾げている矮人を見て、ラテとラシアは二人そろって大きく溜息を吐いた。


 日が落ちてすぐ、矮人はハレイシャとの待ち合わせ場所に向かった。宿に近い、薄暗い場所で、人間の目からは暗くて足元は見えないだろう。

「待たせたザウルス」

「また話し方が変わったんですね」

 矮人はハレイシャの指摘に感動しつつも、ハレイシャが思いつめた顔をしているのが気になった。

「なんか用ザウルス?」

 しばらく気持ちを整理するように大きく呼吸をした後にハレイシャは一言一言を大事に言葉を紡いだ。

「私を殺してください」

 矮人は何を言われているのかを理解できなかった。しばらく聞いた言葉を頭の中で反芻させる。

「私が生きていたら、お兄ちゃんとお姉ちゃんが苦しむ。働けない私はこのままじゃただのお荷物になってしまうの。だから――」

 矮人はハレイシャの肩を掴んだ。

「そんなことを俺の前で言わないでくれ」

 矮人は心なしか気がついていたのだ。ハレイシャと自分が同じであることを。

 夜道に一人で出歩くなど、命を捨てようとしているに等しい。城壁で囲まれているとはいえ、魔物に襲われないとも限らない。

「死にたいだなんて……」

 かつての後悔が矮人の体を焼いた。

「死んだらさ、本当に何も残らないんだ」

 ゾンビは涙を流せない。死んでいるのだから、生理的反応は必要ないのだ。ゾンビはただ、死んだものが生きているように動くという現象でしかない。そこにはもう、命の概念はない。「あなたに何が分かるの」

「ずっと苦しまなくちゃいけない」

「旅人ならすぐに出れば罪にはならない」

「お願いだから一思いに」

「出来るわけないだろ……」

 矮人は憎しみのこもった瞳でハレイシャを睨む。

「お前は俺にこれ以上罪をかぶせるつもりなのか!」


「告白に立ち会わんでよかったん?」

「うるさい」

 ラシアとラテは矮人から離れ、城壁の周りを探索していた。外から中へと調べることによって、中にいる先生を追い込むという作戦なのである。

「やつがどうなろうと私が知ったことではない」

「でも、ウチは気になるなぁ。あの子、ウチに気が合ったみたいやさかい」

「ふっ」

「なんでわろたん」

「いや、そこまで自意識過剰だと笑い話にしかならないな、と思ってな」

「ホントにぶん殴ったろか」

「お前に殴られる前に私がお前の憎き贅肉の塊をハチの巣にしてやる」

「自分がまな板やからって、嫉妬かいな。ガキくさっ」

「なんだと?」

 そんな時である。ラシアとラテは地面に小さな振動を感じる。

「地震?」

「いいや、これは――」

 ラテは鷹の目を使い、遠方からの来訪者を捉える。

「魔物の群れだ――」


 時は昨晩に遡る。

 年端もいかないガキに倒されてしまった傭兵たちは聖圏最北端の町、バロンから逃げていた。いい恥さらしであるのと同時に、きっちりと仕返しをしてやろうと戦線へと向かう心づもりであった。

「ああん?なんだ?」

 しばらく覚束ない足取りで歩いていると、四人は何かにぶつかる。何であるのかを確認する前に、ぶつかった一番前の男は殴られ、頭がスイカのように簡単に破裂した。

「おい、セイ。簡単に殺すなよ」

「賽は天高く投げられた」

「ヒャン。セイに何を言っても無駄だよ。聞きゃあしない」

 怯えている傭兵たちに、一人の男が歩み寄る。柔和な笑顔がより不気味だった。

「すいません。夜分にお騒がせして。もしよければ、このような場所にいらっしゃる理由を教えていただけませんか?」

「お前たちはなんなんだ!」

 傭兵の一人が叫んだ。男は叫んだ傭兵の襟首をつかみ揺さぶる。

「質問を質問で返すなッ!」

「ひぃいっ!」

「おい、ルック。やめとけ。お前ら、こいつは変な所で怒るから、さっさと質問に答えな」

 三人の男たちはみすぼらしい浮浪者のようななりであり、傭兵はいつもそんな者たちを虐げる立場であるにも関わらず、従うことしかできなくなっていた。

「ガキに恥をかかされたから、仕返しをしようと」

「尻尾を巻いて逃げてきたのか」

 傭兵たちは抗議しようとしたものの、目の前に転がる傭兵の亡骸を見て、考えを改める。この者たちは普通ではない。

「そのガキ。どんなのだった?ほら、なんか変な剣とか持ってなかったか。あれはアウル族って奴らが持ってるものにそっくりなんだが。そうだな、確か、この辺りに住んでいた民族でな」

「俺、知ってるぜ」

 にやにやと後ろの方で話を聞いていた傭兵が答える。

「ほら、この前目障りだからって殺しまくった奴らだよ。先月のでもう最後だったんじゃねえのかな。そいつらが持ってた剣にそっくりだったな」

「いい情報をありがとうな。お前たちの仇は俺たちが取ってやろう。しかし、お前らはそれを見ることができない」

 ヒャンと呼ばれていた男がくるりと傭兵に背を向けた。それだけで三人の傭兵の体はぼろぼろと何個かに分かれて地面を転がった。

「情報をくれたんだから、情報をやらねえとフェアじゃねえよな。俺はな、その村で大分前に死んだ人間なんだよ」

 傭兵たちはすでに息絶え、それを聞いているものはヒャンたち以外にはいなかった。

「ルック。どうもこの先の町に奴らはいるみたいだ。町の名はバロン」

「ふう。仕方がありませんねえ」

 そう言ってルックと呼ばれた男は奇妙な縦笛を吹く。その笛は何一つ音がしなかった。

ドドドドドドドドド。

小さな地鳴りとともに何かがルックたちの前に現れる。

「一晩待ってください。それまでに仲間を集めましょう」

 ルックは現れた黒く大きな影に飛び乗り、セイとヒャンに告げる。

「ちんたらすんじゃねえぞ」

 ルックはセイとヒャンに手を振って、黒い何かとともにどこかへと去っていった。


「一体、なにが――」

 矮人が辺りを見渡した瞬間、その瞬間に決定的な終わりの時が訪れた。

「壁が……」

 木で作られていた壁が大きな音を立てて倒れる。その音を聞き、人々は屋外へと出て逃げ惑った。矮人はそんな人々をはた目に、姿を現したものを睨む。

 それは巨大な昆虫であった。黒くつやつやとした光沢。ぴょんと伸びた長い触覚。

「あれは魔物なのか」

 昆虫は一匹ではなかった。何匹も町の中へと入ってきている。

「う、ううぅ……」

「おい、ハレイシャ。どうしたザウルス」

 ハレイシャが胸を押さえて苦しみだしたので、矮人はハレイシャに呼びかける。ハレイシャはゆっくりと膝をつき、そして、地面に倒れていった。

「まさか、嘘ザウルス」

 矮人はハレイシャに近づき、拍を取る。だが、鼓動を感じない。心臓に耳を寄せても、なんの反応もない。矮人はハレイシャが心臓の病気を持っていたことを思い出す。

まさか、その病気が……

「矮人!」

 銃声とともに赤い髪のゾンビ、ラテが現れる。後からラシアもかけてきた。

「ハレイシャが……ハレイシャが……」

 矮人は譫言を呟き、ぼんやりとラテを見上げる。ラテは持っていた銃で思い切り矮人を殴る。

「死んだらただの死体だ。まさか、お前、死体を自分の仲間だと思っているんじゃないだろうな」

「おなごはん。ちょっとそれは言い過ぎとちゃう?」

「この大陸の神話に死体を愛でて犯したという英雄の話があったがな」

「人が、死んだんザウルス」

「ああ。だから、もう、生きていないだろう?」

 矮人は怒りをあらわにしてラテに飛びかかる。だが、ラテは踵を起点にくるりと回転し矮人の攻撃を避け、その勢いで露わになった矮人の背中を蹴りつけた。

「周りをよく見ろ。そして、お前が今すべきことをよく考えろ」

 矮人は辺りを見渡す。そこには何体もの虫がいて、人々を襲っている。逃げ惑っている人の腹に牙を突き刺し、虫はむしゃむしゃとその腹を貪る。血が水を溢したように地面を濡らす。

「怪物を全て倒すのは難しい。だから、人々を避難させる。この町の外まで。壁が邪魔をして、上手く逃げられない状況だ。安全に誘導せねばならない。人は夜目が効かない。それにかなり混乱している。今は、お前の力が必要なんだ」

 頼られたということに驚き、矮人はラテを見る。ラテはさっと後ろを向いて表情を隠した。

「あっらぁ。ラテちゃん、どうしたのかなぁ?」

「貴様、今すぐ殺すぞ」

 ラテの言葉には今一覇気がなく、ラシアは笑ってしまう。

「少しだけ待ってくれ」

 矮人はハレイシャの亡骸を民家の中に運び入れる。

 民家から出てきた矮人は言った。

「さあ。みんなを助けるぞ」

 三人の人でなしは人々を守るために行動を開始した。

「みんな、落ち着いて門の方へと急ぐんだ」

 落ち着くと急ぐは微妙に合致しないがそれでいいのか、と迷いながら矮人は町中を駆け巡る。矮人は散り散りになった人を集めるのが役割だった。ラシアは集まった人々を誘導し、ラテは誘導されている人々を襲う虫を攻撃する。

 三人は誰一人として虫を倒すことを目的としていなかった。

「くそっ」

 矮人は三人の人間を守りながら、ラシアたちと合流しようとしていた。だが、矮人たちを三匹の虫が襲う。

「隙を見て逃げるんだ」

 矮人は自分の愛刀である月下美人で虫を切るが、硬いからで覆われていて、斬ることができない。もしも倒すのであれば、比較的脆い、節と節の間を狙わなければならない。

 矮人は虫の首と胴体の間にある節に刃を突き立てる。

 切れ味の良い月下美人はさっと虫の頭と胴を切り分ける。

「お父さん!」

 そんな時、悲鳴が響く、何事かと見ると、三人いたうちの一人が虫に襲われ、口の中に飲み込まれて行っていた。残った二人に血の雨が降り注ぐ。

「ボケっとするなザウルス!早く逃げろザウルス!」

 矮人は急いで残された二人の元に向かう。三匹の内、一匹を矮人が倒し、もう一匹はおいしそうに人間を食べている。そして、最後の一匹が二人に襲いかかろうとしていた。

「早く、今のうちに!」

 矮人は月下美人で虫の歯を受け止める。刃が火花を散らす。

「死体はうまくないザウルス」

 二人が急いで逃げているのを見て、矮人はさっと後ろに跳び、攻撃を避ける。虫たちが混乱している隙をついて、二人に追いつく。

「さあ、早く行くザウルス」

 矮人は後ろから迫ってきた虫の相手をする。倒していては人が襲われる。なので、建物に虫を突っ込ませ、行動できないようした。そして、二人に追いつこうとした。

「な……」

 矮人が二人の元に向かったときには、もう遅かった。地面には血だまりができ、そこに肌色の右手が二つ落ちている。他にも体の部品がたくさん――

「矮人!早く逃げるぞ」

 ラテは矮人の後ろに迫っていた虫に銃弾を放つ。銃弾はほとんど効かない。銃というのは敵が巨大になれば巨大になるほど、急所に当てなければ効果がなくなる。故に、ラテの攻撃は虫への脅しと注意を逸らす程度しか効果を得ない。

「なんで、なんでこうなるザウルス」

「今はそれを考えても意味がない」

 ラテは矮人を無理矢理引っ張り、町の外へと急いだ。


 町は音を立てて崩壊していった。そこにはまだ、虫の魔物と残された人々がいるはずであった。

「まだ子どもが、子どもが!」

「ハレイシャの――」

 矮人にすがるようにハレイシャの姉が言った。

「妹もまだ……」

「ハレイシャは死んだザウルス」

 矮人はもう迷いはしなかった。それがどれほど辛い現実であろうとも、

「なんで、どうしてそんなことを……」

 仕方がないのだ、と矮人は苦し気に心の中に吐き捨てる。世の中は不条理で、いとも簡単に小さな個人の命など奪い去る。それは、矮人がよく知る事実であった。

「なんだあれは!」

 壊れていく町を眺めていた人々から声が上がる。

 町から黄金の光が放たれていた。


「何をぼーっと見つめているんだ、セイ」

 壊れていく町を眺めていたセイにヒャンは聞く。だが、セイから返事はない。

「何か昔のことでも思い出しているんじゃないのか?」

 つまらなさそうにルックは言った。

「あの町の出身だったのかもしれない」

「こいつを拾ったのはそこの戦場だからな」

 ヒャンはつい最近のことを遠い昔のように思い出していた。

 砂嵐がひどくなる少し前、ヒャンとルックは闇に隠れて、軍の野営地を襲った。それで二人は生き延びていた。ゾンビは腐敗を防ぐために何かを殺さなければならない。魔物の多い荒野はゾンビにとっては分が悪く、危険も伴う。なので、たとえなにか突発的事故で死んでもおかしくなはいと思われる人々、つまり、軍人を殺して生き延びていた。決して乱獲はしない。両軍ともにその場所が危険だと思えば、エサがなくなってしまう。だから、少しずつ少しずつ、魔物に襲われていると装って人を殺していった。

 二人は戦場のど真ん中を歩いていた。陽が上るまでに北の軍から南の軍の方へと猟場を変えるのが目的であった。

 そんな時である。戦場を幽霊のように彷徨う影があった。初めは二人とも魔物かと思い、その影を警戒したが――

「ありゃ、同類だよ」

 同じゾンビであると分かり、話しかけることにした。

「こいつ、最近ゾンビになったばかりだな。今日死んで、なったくちか」

 ヒャンは人影のゲージを覗き込み、そう判断した。

「ううぅ。ああぁ」

 人影は奇妙なうめき声を上げていた。こいつは世に聞くシ骸かと思い、人影を倒そうとした時だった。

「おやめなさい」

 いつのまにいたのか、シスターの服装をした女性が三人の前に現れていた。

「その人はシ骸ではないわ」

「ほう。色々と詳しいってことは、お前も人間じゃないってことか」

「ええ」

 その女はお道化るように言って見せる。そして、近くの死体へと手を伸ばす。

「本当のシ骸っていうのはこういうのを言うのよ」

 死体はガキガキと体を動かし、再び動き出した。四つん這いになり、獣のような荒い息を立てている。

「これは私にだけ作れる、より獣に近いシ骸」

「ということは、あなたはワイトなのですね」

 ルックが構える。ヒャンはそんなルックに戦闘態勢を解くように言う。

「どうしてですか」

「俺たちでは敵う相手ではない」

 ヒャンはシスターの一件無防備ながら、自然体であり、少しも隙が無い姿を見て、格が違うと判断した。

「話が分かるようでありがたいわ」

 シスターは笑みをこぼして言う。

「あなたたちに話があって来たの。どう?いい話だけど、乗らないかしら」

「聞かなければ?」

「ここで殺す」

 ははは、とヒャンは笑う。ゾンビの世界とはそういうものなのだ。

「いいぜ。でも、その依頼の成功報酬が殺さないことってのは無しだぜ。無いってなら、今ここで殺されてもいい」

「なかなか商売上手ね。いいわ。きっとあなたたちにとっていい話だもの。もし、私が言った三人のゾンビを殺してくれたら、あなたたちをワイトにしてあげるわ」

「つまり、ワイトキングに会わせてくれるということだな」

「ふふ」

 ヒャンはシスターの笑みを了解の意だと汲み取った。そして、流れ的にその時の人影であったゾンビを仲間に、シスターの言った標的を探していたのであった。後に、その人影は記憶がないことが判明し、仮の名として、二人はセイと名付けた。

「おい、ヒャン。なにか近づいてくる」

「え?」

 気がつくと、町には黄金の光が差していた。それは一目でゾンビの毒であると分かる。その町から砂飛沫を上げて何かが三人の元へと近づいてきていた。

「逃げろ!」

 ヒャンはいまだ放心状態であるセイを掴んで、急いでその場を後にした。


 外は争いで忙しい。だが、誰もいない家の中は奇妙なほど静まっている。

 男はゆっくりとそして滑るように床を行く。その先にあるものを見つけ、そっと身をかがめる。そこにはもう返事のない少女が一人。

「ゾンビというのは感覚が鈍いからね。見落としたのだろう」

 男は少女の手を取る。体温は感じない。すっかり冷たくなり、死体のような冷たさだった。

「まだ、死んではいない。心臓の発作というのは心臓が痙攣しているだけ。まだ、間に合うさ」

 男は懐からナイフを取り出す。そして、少女の胸に向かって、ゆっくりとナイフを突き立てた。寝間着のような衣服とともにその白い肌が破かれる。破かれた肌からは綺麗な赤が滴る。それはまだ少女が生きているという証拠だった。

「君はこれから力を得るだろう。だが、それは君を不幸にするかもしれない。死んだ方がマシだと思うようになるかもしれない。でも、そんなことを私に言われても困るよ。なにせ、気まぐれで君の命を救ってやるのだから」

 男はナイフをしまい、その代わりに、光輝く金色の実を取り出す。男はそれを勢いよく刃物で開けた傷口に差し込んだ。

「仮初の聖樹から生み出された禁断の果実。果たして、そこにはどのような人類の歴史が刻まれているのか」

 男はそう言い残すと、影のようにどこかへ消え去った。その場には胸から血を流している少女しか残されていない。男がいた形跡は何一つ残りはしなかった。

 しばらくして、変化は起こった。

 少女の傷口が黄金に光輝いたのだ。その光は少女の体を飲み込み、そして、町をも光で飲み込む。

 そして、少女は、生き返った。

「私は力を手に入れた。化け物を殺す力を」

 この時から少女は名を捨てた。その名を持つものは一人いればそれでよい。残された命が無事であれば。

「今から私は勇者だ。ただ、それだけでいい」

 少女が手を振ると、そこには一振りの剣が現れた。聖なる力を秘め、魔を殺す必殺の呪い。

 少女は町を荒らす怪物たちを殺し始めた。


 全てが終わった。

 勇者は助けた赤子を手に、親のいる場所へと向かう。父親は戦地にいる。だから、母親しかいない。かつては何度も抱きしめた子であるのに、今はどうにもぎこちない。

「ハレイシャ!」

 町はずれに避難していた人々の内、若い女が勇者に向かって行く。

「私はこの荒野全ての魔物を殺しまわる」

「待って。あなたはどうして」

「私は勇者だからだ」

 私と同じ名を持つ子よ。どうか幸せに。

 勇者となった少女は砂の混じった風の中に姿を消し、二度とその町へと帰ることはなかった。



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