4 前夜
4 前夜
「一体あの男は何を運んでいたのか」
悔しそうな顔でラテが呟く。矮人たちは今、先生の荷車に乗って運ばれていた。外はもう陽が上っているはずであるが、布の被された荷台の中は暗く、日光が入ってこない。
「日光を嫌うものを運んでいるようだな」
「気にしすぎちゃう?」
昨夜のことがあったからか、ラシアは苛立ちながらラテに抗議する。
「ゾンビでもはこんどったんちゃうかとでもおもとんかいな。それは気にし過ぎやわ」
「だが、これほどまでに日光を遮断する布を有しているのは納得がいかない」
腑に落ちないという顔をラテは終始していた。矮人も先生を信用することには反対であった。どうにも先生の正体が分からないというのが理由であった。饒舌さや知識量は商人に足るものであったが、恰好やありかたは商人とするにはどうもちぐはぐであった。ラシアは小さなことを気にはしないので、訝しんでいる二人が不思議でならなかった。
「少なくともワイトに襲われてはおらんみたいやで」
ラシアは外から聞こえてくる人々の声からそう判断した。シ骸になると理性を奪われ、獣の如き、ただ人を食らう怪物になるのであった。
「これが一番戦地に近い町パフ……」
先生は堂々と人々で賑わっている通りを移動しているようであった。そちらの方が荷車の通り道があるので都合がよい。
「やけに賑わっていると思いませんか?」
先生が矮人たちに話しかける。
「そうパフね」
矮人が訪れたことがある町はヤルダバオトだけであった。その町はラシアの故郷でもあるが、人々が貧困から飢え苦しむ町でもあった。町で活気があるのはほんの一部で、特権階級である貴族が弱者から採取する町であった。
「大声では言いにくいのですが、ここは兵士たちの宿町のようになっているのです。兵士たちが体と心の傷をいやす場所。兵士は町の人に感謝し、ひどいことをしはしません。もともと兵士たちはこの町のように小さな町で生まれ育った者が多いですから。兵士たちにとって一番の栄養は町の人々とのふれあいです。ここでみな、故郷を思い出すのです」
「でも、戦争なのパフ」
暗い口調で言った矮人に先生は思わず笑ってしまった。
「どうして笑うパフ」
「いいえ。あなたがたはなかなか大変な道のりを歩いていらっしゃったようだ。確かに、私もこの町の賑わいには驚いていますが」
矮人は自分に覆いかぶさっている布を取り外したい衝動に駆られた。布の外には笑顔がたくさん待っている。この中で生前誰も得ることができなかった宝物が。
「戦争も実は形だけのものとなっているのです。空白地帯は砂嵐の影響で実はまだ誰も全体を把握していないのです。砂嵐の中に国がいくつもあるなんて伝説があるくらいですからね。お互いに勝たないように戦争をして、それで国を成り立たせているという不思議な関係というのがあるのです」
村にいるときは世界が閉鎖的なものだと矮人は思っていた。変わらない日常。続いて行く苦しみ。それを受動していくことを拒み、矮人は死を選んだ。しかし、それが間違いであることを矮人はまざまざと見せつけられた気分になった。自分は井の中の蛙であったと。世界は広く、その広さ以上に人々の様々な生きざまがあるのだと。自ら死を選んだ後悔は尽きない。
「さて。みなさん、宿につきましたよ」
「明りは大丈夫なのだろうな」
「ええ。日の辺りが悪いところを選んだので少し移動時間が遅くなりましたが」
ラテは矮人に視線をやる。つまりは、お前が最初に行けと命令しているのだった。矮人は渋々荷車から出て行く。
世は昼であった。色とりどりの色彩は目を楽しませてくれるものの、ゾンビたちには毒である。日差しは舞い込んでこない。ちょうど建物の影であるということと、城壁の影ということもあり、大分じめじめとしているようであった。
「この町は外から出も分かっていたでしょうけど、周りの守りは強固です。作られた当初は要塞にでもするつもりだったのでしょう。しかし、今は実に平和なものです」
「なあ、あんた、俺たちのことを……」
「ええ。伝え聞いたことはあります。この世界には日光に当たると死んでしまう人々がいるということを。そう言う人々は迫害され、国から追われるというのがつきものです。あなたがたもそう言う事情がおありなのでしょう。他人に告げ口は致しません。なにせ、お嬢さんたちが怖いですから」
先生は矮人に向かってウインクをする。矮人は自分たちの正体がバレたのではないと知って、胸をなでおろす。
「でも、宿の料金は別です。私も荷物を失って何一つ持たぬ身ですから、私の分も払っていただけるとありがたいです」
「これでどうだ」
荷車から這い出てきたラテが先生に金属でできたアクセサリを渡す。
「町で売って、金にしろ。半値はよこせ」
「では、半分はいただいていいのですね」
「ああ。情報料だ」
口止めも兼ねていそうですが、と軽口をたたいた後、先生はアクセサリを受け取り、喜んで日向に飛び出して行った。
「あれは帰ってこんだろうな」
「ええんかいな」
「厄介払いは済んだだろう」
矮人たちは宿屋に進む。先生が話を通してくれていたのか、何も言わずに部屋に通される。
「ちょうどいい暗さだ」
湿気で床が少し軋んでいることに矮人は気がついたが、そのようなことを気にしていてはゾンビは務まらない。
「あのアクセサリはどうしたパフ?」
「町で奪ったものだ。持ち主はもうシ骸になっていた」
闇夜に蠢くシ骸の影。それを思い出し、矮人は嫌な気分になる。それを一掃しようと、床に寝転がった。
「ベッドが一つしかないけど、どうする?」
「当然私のだろう?」
「はあ?ウチのに決まっとるやろう」
あらかじめ自分の分が入っていないことに気がつき、矮人は大きくため息をついた。
陽の光が一切入らない暗闇の中、ゾンビたちは何もせずただ座っていた。ベッドの所有権を争っていたラテとラシアも結局ベッドには寝ない。ゾンビに熱は禁物であり、ただ、意地を張っていただけなのであった。
「ラテはいつからワイトを追っとん」
しばしの沈黙の後、目をつぶっていたラテはゆっくりと目を開ける。
「半年ほど前だ」
「で、死んだんは?」
「……」
その問いにラテは答えなかった。一年もめぐっているのなら、どれほどこの大陸を巡っているのか、矮人は気になった。
「どんなところを巡っていたパフ?」
ラテは大きくため息をついた。
「お前たちが期待するほど旅をしてはいない。ずっと追われていたのでな」
矮人はラテを瀕死にまで追いやったハンターを思い出し、ラシアもまた、ラテを襲った町はずれの酒場の連中を思い出していた。
「どうして追われるパフ。ゾンビを殺すものだからパフ?」
「ハンター狩りに狙われ始めたのは最近だ。それまでは同じハンターから逃げていた」
「どういうこと?」
ラテは自身のことを知られるのを嫌っていた。だから、別に述べなくともよかったのだ。
「私はハンターの集団から離脱した。そのことをよく思わない連中から逃げていた。ほとんど半年な。不帰の森からようやく出られそうという時になって、そこの坊主とであった」
ラテは自身の過去を語ることによって少し気持ちが軽くなるような感覚を覚えた。ラテにとってはそれほど重荷ではない出来事であるが、旅は軽装のほうがいい。
「だから、こうやって旅をするのは初めてだ。知識はあるがな」
不帰の森とは、東の大陸の東部から北部にかけて広がる大きな森のことである。木々が生い茂っており、また、魔物が多く生息するということもあって、一度入ったら出られはしないということで不帰の森と呼ばれていた。矮人の暮らしていた村は不帰の森と町があるその境目付近であった。小さな村などは森の入り口にあり、外は危険ということもあって、あまり外出はできないのであった。
矮人はゾンビになってからまだ一週間ほどしか経っていないことを思い出す。かなり長い年月を過ごしたような気さえする。
「砂嵐で進めへんみたいやけど、どうするん」
それは北上できないということでもあった。となれば、南に引き返すか、東か西へと向かう他にない。だが、西には荒野が広がっている。荒野はゾンビにとって、ひどく相性の悪いところであった。日中は遮るものがないので、穴を掘って隠れるほかにないが、穴を掘るには時間も労力もかかる。
「東には山脈が連なっている。私はそいつらのせいで不帰の森から抜けられなかったのだ」
荒野と不帰の森の間には高い山々が連なっている。故に簡単には出られない。一度入り込めば出ること能わず。それもまた、不帰の森の名を高くする要因であった。連なる山々には木が生えておらず、これもまた、ゾンビにとっては憂鬱に他ならぬのだった。
「そもそもや、なんでゾンビハンターやら、ハンター狩りやらがおんねん」
ラテは一転して鼻で笑う。
「ゾンビとは、日中無防備な存在だろう。今、ここに攻め入られれば私たちは簡単に倒される。昼を生きるものと夜を生きるものとの共存などできはせん。人間が化け物のような能力を持つゾンビの存在を知ったらどうすると思う。問答無用で殺しにかかるだろう。人間にとっては夜中にずっと銃口を突きつけられているようなものだからな。だから、人間とゾンビとの間には線を引く必要がある。その線引きが曖昧になる事象が、ゾンビによる人殺しだ。これは隠そうとしても隠せるものではない。いつか明るみに出る。そうなればゾンビ全体の不利益となる」
「で、ゾンビを殺してきたつけが回ってきたわけか」
「ハンター狩りはここ最近活動を活発にしているとは聞いていたが、まさか、あれほどまでに大胆だとはハンターも誰も気がつかなかっただろう」
「ハンターの集会所が襲われたんだったパフ?」
「ああ。今はどれほど残っているかは分からないが、そのほとんどは生き残っているだろう。もとよりハンターは数が少ない」
「ハンター狩りは人を襲うんか?」
「さあな。だが、奴らもそのうちハンターのようになっていくだろう。ゾンビには規律が必要だ。人間以上にな。ただ問題なのが、今のハンター狩りにはゾンビ狩りを楽しんでいるやつらが多いということだ。その中には元ハンターも多いだろう」
「どうしてゾンビ狩りなんか……」
「一つは経験値の問題。もう一つは、狂気の問題だ。お前たちも経験はあるだろう。力を持つものがどのような仕打ちをしてきたかを」
人は簡単に力に溺れ、誰かを傷付けるためにその力を振るい始める。ラシアにも矮人にもその経験はあった。加害者と被害者という立場の違いはあるものの。
「ゾンビは本来、人から離れて静かに暮らしているものだ。その掟を破るものをハンターは殺す。だから、今のハンター狩りは本来ならば、ハンターが殺すべきものだ。何がどうなっているのかは私にも分かりかねるが、ハンター狩りの裏には何か大きな力が働いているだろう」
「もしかして、ワイトパフ?」
「可能性の上では十分にあり得るが」
この場の誰もがワイトという特殊なゾンビの存在の恐ろしさを心得ていた。もう人ではない、と簡単に割り切ってしまえばよいのだろう。しかし、ゾンビという存在はそう簡単ではなかった。生前というものが存在する以上は人間に対する執着は少なからず存在する。するがゆえに『ゾンビは最愛であった人物を必ず殺す』のだ。
「これからどうするかはゆっくりと考えればいい。とにかく情報が欲しいから、あのクソ老害を捕まえるがな。この町から逃げたのなら、追いかけていくまでだ」
夜の帳が下りた。それぞれ無言で立ち上がる。矮人の腰の剣である月下美人がかちゃりと音を立てる。危機がない限り武器を携帯するというのはよくないと矮人は思うのだが、とある一件から、何が起こるか分からないと心得、常に持ち歩くようになった。
「町というのは少し嫌パフ」
初めに立ち寄った町で惨劇が起こったことが矮人の記憶に甦っていた。人が集まるところに死体は集まる。故に、ゾンビもまた発生している可能性は高い。
「まずはあのおっちゃんをしめにいくで。やろ?」
「ああ」
女性陣は物騒であった。矮人はもとより戦いを好む性格ではないので、自分がいち早く見つけて、先生を説得するべきだと思った。
三人は足を戸を立てないようにこっそりと宿を出て行く。番はおらず、扉に鍵一つない。それでよいのかと矮人は少し不安になる。それだけ平和ということか、それともこの宿には価値がないということか。
「三手に分かれて探す。それぞれ別の方向に向かおう」
矮人は北に向かう。
「ウチがこっちに行こうとおもとったんやけど?」
「私がこちらだ」
「一々そんなことで喧嘩しないで欲しいパフ」
矮人は二人を放っておいて先生を探し始めた。
夜空には久々に星が出ていた。その星をかき消すように月が出ている。その月は欠けていて、月明かりはそれほど強くはない。矮人は自分が命を絶ったのが満月の晩であることを思い出していた。
あの時はただ、苦しみから逃れたい一心だった。
矮人は溜息を吐く。吐く息は白い。息の白さで外がそれなりの寒さであることを知る。今年の冬の訪れは心なしか早かった。
死んでから生きたいと願ってももう遅いんだ。
雪の影響で少しぬかるんだままの地面を踏みしめる。矮人の失ったものはあまりにも大きい。しかし、だからこそ、前に進まなければならない。
辺りは明一つないのに、唯一明かりのある建物があった。矮人は気になって近づいて行く。窓からそっと覗く。そこは酒場であるようだった。体格の良い男たちが陽気に酒を酌み交わしている。
「先生はいない、パフ」
店の中を覗いてそう確認した時であった。
「止めてください」
矮人の耳には小さな悲鳴が聞こえた。勝手に体が動いて行く。小さな悲鳴を聞き逃すまいと足音を微塵も立てずに。
「あん?いいじゃねえかよ」
体格のいい男が少女の手を掴んで引き寄せていた。男は酔っているのだろう。
「どうせそんな体じゃ、長生きできないんだろう?」
矮人の動いていないはずの心臓が何故が鳴ったように感じる。
少女の髪は長く、寝間着のような恰好をしている。
「おい。おっさん」
矮人は関わるべきではないと思うものの、つい、男にそうけしかけていた。
「なんだ?クソガキ」
顔を赤らめ、熟したような目で睨む男の姿に矮人は自身の父親の姿を重ねる。酒が入るたびに自分を殴り続けた父親に。
「デカいのはその図体だけパフか?お頭は赤ん坊並パフ」
ガキに変な口調でバカにされて怒らない大人はいない。故に男は獣の如き俊敏さで矮人に殴りかかっていた。
ただ、軽く避けて、足を引っかけるだけでよかった。そうすれば、体格のいい男はその重量と酔いによって簡単に地面に倒れる。だが、矮人は倒れかけた男の腕を引っ張り、腰の刀を抜いて、男の首筋に突き付けた。
〈俺は小さな町に出た。そこは荒くれものがたくさんいて、楽しむにはちょうど良かった〉
どうしてこのようなことをしてしまったのか矮人には分からなかった。まだ、男を殺してはいない。だが、あと一歩のところで矮人は男を殺してしまうところだった。男を掴んでいる手が焼けるように熱い。
〈骨のあるやつはたくさんいた。そのどいつもが一筋縄ではいかなかった〉
騒ぎを聞きつけて、酒場からぞろぞろと体格のいい男たちが出てきた。出てきたのは三人で、酒場にいた人数とちょうどぴったりであった。
「おい、こんなガキになにやられてんだよ」
だが、矮人の倒した男は返事をしない。すでに気を失っているようだった。その様子を見て、男たちは真剣な表情になる。互いに目配せをし、互いに十分に距離を取った。連携して矮人を倒すつもりなのだろう。
〈俺はその町で多くのことを学んだ。例えば、どうすれば相手を滅多打ちにできる状況に追い込めるか、だ〉
三人の男は矮人に迫る。矮人の愛刀、月下美人が艶めかしく光る。矮人の目は白い刀身よりも激しく光っていた。
〈誰でも大切なものを持っている。だから、それを利用すればいい。簡単なことだ。そして、それは俺には絶対に通用しない。何故なら、俺は大切なものなど何一つ持っていないのだ〉
男たちはタックルを仕掛け、矮人の動きを止めようとした。矮人は飛び掛かってきた男の方に手を置き、軽々と男の上を飛び越えて見せる。地面へと至る前にお土産として、男の背中にケリをくれてやる。男は勢いよく地面へと転げ落ちる。
〈俺は町で一番の存在となった。もう、誰も俺に逆らうことはできない〉
矮人は軽く身をかがめる。そこに他の男の腕が通過する。腕が通り過ぎ、がら空きになった男の背中に鞘で一撃。そして、その勢いで体を回転させ、拳を加えようとしていた最後の男の顎に鞘を食らわせる。
〈だから、もうこの町は不要になった。次の町へと向かうことにした。俺を殺すことのできる存在を求めて〉
矮人は月下美人の切っ先を倒れている男たちに向けていた。刀身を高く掲げ、そして、勢いよく振り下ろす直前で思いとどまる。
「俺は何をしているパフ……」
己が男たちを殺そうとしていたことに気がつき、矮人はショックを受けた。
力あるものは弱者を虐げる。虐げられる者であったはずの矮人はあと少しで虐げるものへと変わろうとしていた。そうなれば、もう歯止めが効かない。誰かに殺されない限りは。
男たちは怯えた表情で夜道を駆けて行った。矮人は急いで刀を鞘に戻す。
「大丈夫だったか。ハレイシャ」
酒場から様子を見ていた男が出てきて、寝間着の少女に駆け寄る。少女の知り合いであるようだった。
「ありがとうございます。」
男は矮人に頭を下げた。
「どうして夜中に出歩こうとしたんだ。体が弱いのは知っているだろう。」
矮人は背を向けて、去ろうとした。厄介ごとに巻き込まれぬうちに去るべきだと思ったのだ。
「待ってください」
去りゆく矮人を少女が止める。
「何かお礼をしてもいいでしょう?兄さん」
「そうだ。よかったら、休憩などいかがですか。うちは酒場なのでお酒しか出せないのですが」
「いえ。酒はちょっと」
「いいじゃないですか。お礼をしなければ。命を助けていただいたお礼です」
少女は矮人の腕を掴んだ。その手は熱くなく、矮人と同じ、死人と同じ体温なのであった。矮人は思わず少女の顔を見る。青ざめた表情。長い睫毛に赤い唇。長くきれいな髪が伸びている頭には腐敗ゲージはない。
少女がゾンビではないことに安心しつつ、矮人は見つめられた瞳から目を離せないでいた。黙っている矮人の手を引いて、少女は矮人を酒場の中に連れ込んだ。
「いやあ、なかなか面白いことになったな」
茂みから事の顛末を見ていたラシアは陽気に笑った。狙いを定めていたラテは溜息を吐いて銃を下ろす。
「なかなかのプレイボーイやありませんか。おねえさん?」
「……」
ラテは眉をしかめて、酒場の入り口を凝視していた。
「気になりますか?」
「……」
「一体どんなお礼をしてもらうのやら」
「私の知ったことではない!」
怒ったように怒鳴って、ラテは茂みから出て行く。酒場から遠退くかと思いきや、酒場へと近づいて行ったので、ラシアはくすくすと面白そうに笑っていた。
「すいませんパフ。明りは少し苦手なのパフ」
酒場には蝋燭でいくつか火がともされていた。明るさは慣れれば問題なくなるのだが、炎の熱はそうもいかない。
「そうなのですか」
「俺の近くの炎を消してくれればありがたいパフ」
ハレイシャは矮人の周りの炎を消して回った後、椅子に腰を下ろす。酒場には客はなく、矮人とハレイシャ、ハレイシャの兄と姉がいるのだった。
「この度は妹を助けていただいて」
ハレイシャの姉は頭を下げた。
「体が弱いので夜には出歩くなと言っていたのですが」
「いえ。別にお礼などパフ」
酒をついでもらっていたが、矮人は飲むことができなかった。そもそもにゾンビに食事は不要なのである。
「赤ちゃんがいらっしゃるパフ」
赤子もまた、矮人のトラウマの一つではあったが、今は大分落ち着いている。
「ええ。名前をハレイシャと言います」
「ハレイシャパフ?」
矮人は目の前にいる少女を見つめる。
「私がこの子に私の名前を付けてと言ったの。私は長くは生きられないから」
「ハレイシャ。そんなことを言うものではないぞ」
「でも、本当じゃない」
ハレイシャは目に涙を浮かべていた。それでも気丈な目つきは変わらない。
「すいません。お見苦しいところを」
「いえいえ、パフ」
例え悲しい運命があろうとも、ハレイシャたちは幸せそうに矮人には見えた。自然と表情が緩む。
「あなたはお名前、なんていうの?」
「矮人」
「ワイトさん?ワイトさんはどこから来たの?おかしな言葉だけど、遠いところから?良かったらお話を聞かせて?」
「聞かせるほどのお話はないパフが……」
矮人はどう話せばいいのかと悩む一方で、初めて口調につっこみを入れてくれたハレイシャに感謝していた。この人たちは普通の人々だと感心した。
矮人は自分がゾンビであることなどを隠しながら自身の冒険譚を話した。
「まだ旅立ってから一か月も経っていないのに、随分と遠くまでいらっしゃったんですね」
ハレイシャは目を輝かせ、楽しそうに矮人の話を聞いていた。矮人は少し嘘を吐きながら話していたので、英雄譚みたいになってしまったのか、とハレイシャの瞳を苦手に思った。
「俺はそろそろいかなければならないパフ」
「こんな夜中にですか?泊っていかれたらいいのに」
「いえ。仲間が待っているパフ」
そこで、矮人はハレイシャたちに先生の居場所を尋ねようと思った。
「今日この町に来た商人を探しているパフが知らないパフか?白髪交じりの老人で、先生と呼ばれているパフ」
「いえ。存じ上げないです。酒場なら色々と話が集まってくるのですが、聞いていないですね」
「ありがとうパフ」
そう言って矮人は酒場を後にした。
「随分と楽しそうにはなしていたじゃあないか」
「うおぅう!」
扉の裏に隠れていたラテが急に言ったので、矮人は驚きを隠せなかった。
「ラシアちゃんもいまーす!」
「なんだ。聞いてたのか」
「別に私はお前がさぼっているのを咎めようとしただけなんだからな!」
「ツンデレやね」
「誰がツンデレだ!」
一緒に聞いていたところを見ると、矮人は漠然と二人は仲が良いのかと思ったりもする。
「少しも仲はよくない!」