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第九回 世界の若者は日出ずる国を目指す

 ティ連への加盟以後、日本の大学へ、既存加盟国から多くの留学生が訪れる様になった。

 発達過程文明の文化や技術への興味が尽きないティ連では、現地で直にそれを学ぼうとする日本留学ブームが巻き起こったのである。

 従来より日本は国策として外国から多くの留学を受け入れていた事もあり、これを快く受け入れ、様々な便宜をはかっている。

 しかし一方で、地球内の国家からの留学希望者には、大きな壁が築かれてしまった。

 技術流出規制の対象であるティ連の科学技術を、研究・教育の対象として導入した大学の理系学部では、地球内の他国からの留学受け入れが認められなくなったのである。

 留学どころか、永住権がある国内居住者でも、日本もしくはティ連加盟国の国籍がなければ、該当学部への出願が認められないという厳しさだ。在日韓国・朝鮮人への配慮を求める声もあったのだが、彼等の本国がCJSCA陣営という事も災いし、特例扱いとはされなかった。

 勿論、全ての理系大学・学部が規制対象という訳ではなく、ティ連から導入した科学技術を扱わないならば問題ない。また当然ながら、文系学部についてはその様な制約はなかった。

 だが、先端科学技術を学ぼうとする多くの留学希望者を、日本が門前払いする様になったのは確かである。

 これは日本だけでなく、サマルカから技術を提供されている米国もまた、厳格な技術流出規制を敷いた為、理系留学生の受け入れはやはり困難となってしまっていた。

 長きに渡り多くの留学生を受け入れていた米国が門戸を閉ざした事で、英・仏・独を中心としたEUが、世界の理系留学生の受け入れ先として台頭した。

 しかし、日米を除く地球の若者達の間では、ティ連との圧倒的な科学技術の差を見せつけられた事による「理系離れ」の空気が漂いつつあった。

 無論、主要国や多国籍企業は、少しでも異星の技術を解析し自らの物にしようと必死で、従事する科学者や技術者の意欲も旺盛だ。特に、CJSCA陣営の中核たる中露は、国家存亡がかかっているとばかりに血眼となって、国費を湯水の様に投じている。

 だが、次の世代を担う若者達の多くは「決して追いつけぬ競争」を冷めた視線で眺め、後に続こうという者は少ない。地球独自の技術開発は、もはや将来性が乏しい分野であると見切りをつけてしまったのだ。

 日米が他国に対し、留学によるティ連の科学技術習得に門戸を開いていれば、異なる流れとなったのだろう。だが、ティ連の一極集中外交方針がそれを阻んだのである。



*  *  *



 とは言え、日本ではティ連の翻訳技術が普遍的に利用出来る様になって言語の壁が崩れた事もあり、規制を受けない分野への留学は大いに盛んとなった。

 但し、留学生の出身国内訳については大きく変わる事となった。

 CJSCA陣営に属する国、特にかつて留学生の大半を占めた中共や韓国の留学生は、外交関係の冷却化によって奨学金や学費減免の対象から外される事で、ほぼ姿を消した。

 ちなみに、中韓の留学生が激減した理由については、日本の街角からハングルや簡体字の表記が急速に取り払われていった事も、心理的一因ではないかと指摘する声がある。

 多国語表記が廃れたのは、自動翻訳技術の普及によって不要となったという実務上の理由に過ぎない。実際、イゼイラ等のティ連加盟国の言語が、消えていったハングルや簡体字と入れ替わりに表記される事は殆どなかった。ティ連市民ならPVMCGの翻訳機能を使えば済む話なのだ。

 また、翻訳機能に特化した携帯機器も、輸出規制はかけられているが市販されており、合法的に入国したならば、外国人でも入手は可能である(但し身分証明とユーザー登録は必須となる)。

 だが、中韓にとっては、自国語の表記が街角から消えていくのは、自分達が日本人から「招かざる客」として扱われる様になった事を象徴する現象だったのだ。

 従来は親日的とされてきたインドネシアもまた、CJSCA陣営に加わった事が災いして、やはり留学生は激減した。

 一方、CJSCA陣営に属する国でも、ベトナムについては三割程度の減少に留まった。また、北方領土問題が妥結したロシアからの留学は急速に数を増している。

 この辺りは、CJSCA陣営内に於ける親中派国家と親露派国家の間で待遇に差をつけ、後者を優遇して亀裂を生じさせようという日本の外交戦略も影響している。

 中韓に代わって台頭しているのは、LINFに加盟する欧米諸国出身者だ。お馴染みの北米や西欧に加え、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア、旧ユーゴ諸国、バルト三国等、これまで日本と縁が薄かった東欧諸国出身者が目立っている。

 ちなみに、在日米軍基地から、軍人・軍属の帯同子弟が日本の大学に通うケースも、日本のティ連加盟以後に急増したが、在留資格区分の関係上、これは「留学」とはカウントされていない。

 台湾、タイ、フィリピン、インド、シンガポールといったアジア圏や、ブラジル、ペルー等の中南米圏、そして豪州、ニュージーランド等のオセアニア圏のLINF加盟国については、人数は純増しているが、その比率は従来とほぼ変わっていない。

 アフリカに関しては、日本へ目を向ける者はあまり多くない。むしろ、欧州の若者が日本への留学に流れた分を補う形で、旧宗主国で学ぶ者が増加する傾向にある。

 先進国は国勢を保つ為、自国を見捨て日本へ向かう若者の代わりに、旧植民地から有望な留学生を奨学金でかき集めているのだ。もはや、人種には拘っていられないのである。

 例外は南アフリカで、国内で多数派の黒人層からの圧迫を感じ始めた白人層の一部、特にアフリカーナー系が、日本への留学を志向する様になった。皮肉にも、アパルトヘイト廃止以後に生まれた若者の中に、異星文明の出島と化したアジアの島国を新天地と定める者が多数現れたのだ。

 ともあれ、地球内国家から来日する高等教育機関への留学生はティ連加盟前と比べ、中韓等のCJSCA陣営が閉め出された分を差し引いても、その総数は激増した。



*  *  *



 留学生の目的は、その大半が、日本へ帰化しティ連市民となる事である。

 異星の超文明に憧れその一員に加わりたい、あるいは自国の将来を悲観し見限った等、動機は様々だ。

 その為、入学許可が出る範囲の学部でも、就職に直結する実学分野への志向が強い。

 少子化対策として国籍取得要件が緩和されているとは言え、無職の外国人が出した帰化申請があっさりと通る訳ではないのだ。まずは卒業後に職を得て自活し、日本での生活実績を築く必要がある。

 では、留学生達は将来に向けて何を学んでいるのだろうか。

 最も人気が高いのは教育学部である。日本に於ける教員や保育士の不足は世界的に知れ渡っており、就職の機会が大きいと目を付ける者が多かったのだ。

 勿論、過酷な労働環境も知れ渡っていたのだが、定住し日本国籍取得を目指すなら、有力な選択肢とも言える。日本人の就業希望者が不足しているからこそ、外部から入りやすいのである。

 公立学校の教員は公務員なので、自治体によっては外国籍の者の昇進が出来ない処もある。だが、帰化が前提であれば、将来の処遇も問題ない。

 次いで人気なのは法学部や経営学部で、こちらは一般公務員や企業への就職を目指す者が多い。

 規制の範囲内でティ連技術を使用した工業製品は盛んに輸出されており、メーカーは相手国出身の学生を熱心に採用しているのである。

 また、「日本に来る若者は、アニメ・コミック・ゲームを好む」というのが以前からのステロタイプだが、そういった方向へ職業としての関心がある者は、大学に通いながら、ダブルスクールで夜間に専門学校で学んでいる様だ。

 生活が成り立たないレベルの低収入で知られていた日本のアニメ業界だが、ティ連系団体からの資金流入によって、その点はかなり改善されており、卒業後の職業として考える留学生は少なくない。

 いずれにせよ、彼等は日本で生活基盤を築く為、実学志向が顕著となっている。

 この点は「教養の研鑽」「文化的興味」を動機とする者が多い、ティ連系留学生とは対照的である。文系に進むティ連系留学生は、歴史や哲学、文学、芸術といった分野を専攻する傾向が強いのだ。

 特異な立場にあるのが体育学部だ。スポーツ分野では、ティ連系種族が地球人に混ざって競技を行う事が公正さの面で困難な為、ほぼ全ての体育学部では入学条件に「ホモ・サピエンスである事」を設定している。差別にあたるのではないかとの疑念も一部で呈されたが、ティ連側は、合理的理由があり問題ないという立場だ。

 結果、体育学部では、世界各地からスカウトされた体躯に優れる白人や黒人の留学生が、他の学部以上に幅を利かせる様になった。

 無論、スポーツ界で競技選手として生き残れる者は限られるので、彼等の多くは教員養成課程を併修し、体育教員を目指す者が多い。

 教育学部の人気と合わせて、日本の初等~中等教育の中核を、外国出身の教員が担う日が来るのは確実であった。



*  *  *



 ティ連と地球、双方からの大量の留学希望者によって、少子化の影響で青色吐息だった日本の大学機関は活気を取り戻した。

 ティ連加盟前は、定員の縮小、さらには学部閉鎖や閉校すら予定されていた大学も少なからずあったのが、一転してそれは撤回され、逆に定員増の計画が相次いで発表されている。

 入学希望者を吸収する為、夜間部(あるいは二部)を新設する大学も増えた。奨学金の充実した現在では、勤労学生の為という訳ではなく、施設の有効活用が主目的である。

 それでも競争倍率は上がり、以前は「Fランク」と揶揄されていた底辺レベルの大学すら、かつての受験戦争最盛期を超える難易度と化した。

 そのせいもあり、少なからぬ日本人が、従来、就職に結びつかないとされていた学部へと流入していった。

 日本人学生に人気が高い分野としては、ティ連社会を扱う社会学や地理学、歴史学といった物が挙げられる。ティ連市民が地球を知りたいのと同様、日本人もまたティ連を良く知りたいのだ。

 ティ連技術の導入で、日本の労働市場は縮小する一方だが、福祉が急速に充実した現在では、無理に就職せずともホームレスに転落したり、おにぎりを夢見ながら餓死する心配はない。

 ならば、就職の有利さを意識せず、興味のある学問を学んだ方が良いと、日本の若者の多くが考える様になったのである。高等教育は就職の為ではなく、興味のある分野を修め教養を高める場であるという訳だ。この点ではティ連系留学生と志向が通じる物がある。

 これは文系学部に限った事ではなく、規制により日本人学生の牙城となっている理系学部に於いても、産業界からの需要が強い応用科学分野だけでなく、基礎科学分野の人気が高まっていた。

 ティ連加盟は、良くも悪くも日本の若年層へ大きな影響を与えた。就労意欲が薄れる一方で、実利に拘らない向学心を抱く者が増えたのである。



*  *  *



 留学により学生が増えれば、その住環境もまた発展していく。

 大学自身の寮だけでは需要に到底間に合わず、主に地元自治体が主体となって、留学生向けの公営住宅が急ピッチで整備されていった。

 また、学生への住居提供を目的としたティ連系の公益団体も多く設立され、大学の多い主要都市の文教地区で、大規模シェアハウスを建設していく。

 シェアハウスはティ連出身者のみならず、地球各国の留学生や、国内の地方出身者をも入居対象として取り込み、多種族共生のモデルの一つとなるべく運営されている。

 都市圏なだけに土地価格は高いのだが、そこはヤルバーンやティ連各国から資金提供を受ける事で賄っていた。

 ティ連では、市民が社会で役割を得る為、新たな社会的需要を察知すると、有志を募って起業する動きが出る。

 公益性が強い場合、それを追認する形で、国家が団体へ支援を与える仕組みが整っているのだ。

 大学の直営する寮に比べ、自治体やティ連系団体の運営する施設は、様々な大学の学生が入居する為、若者達の垣根を越えた連帯感の醸成にも繋がっていった。



*  *  *



 大学や宿舎の周囲には元々、学生街が形成されている物だが、留学生の流入により、それは肥大化し、内容も大きく変化していった。

 立ち並ぶ飲食店や書店、雑貨店、衣料品店等の商店は、従来に比べて国際色が随分と増した。

 飲食店では世界各地の食事が、手軽かつ廉価に楽しめる。また書店は、翻訳機の普及で原書が簡単に読める様になったので、様々な洋書、特に電子化されていない物を並べた店が多い。

 若者向けの小演劇やライブ演奏等も、学生街で盛んに行われている。ティ連を含む各国のマイナーなアーティストが、日本の学生街を発表場所の一つとする様になったのだ。

 世界各地、そしてティ連各国から文化が持ち込まれ、その多様さは移民国家である米国の主要都市にも大きく勝る。

 それらは相互に影響し、学生街の外、そして国外へも影響を及ぼしていった。

 若者が集えば、不祥事が起こる事も容易に想像出来るのだが、幸いな事に、そういった兆候は殆ど見られない。

 まず、帰化を目的とした留学生は、罪を冒して申請が拒否される事を何よりも恐れる。

 また、日本人学生も同様に、ティ連へ渡航する為に必要な「出国査証」の申請資格を失う事を恐れ、やはり逸脱行動をしない様に気を使っているのだ。

 その為、学生街での乱痴気騒ぎやアルハラ、セクハラ、喧嘩といった問題は、ティ連加盟前に比べて激減している。

 格好こそ今時の若者らしいが、学生街の治安は、日本の他の地域と比較しても、非常に高いと言えるだろう。

 こうして、新たな学生文化の核が日本各地に形成されて行く事になった。



*  *  *



 しかし、光には影がある。

 高等教育の無償化で、経済的理由で進学を断念する者は日本にいなくなった。

 それにより、新たな差別が発生したのである。

 高等教育を受けるに足る知性を備えない者を見下す傾向が、若者の間で顕著になったのだ。

 具体的に言えば、知能指数がボーダー域で、軽度知的障害とは診断されないが、努力しても学習成績が伸びがたい層がその標的である。

 知的障害と診断されればティ連医学が適用され、高等教育に適応出来る知能を得られるのだが、線の引き方によって、治療対象から漏れる者がどうしても出てしまう。

 ティ連では学歴だけでなく職歴も評価され、社会の一員として働く者に敬意を払う慣習がある。日本の学生達もそれに倣い、中卒や高卒で働く労働者を見下す事はない。

 ティ連技術の導入による合理化で失職した者達に対しても同様で、社会状況は変わった物の、これまで国を支えた事は評価されて然るべきと考えられていた。

 だが、産業へのティ連技術の積極導入によって、高等教育に不適格な層が働く単純労働の場は失われつつある。

 高等教育への進学がままならず、就業も出来ない様な同年代に対して、学生達の態度は冷たかった。

 罵倒や揶揄といった、表だった差別をする事はない。ただ、「〝あれ〟は、気にする必要が無い」と、存在を無視するのである。

 さもなくば、「社会の成員となる事が出来ない、可哀想な人」として憐憫の視線を向けるのだ。

 知的障害者のカテゴリーに入っていない為、ボーダー知性の者達への社会的配慮は、必要とは考えられていない。結果、こういった対応へと繋がってしまっているのである。

 ティ連出身者の反応だが、彼等の様な存在について戸惑うばかりである。本国であれば当然に治療を受けられるのに、知能向上処置の対象を絞っている日本の方針が不可解なのだ。

 「就業困難者」としてハイクァーン受給権をあてがわれ、いわば「飼い殺し」にされたボーダー知性の者達の鬱屈は、周囲からの軽侮によってたまる一方である。

 政府も対応として、ティ連医学による知能向上処置の対象を広げる議論を始めてはいた。

 しかし、生まれ持った資質に人為的な操作を加える事に対し、倫理上の懸念を示す意見が保守層に根強くあり、結論が出ないまま現在に至っている……



*  *  *



 絶望的な技術格差により、日米以外の国では若者の理系離れが進みつつあったのだが、ある事件がきっかけとなって転機が訪れた。

 日本の機動母艦「カグヤ」による、新たな知性体居住天体である惑星「サルカス」の発見及び、そこを襲撃していた半知性体の群体「ヂラール」との交戦・排除。いわゆる「ハイラ王国事件」の発生である。

 これにより、地球全体の対宇宙防衛力を高める必要性を世界各国が痛切に感じる事となったのだ。その為には、科学技術力の向上、そのベースとなる理系教育の強化が不可欠である。

 真っ先に動いたのは、対ヂラール戦に増派として軍を派遣していた米国だった。理系学部への留学生受け入れを、米国への永住意思がある者に限って再開し、志望する大学への入学許可と同時にグリーン・カード(永住資格)を発行する制度を創設したのである。

 日本が理系学部への留学について門戸を閉ざしたままという事もあり、異星のオーバー・テクノロジーに関心を持つ世界の優秀な若者達は、米国へと殺到した。

 ちなみに、在日韓国・朝鮮人の若年層の内、理系学部への進学を志望する者は、規制の為に国内での進路が閉ざされていた為、日本への帰化・韓国への永住帰国のいずれも躊躇う者の多くが、これを機会に米国へと渡っていった。



*  *  *



 他国にしてみれば、文系志望者の日本への流出に加え、理系志望者も米国へと流れていくという事になり、事態はより深刻となった。

 留学して学んだ知識を自国へ持ち帰ってくれるなら問題ないのだが、日米へ渡る若者は、いずれもが永住前提だ。せっかく、後期中等教育まで施した有望な人材が、自国の発展に寄与する事なく、ブラックホールの様に日米へ吸われてしまう事になる。不満は増す一方だ。

 LINF陣営の中核でもある米国は、陣営内の不協和音を緩和する必要に迫られたが、技術情報の他国への秘匿は、サマルカから提供を受けた際の条件である。

 米国はLINFの立場として、サマルカ、日本、そしてヤルバーンに対し、規制の緩和を要請した。

 ティ連としては、安易な規制緩和には応じられない一方、発達過程文明を観察するにあたり、高度教育や技術開発の意欲が停滞する状況も望ましくはない。

 そこで丁度、ハイラ王国事件により得られた、程よいレベルの技術情報があった為、一部をLINF諸国へと開示する事となったのである。

 サルカスを襲撃したヂラールを生体兵器として開発した物の、その暴走によって自滅した惑星「イルナット」。ティ連は無人探査機を幾度もイルナットへ送り込み、壊滅した文明の産物についてのデータを収集・解析していた。

 イルナットの技術レベルは、ティ連から見れば格段に下がるのだが、それでも地球から見れば数世代先の代物だ。

 これらを解析して得られた資料の内、問題ないであろうという物を選定し、LINF諸国へと提供したのである。

 無論、これを有効に活かせるのは、工業力を備えた一部の国のみであったが、技術発展の端緒を得られた各国は大いに歓喜する事となった。

 LINF全体への開示なので、ティ連やサマルカの技術を使った物と異なり、製品化して域内で流通させる事にも障害はない。

 使い勝手の良い新技術という事で、LINFに基盤を置く大企業も積極的に関わり、産学共同の研究も盛んとなった。

 また、産業界は高度人材確保の為、新たな手段を講じる事とした。

 現業部門で働くブルーワーカーから、適性があると目される者を選抜し、卒業後の上級職への異動を約束して、社員の身分のまま提携先の大学で学ばせる制度を設けたのだ。

 優秀な若者が日米への留学に流れがちだった為、多くの大学では社会人枠を大きく設定して学生確保に努めていたのだが、これを利用したのである。

 この手法は先進国以上に、ブラジルやメキシコ、タイといった新興工業国でより有効だった。進学など考えた事も無かったブルーワーカーから、多数の人材が得られたのである。

 結果、米国を除くLINF諸国の高等教育は、旧植民地出身の留学生や、ブルーワーカーの勤労学生が担う事となり、従来のエリート気質に代えて「叩き上げ」「蛮カラ」の気風が強まる事となった。



*  *  *



 イルナットからサルベージした技術を元にしたLINF諸国製の工業製品は、ティ連技術を活用した日米の製品よりは性能が劣る物の、廉価かつ輸出管理が厳しくない事から、CJSCA陣営にも流通する事となる。

 程なく、やや粗悪ではあるがさらに廉価な模倣品が、中共、ロシア、韓国といったCJSCA陣営側の工業国でも生産される様になった。

 また、それでは説明のつかない高度な技術を用いた工業製品、特に兵器類がCJSCAの主要国に存在する事も、非公式に確認され始めており、諜報活動で得た技術情報による物ではないかと懸念されている。

 そして、CJSCA陣営もLINF諸国同様に、学生の理系離れに悩まされていたが、その解決策もまた、LINFの成功モデルである「ブルーワーカー層の勤労学生化」を模倣した。

 特に中共、キューバ、ベトナム、ラオス、そしてベネズエラといった社会主義政権は、国是にかなうとして、その推進を高らかに内外へ宣伝していた。


「働きながら学ぼう」「勤労の汗を知る者こそ、未来のエリートに相応しい」


 これを「学生を勉学に専念させられない、時代錯誤のスローガン」と嘲笑するか、「古くて新しい理想」と賞賛するかは、受け取る人次第の様である。



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≫大学や宿舎の周囲には元々、学生街が形成されている物だが、留学生の流入により、それは肥大化し、内容も大きく変化していった。 第十四回の外国資本が日本に出店した酒場が誰にとっても異国情緒あふれる場所に…
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