第七回 宇宙に広がるジャパニーズ・フォークダンス”盆踊り”
ティ連と日本との交流が進む中、様々な日本発の文化が宇宙へと広まりつつある。芸術、食、競技、服飾、著作物…… その内容は実に様々だ。
喜ばしい事なのだが、その大半は日本でローカライズされているにせよ、元は他国が発祥である。ティ連市民が大好きなカレーも、元はインドの物だ。
猫やウサギの飼育もティ連でブームとなっているが、それらの愛玩動物も、日本が原産という訳ではない。
保守系与党の政治家の中にはその状況を残念に思い、何か純粋な日本文化を、ティ連へ積極的に発信・普及させたいと考える向きが少なからずいた。
普及というからには、細々と生き延びている伝統芸能の類いでは難しい。そういった物の発信・紹介も重要だが、親しみやすさこそが肝要である。
老若男女を問わず、気軽に楽しめる日本発の文化が何か無いだろうか。
これまでにティ連で普及した日本の大衆文化と言えば「花見」が挙げられるが、それに匹敵する物が他にも何か……
彼等の意向を受け、外務省の国際文化交流政策を担当する部署は様々な検討を重ねたが、これが簡単な様で意外と難しい。
そもそも、現在の日本で盛んな大衆文化の内、日本独自色が強く海外の影響を受けていない物を選ぶとなると、ありそうでなかなか見つからない。
名案が浮かばない中、担当職員の一人が、自宅で購読している新聞の地域欄に掲載されていた写真に眼を奪われた事から、事態は動き始める。
とある町内会の盆踊りを映した読者投稿なのだが、踊り手の一人として、浴衣を着たイゼイラ人の女性が映っていたのだ。
盆踊り。
日本各地で開催される集団舞踊の行事で、夏の風物詩だ。
地域によって形式は様々だが、広場に組んだ櫓の周囲を、集団で回りながら音楽にあわせて踊るのが一般的だ。
楽曲は「音頭」と呼ばれる日本民謡の一種を使う事が多い。
殆どは、地域の町内会が主催の小規模な物だが、東京を始めとした大都市圏等では、万単位の参加者が集う巨大な催しもある。
当該職員は、他にも似た様な物がないかとネットで盆踊りの光景を画像検索してみた。すると、日本全国のあちこちのご町内で開催された盆踊りに、地元住民に混ざってティ連市民が参加している様子の映された写真や動画を、数多く見つける事が出来た。
それにしては、ティ連市民の盆踊り参加が巷で話題になった事が無い。写真や動画の扱いも、せいぜい地球の外国人が混ざっているのと同じ程度である。
それだけ、ティ連市民が日本に馴染んでいるという事なのだろうと考えられた。
ともあれ、日本全国への普及度、伝統性、そして対象を問わない簡便さを兼ね備えた盆踊りは、ティ連へ送り出すにふさわしい大衆文化なのではないかと考えた職員は、さっそく部内のミーティングで提案した。
他にこれといった妙案がなかった事もあり、盆踊りの星外普及プロジェクトがスタートする機運が高まったのだが、超えねばならぬ壁がある。
予算である。
要望を出してきた保守系議員達に相談を持ちかけるも、答えは渋かった。
というのも、ティ連来訪前から海外に対して行っていた、政府主導のクールジャパン事業の多くが効果をあげられず、予算の無駄遣いであるとして政府内でも問題となり始めていたのだ。
結果、海外への日本文化事業全体への風当たりが厳しくなりつつあり、ティ連向けの新規事業であってもそれは変わらない。つまりは厳しい政府予算の争奪戦で、著しく不利な立場という事である。
ならばどうするか。
よその財布をあてにして、外務省は「後援」という形で関与すれば良いのだ。
そこで外務省は、現在の日本で行われている大規模盆踊りイベントの主催者、そしてそのスポンサー達を調べてみた。
まず、自治体が主催する物が多いのだが、他星で開催するイベントを仕切るには厳しいだろう。
企業はどうかといえば、ハイクァーン経済下のティ連各国は、大規模な営利活動の対象としにくい事もあり、あまり期待出来ない。
元々が仏教の「盂蘭盆会」が発祥とされているだけあり、有力寺院が主催する盆踊りイベントも多いが、宗教団体との提携は国として難しい。
他に、大規模な盆踊りイベントを開催する実績と能力を持った団体と言えば……
自衛隊である。
地域住民との交流の一環として、自衛隊の多くの駐屯地では盆踊り大会が開催されている。その規模も大きく、中には一万人以上の来場者がある物すら存在する。
ティ連の他国での文化普及の一環として、盆踊りを開催しないかと防衛省の広報に打診してみると、あっさりと前向きの回答が返ってきた。
防衛省もまた、特危自衛隊で何か市民との交流企画が出来ないかと考えていたのである。
まずは、特危自衛隊主催のイベントとしてヤルバーンで開催し、そこにティ連の各国から参加者を招いて、盆踊りの楽しさを知ってもらうという狙いだ。
ヤルバーンで行われた、「第一回・特危自衛隊盆踊り大会」は大盛況だった。
老若男女を問わずに、櫓を中心に円になって踊るという、単純明快な集団舞踊は、手軽に出来る日本文化として、ティ連市民の関心を大いに引きつけたのだ。
もっとも興味を示したのは、特危自衛隊が主催したという事もあり、ティ連各国の軍関係者である。
彼等も自衛隊同様、自国では、一般市民との交流の為に基地祭の類いを開いている。大集団で行うダンスパーティーの一種である「盆踊り」は、簡便かつ大いに盛り上がりそうだと目をつけたのだ。
彼等は早速、自国の基地祭における盆踊り開催に協力して欲しいという打診を、特危自衛隊側に申し入れて来た。
特危自衛隊もそれを快諾。交換派遣で各国に赴いている自衛官達が、派遣先での盆踊りのレクチャーを担う事となった。
そして、ティ連各国の軍事基地では、新たな市民交流イベントとして盆踊りが開催される様になって行く。
開催時期は場所によってまちまちだ。夏向きのイベントという事で、当然ながら季節は場所によってずれている。また、人工環境で季節感がない地域なら、いつでも開ける為である。
当初は軍が主宰のイベントばかりだったのだが、徐々に、日本の様に自治体主催の物も増えてきた。
自治体主催の盆踊りの特徴としては、使用する振り付け/楽曲が、必ずしも日本でメジャーな物ではない点が、軍主催の物との違いとして挙げられる。
この頃には、日本の自治体と姉妹提携を結ぶ処が多くなっていた為、提携先の「ご当地音頭」を使う事が多い為だ。
主に昭和時代に多く作られた、この様な「ご当地音頭」は、地域の特色が歌詞と振り付けに凝縮されているのだが、当該地域の住民以外には、殆ど知る機会が無い。
主宰するのは大都市だけではない。地方の小都市、さらには町村レベルの自治体までが、住民イベントとして盆踊りを開催する様になっていった。
* * *
後発のイベントは、余所にない特徴を欲するのが常である。
何か変わった趣向がないかと、各イベントの主催者は、日本の盆踊り関連の資料をあさっていく。
そこで、あるイベントが取り入れた新要素が、大きな注目を浴びた。
日本の子供向けアニメーションには、ED曲や挿入曲として「※※音頭」を用意している作品が多くあり、盆踊りの振り付けも用意されている。
それに目をつけた主催者が「黄色い電気鼠」が出てくるアニメの音頭を採用した。さらに参加者は全員、黄色い電気鼠のコスプレで踊るのである。
この趣向は特に子供達に好評で、その様子がティ連中に紹介されると、新たに盆踊りイベントを設立しようとする自治体は、アニメ系音頭を採用していく。
「三人組の窃盗集団」「最低な二足歩行戦車」「ダイヤ特産国の少年国王」等々、実に様々な作品の音頭が、異星の盆踊りで奏でられる事になったのである。
キャラクターのコスプレで踊るアニソン盆踊りが日本でも大きく取り上げられた結果、当該アニメの日本人ファンが参加の為に現地へ訪れる事となり、これも副次効果として着目されてゆく。
新規に盆踊りイベントを興そうとする主催者には垂涎物となったアニソン音頭だが、その資源は有限だった。
マイナーな物から(日本で)メジャーな物まで、アニソン音頭が発掘され尽くすには、最初に「黄色い電気鼠」が着目されて以後、日本時間で一年もかからなかったのである。
余所と重なっては自イベントの特徴にならない、
新規主催者が新たな曲を採用しようにも、子供向アニメが多かった二十世紀と違い、十代後半から四十代を主要対象とした近年のアニメでは、音頭が造られる事はまず無いのである。
乗り遅れた多くの主催者がアニソン音頭導入を断念する中、ある者がひらめいた。
「無いなら、造ればいい」
使える音頭がなければ、通常のアニソンを、音頭風にアレンジしてしまえば良いのである。
振り付けは創作する必要があるが、曲のアレンジ共々、公募をかければそれ自体に話題性が出るという物だ。
発案者は採用する作品を決めると、アニメの制作元とタイアップ交渉をまとめ、主題歌の音頭アレンジと振り付けの公募を告知した。
すると、狙い通りに、主に日本の当該作品ファンから多くの応募が集まる事となり、既存のアニソン音頭導入を遙かに超えた反響が得られる事となった。
この発案により、アニメ作品の全てへと一気に対象が広がった為、アニソン盆踊りはティ連の各自治体にますます広まって行く事となった。
特に「学園の日々」「エルフの歌」「乳脂檸檬」等々、濃い作品をセレクトしたイベントは、やはりコアなファン層を迎え入れる事となり、主催地その物が独特の雰囲気となって行く。
濃い作品の内容を絶妙に表現した、暗黒舞踏にも似た狂おしく禍々しい振り付けに合わせて踊る、コスプレ参加者達の様子もまた、ティ連中に知られる事になった。
* * *
この様な経緯から、現在、ティ連で行われている盆踊りは、軍や大規模自治体の主催が多い「正調」と、後発の中小自治体が発端となった「アニソン系」の二つに大別されている。
当初からの熱心な盆踊り愛好者の中には、後者を異端視する風潮も一時はあったのだが、当の日本人の殆どが拘らない姿勢を見せた為、現在では収まっている。
また、ティ連と交流を持つが未加盟の異星国家も、盆踊りに関心を示しつつある。
そういった国々は、主にイゼイラを通じて日本の盆踊りに関する資料を入手している様である。
いずれ盆踊りは、ティ連の枠をすら超えた、汎宇宙的な舞踊文化となるのかも知れない……