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第四十八回 宇宙時代のソドムか、あるいは方舟か

 本稿第四十一回で触れた通り、日本の積雪地帯において、冬期対策として居住地域の超大型ドーム化が検討された物の、住民投票の末に否決された。

 しかし、建設の是非を巡る論争は、海外からも注目されていた。いかなる悪天候からも住民を保護するドーム型都市は、居住環境の改善に悩む国にとって、垂涎の的だったのである。

 日本で建設が否決されたのは、自然環境を大切にしたいと考える者が多かった為なのだが、それとて、ドームに頼らずともトーラル技術で積雪による危険や不自由さを補える事が前提である。

 一方、地球には、国土の多くが自然の脅威にさらされ、犠牲者を出し続けている国も未だ少なからずある。大自然の驚異から、可能な限り手を尽くして国民を守る事は、国家に課せられた重大な責務である。

 そういった国々から、日本の大手ゼネコンに対し、ドーム都市建設の依頼が舞い込む様になったのだ。

 ここで壁になるのが、ティ連非加盟国家に対する、厳格な技術流出規制である。

 この頃になると、基幹部分のブラックボックス化及びモンキーモデル化を施す事により、トーラル技術を用いた様々な機器が、LNIF加盟国へ輸出される様になっていた。

 だが、地球の従来技術で建造がとても不可能なドーム都市の建造となると、日本側の許可がなかなか通らない。

 何しろ、ドーム都市ともなると、維持の為のメンテナンスや補修も随時必要になる。基本的には保守管理を日系企業が行う契約にすれば解決するが、万が一にも現地行政との関係が破綻して撤収する事態となれば、少なくとも万単位の住民を放置する事になってしまう。

 つまり、最悪の場合は住民を切り捨てる事になりかねず、それは日本、ひいてはティ連に対する怨嗟にもつながっていく事になる。そのリスクを覚悟する必要がある為、通常のハイテク機器を輸出するのとは全く訳が違うのだ。

 親ティ連国家の連合体であるLNIFの加盟国なら、その様なリスクはほぼないだろうと思う者も多いだろうが、LNIFの内情も様々で、政情不安な国、地政学的なリスクが高い国も多いのが実情である。

 そして、打診してくる国は中近東や東南アジア等の、リスクを熟慮しなくてはならない国が大半という事から、日本側の当局は審査を却下し続けていた。

 だが、某ゼネコンの営業部署が、発想の転換を提唱した。

 人が住む事を前提としないのであれば、万が一の際の住民への対処も気にしなくても良いのではないかと言うのである。

 具体的なモデル例として、いわゆる歓楽街が挙げられた。こういった地域は需要が強く経済効果が高い反面、環境の悪化を懸念し、廃絶を要求する声もある。

 ドーム内部に歓楽街を移転させれば、周辺環境とは完全に隔絶可能な為、内部では思い切った規制緩和も可能となる。入場税の徴収も考えられるし、不審者や未成年者が入らない様、ゲートチェックも容易だ。

 プレゼンの結果、歓楽街ドームに関心を示す国も複数現れた。こういった地帯の廃絶を主張する層は、知識階層や宗教界等を主体として存在し、社会活動を通じて政府や自治体に圧力をかけ続けている。しかしながら、需要が根強い以上は強権的な廃絶も難しい。

 従業者への虐待・搾取が行われない為の行政管理と、区画を明確にしたゾーニング化が、適度な落としどころと考えられた。

 当該区画のドーム化は、ティ連技術の導入による都市整備のテストケースを兼ねる事も出来、好都合だったという面もある。

 歓楽街ドームの海外第一号が建設されたのは、タイの王都・バンコクである。

 タイの性産業は、観光の裏名物として名高く、多くの外貨収入をもたらし続けている。一方で、近代工業化等を新たな産業の基幹としつつある同国では、社会の恥部として見る世論も増えつつあった。

 だが、ティ連の来訪によるパラダイムシフトは、同国の様な新興工業国にとっては厳しい試練であった。確かに、ティ連技術を用いたマザーマシンについては、LNIF加盟国なら、ブラックボックス化した上で日本から導入可能である。

 だが、それを充分に活用できるのは、元々、主体的に製品を開発していた、北米やEU、台湾といった先進工業国のみだった。

 ティ連技術による工業製品の量産は、旧来に比べて圧倒的な効率を誇る。その為、外資の工場進出を誘致する事で雇用を確保していた新興工業国は、余剰生産力の整理による撤退の憂き目にあい、衰退が始まっていたのである。

 工業国としての衰亡が迫るタイは、再度、観光に重点を置く事で生き延びようとした。性産業も、その目玉として再活用せざるを得ないというのが、彼等の判断だった。

 建設されたドームは、東京ディズニーランドとほぼ同じ面積で、バンコク内の性産業は全てここに集約された。他にも、賭博場や興行施設、クラブといった店舗も集められた、インモラルな大人の遊園地、言わば現代のソドムの様相を呈している。

 もちろん、業者の移転集約に際しては厳格な審査が行われ、犯罪組織のフロント業者や、多重債務者や人身売買被害者等の強制労働は一掃された。歓楽街につき物の違法薬物も、ドーム内では全く見られない。

 内部の治安維持は、日系の警備会社が王国警察局から依託を受ける形で担当している。警察権の外資への依託という事で、事実上、日本/ティ連の租界化ではないかと警戒する声も現地の一部であったのだが、ドームの管理維持を担当する日系ゼネコンが、現地警察の贈収賄による不正を警戒した為の措置だ。

 ティ連の軍事技術による装甲服で全身を固めた警備員達は、娯楽施設にふさわしい非日常の演出の観点から、観光客にとても好評である。

 ちなみに、そのスタイルは米国のスペースオペラ映画のシリーズに登場する〝嵐の突撃兵〟を模した物なのだが、ドーム運営へ関与したい米国への配慮として、ライセンス料を支払って使用しているとの事だ。もちろん装甲服はハリボテではなく、ティ連の軍需品スペックに適合した本物である。

 ドーム内に歓楽街を集約した事は、従来にもまして多くの観光客を呼び込むだけでなく、ドーム外の地区を、王都にふさわしく浄化する効果も生まれ、多くのタイ国民を満足させる事になった。

 バンコクの成功を受け、他の国にも歓楽街ドームが次々と建設されていった。

 主な物を挙げると、オランダのアムステルダム、ドイツのハンブルク、フィリピンのマニラ、ブラジルのサンパウロ、インドのコルカタ、台湾の台北等が挙げられる。

 先進国と発展途上国では導入の趣旨がやや異なり、前者は都市清浄化の為のゾーニング、後者は観光振興が主軸となっている。また内部の治安維持についても、日系警備企業に依託するのは発展途上国のみで、先進国では自国の警察官が内部を巡回する点が異なる。

 また、ドームは水爆の直撃にも耐える設計の為、大規模災害、さらには敵対的な異星文明からの攻撃を受けた際のシェルターとしての機能も期待されていた。単に大規模シェルターとして建設するより、普段から歓楽街として活用する方がコストパフォーマンスの面から良いという説明は、歓楽街ドーム建設の反対派に対する弁明として定着している。

 元々、日本にドーム輸出の打診が始まったのは、災害対応策として検討されたのがきっかけだった。それを考えると、主目的が歓楽街と化した現状は本末転倒の感が否めない。

 それでも、屈強なドームが地球の各地に建設されれば、万一の際、多くの市民を救う施設となるのは間違いないだろう。



 同様の歓楽街ドームを、日本に建設する計画も複数、進行している。ティ連加盟以前からあったカジノ構想を発展させた物なのだが、目的としては、既にドームを導入した他の先進国同様に、環境浄化が主となっている。

 内部では大規模な賭博場の他、各種性風俗店も軒を連ねるが、コンパニオンは全てアンドロイドなのが、他国と大きく異なる点である。倫理上、性産業に人間が従事する事は日本の行政として認めにくい。また、地球では日本でしか普遍的に見る事が出来ないアンドロイドこそが、他国の先行ドームと異なる特徴ともなる。

 日本での歓楽街ドーム建設は、旧来の性産業を衰退させ、社会を清浄化する行政上の意図が大きく、特に法務省は大いに期待している様だ。

 ただ、現状の日本における性産業従事者は、その大半が、ティ連化を拒否する旧社会環境保全地域の住民である。トーラル技術による合理化で職域が縮む日本において、性産業は、ティ連と関わらずに稼げる貴重な職場という側面がある為だ。

 収入源の一つを断たれる事で、彼等が追いつめられ、犯罪に手を染めたり暴発する可能性も考えられるだけに、計画への慎重さが求められる。


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― 新着の感想 ―
モンキーモデル化が出来ない技術の国外輸出はドーム以外にも多数存在すると思う、そしてそれらがドームの輸出を可能にした逆転の発想ができるかどうかもまた別の問題になりそうである。 ドームを建設した国々にと…
 気象のコントロールなら物理的なドームでなくても、エネルギーシールドによるドームでも可能ですものね。豪雪にしろ、猛暑にしろ、日本においては何もわざわざ物理的なドームを作る意味が感じられないから、結局、…
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