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第四十六回 神であろうと敵は撃て

〝ヂラール〟〝ガーク・デーラ〟等の地球外の脅威に対応し、またティ連加盟国として集団安全保障体制に参画する為、日本では〝特危自衛隊〟が設立された。

 発足に際しては、主体の構成員をティ連各国軍からの出向/移籍で賄おうという動きもあった。宇宙空間や異星での戦闘行動など、日本には全くノウハウが無いのである。

 だが日本政府としては、特危自衛隊の人員は当初から自国民を主軸としたかった。立ち上げの為に指導の人材をティ連から受け入れるのはやむを得ないにしても、国家防衛は基本的に自国民の手で行うべきであるという考えからだ。

 その為、ティ連各国からの人材導入は一部に留め、大半は従来の自衛隊……本土自衛隊から移籍を募る事になった。

 幸いにして多くの移籍希望者が集まったのだが、新たな問題も発生した。多くの移籍者を拠出した事で、本土自衛隊の欠員が深刻化してしまったのである。

 防衛省は当初、人員不足を楽観視していた。 AIやハイクァーン造成といったティ連技術が民間企業にも普及するに従い、省人化が進んで労働需要が減少している為だ。定年の延長や予備自衛官の現役復帰を促せば、応じる者は多いと予測していたのである。

 しかし、結果は芳しくなかった。

 まず定年の延長だが、制度は用意した物の、応じそうな者の大半は、既に特危自衛隊へ移籍済みだったのである。

 予備自衛官の現役復帰はどうかというと、こちらも反応が悪かった。民間で人員削減によりリストラされても、ハイクァーン使用権の付与で補償される様になったので、生活の為に現役復帰に応じる動きが生じなかったのだ。

 悠々自適に過ごしたい彼等を、厳しい隊務へ無理に引き戻す訳にも行かない。有事に備えての予備登録だけでも、充分に有難いとせねばならなかった。



 既存人材の確保がうまく行かなかった事で、特危自衛隊の発足前から定員充足率が芳しくなかった本土自衛隊に対し、左派系野党からは、実態に合わせて定員を縮小せよという声が強まっていった。

「ティ連に加盟した日本に武力行使する様な愚行に及ぶ国は、まず存在しないだろう。本土自衛隊は役割を終えた組織として大幅に縮減し、防衛力は対宇宙へ特化して然るべきではないか」というのが、彼等の主張である。

 特危自衛隊はその任務上、規模の制約をかけにくい。何しろ、ティ連が認定した、天の川銀河における地球の影響圏は、半径一〇〇光年である。この広大な領域を守るには、現状の規模では全く足りないのだ。

 イデオロギー的に武力の保持その物を忌避する左派系野党は、ティ連加盟国の義務として批判しにくい特危自衛隊については棚上げした上で、本土自衛隊へ矛先を向けたのである。

 しかし朝鮮半島、そして台湾海峡の情勢を鑑みれば、抑止力としての本土自衛隊は必須だ。また、ティ連を背景にした日本に睨みをきかせて欲しいと、PKFへの参加要請も増えていた。

 つまり、本土自衛隊は決して役割を終えてなどいないのだが、肝心の隊員が足りなければ、組織として立ちゆかないのも確かである。



 本土自衛隊の基幹となる人材を補完する為、防衛省は、ティ連から軍務経験者を積極導入する事を検討した。既に特危自衛隊の発足前から、イゼイラを中心としたティ連各国から、若干の連絡将校や軍事顧問を受け入れているのだが、本格的な募集をかけようというのである。

 そもそも本土自衛隊の人員不足は、特危自衛隊を設立当初から日本人主体の組織とする為、中核となる幹部/曹を大量に移籍させたのが発端だ。何とも本末転倒な事になってしまったのだが、致し方がない。

 だが検討を重ねてみると、ティ連から派遣されている軍事顧問から、重い指摘があった。

 当初からティ連式装備を揃えた特危自衛隊と違い、本土自衛隊はティ連式装備への更新を段階的に行い、当面の間、現用装備が引き続き主力である。その為、ティ連から軍務経験者を導入しても、現用装備の運用に関しては即戦力として期待出来ないのではないかというのだ。

 代わって浮上した人材調達先は、多くの装備が共通し、また半世紀以上の交流がある米軍である。

 元々、米軍は同盟国軍として日本にも相当な規模の駐留部隊があり、日本有事の際には連携する事を前提に、共同訓練も繰り返している。また言語の問題についても、PVMCGがあればクリア可能である。

 だが、米軍人材の導入案に対して、ティ連は日本に〝帰国を前提とした一時雇用ではなく、永住/帰化を伴うならば可とする〟という条件を提示した。つまり、日本の一員となる意思を持つ者でなければ、受け入れてはならないというのである。

 ティ連にしてみれば、本土防衛のみを担当するとはいえ、本土自衛隊は、ティ連加盟国の正式な軍事組織である。その為、非加盟国の人員を大量導入するのは、組織維持の為であっても受け入れがたい事だった。

 一方で、日本人以外の地球人をティ連市民として受け入れる為のルートは、日本への帰化が唯一という事情もある。その為、自衛隊への志願というコースを設定してはどうかと考えたのだ。

 つなぎの人材として、フランス外人部隊の様な期間契約を検討していた防衛省は、この条件に戸惑った。

 高収入を求め、退役してPMC(民間軍事会社)に転じる軍人が多い米国の状況から、人材確保は報酬次第だろうと考え、人件費確保の根回しまでしていたのである。

 確かに、ティ連の一員となる為、帰化を目指して日本へ留学する若者は急増している。 だが今回、本土自衛隊が欲しているのは、即戦力のベテランだ。世界の戦場でPMCが引く手あまたの状況で、永住を前提とした入隊に応じる者がどれだけいるかは疑問だった。



 とにかくも、ティ連の示す条件に沿う形で、防衛省は米国に打診した。接触した官庁は軍を管轄する国防総省、いわゆるペンタゴンではなく、退役軍人への福利厚生を管轄する退役軍人省だ。

 地球最大の軍を誇る米国では、退役する者も毎年膨大な数に上る。福利厚生の提供や、再就職の支援といった退役軍人のサポートが、退役軍人省の役割である。そこで、本土自衛隊への再就職を斡旋してもらおうという訳だ。

 退役軍人とはいう物の、移住を前提、つまり国民を引き抜く形になってしまう為、防衛省は門前払いされる事も覚悟していた。

 だが、予想に反して退役軍人省は好意的で、むしろ積極的な案を提示された。傷病で軍務が続けられなくなって退役した傷痍軍人を起用して欲しいというのである。

 米軍では戦傷や公務災害に対する医療サポートとして、米国で回復困難な患者は在日米軍基地を経由して自衛隊病院へ搬送され、ティ連式の医療を受ける事が出来る様になっていた。

 アフガンやイラク等、日本国外での受傷がほとんどなのだが、治療に際しての便宜上、搬送と同時に在日米軍へ転属させており、結果、日米安保条約に基づく駐留経費の一部として、治療費も日本側の負担となっている。条約の趣旨にそぐわない運用として国会で物議を醸したが、日本政府は容認しているのが実態だ。

 左派系野党の某議員が問題を提起するに際し「米軍の暴虐に参加して障害を負ったのは自業自得なのに、何故、日本が治してやらねばならないか。罰として生涯苦しむべきだ」と放言し、各方面から批難を浴びたのは記憶に新しい。

 ともあれ現在の米軍は、日本によるティ連医療のサポートを受けられる様になった事で、手足を吹き飛ばされようが、目が潰れようが、半身を引きちぎられようが、脳を破壊されない限り五体満足で復帰可能となっており、その為に士気もかなり上がっている。

 しかし、その様な体制が構築される以前に負傷退役した者は、いわゆる傷痍軍人として公的なサポートを受けつつも、経済的に困窮する者が多いのが実情だ。

 ティ連医療を望むなら、個人的に日本を訪れ、自費で治療を受けるしかないのだが、それが出来るのは高額な保険に加入しているか、治療費を工面出来る少数派のみである。日本側から助成を得られるケースもあるのだが、その場合でも自動車一台分程度の自己負担は必要となってしまう。

 そういった傷痍軍人を、日本で自衛官として再び名誉ある人生に復帰させられないかと言うのが、退役軍人省の提案だった。米国籍の離脱/日本国籍の付与も承諾するという。

 米国としては、国家に尽くした彼等の福利厚生を保証せねばならないが、その膨大な負担は国家財政に重くのしかかっていた。その一部なりと、日本が引き受けてくれるなら渡りに船なのである。

 まして、本土自衛隊への再雇用というならば、日米の軍事協力体制強化に極めて有効という訳だ。防衛省はその提案を受け、どの様な対象が適切かを検討した。

 まず当然だが、能力があろうとも、不祥事を起こした者を受け入れる訳にはいかない。

 軍種についてはどこでも問題ない。陸軍/海軍/空軍はそれぞれ対応する陸自/海自/空自に、対応軍種が日本にない海兵隊は陸自、沿岸警備隊(米国では治安組織ではなく軍扱い)は海自となる。航空機操縦士は海軍にも多くいるが、戦闘機乗りは原則的に空自である。

 退役軍人省からは軍情報機関であるDIA(国防情報局)要員も対象にして欲しいという要望があり、そちらについては特例として自衛隊の他、内閣情報調査室、公安調査庁、警察庁警備局も選択肢に加えられる事となった。

 年齢については、即戦力として採用する以上、働き盛りの二〇~四〇代がターゲットとなるので、高齢の者は対象から外れる事になる。

 家族の帯同を認めるかについては、配偶者と就学年齢までの子供は可という事になった。特に子供については元々、次世代のホモ・サピエンス人口激減を緩和する為、積極的に移住前提の留学を受け入れる国策がとられていたので(第三十三回参照)、日本としては大歓迎である。

 無論、子供本人の意思も尊重しなくてはならない。その為、帯同子弟についてはあえて成人までの在留資格に留め、米国籍を離脱して帰化するか帰国するかは、成人時に本人の意思で決める事とされた。

 以上を退役軍人省に提示し、該当の傷痍軍人をピックアップして勧誘する事になったのだが、検討していく内に問題が指摘された。

 兵科の偏りである。

 傷痍軍人の発生率が高いのは、前線で銃を取って戦う、あるいは軍用車両/航空機の搭乗員が主体となる。逆に言えば、後方要員は戦傷を受ける者が少ない。

 特に空軍は、傷痍軍人と言えば航空機乗組員が多く、整備や管制といった分野からはほとんど出ない。海軍も然りで、負傷率が高いのは、海軍機乗組員の他、ネイビーシールズとして名高い特殊部隊で、中核である艦艇乗組員は比較的少ない(但し沿岸警備隊の方は任務上、傷痍軍人となる艦艇乗組員が少なからずいる)。

 自衛隊としては各兵科の人材をまんべんなく欲しいので、傷痍軍人だけを対象にしていては需要が満たされない事は明らかだ。

 そこで防衛省は退役軍人省と協議の上、募集範囲を広げる事にした。

 負傷で軍務が続けられなくなり退役した者は、傷痍軍人だけではない。交通事故等、公務外のプライベートで負傷した者も少なからずいる。また負傷だけでなく、治療困難な疾病もまた、若くして退役せざるを得ない動機の大きなウエイトを占めていた。

 こういったケースでは、いわゆる傷痍軍人としての特別な保護対象とはならないので、生活もより困難に陥る事が多いのである。

 対象を広げた事で、候補者の兵科の偏りがかなり緩和される見込みが立ち、人数も充分増えた。

 当初からある程度予測されていた事だが、日本文化、特にアニメやコミックといったサブカルチャーに関心がある者が多い。移住を考慮するからには、自衛官という安定した職と高度医療サービスだけではなく、親しみやすい文化である事も重要という表れである。



 しかし、彼等が日本になじむには、まだ大きな不安要素が残っていた。

 宗教である。

 米国はプロテスタント主体のキリスト教信徒が多く、特に福音派と呼ばれる、聖書の無謬性を主張する宗派が、いわゆる〝キリスト教右派〟として大きな政治勢力となっている。

 プロテスタント諸派の他にもカトリック、英国国教会、東方正教といった様々な宗派も併存している。米国発祥の新興宗派としては、末日聖徒イエス‐キリスト教会、いわゆるモルモン教が代表的だ。

 またWW2以前に迫害を逃れて欧州から移住したユダヤ教徒も多く、米国がイスラエルを強力に支援するのは彼等の圧力が大きい。

 中近東からの移民を主体にムスリムも増加しつつあり、その他、ルーツとなった国の土着宗教の信仰を保つ者も少なからずいる。日系人を含むアジア系を主体に仏教徒もいるが、全体としては少数派に属する。

 そして米国では、日本と対照的に、信仰心を生活の指針にしている市民が多いのである。どの程度かというと、州によっては進化論を学校で教えられない程で、つまり教育に悪影響を及ぼすレベルだ。地球の先進国で、この様な国は米国のみである。

 日本では信仰の自由が憲法で定められている以上、信教を公職の採否や永住権/国籍付与の基準にする事ははばかられるのだが、日本、そして自衛隊における宗教の実情について説明し、理解を求める必要があった。

 自衛隊への入隊に関心を示した傷痍軍人達の内、犯罪歴や薬物使用のチェックをクリアした適格者を集めて開かれた説明会で語られた、日本の宗教事情の概要は、次の通りである。



 日本は法的に信教の自由が保証されているが、自衛隊では個々の信仰について特別な配慮はない。

 例えば食堂では、戒律に基づいた別メニューは用意されない。米軍に在籍する様な、いわゆる従軍聖職者も存在しないので、敬虔な信仰生活を送れる環境とは言いがたい。

 一方、非公式ではあるが、駐屯地や護衛艦には、日本の土着宗教〝神道〟の祭壇、いわゆる〝神棚〟が祀られている。拝礼を強要される物ではないが、いかなる信仰を持っていても、最低限の敬意は求められる。

 また公務殉職時には、退役者組織の〝隊友会〟によって、地元の護国神社に合祀されるのが慣例である。

 そして大半の日本人は、神道や仏教に基づく儀式や祭典を〝習俗〟として親しんでおり、信仰心は極めて薄い。キリスト教の重要祭日であるクリスマスも〝聖誕祭〟としてではなく、単なる年末行事として楽しんでいる。

 自己の信教を理由に、居住地で開催される神道や仏教の行事への参加/協力を頑なに拒むと、地域社会への協調性に欠ける態度として批判する住民も多くいる。信仰心が薄い大半の日本人にとって、異教の行事へ参加したくない心情は共感しにくいのである。

 そして、遺体は火葬されるのが一般的で、土葬を希望しても墓地の確保は極めて困難であり、衛生上の懸念から地域住民の理解も得られにくい。

 日本に移住したティ連系住民は基本的に無宗教でかつ、日本の宗教に関する実情をよく理解しており、トラブルはほぼ皆無である。彼等が日本で受け入れられているのは、オーバーテクノロジーの利便性だけでなく、宗教トラブルの心配がない事が大きい。

 米国を含む地球上国家からの移住者も、これに準じた姿勢が暗に求められるので、入隊はそれを踏まえて判断して頂きたい。



 説明会の結果、採用辞退を申し出た者が多数発生した。日本の宗教事情から、とても生活出来ないと判断されたのだ。在日米軍勤務経験者は、この辺りの事情を理解している者が多かったが、米軍全体としては少数派である。

 去った中には、余命宣告を受けている難病患者も少なからずいた。「神の御許に行けなくなるよりも死を選ぶ」と言う。カルトではなく、一般的な宗教の敬虔な信徒に、この様な者が少なからずいるのである。

 ちなみに、日本にもティ連医療を拒む層がいて社会問題化しているが、その動機の多くは、治療の際にバイタルデータをスキャンされ、公的に登録されるのを忌避しての事だ。宗教的な動機も皆無ではないが、ごく少数に留まっている。



 不自由な体をティ連医療で治療出来る機会を得ながら、信仰を守る為に背を向ける者が想定を超えて多かった事に、防衛省の担当者達は困惑した。信仰深き者が主体の宗教国家という、合理的なだけではない米国の一面を、改めて認識させられたのだ。

 異星文明との交流が始まった現在においても、それは依然として変わっていなかったのである。

 一方、担当者の中にいたヤルバーン州軍からの出向者は、想定内の事として平静に受け止めていた。

 ティ連では、発見した発達過程文明との交流において、宗教が重大な障壁になり得ると認識されているのである。教義で説かれる世界観に対し、異星文明たるティ連の存在が、真っ向から矛盾してしまう事が多い為、信仰の深い者程、現実を受け止めきれず拒絶してしまいがちなのだという。

 また、宗教の権威によって秩序が形成されている社会では、教義と矛盾する事実が、圧倒的な力を背景に示されたからといって、簡単にそれを認める事は難しい。

 そして、恒星間文明が、宇宙進出段階に達していない発達過程文明を侵略する場合、現地の宗教を利用するのが常套手段の一つなのである。

 現地で信仰されている神と偽り、様々な奇蹟を科学力で再現して、隷属を求めるのだ。苛烈なケースでは、生け贄として集団自決による絶滅を要求し、ジェノサイドを行った事例すらある。

 よって、人間は神の下僕と説く様な宗教を、ティ連は危険思想として警戒する。

 顕現した〝神〟は、他恒星間文明の科学力による偽物である可能性が極めて高い。そんな物をあっさりと信じてしまう様では困るのだ。仮にそれが本物の造物主であったとしても、それを根拠に人類へ隷属を強いてくるのであれば、それは市民に仇なす〝敵〟でしかない。

 命令とあらば神の軍勢に対しても臆さず銃口を向け、排除出来なければ、ティ連の将兵としては不適格である。本土自衛隊もティ連加盟国の軍事組織である以上、その資質が要求されるのは当然と、ヤルバーン州軍からの出向者は主張した。



 多数の辞退発生により二次募集を行う事になったのだが、ティ連の視点からの意見を踏まえ、信仰による不適格者をどの様にはじくかが課題となった。

 手がかりとして、一次募集の説明会参加者について分析を進めるていく内、趣味/嗜好に興味深い傾向のある事が着目された。

 説明会参加者全体に、日本文化好き、特にアニメ等のサブカルチャーを趣味とする傾向がある。

 もっとも、これ自体は元々想定されていた事だ。移住し、さらに市民の盾として防衛を担うというなら、日本文化好きが多くて然るべきである。

 だが、どの様なジャンルを好むかが問題で、辞退した者達は、〝ファンタジー〟を忌避する傾向が強いという結果が現れた。

 近年、日本のアニメは、いわゆるライトファンタジーを題材にした物が多い。だが信仰心が深いと、架空の神を設定したり、キリスト教やイスラム教では禁忌である魔法が好意的に描写されるファンタジー作品は、現実の宗教を冒涜している様に映るというのだ。

 一般的な日本人からすれば滑稽な話だが、神の実在を堅く信じている者が、ファンタジー作品に親しむと背信者として死後の裁きを受けるのではないかと不安になるのも、無理からぬ事である。

 そもそも日本アニメのファンタジー作品は、欧米発のゲームや小説に多大な影響を受けた物ではないかという疑問が出るだろうが、実の処、宗教的に保守的な家庭では、ファンタジーを俗悪と見る向きもいまだ根強い。

 もちろん、科学文明の発展と共に世俗的な者が増えたからこそ、欧米で多くのファンタジー作品が造られる様になり、日本にも伝播した。故に、ファンタジーをフィクションとして問題なく楽しめる者ならば、日本で宗教問題を起こす可能性も低いと考えられた。

 そこで防衛省は、米軍退役者からの自衛官二次募集にあたり、この嗜好の傾向を利用する事を考えた。アニメ/ゲームのファンタジー作品とタイアップして広報しようというのである。

 ファンタジー作品を問題なく楽しめるか、少なくとも問題視せずに静観出来るか否かを、いわば〝踏み絵〟にするという訳だ。

 退役軍人全般に枠を広げた二次募集では、日本の人気ファンタジーアニメのキャラクターを多数使用した広報活動が行われた。

 対象者に送られるダイレクトメールやパンフレットはもちろん、広報ポスター、イメージソング、粗品に至るまで、ファンタジーアニメ尽くしである。

 結果、第二次募集はアニメ作品のキャンペーンと見まがう様な有様と化し、頭の固い上層部の一部からは苦言も呈されたのだが、採用辞退率は大幅に低下した。

 タイアップが功を奏したのかについては評価が分かれており、第一次募集の際の説明が事前に広まっていた為ではないかという意見もあるが、受けが良かった事は間違いない。

 第二次募集では、健常者を対象に広げた事から、予備役や州兵として定期訓練を受けている、ブランクのない者が多く加わったのが大きな収穫だった。

 また、第一次/第二次募集を通じて集まった応募者には実戦経験者も多いので、その経験がほぼ皆無な本土自衛隊にとっては、単に欠員補充に留まらない貴重な人材である。

 ただ、ある程度期待されていた、PMCからの転職については残念ながらほとんど見られなかった。高報酬とスリルを求め、待遇が安定した軍を去ったPMC従事者の多くにとって、ティ連体制下の本土自衛隊は魅力に乏しかった様である。



 こうして、日本に移住を希望する元米軍の退役兵士達が、特危自衛隊へ大量移籍した幹部や曹の穴を埋めるべく、本土自衛隊へ導入される事になった。

 当然、軍務経験があるからといっていきなり配属する訳には行かず、本土自衛隊に合わせた再訓練や、日本に於ける日常生活についてのレクチャーが必要となる。だが、言語についてはPVMCGがあり、また、本土自衛隊自身が元々、有事に米軍と連携をとる事を前提とした組織となっている為、再訓練は二ヶ月程度で充分だった。

 再訓練中は、米軍時代の最終階級に準じた処遇ではある物の、身分は「自衛官候補生」である。無事に再訓練を終えた時点で、永住権を付与され正式に任官し、全国津々浦々の部隊へ配属されて行くのだ。

 さらに任官して三年勤務すれば帰化申請が可能となり、晴れて日本の一員に加われる。

 ティ連加盟以後、地球人全体へティ連市民となる門戸を開く必要性から、移住希望者に永住権/国籍を付与する条件は従来に比べ大幅に緩和されたのだが、それを踏まえてもかなりの厚遇である。

 前述の通り、米国の退役軍人を導入する際、ティ連側が出した条件に従った為でもあるが、海外諸国を見渡すと、一定期間の軍務に就いた外国人に、恩典として永住権や国籍を付与する国は珍しくない。

 左派系野党からは批判の声もあるが、国際的に見ても普遍的な制度の範疇と言えるだろう。



 元米兵を受け入れるにあたり、各駐屯地の宿舎も、大幅な増築/改修が行われた。

 元米兵は日本人に比べ、体格の大きい者が多い。また近い将来、ティ連系の様々な種族へも対応する必要がある事を踏まえ、宿舎は建物/設備とも、従来に比べて大型でゆったりとした物となり、居住性は大幅に改善した。

 従来通りの施設だと敷地面積の制約が出てくるのだが、トーラル技術による浮遊施設ならば問題ない。また予算や工期も、ハイクァーン造成で解決である。

 隊員宿舎は以前から老朽化が指摘されていたが、防衛予算の都合上、その対処が遅れていた。ティ連加盟後はハイクァーンを使えば済む様になった筈が、建設業者への配慮云々という事で、話が進んでいなかったのである。

 これが一気に解決した事で、結果的に従来から勤務していた自衛官達も恩恵を受ける事となり、元米軍の新入り達への心証が大幅に良くなるという副次効果も生じる事となった。



 各駐屯地周辺では、元米兵が自衛官として大量に配属されるという事で、治安悪化を心配し、懸念を訴える地域住民も少なからずいた。

 しかし、彼等は駐留米兵ではないので日米地位協定の対象外で、完全に日本の警察権が及ぶ。また、自衛官はPVMCGの常時着用義務があり、公私を問わず行動は常に把握されている。

 さらに、刑事事件を起こして有罪になれば原則、永住権を剥奪の上で免職され、機密情報を脳から物理的に消去の上、米国に強制送還である。無論、実刑なら送還は服役後だ。死刑なら執行後に死体で送り返され、日本に葬られる事はない。

 加えて、本稿の第三十九回でも軽く触れた通り、官憲の不当な暴力を防ぐ為に制定されている〝特別公務員暴行陵虐罪〟が、ティ連加盟後に改正されている。〝一般人に優越する戦闘能力を有する者〟を制圧する際は、脳以外の部位なら、威嚇を行わずに銃撃や斬撃、打撃等で破壊しても問題ない事とされたのだ。

 該当者は、現役/退役を問わず、軍人/自衛官、警察官/海上保安官等の治安職、警備会社やPMCの従業員、さらには格技の有段者、指定暴力団構成員等である。

 先の大戦時に兵役を経験した老人も範疇に含まれるし、徴兵制度のある国から来た成人男性(イスラエル人なら女性も)は自動的に〝軍務経験者〟とみなされてしまう程に厳しい。

 ティ連加盟以後、テロ対策の徹底が意識された事と、ティ連医療により、脳さえ無事ならいかなる負傷も完治可能となった事、そして警察官(及び司法警察員権限を持つ公務員)もPVMCGの常時着用義務があるので、職権濫用の監視は万全である事が法改正の背景にある。

 各駐屯地はこれらの事情を説明し、地元の理解に務める事となった。国費で新たな地域振興策を用意した事もあり、不安の声はおおむね沈静化し、まずは様子見という雰囲気に落ち着いた。



 元米兵達の配備にあわせ、各駐屯地の近隣に、福利厚生の一環として大型の娯楽施設が建設される事となった。不祥事の発生はストレスに起因する事が多い為、予防には気持ちよく余暇を過ごしてもらうのが一番と考えられた為である。

 防衛省が運営する関係上、敵対的な恒星間国家との全面戦争を想定した、軌道上攻撃からの防空退避施設を兼ねるという名目で、建設は地下となっている。

 東西冷戦期、旧東側国家の大都市で建設されていた超大型核シェルターが、長期の滞在を想定して娯楽設備を充実させていたのを参考にしたという。

 娯楽施設は一般にも開放されており、多目的ホール、各種趣味講座、映画館等、設備はもりだくさんだ。

 ただ、その内容は極めてマニアックな物となっていた。民間と競合しない為の配慮と広報されているが、実際は元米兵達の希望を聞いた結果である。日本サブカルチャー好きが高じ、永住の為に本土自衛隊入りした筋金入りが揃っている為に極めつけだ。

 例えば多目的ホールでは、連日の様にアニソンライブや声優のトークショーが開催されている。映画館も、アニメや特撮の旧作リバイバルが中心だ。

 無料の各種趣味講座は、意外な事に日本の伝統文化が多い。だが、そのことごとくが、アニメの題材になり人気を博した物ばかりだ。一番人気が宗家から師範を招いた古流剣術という辺りは、いかにも軍人らしい。ちなみに古流剣術講座は、某ゲームの影響からか受講者の六割が女性である。

 特に目玉の施設は〝銀河盟主の酒場〟という、いかにも尊大な名称の洋風居酒屋だ。いわゆるファンタジー作品の〝中世欧州風〟をイメージした内装が売りとなっている。

 店員は主にティ連系種族で、ディスカール人がエルフ、パーミラ人がウンディーネ、ザムル族が旧支配者の眷属といった具合に、ファンタジーの住人を模している。

 入店時にはPVMCGを利用して、ファンタジー風の衣装に着替えるルールとなっており、店内はあたかも、現実に冒険者がたむろしているかの様だ。客の多くが筋肉質の自衛官で、しかも東アジア系以外の人種が約三割なので、極めてリアルな光景である。

 また、〝狂皇の死練場〟(誤字にあらず)という、ティ連技術による大規模VRシミュレーション施設もある。

 類似のVR施設は余所にも既にあるのだが、〝狂皇の死練場〟は、通常は民間利用許可が出ない、戦闘訓練用の軍用設備を、ファンタジー的世界の冒険を再現する為にカスタマイズしたのが特徴である。

 多くのコンテンツ企業と包括契約を結んでおり、様々なファンタジー作品を再現可能となっている。もっとも人気なのは、後にカリフォルニア州知事も務めた俳優が主演で映画化された事がある、一九三〇年代の小説シリーズである。もちろん和製作品の人気も高いのだが、ファンタジーブームの先駆けとなった本シリーズの支持は強い様だ。

 元が戦闘訓練用なので、現実の身体能力や戦闘技術がクリアの可否に直結する。初心者向けのイージーモードでも、武道の有段者程度の実力に加え、サバイバル技能の習熟が必要で、インドア生活のゲーマーでは瞬殺ゲームオーバーになってしまう。

 最高難度のキルモードをクリアすると、ここでしか入手できない豪華景品が提供されるとあって、〝狂皇の死練場〟は自衛官ばかりか、腕に覚えのある一般人の間でも大人気となった。

 もっとも、キルモードをクリアするには特殊部隊並の能力が必要とされている。習志野の第一空挺団(元米兵の内、特殊部隊経験者は大半がここへ配属)すら、挑戦十回でようやく一割がクリアできる程だ。

〝狂皇の死練場〟を通じ、ファンタジーの冒険を限りなく現実に近づけて再現すれば、死と狂気に満ちた、お気楽さとは程遠い世界となる事が世間に知れ渡って行った。それを好む元米兵達は、日本のコアなヲタクとは別方向に突き抜けた趣味人として、すっかり畏怖の対象である。

 彼等は単にファンタジー作品が好きなだけでなく、それが現実にあればどの様な物かを理解した上で愛好していたのだ。平和日本の一般人と、実戦経験者が多い軍事国家出身のプロの違いであろう。



 豪勢な娯楽施設が用意されたとはいえ、元米兵達は休日のたびに、ここへ通ってばかりいる訳ではない。彼等は地域の一員として、積極的に活動していた。

 特に、基地周辺における祭礼では、自衛官は重要な人手である。

 本来は宗教行事なのだが、大半の住民はそれを意識する事なく、祭礼を季節の行事として親しんでいた。元米兵達は、事前説明会でそれを理解した上で入隊しているので、快く協力している。

 神輿を担ぎ、山車をひき、あるいは櫓で太鼓をたたいたり、餅を群衆に向かって投げる彼等の姿は、報道を通じて米国を含む海外諸国へ知れ渡るに至った。

 またティ連からの移民も、地域社会で元米兵の自衛官と接する機会が多い。〝ヤルマルティア(日本)人とは気風が若干異なるが、基本的に友好的で愉快な人達〟という、米国人に対する好印象が、ティ連系移民の間へと広まっていった。



 元米兵達は、短期間の内にすっかり日本になじみ、本土自衛隊の維持に欠かせない存在となった。

 一方、在来日本人の志願は特危自衛隊に集中している為、相変わらず低調だった。救いはと言えば、未経験者でも可能な予備自衛官補への登録が、全国各地の消防団員を主体に広まった事である。ただ、やはり防衛省としては常勤の一般入隊者が多く必要だ。

 ティ連各国軍からの移籍ではない、ティ連系移民への新規入隊募集も本格化し、こちらは好調である。だが、ティ連系移民の中核を占めるイゼイラ人は、骨格が空洞で体重が軽いという特性から、装具なしの徒手格闘では地球人に対して不利で、また水に潜れない事もあり、陸自/海自では職務が限定されてしまう点が問題になった。

 イゼイラ人志願者については、基本的に空自を推奨する事で対応しているが、陸自/海自としてはあてが外れた形だ。もちろん陸自/海自を志願しても門前払いという訳ではないのだが、使い勝手が悪い事は否めない。

 一方で、やはり移民が多いパーミラ人は、水棲種という特性から海自で重宝され、優先採用枠を設ける程である。だが海上保安庁も彼等に着目しており、国防に関心のある優秀な人材は、そちらへ流れる傾向が強い。二〇〇一年に北朝鮮船舶と巡視船の間で銃撃戦が発生した事例が、パーミラ人達を海保へひきつける背景にある様だ。

 カイラス人やドゥランテ人といった、いわゆるデミヒューマン系種族は、一般に地球人より身体能力が高いのだが、そもそも移民の絶対数が少ない。日本はごく近年までヒューマノイドたる地球人の単一種族国家であり、ティ連加盟後も、ヒューマノイドに最適化された社会である事は変わらないのだ。

 その様な訳で、ティ連系移民からの自衛官募集は好調な物の、人員不足を完全に補うには至らなかった。

 また、人口比に対してティ連系自衛官の比率が高すぎると、各方面に対して体裁が悪いという事も指摘されている。地球での活動が前提である以上、本土自衛隊は地球人が主体である事が望ましいと考える上層部は少なからずいた。

 そこで再び、米軍退役者の採用が注目された。だが、一応は制度を残してある物の、米国からは、自軍からの退役を誘発しかねないので、積極的な広報キャンペーンは再開しないで欲しいと釘を刺されている。

 そこで次善の策として、軍務経験を問わず、永住/帰化を望む米国の若年層全般を対象に、〝移住希望者枠〟として、一般入隊の募集を開始する事となった。ハイスクール卒業資格を持つ単身者が条件で、退役軍人枠と異なり、通常は二士からのスタートとなる。

 現在、海外の若年層が日本へ移民するには、留学して卒業後にそのまま就職するのが最も簡便なのだが、それが出来ない層も少なからずいる。

 学費や滞在費は各種奨学金が用意されているのだが、そもそも入試に合格出来る事が大前提である。充分な準備が出来る者は中間層以上の家庭で、かつ保護者が協力的な場合に限られてしまう。そこで、それ以外の層から有望な若者を拾い上げられないかというのが目論見だった。

 募集をかけてみると、以前からの退役者募集とはまた異なる層からの志願が多かった。

 宗教的に厳格な家庭で育った若者が、窮屈な生活から抜け出したいと、本土自衛隊へ入隊して日本に移住を希望するのである。彼等の多くにとって日本のサブカルチャーは、保護者から禁じられた憧れの文化であった。

 日本へ留学・移住を望んでも保護者の協力を得られる筈がなく、諦めかかっていたところで、自衛官の一般隊員募集が開始されたので、さっそく志願したという訳である。

 志願者の出身を見ると、南部農業地帯の白人層や、敬虔なカトリックの多いヒスパニック系が大半だった。

 また、先住民居留地のネイティヴ・アメリカンも目立つ。先の見えない生活から抜け出す為、エスニック・コミュニティを離脱して、ティ連の一員となる事を望む者達である。ティ連体制下の日本なら、現地習慣に溶け込む事を前提に、差別の対象になりにくいという期待もある様だ。

 先行して米軍退役者が多く任官していた為、これらの新規入隊者達に対する教育は、彼等の指導により比較的スムーズに進んだ。何しろ真っ当に務めていれば、休日は日本サブカルチャー三昧の娯楽施設が備わっているのだ。

「俺、国籍取って三曹に昇進出来たら、エルフと結婚するのが夢なんだ」等というのが、彼等の典型的な将来希望である。

 夢に向けて訓練に励む彼等を、教官達は厳しくも暖かい目で見守っていた。



 第一陣がスムーズに進んだ処で、政権与党から、対象国を米国以外にも広げられないかという要望が出た。

 彼等が最重視するのは、国防の担い手不足だけではなく、日本のホモ・サピエンス人口減少の緩和である。目的を達成するには、移民の間口を可能な限り広げる事が不可欠だ。

 無論、無条件にだれでも良いという訳にはいかない。自衛隊への入隊という帰化の入口設定は、保守勢力としてイデオロギー的に合致する名案だったのである。

 LNIF加盟国を対象とする案が出たが、慎重派からは異論も出た。LNIFと一言にいっても、国情は様々だ。市民モラルが低い国から自衛官を採用すれば、住民との間で問題が起きかねないというのである。

 検討の末、問題ないとされたのはEUまたはシェンゲン協定加盟国(スイスを除く)、そしてカナダ、台湾、シンガポールとなる。

 基準をNATO加盟国とせず、EU/シェンゲン協定としたのは、クルド人問題を抱えるトルコを除外する意図があったとされる。スイスが除かれたのは、外国軍への従軍を禁じる同国の法規制に基づく。

 欧州以外では、カナダが米国とほぼ同一の国民水準と判断された為に加えられた。アジア国家については広く受け入れるべきとの声も強くあったのだが、国民水準を考慮すると、一ヶ国+一地域のみが対象となった。

 韓国についても対象とする様、一部市民団体から請願が出された物の、LNIF非加盟の上、ティ連で敵性国家に分類されている為に検討すらされていない。

 豪州とニュージーランドも検討対象になったが、経済の中共依存度が高すぎるとしてヤルバーンから入境拒否対象にされたままなので、自衛官募集からも除外される事になった。

 募集対象国拡大と同時に行われたのが、陸自/海自の男女別定員の撤廃である(空自は元々ない)。海外募集を行う程の人員不足である以上、男女別定員も撤廃すべきであるという考え方だ。体力差や不祥事を懸念する声もあったが、前者は機械化、後者はPVMCGによる監視で対応可能という事で決定された。


* 


 米国以外でも、異星文明に庇護された自由の国として日本に憧れる若者は多い。留学が困難な者にも本土自衛隊という道が示されたので、蜘蛛の糸をつかむがごとく志願する者が続出した。

 新たな募集対象国の内、志願者が特に多いのはポーランドである。現在、保守政権がカトリックの価値観に基づく政策を進めており、世俗的な価値観を持つ若年層の中に反発する者が多いのだ。次いで多いのが、政府が強権的で言論統制が徐々に強化されつつあるハンガリーである。

 意外にも、台湾からの志願は少ない。国防に関心がある者は、徴兵後も職業軍人として台湾軍に残る者が多いのだ。故郷の危機を横目に、日本へ移民する気になれないのだという。

 また、欧州全体の傾向として、旧植民地からのアラブ系移民の二世/三世、そして北アフリカ(主にシリア、リビア等)やアフガンからの難民の子弟の志願も多い。無論、不法滞在者は対象外なので、募集対象国の国籍を持つか、合法的に居住している者のみなのだが、特筆すべきは、ほぼ全てが女性という点である。

 欧州に移住したムスリムの多くは、移住先の欧州でも戒律を守り、独特のコミュニティを形成する事が多い。次世代が欧州の世俗的な社会になじんでいくのは、彼等の共通した悩みの種である。どこに住もうと、自分達の文化を素直に継承させたいのだ。

 特に女子に対しては厳しい態度を取る親が多い。家の名誉を守る為、ふしだらと見なした娘を殺害してしまう例もしばしばある程だ。〝名誉殺人〟と呼ばれる因習だが、閉鎖的なコミュニティ内で行われる為、官憲の捜査が及びにくく、自殺や事故として処理される事が多いという。

 旧弊で窮屈な生活を疎んでいたムスリム家庭の若い女性が、家族から危害を加えられる空気を察知して駆け込む先として、本土自衛隊が着目されたのである。

 彼女達の志願が増えた背景には、現地の人権保護団体、さらには警察も関与している様である。〝厄介払い〟の面も否めないが、受け入れられれば確かに安全確実な避難先である事は間違いない。

 防衛省は困惑したが、日本の宗教事情を説明し、それを理解した上でなら可という従来の姿勢は変わらなかった。結果、日本では棄教した元ムスリムの女性自衛官が見られる様になっている。

 彼女達は意識して、ムスリムの戒律に反する行動を目立つ様に取る事が多い。露出の高い服を着て外出し、神社でおみくじを引き、アルコール類や豚肉を好んで口にし、ティ連系の異性(当然に無宗教である)と腕を組んで歩くのだ。

 日本国籍を取得してすぐに入籍し、婚姻薬でティ連系種族との間の子をもうけた例も増えつつある。

 中近東系のニュース専門TV局がその様子を特集したのだが、彼女達は、顔や声の修正をしないなら可という条件を自ら提示し、取材を受けた。実質、イスラム社会への挑発に等しい。

 当然に、ニュース番組を視聴した多くのムスリムが、世界中で批難の声を挙げ、日本には抗議の嵐が舞い込んだ。しかし政府は声明を出し、これを一蹴した。


〝日本には信仰の自由があり、棄教は死に値するという価値観は認められない。ムスリム出身の女性自衛官は既に我々の一員であり、しかも国防という重要な責務を担っている。彼女達へ危害を加えようという企てがあれば、犯罪行為として厳正に対処する〟


 従来であれば、穏便な方向へ海外世論をなだめようと試みたであろうが、政府は強硬な姿勢で筋を通す決断をしたのである。

 ティ連という圧倒的な力を背景にしたからこそ、毅然とした態度が取れる様になったのは言うまでもない。力あってこその正論と言えよう。

 LNIF陣営の内、先進国や非イスラム圏は日本の声明を絶賛し、対してイスラム国家は沈黙した。一方、CJSCA陣営では、非イスラム圏は事実を淡々と報道した。イスラム国家は懸念を表明する国もあったが、批難までには至っていない。

 イスラム教には〝使徒派〟と呼ばれる、親ティ連の新興宗派もあるが、彼等は、ムスリム出身女性自衛官の行動を容認する姿勢である。彼等にとって、多神教国である日本を、教理上どう扱うかが発足以来の悩みなのだが、「使徒様(ティ連)がお認めなら」という事で済ませている。

 抗議として、ムスリムによる大規模な反日/反ティ連デモが行われる国もあったが、合法的な範囲を超えて暴動化しそうな物については容赦なく鎮圧され、死者も多数発生している。

 日本国内でも、多文化共生主義を主張する一部の左派が、棄教を助長してイスラム文化を破壊していると称し、政府の対応を批難した。だが、そもそもの背景に名誉殺人の因習があり、多文化主義はこれも容認するのかと問われ、沈黙せざるを得なかった。

 安全な日本から、人命に関わる因習を内包する文化を擁護しても、全く説得力に乏しいのである。



 海外から多くの移民を受け入れる様になった日本だが、移民には当然に、日本の社会常識、法秩序に従う事が求められる。

 宗教戒律を最重視する者は、それと相容れない社会で根付く事が難しい。一方、移民先の社会と調和し、新たな一員として生きていける者が少なからずいるのも確かであり、日本はそういう者を移民として受け入れているのである。

 海外からの自衛官募集開始は、移民に対する日本政府の姿勢を、国内外へ示す良いきっかけとなったと言えよう。

 ただ、不安もある。

 本土自衛隊は外国軍からの研修も受け入れている。有事の際の連携には普段からの軍事交流がかかせない為で、LNIF加盟国の全てが対象だ。

 だがこの事業に、元ムスリム女性自衛官の存在が影響を及ぼす様になってしまった。

 イスラム教を国教とする国が、日本に派遣する軍人を、あえてマイノリティである、キリスト教徒等の異教徒から選定する様になったのだ。決して日本側が要請したのではないが、万が一にもトラブルを起こさない様にする為の配慮と思われる。

 しかし、他国への研修派遣に選ばれるのは、出世街道の条件と見なされるのが通例だ。しかも行き先が、ティ連との窓口である日本であればなおさらである。

 当然に、マジョリティであるムスリムの軍人にとっては、上層部の判断は不愉快でしかない。これを原因として、若手士官の間では反ティ連的な意見もくすぶり始めた様だ。

 日本としては推移を見守る他ないが、次代を担う若手軍人諸氏が、旧弊に囚われず開明的な方向へ進む事を願うのみである。


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[良い点] 第四十六回 神であろうと敵は撃て における政策はいいですね。本家銀河連合日本における『銀河連合日本外伝 Age after ― 因果継命 ―  第一話』においてイゼイラがあるセタール恒星系…
[良い点] >>また、ティ連を背景にした日本に睨みをきかせて欲しいと、PKFへの参加要請も増えていた。 これまではアメリカという国の背景にしていたのが作中世界では今後ティ連、その唯一の窓口である日本…
[一言] 移民国家のアメリカから軍人兼移民人を引き抜くとはなんだか面白いですねw イスラム教女性の逃げ先としての自衛隊ですが。 手厚く保護?する方向性で日本も生命発表したようですし、これイスラム教…
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