第四十回 火星の中の米国で、異星人は戦乱の幻を堪能する
ヤルバーンに設置されているティ連系移民子弟用の教育施設、いわゆるヤルバーン校が全国各地に分校を設立するに辺り、その候補地の一つとして、閉鎖されたまま放置状態となっていた、某テーマパークの跡地が選定された。
選定理由は、近隣を通る鉄道が廃線となった影響で跡地利用が進まず、地価が格安だった事による。ヤルバーン校は児童・生徒の送迎に転送を使用する為、交通の利便性は全く重視しないので、この広大な物件に目をつけた。
事前調査として、候補地を前管理者がどの様に利用していたのか、地元自治体や元運営企業に問い合わせた結果、彼等にとって興味深い事が解った。
バブル期の日本では、外国の街並みを模したテーマパークの建設が流行していた。
手軽に海外旅行気分を味わえるという宣伝と共に、モデルにした国の名を冠した「**村」が、全国各地に次々と建てられていったのだ。
当初は物珍しさもあり人気を博した物の、バブルの崩壊とその後の景気低迷、放漫な経営、施設内容への飽き、立地のまずさ等といった要因から閉鎖が相次ぎ、二〇一〇年代まで営業を続けている施設は少なかった。
ヤルバーンが目を付けた土地も、その様に開設され、閉鎖された物の一つだったのである。
調査の結果、特に問題ないとして跡地は買収され、分校設立はスムーズに進められる事になったのだが、ヤルバーンを通じてテーマパークの事を知ったイゼイラ本国は、テラフォーミングして可住惑星となった火星に、この種の施設を設立出来ないかと考えた。
現状ではヤルバーンが、日本人を除く地球人が唯一入国可能なティ連の都市な為、連日の様に観光客が押し寄せている。
しかしながらヤルバーンの領域は、都市として考えると決して広くはなく、むしろ機能に対してコンパクトである。また地球におけるティ連の重要拠点なので、観光に重きを置く訳には行かない。
そこで、ヤルバーンとは別に、地球人に向けたティ連のショーウインドウ的な施設を作れないかという訳だ。
問題は立地だ。ヤルバーンへの観光客を分散させるという狙いを考えると、施設規模としては小都市クラスになってしまう。
そこで、火星の日本領・熒惑県が建設候補地として挙げられた。何しろ殆どの土地の開発計画が立っておらず、日本本土と違って土地代金もほぼ気にしなくていい。
だが、地球から火星へ向かうには、唯一の宇宙港があるヤルバーンを経由せねばならない。その為、オーバーツーリズムの緩和には逆効果で、かえってヤルバーンに人をますます引き寄せてしまうのではないかという見方も出て、計画は机上プランのまま停止していた。
数年後、日本の民間航空会社によって、米国の主要空港と熒惑県を結ぶ直行便が開設された事で、ヤルバーンを経由せずとも日本国外=火星間の往来が可能となり、その懸念は解消した。
だがその時には既に、熒惑県でティ連技術の粋を集めた都市建設が進んでおり、海外からの観光客の目もヤルバーンからそちらへ移りつつあった。
その為、地球人向けの観光施設としてティ連文化のテーマパークを造る必要性も薄らぎ、計画も立ち消えてしまった。ありのままの都市観光で、地球人の興味をひくには充分なのである。
だが、類似の企画が別の方向から立ち上がった。
熒惑県に隣接する米国領で、ティ連市民向けにテーマパークを造るというのである。
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国連に於ける〝ヤルバーン退去要求決議〟を阻止する対価として、日本から米国へ割譲されたこの地だが、研究施設や軍事施設の建設は進んでいる物の、産業開発の動きは乏しかった。
地下資源採掘や工業生産といった事業を展開しようにも、地球への輸送を考えると非現実的だったのである。
米国は巡洋艦「エンタープライズ」級を除くと、本国=火星の往来手段を保有していなかった。その為、ヤルバーン経由でティ連の宇宙船を利用するしかなかったのだが、このハードルが高い。日本人に縁故があれば別だが、公用でなければまず利用許可が下りなかったのである。
それでも、開発に必要な人員の移動はどうにかなったのだが、大量の物資の輸送となると難しい。よって必要な資材は、熒惑県でハイクァーン造成された物に依存せざるを得なかった。こんな状態では、産業開発など夢のまた夢だ。
米国政府としては、経済的に見合わない開発を強引に進めずとも、中長期的な宇宙進出の足がかりになればそれで良いと考えていた。
だが、ヤルバーンと火星を結ぶ日本船籍の旅客便が就航した事により、米国を含むLNIF加盟国の一般市民も火星観光が容易になった為、状況は大きく変化した。
発展めざましい熒惑県に比べ、わずかな軍事基地や開発拠点の他は手つかずという米国領の現状を多くの米国市民が目の当たりにし、批判の声を上げる様になってしまったのである。
火星領の維持・開発には多額の国費が投入されているにも関わらず、現状は一般市民の生活向上に全くつながっていないどころか、国の威信すら傷つけているではないかと言うのだ。
先に挙げた様に、火星領の開発が限定的なのは、経済的に見合わないという面が大きい。ハイクァーンを活用出来る日本と違い、米国は何をするにも〝カネ〟を気にしなければならないのである。
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せち辛い事情の中、自国民の目に見える形での開発進展を迫られた米国政府は、観光開発に目を向けた。だが、自国内のテーマパーク運営企業を誘致しようと打診したものの、反応は芳しくなかった。
米国本土にある様な観光施設を火星に造っても、わざわざ足を運ぶ観光客がどれだけいるのか不透明だというのだ。ありきたりの物では、ティ連技術の集合体である熒惑県に全く対抗出来ないのが目に見えている。
では、盛況な熒惑県の観光状況はどの様な物か調べてみると、訪れる観光客はその殆どが、トーラル文明で築かれた都市を目当てにした地球人である。日本人はその内の約三割程と意外に少ないのだが、これは、彼等がティ連の一員として、他加盟国の観光訪問が可能な為と思われた。
一方、ティ連市民が熒惑県を観光で訪れる事は殆どない。現地で見かけるティ連系種族は、その大半が居住者、つまり移民で占められていた。
ティ連各国から地球を訪れる観光客の興味は、もっぱら日本本国の発達過程文明へと向けられているのである。彼等にとっての熒惑県は、開発途上の新興植民地の一つに過ぎず、観光対象としての魅力に乏しいのだろうと思われた。
また、地球に於けるティ連市民の観光対象は、既に日本だけではなくなっていた。少し前、日本主権の下でのロシア租借地として帰属が妥結した国後/択捉が、観光特区となり多くのティ連市民を呼び込んでいたのだ。
一極集中外交方針の関係上、一般のティ連市民は、日本以外の地球国家を訪れる許可を得るのが困難である。
だが国後/択捉については、ロシア統治下ではあるが主権は日本にあるという特殊な事情もあり、特例として認められたのだ。
以上を踏まえ、米国の文化を紹介する大型テーマパークを開設すれば、発達過程文明目当てのティ連市民を呼び込めるのではないかという提案が出るに至り、米国政府は火星の自国領を観光特区とする様、日本に強く働きかけた。
北方領土問題の解決という特殊な事情があったにせよ、LNIFの盟主たる米国を差し置いて、ロシアがティ連市民の観光客を迎えられる特区を設定したというのは、米国としては決して面白くない状況である。
自分達も同じ物が欲しいと訴えるのは当然と言えた。
日本は当初、むやみに特例を作りたくないとして消極的だったのだが、ヤルバーン/ティ連があっさりと承諾の意向を示した為、それに同意した。
国後/択捉を観光特区として認めたのは、日本の隣接地であり、また離島の為に行動範囲を確実に制限出来るのが大きな理由なのだが、火星の米国領も同様の条件を満たしていたからである。
日本領の熒惑県に隣接しており、また、火星は日本/米国/ティ連直轄地以外の国家が存在しない為、ティ連市民が無許可で第三国へ出国する可能性もない。新たな観光特区とするには適切だった。
日本の航空会社が、米国=火星間の直行旅客船航路を開設したい旨を打診したのも丁度その頃で、それもまた観光特区設立の追い風となった。
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観光特区設立にあたり、まず手がけられたのはブロードウェイの様な演劇街だ。
ロシアは国後に国立劇場を設置し、連日の様にバレエやオーケストラを上演しており、訪れるティ連市民に極めて好評だ。
それに対抗出来、かつ米国のオリジナリティがある物と言えば、ミュージカルである。
場所は熒惑県との境界にある検問所付近とされ、二十世紀始めのアールデコ様式風に設計された大型劇場が建ち並んだ。その数は百件と、本場であるブロードウェイに倍する規模を誇る。演目も、古典的な物から近年の作品までと幅広い。
付随施設として飲食街やホテル街も整備されたが、こちらの建物もアールデコ様式で統一されている。
レトロな建築物としたのは、ロシアの観光特区がスターリン時代をテーマとした事への対抗心もあるが、地球の最新技術を用いたところで、むしろ熒惑県との落差が際立ってしまうという判断が大きい。
それならばいっそ、地球人から見ても旧き良き時代を演出した方が、観光都市としてふさわしいと考えたのだ。
ミュージカルはティ連の観光客に評判上々で、米国火星領の観光開発の先駆けとして、演劇街は大成功だった。
日本にも若干の影響があった。 国内で上演されるミュージカルから、それまで多かった米国発のライセンス演目がほとんど消えていったのである。
日本=火星の往来は容易で、またPVMCGの翻訳機能によって言語の壁も緩和した事から、日本のミュージカル愛好者は「本物」を米国火星領へ見に行く様になった為である。
現在の日本のミュージカルは、米国火星領との差別化を図る必要性から、オリジナル脚本が主流となっている。
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次に米国が手がけたのは、映画を題材にしたテーマパークである。
ティ連でも地球の映画コンテンツは広く親しまれる様になっているが、その最大発信地は米国である。そこで、米国映画の内容を再現した様々なアトラクションを用意し、楽しんでもらおうという訳だ。
そういった施設は、ティ連市民が従来から訪れる事が可能な大阪にもあるのだが、火星のそれは徹底的に〝リアリティ〟にこだわる事となった。
ハイクァーン造成を日本に依頼すれば、廉価に設備を用意出来るし、広大な未利用地が広がっているので、規模はいくらでも大きく出来る。
規模の大きさを最大の売りにする為、題材は大作、特に動乱を扱った物が多くなった。
ハリウッド映画の題材になった物に限られるので偏っている感があるが、それでも様々な時代・地域がとりあげられている。
旧約聖書の出エジプト、スパルタとペルシアが戦ったテルモピュライの戦い、古代ローマ時代のポエニ戦争やスパルタカスの乱、中世の十字軍遠征や百年戦争、近代のフランス革命やナポレオン戦争、アメリカ独立戦争、南北戦争、そして二度の世界大戦に代表される二十世紀から二十一世紀にかけての現代戦に至るまで揃っている。
アトラクションは広大な敷地をふんだんに使った実物大の物がメインなのだが、それだけではなく、ティ連技術によるVRシステム、いわゆる「ゼルルーム」も用意されている。これで映画を再現する事により、本物と寸分違わぬ、あるいは逆に現実にはあり得ない映画表現をもリアルに実感出来るのだ。
ゼルルームはティ連では珍しくない設備だが、これは主に、地球からの観光客を意識して導入した物だ。
本来、ゼルルームはティ連域外への輸出が規制されている。だが、テーマパークに参画したハリウッド・メジャーの内の一社が、バブル期に日本の大手家電メーカーの傘下となっていた為、管理者としての適格性を認められたのである。
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面白い事に、地球人の来場者は、古代から近世までの古典的な戦争のアトラクションを好むのに対し、ティ連市民の多くは二十世紀以降の現代戦の方に興味を強く持つ傾向がある。
まず地球人の側だが、十九世紀以前の戦争には歴史浪漫を感じるのに対し、現代戦には生々しさを感じ、敬遠する人が少なからずいる様だ。特に、子供連れのファミリー層に顕著な傾向である。
一方のティ連市民は、軍に機械力が急速に導入されていった現代戦の方を注視する者が多い。彼等は「発達過程文明の戦争」のリアリティを感じ、心奪われるのだ。
日本への配慮もあり、WW2の対日戦線は避けられているが、その分、対独戦線関連のアトラクションが多く用意された。
またベトナム戦争も人気の題材だ。「海兵隊の訓練施設で、精神に異常を来した新兵が教官を射殺してしまう」「威嚇としてワーグナーの名曲を大音響で鳴らしながら、ゲリラの拠点となっている村を襲撃するヘリボーン部隊」等の名シーンが迫力満点に再現されている。
あまりに受けが良い為、戦争映画のアトラクションは次々と追加されていった。何しろ敷地は広大で、ティ連と地球各国の双方から大勢の入場者がやってくる。アトラクションはいくらあっても多すぎるという事はない。
大阪に従来からある映画テーマパークとは、テーマの競合を避けて棲み分けを図る様になった事もあり、米国火星領側のテーマパークはすっかりミリタリー色に染まっていった。
ちなみに大阪の方はファンタジーやSF、ホラー、西部劇、マフィア物といったジャンルに傾斜しており、ティ連から訪れた観光客は、火星と大阪の双方へ足を運ぶ事も多い様である。
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米国火星領の観光特区に造られたテーマパークは盛況が続いているが、米国の関係者の一部からは不安の声も聞かれる様になった。
ロシアの観光特区には大規模な軍事資料館があり、そちらもティ連からの観光客で賑わっているが、あくまで軍の広報施設なので、米国火星領の映画テーマパークとは全く性格が異なる。
対して米国側の物は、あくまで映画をベースとしたエンターテイメント施設の為、娯楽性を重視しており、実際とは異なる演出も少なからず含まれる。
誤解を広めない様、各映画が題材とした事象が、現実にはどうであったかという展示資料も用意されてはいる。
だが、アトラクションがリアリティにあふれているだけに、本気にする来場者が出ないとも限らないというのだ。
例えば「逃げる奴は皆ベトコンだ! 逃げない奴はよく訓練されたベトコンだ!」等とうそぶき、ヘリから面白半分に農民を機銃掃射する兵士が、実際にいたと思われてはたまった物ではない。
展示内容を精査・再検討すべきではないかという声も出ているが、フィクションと現実を混同する程、ティ連市民は愚かではないとの意見が大半である。
筆者としては、過剰な配慮で観光特区の魅力を損ねる事がない様に願う。




