第四回 人に似て、人ならざるモノ
ティ連の保有するオーバーテクノロジーの一つに「転送」がある。
平たく言えば、某国民的コミックに登場する「どこにでも行ける扉」を連想すると良い。
従来の交通システムを無用の長物と化す代物として、大いに期待される技術なのだが、日本政府はその導入に関し、さし当たり一部の要人移動や公用に制限する事とした。
公示されている理由としては、既存交通インフラ関連の雇用確保や、設備・技術の維持の為とされている。
だが、前者の理由については、矛盾する技術の開発・導入が別途に進められていた。
いわゆる自動運転システムである。
それは「アンドロイドによる車両運転」という形で実用化し、さらには一般家庭へのアンドロイド普及へとつながった。
今回はその導入の経緯について解説したい。
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地球では元々、ヤルバーン来訪以前から交通自動システムの研究・開発が行われていた。 日本でも、1981年のポートライナー運行開始以降、都市に於ける新交通システムとして、幾つかの路線が開通されている。
だが、それはいずれも小規模な専用高架線の運用に留まり、従来型の鉄道への導入は全く進んでいなかった。
これは、決して雇用への配慮ではない。そも、自動運転の開発の主たる目的は「省人化」である。
では何が問題だったのかと言えば「安全性」である。
まず、システム管理上、一般自動車道と交わる踏切を設ける事が困難という点が挙げられる。
ならば地下鉄や全面高架線はどうかと言えば、他の問題もある。鉄軌条・鉄輪の従来型鉄道では、ブレーキをかけてから停止するまでの距離が長くなってしまうのだ。
その為、地球の技術で開発された自動運行システム車両は、制動性に優れたゴムタイヤ、もしくはリニア方式を使用している。
だが、いずれも軌道を完全に敷き直す必要があり、さらにゴムタイヤの場合は荷重に弱い為、車両の大型化が困難となる。
こういった事情で、従来型鉄道への自動運転導入は、これまで本格的な検討が行われていなかったのである。
しかしながら、JR福知山線脱線事故の発生により、運転士のヒューマン・エラーによる大事故のリスクが問題視される様になり、その解決策の一つとして、在来型鉄道への自動運転導入が検討され始めていたのだ。
一方、自動車についてはどうだろうか。
軌道の上を走行する列車よりも、その技術的難易度が遙かに高くなる事は言うまでも無い。
しかし近年、AIの発達や、GPSの普及による位置把握の容易化等に伴いハードルが下がった事で、自動運転技術の開発熱は世界的な潮流となっていた。
特に日本の場合は、ドライバー不足による産業界からの省人化需要に加え、高齢者ドライバーの増加による事故急増が深刻な社会問題となっていた。
高齢者の運転免許返納を推進するには、同時に「足の確保」が欠かせない。公共交通網が不十分な地方では、自動車の運転が出来なくなってしまっては一大事である。
そういった事情から、自動運転車両の開発・普及は急務とされていたのだ。
ともあれ、鉄道や自動車の自動運転技術は、ヤルバーン来訪以前から地球で開発が進んでおり、ティ連技術の導入によって、飛躍的な進化が期待される分野であった。
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ティ連技術を車両の自動運転に導入する事自体は、さして難しい事ではない。試作品については、それ程長い期間を要する事無く完成にこぎつけた。
事前に入念なVRシミュレーションを行った事もあり、営業路線や公道での試験運用も、事故を起こすこと無く無事に終了した。
ヤルバーン来訪前、従来技術により開発されていた自動運転車両は、安全面での不安がささやかれていた。
しかし、日本人のティ連に対する技術面での信頼感はとても強固で、試験運用成功の報に、市民からの期待は膨らんだ。
ここで量産実用化するかと思われたが、国土交通省から異論が挙がった。新型車の投入・入れ替えよりも、従来車両を改造して使えないかというのである。
曰く、現在は規制されているが中長期的には、日本国内の長距離輸送は転送が主流になって行くであろう。
また、技術流出規制の関係上、輸出用としてはそれに抵触しない範囲の技術による車両を継続生産する事になる。
よって、国内専用、かつ使用期間が長くないであろう自動運転車両をあえて量産・普及させるのは無駄ではないか。自動運転はあくまで過渡期の技術であるというのである。
それを受け、従来型車両に取り付ける自動運転装置が開発される事になった物の、多種多様な車種に汎用性のある装置を開発するのは、やはり手間である。
様々な案が検討された末、ティ連各国で普及している、汎用ヒューマノイド型ロボット、いわゆる「アンドロイド」を使えないかという案が着目された。
これならば、人間による運転と同じ様に、車両に一切の改造を加える事無く運用する事が出来る。
また、汎用アンドロイドは、既存の様々な製品がティ連に存在しているので、それをベースにすれば良い。車両の運転方法を新たにインプットすれば良いだけなのである。
それだけではなく、アンドロイドであれば、点検・整備、積載貨物の積み卸し、故障や事故への対応と言った付帯業務にも対応可能というメリットがある。
これを受け、計画は大幅に変更される事になった。
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アンドロイド運転士の導入に際し、問題となったのはその姿である。
ティ連では特に問題となってはいないのだが、日本でのアンドロイド導入に際しては、人間とは外観で区別出来る方が望ましいとの声が、主に倫理面の観点から挙がった。
アンドロイドはあくまで「道具」であり、「知的生命」とは区別されなくてはならないという考え方である。
「実用品なのだから無機質なデザインで良い」という意見が大勢を占めかけたのだが、ティ連側の技術者陣から、市民に受け入れられるには親しみが持てる外観の方が良いというアドバイスがあった為、再検討が行われる事となる。
そこで、近年に自治体や団体、企業等のマスコットとして流行している「ゆるキャラ」ではどうかという案が出た。
だが試作してみると、大方のゆるキャラはずんぐりとした体格であり、運転操作には向かない事が判明した為に廃案となる。
次に浮上したのが「萌えキャラ」である。ゆるキャラ同様に近年流行している、広報目的で創作されたアニメ調の女性キャラクターだ。これならば体格は人間と変わらず、かつ顔がアニメ調なので、識別も容易である。
早速、JR等の主要交通機関が運営する鉄道/バスで、各々が元々使用していた萌えキャラのデザインを元に造られたアンドロイド運転士により、試験運行が行われる事になった。
ティ連技術への信頼性から大きな反対は無かった物の、利用者の大方は、最初は好奇心と不安が入り交じった目で見ていた。
しかし、萌えキャラ運転士による車両の運行は人間以上にスムーズで、アナウンスも発音明瞭。応対もAIらしからぬ自然で丁寧な物であり、利用者にも徐々に受け入れられていく。
支持が決定的になったのは、萌えキャラ運転士が運行している某夜行バスに、暴漢が日本刀を手に乗り込んできた事件の発生が契機である。
剣道の有段者という暴漢を、インプットされていた逮捕術によってあっさりと拘束、内蔵の通信機による通報で駆けつけた警察に引き渡したという顛末は、萌えキャラ運転士への信頼感を不動の物とした。
犯人は某自治体の運行する市営バスの運転士で、具体的なリストラ計画があがっていないにも関わらず、萌えキャラ運転士を「人間の運転士の雇用を脅かす」として敵視し、凶行に及んだ物であった。
既に製造業を主とした他業界では、ティ連技術の導入による省人化で、余剰人員の大規模な整理解雇が進行していた。割増退職金や税の減免、失職に伴う無期限のハイクァーン受給権付与といった補償と引き換えに、多くの労働者が職場を去っていたのである。
何故、ハイクァーン受給権が一時措置ではなく「無期限」なのかというと、ティ連技術の導入によって、日本の労働市場が全体的に縮小している為、再就職が難しいのだ。
実際、公共交通機関の経営陣は、国土交通省や厚生労働省とも協議の上、萌えキャラ運転士の本格導入に伴う整理解雇に際し、その様な検討を行っていた。
つまり、路頭に迷うどころか、ティ連の既存国家の市民が当然に持っている権利を、部分的ながら先行して得られるのである。
では何故、生活の心配が無いにも関わらず、犯人は凶行に及んだのか。
失業者へのハイクァーン支給権付与を「怠惰の助長であり、勤勉の美徳を冒涜する」としてネット上で攻撃し、さらに先鋭化した者が市中で批判デモを行う風潮が強まっており、犯人はそういった活動のシンパだったのである。
この種の活動の支持者は、低所得、あるいは長時間労働で働いている労働者が多い。自分達が「お預け」を喰らって辛い仕事に耐えているのに、先にいい思いをする連中が許せないという「妬み」が動機という訳だ。
犯人は、自分自身がこれまで攻撃していた「ハイクァーン受給権で遊び暮らしている、勤勉な日本人にあるまじき非国民」に近づいている事に焦りを感じ、暴挙に走ったのである。
元々は妬みが動機な筈なので、自分も貰える見込みが出たのだから素直に転向してしまえば良い物を、この犯人は悪い意味で純朴に過ぎた。
背景は詳しく報道されたが、犯人に対する同情や共感は、殆ど見られなかった。
むしろ、萌えキャラ運転士への信頼感が増すと同時に、人間の運転士に対する疑念、不信感が増す事にもつながってしまう結果となった。
事件以後、人間の運転士による些細なミスやトラブルについての画像付き報告が、ネット上に溢れる事になる。人は大義名分さえあれば、幾らでも残酷になれるのだ。
顔をさらされ、居づらくなった運転士は次々と職場を去って行く。中には自殺に至る事例すら発生した。
勿論、告発の対象になったのは極一部なのだが、まっとうに勤めている大半の運転士にとっても、職場は居心地悪い物となってしまった。
皆に監視されているという思いを抱き、僅かなミスでも見られたら社会的に破滅する不安を抱えながらの仕事は、もはや苦行でしか無かった。
それでも我慢しているのは、生活がかかっているからに他ならない。自主退職では、補償としてのハイクァーン支給権が得られないのだ。
ネット上での相次ぐ告発を契機として、安全性の面から有人運転の早期廃止を訴える市民運動が盛り上がるに至り、運転士達の労働意欲はすっかり減退していたのだ。
こと、安全・安心に関わる事に関しては、そこで働く者が職を失う事になろうとも市民はドライである。まして、ハイクァーン支給という救済手段があるのだから、失業への配慮は無用という構えだ。
「萌えキャラの運転の方が安全」
「人間の運転する車両は怖い」
「いつまで職にしがみつくのか」
この様に世論から責められ続ければ、いかに職へ誇りを持っていようとも、大抵の者は萎縮してしまう。まして、疲れを知らぬ萌えキャラ運転士の優秀な働きぶりを見せつけられていれば尚更だ。
意欲の低下はさらなる人為ミスの連続に繋がり、それがまた告発の対象になる悪循環が続く。
雇用への配慮を望む政府の意向もあり、経営側は萌えキャラ運転士導入については段階的に行う事を考えていたが、こうなっては計画を前倒しせざるを得ない。
主要各社が業界として申し合わせの上、運転士候補募集の停止に動こうとしたところで、外務省を通じて、ティ連各国から問い合わせがあった。
地球特有の交通機関である鉄道/バスへ強く関心を持ち就業を望む市民が多いので、職員として受け入れられないかというのである。無論、もっとも希望が多い職種は運転士だ。
アンドロイドによる無人化を推進している事、有人運転への不安視が急速に進んでいる背景を説明はしたが、押し切られる形で次年度の運転士候補募集は引き続き行われる事になった。
特別にティ連系の枠を設定した訳ではないが、世論を背景に日本人の応募は殆どなく、結果的に、新たな運転士の卵はティ連系で占められる事となる。
訓練を終えた彼等は現場へと出て勤務する事になるのだが、あれだけ運転士を執拗に批判していた向きが、ティ連系の新人に対しては黙ってしまった。
ティ連に対する贔屓目やコンプレックス、そして外交問題化への警戒による物と思われるが、結果的には世論の沈静化に繋がったのである。
これを受け、また行政の指導もあり、当初は萌えキャラ運転士への完全置き換えが最終目標だった物が「有人運転技術の保持」を名目として、運行本数の三分の一程度を有人運転枠として残すのが、業界としての新たな方針となる。実質的には、ティ連各国の要望に対する対応だ。
安全面への不安に対する配慮として、利用者が多いラッシュアワーは原則として萌えキャラ運転士が担当するが、平日昼間を中心とした時間帯には、有人運転が続けられる事となった。
一方で、これまでの厳しい批判でトラウマを負ったベテラン運転士の多くは、残念ながら意欲が回復する事が無かった。
萌えキャラ運転士の本格導入、そして有人運転技術保持の為の新人募集継続に目処が付いた時点で、割増退職金とハイクァーン支給権付与を伴う希望退職が募られた際には、待ちかねていた多くのベテラン運転士が応じて職場を去っていったのである。
残った者も、その大半はティ連系新人に対する技術指導員としての慰留に応じた、あるいは管理職昇進を果たしたという事で、一線での現場勤務を続ける者は少なかった。
また、毎年行われる新人募集には、日本人の姿が殆ど見られなくなった一方で、ティ連各国から応募が殺到する様になった。有人運転の維持は図られる事になったが、その将来はティ連系運転士に支えられていく事になる。
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ティ連系の運転士が採用される事になったが、車両運行の三分の二程度は、萌えキャラ運転士による無人運行に置き換えられていった。利用者からの評判は上々である。
トラブルにも柔軟に対応し冷静沈着。それでいて利用者には実に丁寧・親切に応対する。
ソフトな外観に加え、格闘能力も備えているとあって、困った利用者が絡むという事も殆ど無い。
利用者・企業共、萌えキャラ運転士達に馴染みつつあった頃、思わぬ処からクレームがついた。
「アンドロイド運転士が揃って萌えキャラなのは、男性利用者の劣情を煽っていてけしからん」という、一部フェミニストである。
このクレームについては当然ながら反発する声も大きく、激しい論争が勃発したのだが、ではどんな外観が良いかという処で、誰もが困ってしまう。
屈強そうだったり、メカ的な外観では威圧感がある。無機質では気味が悪い。おっさんはむさ苦しい。
そんな中、大手私鉄の一社が「今後増員する萌えキャラ運転士の半数を男性にする」との発表を行い注目を浴びる。
そのデザインは多くの者をうならせた。外観年齢が15歳前後、身長が155cm程度の少年型で、顔立ちもアニメ調で幼く造られている。
既存の女性型は使用企業によって異なる物の、身長160~165cm・外観年齢18~20歳程度に設定されているので、明らかに「年下」として差異をつけたデザインだ。
デザイナーの意図は「既存の女性型とのデザイン調和性に配慮し、男性型といえどソフトイメージが必須と考え、少年とした」というのが公式なコメントだ。
それに加え、クレームを発した一部フェミニストの溜飲を下げるには、姉/弟という印象で、男性型の方を年下という設定にした方が有効であろうという考えも反映している。
勿論、女性型と基本性能に差異はない。あくまで外観の問題だ。
新たに加わった少年萌えキャラ運転士は、女性利用者に加え、男性利用者からも受けが良かった。可愛らしい少年を見て、気分を害する者は殆どいなかったのだ。
クレームに端を発した、怪我の功名である。
この結果に他社も追従して、以後に追加導入する萌えキャラ運転士の半数を、少年型とする処が相次ぐ事となった。
* * *
公共交通機関に少し遅れて、やはり深刻な人手不足に悩む貨物輸送のトラック便や宅配便、そして引越便も、アンドロイド運転士の導入に踏み切る事となった。ソフトイメージを出す為、やはり外観は自社の萌えキャラである。
これらの業界については、ティ連で特に注目されず、まとまった就業希望者が現れる事もなかった為、萌えキャラ運転士への置き換えの進行は早かった。
萌えキャラ運転士の導入により、人手不足で廃止されていた、宅配便の細かな時間指定が復活する事となり、利用者は大いに満足する事となった。
一方、タクシー/ハイヤーや観光バスでは、導入が低調である。大量輸送機関と違い小規模な企業が多く、費用対効果が悪いという事で、大手私鉄傘下の一部を除き、萌えキャラ運転士の姿は殆ど見られない。
只、導入されている一部企業では利用者の評価が高い為、ドライバー不足を背景に、徐々に普及が進んでいくであろう事が見込まれた。
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自家用車ではどうだろうか。
自動運転車両の家庭普及は、運転免許を返納した高齢者への支援が大きな目的の一つだった。開発計画の途上で、アンドロイドによる運転代行に方式は変わったが、アンドロイドならば日常のケアも出来るので、むしろ好ましい。介護問題も一挙に解決出来て一石二鳥である。
この時点で計画の目的は、高齢者の生活ケア全般へと、より大きな物となった。
しかし程なく、ティ連の高度な医療技術が地球人へ使用可能な旨が公表された事により、その必要が薄らいでしまったのだ。
五感・運動の能力低下や認知症といった老化現象の緩和・回復が可能になり、高齢者も寿命のほぼ間際まで、介助無しでの健康な生活が出来る様になった。当然に自動車運転にも支障が無くなった為、免許返納を促す交通政策も撤回されたのである。
だが、完全に高齢者からの自動運転需要が消えた訳ではなかった。
高齢者の機能が回復可能になったとは言っても、既に免許を返納してしまった者もいるのである。
希望者への運転免許再交付も行われる様になったが、従来からの期限切れ再取得規定に準じ、返納後三年までの対応となってしまう為、救済から漏れてしまう者も少なからずいる。
そもそも、高齢者に限らず、元から運転免許を持たない者も少なからずいるのだ。こういった人達の交通利便性は確保しなくてはならない。
また、運転代行や高齢者介助は、あくまでアンドロイドの用途の一部に過ぎない。家事全般を担わせる「家政婦」として活用出来るのだ。
特に、少子化や児童虐待が問題視される中、育児アシスト役としてアンドロイドの家庭導入は大きく期待された。
だがここで、ティ連系移民の中から、日本の一般家庭がアンドロイドを持つのは時期尚早ではないかとの声が挙がり始める。
大まかな内容は、以下の通りである。
ティ連に於いて、アンドロイドはあくまで「道具」として扱うのが常識なのは、知識としては日本人も周知であろう。
アンドロイド搭載のAIは自然な会話が出来るが、決して自我を持っている訳ではない。技術的には持たせる事も可能だが、それは厳格に規制されている。
生活アシストの一環として「営み」の機能も普遍的だが、求めるままに愛を囁き交わりを重ねても、アンドロイドは「愛情を注いでいる」のではなく「処理を行っている」に過ぎない事を、ユーザーは認識しておく必要があるのだ。
例えば遭難時、見ず知らずの人間と、長年連れ添ったアンドロイドのどちらか片方のみを助けられるという状況で、常識のあるティ連市民なら、躊躇無く前者を選ぶだろう。
果たして、現在の日本人にそれが出来るのだろうか?
日本の創作物では、アンドロイドを家族、恋愛対象として扱う作品が多く人気を集めている事を鑑みると、その点が心配である。
この警告は、アンドロイドの家庭内導入に積極的になりかけていた日本の世論に冷や水を浴びせる形となった。
日本の街角では既に、所持するアンドロイドと共に歩いているティ連系移民の姿を時折見かける事がある。カップルの様に腕を組んでいる者も珍しくない。
だが、仲が良さげな見かけに反し、アンドロイドのユーザーは、心の中で一線を引いているというのだ。
それを知り、アンドロイドを「家族」として迎え入れようと考えていた多くの日本人からは、その導入を望む声が萎んでいった。
結果、自家用車の運転代行は、それに特化したロボットが開発され、普及していく事となる。
運転席へ座る為に人型はしているが、一目でロボットと解る機械的な外見とされており、ユーザーから人間扱いされない様に配慮されたデザインとなっている。
運転手としての機能に限定されているが、事故や故障といったトラブル発生時には、その対応も可能なのが特徴である。
アンドロイドを道具として割り切る自信のない、多くの日本人が選んだ回答だった。
* * *
数年後。
公共交通機関や貨物輸送でのアンドロイド運行普及は一段落し、すっかり社会に馴染んでいる。
一方で、家庭に普及した運転代行ロボットは、その利便性が高く評価されている物の、やはり、折角なら運転だけでなく家庭内のサポート全般を任せられるアンドロイドを導入したいという声が再び高まって来た。
それに応え、主に家電メーカーからは、製品として家庭用アンドロイドが次々と発売され始めた。
その姿は多様だが、公共交通機関の様な萌えキャラ仕様だけでなく、リアルな地球人風、そしてティ連の他種族の容貌も用意されている。
但し、自主規制として、萌えキャラではないリアルタイプについては一目で人間と区別出来る様、耳部が金属製のレシーバー状となっているのが特徴である。
一番人気は、設定年齢が十代半ばで、金髪碧眼の白人タイプだ。男性型と女性型がペアで購入されるケースが最も多い。
東アジア系タイプは日本人に外観が近い為、道具としての割り切りが出来ないとして敬遠される様である。
そして、国産アンドロイドが販売開始されて程なく、巷では、ティ連系移民に限らず、日本人ユーザーがアンドロイドを伴って外を歩いている姿が散見される様になり始めた。
アンドロイドを道具として使いこなせるか、それとも人間扱いしてしまうのか。
日本人の、アンドロイドユーザーとしての資質・力量が問われている。