第三十九回 オルカは僕等のお友達、イルカはご飯のお友達
沖縄県辺野古・沖浦湾。
住宅地に近く危険が高い普天間飛行場の移転先として埋め立て準備が進められてきたが、従来から駐留米軍の撤退を主張する反戦団体に加え、環境保護団体の抵抗も加わった為に計画が遅々として進まない状況が続いていた。
環境保護団体は、辺野古沖に希少な生物が多数生息している事を問題視し、利害が一致する反戦団体とタッグを組む形で基地建設反対運動を展開。
特に、沿岸地域の藻場が、沖縄海域では絶滅寸前の海洋哺乳類・ジュゴンの餌場となっている事が、反対派の大きな旗印となっていた。
ティ連の一加盟国であるサマルカと米国が直接交流を持った事で、米国に限り、ティ連の一極集中外交による技術流出規制が一部緩和された事から、事態は大きく進展する。
辺野古への基地建設は埋め立てに代え、ティ連技術による空中基地とする事になったのである。総面積はヤルバーンに匹敵する、基地どころか小都市と言ってよい規模だ。
反戦団体にとっては悪夢の様な状況だが、環境保護団体は基地反対の理由が消失した事から、その大半が離反していった。
しかし、餌場は守られた物の、ジュゴンは肝心の個体数が激減しており、片手で数えられる程にまでなっている。自然に任せていては絶滅が免れないのは明白だ。
そこでティ連技術により、これまで収集してきた標本の遺伝子を利用して、クローン繁殖で個体数を回復するプロジェクトが、環境省と沖縄振興局の主導で立ち上げられた。
観光振興と現地のイメージアップを兼ね、拠点は以前から注目を浴びていた辺野古と定められた。
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ジュゴンを順調に増やすには、天敵からの庇護が必要だ。主な天敵としてはサメ、そしてシャチといった、大型の肉食海洋生物が挙げられる。
そこで、まずは水中ドローンによる警護が行われる事になった。海上保安庁が沿岸警備用に導入を始めた物で、AIによる完全自動制御で終日運用、ハイクァーン造成で生産する為に圧倒的な低コストという代物である。
これで充分と思われたが、関係者の中にはAIへの全面依存に反対する者も結構いた。ジュゴンの再生プロジェクトには、保護に従来から関わってきた環境保護活動家も少なからず加わっているのだが、こういった層はハイテクノロジーへの依存を情緒的に忌避する傾向がある。
非合理的な主張とは言え、彼等をプロジェクトへ加えたのは、辺野古への米軍基地移転反対運動に対する切り崩しという面が大きいので、その意見は無視出来ない。近隣の敵性国家の意向を受けた〝反戦活動家〟との共闘を解消させる為に取り込んだ以上、下野されて万が一にも再合流させてはならない。
妥協案として、水中ドローンとは別に、ハイテクによらないサブシステムを並行整備する事となったのだが、そこで提案されたのが、訓練されたイルカによる警備である。
この案にティ連系のスタッフ、そしてバックにいるヤルバーンも大いに関心を示した事から、導入の方向性についてはスムーズに決定した。
しかしイルカでは、サメやシャチに対抗するのは難しいのではないかと不安視する声もあり、ジュゴン捕食者の一角でもあるシャチが代わって浮上した。
シャチはマイルカ科に属する肉食の海洋哺乳類で、海洋生物の食物連鎖の頂点に立つ。
捕食対象は小魚からサメに至るまでの魚介類全般、イルカ、クジラ、アザラシ、そしてジュゴン等の海洋哺乳類、ペンギンやカモメといった海鳥類、シロクマ等の沿岸に生息する陸上哺乳類等、極めて多岐にわたる。
武器を所持した人間を除き、自然界には天敵が存在しないと言って良く、〝海のギャング〟として悪名高い。
一方で、水族館での曲芸ショーが行われている様に、人間が飼い慣らす事は充分に可能である。またイルカ同様に知性も高い為、訓練により警備活動を行わせるにも適している。
沖浦湾内を縄張りとしてシャチの群体に巡回させれば、サメや野生の同族によるジュゴンへの襲撃、また人間による密漁が抑止出来ると考えられた。
肝心のジュゴンを襲ってしまわないかだが、ティ連で犯罪者矯正に用いられる人格矯正処置をシャチに応用すれば、ジュゴンを捕食では無く庇護の対象として刷り込む事も可能である。
また、シャチ自身も個体数減少が危ぶまれる希少種に分類されている為、警備に使用する個体は野生の捕獲では無く、ジュゴンと同様にクローン繁殖とする事になった。
クローン繁殖によって誕生した幼少のジュゴンとシャチが、共に育ち仲良くたわむれる様子は、TVやインターネットで公開された。ハコフグの帽子でお馴染みの魚類研究者によるユーモラスな司会もあり、多くの国民がその成長を心待ちにしていた。
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浮遊基地への興味、そして元々の壮大な景観から、辺野古は一大観光地として賑わいつつあった。同地を拠点としたジュゴン繁殖もまた、種の保護の観点だけでなく、新たな観光の目玉として期待されていたのだが、主役のジュゴンよりも警護にあたっているシャチの方に、より人気が集まっていた。
ショーと訓練を兼ね、シャチ達には毎週日曜に、餌として養殖されたシュモクザメが生きたまま与えられる。それを残虐にむさぼり食い殺す様子と、人間やジュゴンに対するフレンドリーな態度のギャップが受けたのである。
敵への無慈悲な力の行使と、庇護する者に示す愛情。公的な暴力装置たる軍に求められる資質を、シャチ達は見事に体現していた。
辺野古基地に駐留する日/米/ヤルバーンの各部隊は、その精神を〝オルカ・スピリッツ〟と称して新兵へ説く様になった。
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辺野古のジュゴン繁殖地が一般公開されて三ヶ月後のとある夜中、トラブルにより重傷者が発生した。
泥酔した米海兵隊員が勢いでゴムボートをこぎ出し、面白半分にジュゴンへ拳銃を向けたところ、巡回のシャチに発見されて右腕を食いちぎられたのである。
激痛にわめき散らす海兵隊員はゴムボートから逃げ出す事もままならず、取り囲んだシャチの群体によって岸まで曳航された末、量子通信によるアラートを受けて待ち構えていた沖縄県警に拘束された。
結果的に被害が無かった事もあり、当該海兵隊員は沖縄県警から辺野古基地の海兵隊MPへと引き渡されたが、軽挙の代償は極めて重い物だった。
失った右腕はクローン再生が施されて元通りになった物の、犯罪行為の結果と見なされて保険が適用されず、治療費として巨額の負債を背負う事になった。さらに軍法会議により不名誉除隊とされ、本国へ送還された後にホームレスと化したとの事である。
この事件は在日米軍兵士による重大不祥事として報じられ、米兵に対する反感を根強く持っていた沖縄県民はシャチの行動を〝快挙〟として喝采を浴びせた。
一部にはシャチによる警備を危険視する声が挙がった物の、海兵隊員が私物の拳銃を基地外へ持ち出していた事が重く見られた為、世論は海兵隊員側へ批難を浴びせた。
また、武器を持つ利き腕の切断に留め、賊を殺害せず連行したシャチの行動は極めて合理的であるとして、改めてその知能の高さへ関心が高まると共に、高度な行動を訓練した事にも賞賛の声が挙がったのである。
ちなみに、ティ連医療が導入された日本では、脳さえあればどの様な重傷を負っても問題なく回復させる事が可能だ。その為、武装していたり戦闘訓練の経験があると目される犯罪者の制圧に際し、警察は危害射撃を躊躇せず行う様になっていた。
特別公務員暴行陵虐罪も、条件に合致した対象者への適用条件が厳しくなっている。米兵はもとより、自衛官や警察官、警備会社やPMCの職員、さらには格技の有段者、指定暴力団構成員といった〝一般人に優越する戦闘能力を有する者〟は、犯罪を犯して警察官に抵抗すれば、脳以外の部位なら即座に撃たれても文句を言えないのだ。
対象か否かは、データ照会をすれば瞬時にわかる。該当者は一部の人だろうと思われがちだが、例えば徴兵制がある国出身の成年男性なら、大半が対象となる。さらにイスラエル等、女性も徴兵される国から来たなら性別不問だ。
戦う力を持つ者は、規範を冒した時の責任を厳しく求められる様になったのだ。日本社会の倫理感覚が、徐々にティ連のそれへ近づいている事がうかがえる。
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この事件を機に、海洋活動におけるシャチの活用は、本格的に着目される事となった。
海水浴場等のマリンレジャーに於けるサメ対策や遭難救助、また密漁者や不法入出国、密輸への警戒等、様々な用途が考えられた。
無論、水中ドローンの方が遙かにローコストかつ、確実で簡便だ。だが日本はティ連技術の導入に際し、それ一辺倒への依存を避け、従来技術による別手法の確保を重視する方針をとっている。
丁度、その方針にシャチがうまく当てはまったのだ。近未来SFでは、訓練したイルカの活用が語られている物が多かったのだが、現実ではシャチが採用される事になったのである。
ただ、あくまでもサブシステム、しかも猛獣に類する生き物という事で、広く利用されるには至っていない。沖縄県以外でその姿が見られるのは、シャチをシンボルとして位置づける名古屋市のある愛知県の他、静岡県、和歌山県、長崎県、千葉県、岩手県、北海道である。
またシャチは淡水での飼育が困難な為、滋賀県の琵琶湖では代用として、淡水に棲息するヨウスコウカワイルカが運用されている。
シャチの飼育/管理を担っているのは、当該地域にあるパーミラヘイム系の海洋牧場だ。水棲種族のパーミラ人は、シャチを操るのに最適なのである。当該県の沿岸部では、シャチの背に乗ったパーミラ系移民の海上保安官やライフセイバー、また漁業関係者の姿を見る事も珍しくなくなった。
各県とも、シャチは沖縄同様に観光資源としても活用され、国内のみならず、ティ連や地球の各国からは、勇壮かつ従順な海の猛獣を目当てに訪れる観光客も増えた。
中でも特異な使役法としては、シャチによるイルカ漁がある。
ティ連技術導入により、日本の漁業は海洋牧場による養殖に切り替わりつつある為、イルカ漁も自然に廃れると見られていたのだが、JF(漁協)に属するパーミラ系移民達は、シャチを利用する形で観光ショー化出来ないかと考えたのだ。
従来のイルカ漁は、勢子役の小型船舶でイルカを入り江等に追い込んで捕獲していた。この勢子役を、シャチに担わせたのである。
個々のシャチの背には、パーミラ人の騎手が乗っている。全員が妙齢の女性で、三叉槍、いわゆるトライデントを手にしている。
イルカを入り江に追い込んだ後は、逃げられない様に出口をシャチ達に固めさせた上で、降りた騎手が三叉槍でイルカを次々と仕留めていくのだ。槍を手にした美女達が演じる血の宴に、観客の目は釘付けである。
息絶えたイルカは次々と手早く水揚げされ、食肉として処理される。一部は観光客に供され、味噌煮、刺身、竜田揚げ、ステーキ等、イルカ三昧のフルコースが舌を楽しませてくれる。
ハイクァーン製品を常食するティ連市民にとって、他の生命を捕食する狩猟/漁業は強い好奇心をかき立てられる行為だ。
また地球人から見ても、シャチの背に乗り槍を手にした異星人が、イルカを駆り立てる姿というのは、とてもファンタジックである。
大人気のショーだが、賞賛する声ばかりではない。クジラは賢いので漁業の対象にしてはならないと従来から主張する反捕鯨団体が、ショーの開催に抗議運動を繰り広げたのだ。
同じ鯨類ではあるが、イルカはクジラと違い国際条約による漁獲禁止対象ではない。だが反捕鯨団体にとっては、法はどうあれ護るべき対象である。
だが現地のパーミラ系移民達は、高い人気を背景に全く気にしていない様子である。
以前にも紹介したが、「人間と、そうでない生物は厳格に区分されねばならない。後者は原則として必要に応じ、愛玩/使役/狩猟/駆除/屠畜の対象として差し支えない」というのがティ連一般の考え方なのだ。
過激な活動家がショーに突入するという事態も起こったが、哀れにも前述の海兵隊員同様、シャチに腕を食いちぎられて病院送りという顛末となった。
観客達はパニックを起こすどころか、それもショーの一部と思い込んで大いに盛り上がったという。
「シャチも鯨類なのですし、その贄となれたのですから本望でありましょう」という、とある女性観客(イゼイラの旧貴族階級との事)の辛辣なコメントは流行語にまでなった。
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この様に、一部利用法を問題視されているケースはある物の、海洋におけるシャチの使役は、日本へ着実に根付きつつある。
今や人々に愛される存在となったシャチだが、本来の姿は海洋の食物連鎖の頂点に立つ、狡猾で獰猛な大型肉食獣だ。
不慮の事故が起こらない様、関係者には細心の注意をお願いしたい。




