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第三十五回 大半畳大物語

 ティ連のもたらしたオーバーテクノロジーの一つである「転送」。

 既存交通インフラの採算悪化を懸念した政府が、転送設備の設置/利用に厳格な規制を定めたのは以前の回でも触れた通りである。だが、個人所有の簡易転送機については、完全禁止には至らなかった。

 ティ連系の移住者によって、既に少なからぬ簡易転送機が日本国内へ持ち込まれていた為、それにも配慮しなくてはならなかったのである。業務で使用してはならない旨、また設置場所は自宅等、ユーザーが占有出来る場所に限る旨を定めるのがせいぜいだった。



 個人所有は容認される事になった物の、国内各メーカーからは、簡易転送機を家庭用として製品化しようという動きはなかった。政府方針に忖度した面もあるが、日本独自の機能を付加する余地が乏しく、また輸出不可な規制技術として指定された事が大きい。

 国内メーカーがティ連技術を用いた機器を製品化する場合、ブラックボックス化して海外輸出可能か否かが大きなポイントとなる。輸出出来ない、国内向けローカライズも難しいとなれば、商品として手がける価値が乏しい。

 建設業界や造船業界では、大型施設や艦船での内部移動用として採用する例が出始めたが、単体製品ではなく、あくまで設備の一部としてである。

 しかしながら、店頭で出回らずとも、日本国内で、かつ日本国籍であれば簡易転送機の入手は容易だ。ハイクァーン使用権ポイントを購入して、フリーデータで自家造成すれば良い。

 造成の消費ポイントは何であろうと基本的に「質量」で決まるので、実質タダ同然だ。

 非売品なのでメーカーによるアフターケアはないが、本体にヘルプ機能が組み込まれているので使用上の問題はない。

 しかし当初は、導入は簡単でも、個人ユーザーによる簡易転送機の用途は乏しいのではないかと言われていた。転送ポイントは自由に設定する事が出来ず、相互に認証した簡易転送機の間での往来が唯一の機能である為だ。

 また簡易転送機を設置するには、昔懐かしい公衆電話ボックス程度の面積/高さのスペースを確保しなくてはならない。自宅はともかく、出先にも設置場所を用意出来るかというと存外と難しい。また、「簡易転送機を業務に使ってはならない」という規制も、通勤用途を妨げる事につながった。

 単に有料での他者や貨物の転送が禁じられているだけに留まらず、職場への通勤も「業務」に含まれるという法解釈が、国土交通省によってなされた為だ。やや強引だが、転送の本格普及に反対する利害関係者の陳情/圧力による面が大きい。

 これは公共交通機関や、自動車や自転車といった移動機器メーカーだけではない。むしろ通勤者を主要顧客にしている、駅前やオフィス街にある小売店や飲食店、各種サービス業の方が必死だった。彼等にとっては死活問題に直結するのだ。

 自宅と職場が転送で直結してしまえば、通勤途上でサラリーマンの使うカネの流れが消え、既存経済が縮小してしまいかねないので、政府としては配慮する必要がある。

 ちなみに国会議員の場合は、地元と東京との往来に簡易転送機を利用しても「公務」なので、規制されている「業務」にはあたらないというのが政府見解だ。理屈では公務員全般の通勤も同じ筈だが、こちらは民間との公平性の観点から「法規制の対象ではないが、内規で自粛」という建前である。

 学校はどうかと言えば、「通学も社会教育の一環である」として、原則として転送通学を許可すべきではないという通達が、文部科学省から出されていた。名目はもっともらしいが、実際はこれも利害関係者による圧力の結果である。

 ティ連系移民の子弟が通うヤルバーン校は、遠隔地居住者に対し転送による送迎を行っていたが、これは簡易転送機でなく、学校に備えつけられたフル規格の転送機による物だ。また同校はヤルバーン州の管轄につき、文部科学省も不干渉である。



 この様な事情で利用に制約が課せられた為、簡易転送機を導入した個人の使い道で当初から多かったのは、自宅と遠隔地の所有不動産との往来である。

 例えば、シーズンオフには使われていない別荘とか、相続した物の空き家となっている出身地の実家といった不動産の管理に、簡易転送機はとても便利だ。また、単に管理の為に赴くだけでなく、普段から自宅と連結して使う事も出来るので、遊休不動産の有効活用も可能となった。

 また、転勤に伴う単身赴任先の居宅と、自宅との連結も出来る様になった。あくまで自宅同士の連結なので、これは「通勤」には該当しない。長期の単身赴任は家庭崩壊にも繋がるとして以前から問題視されていたが、これが実質的に解消されたのである。

 単身赴任者だけでなく、離れて住む親子/親族間の往来も容易になった。盆や正月の帰省ラッシュを気にする事なく、普段から同居同様に行き来する事が出来るのだ。

 転送技術に慎重な政権与党も、家族の連帯を重んじる伝統重視の立場から、思わぬ効果に注目する事となった。



 この様に遠距離の二点間往来が可能になった事から、大都市圏の賃貸住宅入居者が、結婚や出産を機会に土地の安い地方へ住宅を建てる動きも活発になった。地方の住宅に住み、勤務地近くには通勤用のポータルとなるワンルームを借りるというスタイルである。

 これにより、日本人の持ち家比率は大きく向上した。土地さえ入手すればハイクァーン造成によって建設費は極めて廉価なので、大衆が気軽に家を持てる様になったのだ。

 その分、大都市圏の住宅需要が減少する事になるのだが、そこは主にLNIFからの移民が補う形となった。彼等が帰化するには日本での就労実績を造る必要があり、職は大都市の方が豊富である。また、簡易転送機は日本人を含むティ連市民のみが所持出来る為、彼等は手にする事が出来ない。

 LNIF系移民の影響により、地方移住の流れが加速しても大都市圏の住民数は減る事なく、家賃もむしろ上昇気味となった。経済の面では必ずしも悪い話ではないが、都会に転送用のポータルを借りる地方在住者の懐には少々厳しい。

 少しでも安くという需要に応えるべく登場したのが、畳半分の面積しかない賃貸物件、いわゆる「半畳間」である。

 従来からあった「三畳間」は一応、寝るだけのスペースは確保出来、生活空間としての体を為している。だが、この半畳間は、簡易転送機を設置する為だけの部屋で、そこで生活する事は一切考慮されていない。

 エアコン、トイレ、キッチンといった設備はなく、天井にLED電球の小さな照明があるだけの、極めて簡素な構造だ。採光できる窓がない物件も珍しくない。

 ここまで来ると法の抜け穴を突いた「脱法行為」と言えなくもないが、地方過疎化への改善効果が高い事から、政府は黙認を続けている。

 簡易転送機ポータル用としての半畳間は人気を博し、大都市圏には半畳一間の賃貸物件が溢れる様になった。

 居住実態がないとは言え、人の出入りが日常的に行われれば、そこに商機を見出す業者も出る。半畳間物件が多い地域には、飲食店の新規出店も目立つ様になった。

 特に、帰宅前に一杯やる為の居酒屋が多い。スペース節約と高回転率を狙った、立ち飲み形式の激安店が主体である。働いている店員の国際色が宇宙レベルで豊かな点を除けば、高度成長期の裏通りを彷彿とさせる光景だ。

 入居希望者はとにかく安さを追求する者が多い為、価格競争の結果、半畳間物件には粗悪な物も増え始めた。

 老朽化して新規入居者が得られない様な貸しビルの空フロアを、板、もしくはアコーディオンカーテンで簡易に間仕切りしただけというのが、格安半畳間物件の典型である。

 こういった格安物件のオーナーは多くが金融業者で、負債のカタに押さえた不動産を活用しているのだ。



 今や半畳間は、大都市と地方をつなぐポータルとして、すっかり定着した感がある。だが結局は、既存経済と新技術導入との間の利害調整の末に生じた、いびつな徒花に過ぎないのだろう。

 いずれ公共の転送交通網が本格整備されれば、簡易転送機のポータルたる半畳間の需要も激減する事は、容易に予測出来る。粗悪な物件が少なからずあるのも、それを見越して不動産業者が本格的な投資を控えているのが一因だ。

 遠からず消えゆく一時の賑わいに過ぎないと言えど、年月を経た後、半畳間が記憶に留められる存在になるのかどうか、気になる処ではある。



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― 新着の感想 ―
≫だが結局は、既存経済と新技術導入との間の利害調整の末に生じた、いびつな徒花に過ぎないのだろう。 徒花だからこそ案外記憶に留められる気がするが教科書や子供向け歴史漫画等の形ではなく「昔、簡易転送機だけ…
[一言] 返信ありがとうございます。 八丈島の転送施設、大きそう。 八丈島から南鳥島は1600キロメートル以上あるので父島か母島経由でしょうが。 ……小笠原諸島の各転送施設は対策しておかないと父島固…
[一言] 転送機をもってしてもなかなか行けない日本領。 あそこはティ連の方々も関心抱きそう。 ええ、世界自然遺産の小笠原諸島です。 八丈島に転送機置けば父島まで709kmだから問題ないかな、とは思いま…
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