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第三十四回 何を喰うべきか

 ティ連では、生活に必要な物資は基本的にハイクァーン造成で生産される。

 日用品の大半はゼルクォートによる仮想造成で充分間に合うのだが、そうは行かない物も多々あり、その最たる物が「食糧」である。

 有機生命体の内、光合成の様な栄養素の自己生産手段を持たない種は、他の生物を捕食して生きる為の養分を摂取する。つまり、他の生命を贄としなければ生きられない「宿業」を背負っているのである。勿論、我々ホモ・サピエンスもその例外ではない。

 だが、ティ連を構成する各知的種族は、その重い宿業から解き放たれていた。彼等が口にする食糧の殆どはハイクァーン造成により、他の生物を犠牲にせずに造られた物なのだ。

 言うまでも無くハイクァーン造成は、ティ連のオーバーテクノロジーの内でも、地球の既存経済に対するインパクトが極めて大きい技術である。特に食糧生産は、生命倫理への影響も及ぼす事になった。



 日本がヤルバーンと国交を樹立し、ティ連加盟準備国としてオーバーテクノロジーの供与を受けられる事になった際、その利用法の一つとして日本政府が真っ先に検討を始めた重要案件の一つが、ハイクァーン造成による食糧生産である。

 従来から日本の食糧自給率は低下する一方であり、政府はその維持に腐心していた。従事者の後継難、採算性、外交圧力による食料輸入拡大といった複合的な要因から、自給率はジリジリと下がり続け、ヤルバーン来訪直前には約四〇%という有様だったのだ。

 ハイクァーンによる食糧造成は、これを打開する画期的な物と期待されたのである。

 ハイクァーン使用権ポイントと日本円との公定交換レートが定められた事で、多くの食品メーカーはこれを利用した製品を作り始めた。



 一方で、農畜産業や漁業に対する影響も懸念された。ハイクァーン造成にコストでかなう筈も無い。只でさえ後継者難な産業でもあり、存続その物も危ぶまれたのである。

 廃業には補償すれば良いという楽観的な意見も大きかったのだが、食糧安全保障の観点からは見過ごせない。ハイクァーン造成を技術的に妨害する手段が開発され、広範にテロが行われる可能性も考慮すれば、従来の食糧生産を温存しておく必要がある。

 政府は当面の対策として、商品として販売されるハイクァーン造成食品に対する特別課税を導入した。輸入豚肉に対して従来から行われていた差額関税制度を、国内の間接税としてハイクァーン造成食品全般に準用し、従来食品との価格差調整を図ったのである。

 また、食品流通業界は自主ルールとして、ハイクァーン造成食品が店頭に占める割合を一定以下に抑える旨を表明した。

 ちなみに酒類については酒税法を根拠に、当初からハイクァーン造成の禁止対象とされている。

 これにより、ハイクァーン造成による食品価格への影響は限定的となり、生産者はひとまず胸をなで下ろす形となったのだが、根本的な問題は解決されていなかった。


* 


 まず、ティ連系移民は二重国籍状態なので、出身本国からハイクァーン使用権を給付されている。その為、日常的には食品を購入せず、自家造成で賄うのが普通だ。加えて、国際結婚や失業補償等で使用権給付の対象となる在来日本人も増加しており、彼等も店頭で食品を買わない様になっていく。

 また、ハイクァーン使用権ポイントの購入は個人でも可能な為、ポイントの給付対象になっていない一般の日本人でも、自家造成を利用する事は出来る。

 日本国内におけるハイクァーン造成には、知的所有権による制約がかけられているのだが、食品に関してはその縛りは意味が乏しい。

 確かに、特定メーカーの製品をそのまま造成する事は出来ない。例えば「河童海老煎」「美味い坊」という様なスナック菓子その物をコピーする事は不可だが、類似の物は問題なく造成出来るのである(特許が絡む製品は例外)。

 よって、従来品/ハイクァーン造成品を問わず、国内の食品生産/流通が衰退していくのは避け得ない将来であろうと思われた。

 ハイクァーン造成による打撃は他の製品全般でも同じで、ことさらに食品だけの問題ではない。物が物だけに政府は憂慮していたが、法規制や行政指導にも限界があり、次なる手を打ちかねていた。



 幸い、外食産業については、需要はむしろ増えていた。消費者の間に、外食の代金は「場やサービスの提供」に対する物という認識が広まった為と、ティ連や海外からの観光客が激増した為である。

 この流れを受け、コンビニエンスストアでは、その場で食べられるイートイン・コーナーの拡充が盛んとなり、程なくスーパーマーケットにも伝播していった。日本の消費者だけでなく、食事を安くあげたい海外からのバックパッカーや、物珍しさにひかれるティ連の観光客にも好評である。

 外食人気に加え、イートイン・コーナーの普及/拡充により、国内の食品生産/流通の維持に対する懸念は薄らいでいった。

 イートイン・コーナー隆盛で、食品販売はすぐに食べられる調理済品がメインとなっていったのだが、中でも一番人気は「弁当」だった。

 主食の米飯と惣菜類を詰め合わせて一食分のパッケージにした「弁当」は、元々はテイクアウト商品なのだが、イートイン・コーナーの普及によって、店内ですぐ食べられる食事としても人気を博したのである。

 とあるアニメの影響で、閉店間際になると半額割引になる弁当の奪い合いで乱闘が発生し、それが暗黙の了解で武闘大会化しているという噂を真に受けた、少なからぬ人数の観光客が摘発されるという珍事もあった。最終的に厳重注意で済まされたのだが、警察庁によると、「決闘罪」適用もあり得た危険行為という。

 半額弁当の購入をかけ、ティ連系種族も多数入り交じった店内乱闘の様子は、現在でも投稿動画で視聴が可能となっている。



 観光客を経て弁当の人気は海外に広まり、日本風の弁当を手がける国外の食品店も随分と増えた。これを受け、本場である日本からの輸出を、大手弁当チェーン店の本部が企画した。

 肝となるのは、ティ連技術による食品の封入だ。一見するとプラスチック製のケースだが、開封しない限り常温で半永久的に保管可能。また、開封すると瞬時に適温へ暖まる。さらに開封後は半日程度でケースは急速に風化が始まり、最終的に消失するのでゴミにもならない。

 この技術は元々、自衛隊や災害備蓄向けの糧食用にヤル研で開発されたのだが、前述の半額弁当争奪の騒動をきっかけとして、国内の民需向けにもパテントのライセンスを供給開始した物である。この技術なら食品の消費期限がなくなる為、閉店間際の見切り販売もしなくて済む。

 加えて、コンテナ搭載の船便による長時間輸送でも全く劣化しないので、大手弁当チェーンが、自社製品の輸出に使えるのではないかと考えたのである。

 この時点では、ハイクァーン食品の商業輸出は、相手国側の食糧自給に悪影響を及ぼす懸念から自粛状態だった為、材料はもっぱら国産の従来食品だ。

 満を持して輸出開始された、本場日本製の弁当は爆発的な人気となり、これによって日本は食糧の輸出国となって行く。農耕牧畜や漁業は、ハイクァーン造成による衰退どころか、本格的輸出へ向けて徹底した増産体制へと舵を切る事になった。

 アンドロイド導入による省人化、天候に左右されない超大型ドーム内での通年栽培、パーミラヘイムとの合弁による海洋牧場等、ティ連技術による低コスト/安定品質に支えられ、日本製弁当は海外の食品市場を席巻していった。

 国によって関税がかかる品目も多いのだが、中/高所得層をメインターゲットとした高級志向なので、全く物ともしない。

 だが、思わぬ処で騒動が発生した。



 前述の通り、日本から輸出される弁当は、全て従来の農畜産物や海産物が原材料である。だが一部に、これをハイクァーン造成品と思い込んで購入していた消費者もいた。

 主には近年に台頭してきた「ヴィーガン」と呼ばれる完全菜食主義者である。彼等は動物からの搾取を行うべきではないという思想を背景として、肉類は元より、魚介類、卵や乳製品等の、動物由来食品を一切口にしない(思想を背景とせず、単に動物性蛋白質が健康に悪いと考えている者もいる)。

 ヴィーガンによる日本製弁当の賞賛に対し、製造元は誤解を正す為、弁当は従来の食品であり、ハイクァーン造成食品については国外の食糧生産に悪影響を及ぼさない様、輸出を自主規制している旨の広報を行った。

 これを知ったヴィーガンは衝撃を受けた。


 ハイクァーン造成というオーバーテクノロジーを得て、日本人は他の生命を奪って肉を食する宿業から解き放たれたのではなかったのか。

 もはや日本にとって牧畜や漁業は必要ない筈だ。直ちに廃止し、世界にハイクァーン食品を全面供給するのが、日本の責務である。


 ヴィーガンの中でも、個人的な主義に留まらず、社会全体から動物由来食品を排除すべく活動する者達はその様に強く主張した。



 ヴィーガンによるハイクァーン造成食品への全面切り替えの熱望に対し、ヤルバーン、そして日本に移住したティ連出身者は当惑した。実の処、ティ連で動物由来の食品が全く食べられていない訳ではない。多くのティ連加盟国では、人口に対して小規模ながら、畜産も漁業も行われている。

 トーラル技術入手以前の伝統の保持、あるいは環境政策の一環としてであり、生産性は二の次だ。動物由来食品を一般市民が口にする機会も少ないのだが、動物愛護の観点から廃止せよという声は皆無である。

 根底にあるのは、ティ連における「人間」の定義だ。

 姿形はどうあれ、一定の知性を持つ生物種が「人間」である。この認定は生物種全体に対する物で、不運にも、知性が人間の基準に達しない個体が発生した場合は、知的障害として知能強化処置で救済する。

 それ以外の「人間」としての知性に達していない生物種は、原則として必要に応じ、愛玩/使役/狩猟/駆除/屠畜の対象として差し支えない(但しヴァズラー蟹の様に、日本で言う天然記念物指定に近い保護種は存在する)。

 極めて稀な存在として、突然変異的に人間並の知性を備えた個体が確認された場合、どう扱うかは政治的判断によるケースバイケースとなる。

 この様に、多様な種族で構成されるティ連では、法的な権利・義務を持つ「人間」と、それ以外の生物との間に、明確な一線を敷く意識が強い。

 人間と、そうでない生物は厳格に区分されねばならない。姿形や生態は関係なく、種として一定の知性を備えているか否かが基準となるというのが、ティ連一般の考え方だ。つい最近まで、人間とはホモ・サピエンスのみを意味するのが自明だった地球とは、大きく感覚が異なっている。

 この為、ヴィーガンの主張は、ティ連の生物観/生命倫理と大きくかけ離れた物であり、一種の危険思想にすら映ったのである。

 個人的に食品を選ぶだけならともかくも、動物の殺傷を過剰に忌避する思想は、ティ連では全く受け入れられない物だった。知的生命体と、他の生命の価値は決して等価であってはならないのだ。



 日本を訪れるティ連系種族に人気があるレジャーには、生物の生命を奪う事を愉しむ物も多い。

 例えば〝魚の活け作り〟。生け簀からすくった魚をさばいて、生きたまま食卓に供する活け作りは、彼等にとって全くの驚きなのだ。

 地球独特のホビー向け漁法として〝釣り〟も興味の対象であり、海や川では太公望となったティ連系観光客をよく見かける。

 狩猟に興じる者もいる。日本ではライセンスが必要なのだが、自治体によっては観光客向けのライセンス取得講座を開く様になった。害獣駆除の担い手不足が背景としてあり、イノシシやクマ、カモシカ、そしてトドが主な標的だ。

 ティ連系種族がこういったレジャーを愉しむ光景は日本の日常系ニュースとして報じられ、海外のヴィーガンも知る処となった。

 美しき誤解が解けた事でヴィーガンの大半はティ連に失望し、過激な一部は憎悪すら露わにする様になった。


「異星人共は高度な科学を持っていても、愉しみで生き物を殺す事を何とも思っていない。実態はとんでもない野蛮人ではないか」


 その様な主張が度を超した末に、人種差別の喧伝として摘発されるケースも散発した。無論それはヴィーガンのごく一部なのだが、穏健な大半も、ハイクァーン食品の輸出を熱望する姿勢は変わらなかった。

 程なく、EU産の食用ウサギ繁殖を愛玩用品種へ切り替え、ペットとしてヤルバーン経由でティ連が輸入する際、ハイクァーン造成した兎肉をバーターで代価とする協定がEU=ヤルバーン間でまとまった。他のLNIF加盟国も、兎肉の食習慣を持つ国は同様の協定を結んでいった。

 結果的にヴィーガンの要望は部分的に通り、日本国外でも殺生せずに肉類を食べられる様にはなったのだが、彼等の悲願はあくまで牧畜/漁業の全廃だ。

 また、ティ連の生命倫理観その物がヴィーガニズムとは全く相容れない事も知られるに及び、ヴィーガンの多くがティ連へ複雑な感情を抱く様にもなった。



 一方、CJSCA陣営の首魁である中共は、ティ連の生命倫理感にヴィーガンが反発や嫌悪を抱き始めた状況を、政治的に優位性を得る機会と考えた。

 中共のとった手法は「倫理的に問題ない家畜/家禽」の開発である。つまり「苦痛を全く感じないウシやブタ、ニワトリ」を造り出したのだ。

 これらは人間でいう重度知的障害者に相当する個体をベースに遺伝子操作を加えた物で、知性の片鱗もない。只、与えられる餌を黙々と食べて太っていくのみだ。

 これで日本/ヤルバーンに頼らずとも、良心の呵責なく肉が食べられる様になると中共は自賛し、傘下のCJSCA陣営だけでなく、LNIF加盟国にも積極的に普及を図った。

 しかし、期待に反して反応は芳しく無かった。

 CJSCA陣営に多い宗教国家からは、神への冒涜として拒否された。肝心のヴィーガンからも、自分達の思想を曲解した物として唾棄される始末だ。

 ティ連からは「発達過程文明における興味深い技術的模索」と賞賛されたのだが、何とも皮肉な結果である。


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― 新着の感想 ―
[一言] ああいう自称動物愛護団体は大半が金の為のアピールだからなぁ 面倒だけど抜本的な対処は難しいし…… そしてそれの神経を逆撫でにする連中よw やりそうだけどw
[一言] ハイテクパッケージ弁当いいなあ…… ヴィの字はお願いだからどこかいって。 もしくは君たちの大好きな植物と身も心も一つになって。 そして花を咲かせ実を付け、枯れて大地に帰って。
[一言] 中国… いまの地球の技術でもたんぱく質から意識のない肉の部位を人工培養できるのにさぁ… ティ連の人と動物の区別と動物愛護の意識の差はどうだろう? 愛玩動物を食べるなというクジラ漁に対する愛…
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