第三十三回 日本人の條件
長らく少子高齢化に悩んでいた日本だが、ティ連系住民との国際結婚が急増した事により、状況は急速に改善した。これについては、以前の回で述べた通りである。
しかし、その副作用として、新たな問題が発生する事となった。
まず、在来日本人同士の婚姻は、反比例して減少する一方だ。従来の結婚紹介業も、軒並み転廃業を余儀なくされて壊滅状態である。
実の処、神道界がティ連系種族との国際結婚紹介を手がけ始めた時は、低収入から婚期を逃してしまった氷河期世代を主要対象と考えており、対象年齢も三十五歳以上に絞っていた。
だが、異星人との国際結婚の波はこの世代に留まらなかった。
神道系の結婚紹介所が対象としていない、二十代から三十代前半の若年層の間でも、ティ連系住民との国際結婚が急増したのである。
この世代は幼少期から不況にあえいでおり、結婚に際しての経済的条件にはシビアな者が多い。加えて親世代の離婚率も高い為、結婚生活が破綻するリスクにも敏感だった。
ティ連系種族と結婚すれば、自分にも相手方国籍とハイクァーン使用権が付与される。経済的に苦労しない生活が保証されるのだ。その機会を捨てて、伴侶にあえて在来日本人を選ぶ者は多くなかったのである。
大学や専門学校で盛んに行われるコンパでも、一方の性がティ連系、他方が地球人という組み合わせが常となっている。ティ連系種族同士という組み合わせは時折あるが、地球人同士はまず見られない。
この様な傾向の結果、日本で生まれる新生児の多くがティ連系種族となったのが、今の状況である。
このままでは遠からず、在来の日本人はマイノリティとなるのが確実と思われた。また、国際結婚によってハイクァーン使用権を手にする日本人が増えれば、それを得られない者との間での経済格差が顕著となり、国情不安定の元ともなる。
実際、困窮者・失業者に対するハイクァーン使用権付与に反対するデモ活動は激しさを増しており、その主体は既婚の勤労者だった。独身者なら国際結婚でハイクァーン使用権を得る道があるが、彼等には無い。
その指摘が識者から出始めると、流石に政府も対策の必要性を感じ始めた。
しかし今更、ティ連系種族との国際結婚を規制する事は、連合規約上から困難だ。
寿命差を調整し異種間生殖を可能とする婚姻薬を、ティ連種族側ではなく地球人側に合わせる様に求める事も考えられた。こうすれば、生まれてくる子供の種族は地球人となる。
だが婚姻薬は、長命側種族に合わせるのが原則である。短命種側に合わせる事は、寿命を縮める自傷行為として、ティ連ではタブー視されていた。
また、政財界の要人の中にも、子女がティ連系種族の伴侶を得た者が増え始めており、そういった向きは、この状況を社会問題として取り上げる事に躊躇いがあった。
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事態の打開策として、野党は日本人全体へハイクァーン使用権を無条件に付与する事を強く主張した。既存経済の秩序を重視して経済のハイクァーン化に慎重な政府に対する、彼等の従来からの姿勢ではあるが、論拠がまた一つ増えた形だ。
野党に言われるまでもなく、国際結婚に限らず何らかの理由でハイクァーン使用権を得た日本国民が一定以上の割合に達した時点で、格差是正の観点から踏み切らなければならない事は、政府にも解っていた。
だが、政府としては経済秩序維持の観点から、早急な対応は否と言わざるを得ない。
また「日本国民の異星種族比率が多数派になれば、海外諸国にはティ連による緩やかな実質的侵略に映り、我が国は地球の一員であると見なされなくなってしまうのではないか」という懸念も示された。
政府はこれについても「海外諸国に対しては敵意や悪意がない事を示した上で、種族構成の変化は個々人の人生の選択の結果である事を示して理解を得るべきである」と言うしか無かった。
与党からは「そもそも国民の種族構成の変化を問題視する事自体がレイシズムではないか。従来、そちらがもっとも忌避する事の筈だ。耳が尖っていようが、髪が羽毛状であろうが、鰓があろうが、姿形や種族がどうあれ、国籍がある以上は日本人である事には変わりないではないか」という反論も挙がった。
確かにその通りではあるのだが「では在来日本人のマイノリティ化を成り行きに任せて良いのか」と野党側から問い返されると、是と断言出来る者は少なかった。
つまり、問題意識は多くの者が持っているが、具体的な対策が出ない状態だったのである。
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そんな中で、海外からの移民積極導入に活路を見いだす案が挙がった。
在来日本人の直系子孫でなくとも、地球人種には違いない。元より、LNIF陣営からの移住を目的とした日本への留学は倍増しており、帰化条件も緩和している。これをより強化すればどうかと言うのである。
だが、留学生の大半も、日本で共に家庭を築く伴侶としてティ連系種族を望んでいる為、次世代の地球系人口維持には役立たないという反論が挙がった。
しかし、提案者が着目しているのは、現在多く受け入れている十八歳以上の留学生よりもさらに低年齢の、義務教育年齢に該当する子供達だった。
主張の概要は以下の通りである。
低年齢層の子供達を将来の国民として海外から招致し、日本で学ばせる事が出来ないか。
無論、この子供達も成長して大人になり、日本国籍を得た後には、やはりティ連系の伴侶を求める様になるかも知れない。だが少なくとも、地球人種の激減を緩和する効果は見込める。
また、彼等が成年する頃までに経済環境の調整を終え、ハイクァーン使用権の無条件付与が導入されれば、地球人種同士の婚姻も将来選択肢として復調する事が期待出来るだろう。
これについては「年端もいかぬ子供を親元から引き離し、彼等にとっての異国で学ばせると言うのは、倫理的にいかがな物か」と、多くの慎重論が出た。
だが提唱者は、海外での実例を示して理解を求めた。義務教育年齢での留学受け入れは、他国では多く例が見られるのである。
それを受けて予備調査が行われた結果、子供を日本へ留学させ、そのままティ連市民たる日本人として定住させたいという需要は、かなり多い事が判明した。
ティ連の一員となった日本との技術格差を見せつけられれば、子供をその一員にしてやりたいと願うのも無理からぬ事だろう。主要層は、高等教育を受けている、中間層の都市生活者である。
信仰心が薄いか無神論者という点も顕著な特徴だ。日本人の神道や仏教への信仰は形骸化しており、ティ連市民はそもそも宗教心を持たない者ばかりという事が知れ渡った結果だろう。
興味深い事に、富裕層については子弟留学の需要は少なかった。その意思がある場合には、子供だけを留学させるのではなく、親子共々に移住してくるのだ。財力の差である。
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受け入れ可能な学校だが、文科省の打診に際して、全国の市区町村別教育委員会の内、実に約三分の一が手を挙げた。
外国人児童の教育には苦労が伴う事が容易に想定出来る筈だが、それでも積極的な学校が多いのには切実な理由があった。
経齢格差により、教育期間が地球人より大幅に長い為、ティ連系種族として生まれて来た子供は、新たに日本各地へ設立された「ヤルバーン校」に就学する。
一方で、在来日本人同士の間から生まれて来る子供は激減するので、従来の学校の多くは存続の危機に直面するのだ。それを避けるには、どの様な形でも新入生をかき集めねばならないのである。
その辺りの事情は、以前に紹介した、ハイラ人留学を受け入れた底辺職業高校と共通する物があるが、時系列的には今回の件の方が若干早い。
海外留学生の受け入れを表明した市区町村で共通しているのは、教育カリキュラムのティ連化に合わせてAIの積極導入を行っている点と、ティ連系やLNIF出身の教員が多く赴任している点である。
AI教育の導入を拒否している旧守的な地域については、受け入れ表明は皆無だった。
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次の問題は生活の場だ。普通に考えれば寮の整備という事になるが、何しろ義務教育期の子供である。中学生はともかく小学生の入寮はどうかと、政府内でも渋る意見が相次いだ。
幼少期には家庭の温かみを感じられる様にするのが第一というのである。多分に情緒的な意見なのだが、政治家は人気商売なだけに、良くも悪くも情を重んじる者が多い。
しかし、情操教育という面では一理ある。対応を検討した結果、寮では無く一般家庭でのホームステイではどうかという案が出て、それで落ち着く事になった。
だが、外国人子弟の長期ホームステイとなると、適切な家庭がどれだけある物か。幸い募集に応じる件数は多かったのだが、最終的に審査をクリアしたのは、大半がティ連系移民の家庭だった。
大抵は子育てを終え、成年した子供達を送り出した後に新たな生活の場を日本に定めた中年期の夫妻である。それでも長命種なだけに、充分に第二の子育ても可能だった。
勿論、ハイクァーン使用権を持つので経済状態も安定している。彼等は、地球人の子供を手元で育ててみたいという意欲が強かった為に、ホームステイ先として手を挙げたのだ。
次世代の在来日本人減少を補う為に受け入れる幼少の留学生が、ティ連系種族の家庭で生活して学ぶ事になるというのは、何とも皮肉な構図ではあった。
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ティ連系住民の元で生活していて、学力はともかく日本を愛する心が育つのだろうかと、保守系論客の一部からは疑念の声も出た。
だが総じて、ティ連系住民は、日本人の平均以上に日本への忠誠心が強かった。何しろ日本は彼等にとって聖地であり、自ら望んで移住してきたのである。
子供達もまた、ティ連体制下の日本での生活へ順当に馴染んで行った。これにはホームステイ先の愛情だけで無く、教育用AIによる面も大きい。子供の状況を逐一丹念に観察・分析し、細々とした問題について適切に対処可能なのだ。
また、実家との連絡も、3D映像による通話が可能な為、寂しさを感じる事も少ない。
子供達が学業を終えた後、最終的に日本へ永住するか、それとも母国へ帰国するかは本人の自由意志だ。しかし、逐次行っている意識調査を見る限りは、九〇%以上が永住する見込みの様である。
将来の職業希望を問うと、男子の一位は「特機自衛官」だ。
もっとも、日本の為に闘いたいと言うよりは、一昔前なら「宇宙飛行士」とか「航空機操縦士」と答えた処が、宇宙で活躍出来る職業として人気があると言う事だろう。
それでも「生粋の大和民族でありながら中韓の顔色を過度にうかがい、祖国を貶める左巻き共よりも、よほど日本人らしい」と、保守界隈の受けは良い。
ちなみに女子の一位は「医療研究者」である。これも、一昔前なら「看護婦(現在は看護師)」と答えたであろう処が、医学が飛躍的に進んだティ連体制下の日本と言う事で、よりハイレベルな医療職を指向する様になったという辺りだろうか。
いずれも日本の公益に叶う好ましい傾向で、子供達の成長後の活躍が期待される。
そして、改めて宇宙時代に於ける「日本人」たる条件とは何かと考えさせられた。
無論、法的には日本国籍を持つ者が日本人だ。では、周囲から日本人であると見なされる為の条件は何か。
血統、種族、人種、容貌、母語、信教、思想、出生地、愛国心、意思、等々
様々な物が挙げられるが……




