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第三十一回 人は地獄の業火を手放せぬ

 核兵器。

 核分裂、または核融合反応によって巨大なエネルギーを発生させ、それを利用する大量破壊兵器である。

 地球上に於いて実戦に投入されたのは、一九四五年八月。日本の地方都市である広島、及び長崎に対しての二例のみだ。だが、その後も核兵器の改良は続き、旧冷戦下では東西両陣営がそれを突きつけ合う形で全面戦争を防ぐ「恐怖の均衡」と呼ばれる体制が確立していた。

 旧東側の崩壊という形で冷戦は終結したが、規模の縮小はしている物の、核兵器は未だ実戦配備が継続している。

 ヤルバーンは、地球上で核兵器を含む大量破壊兵器の使用の兆候が確認されれば、それが自身や日本に向けられた物でなくとも、人道的な観点から強制的な排除を辞さない事を宣告した。

「好戦的な地球人に対し、異星人が平和を強制する」という、古典的SFにありがちなストーリーが限定的ながらも実現したのである。限定的としたのは、ヤルバーンは地域の武力衝突の類については、日本を含むティ連に関わらない限り、介入に消極的な姿勢を崩していない為だ。

 ともあれ、これにより地球上の核兵器は無意味な物となり、世界は核廃絶に向けて大きく動き出すかと思われた。

 しかし程なく、半知性体「ヂラール」の出現により、核兵器を巡る情勢は再び変化する事となる。地球の現有技術力において、ヂラールへの脅威に対抗するには核兵器が有効ではないかという見解が出始めたのだ。


「ヤルバーンが実力行使も辞さないと宣告したのは、あくまで人間同士の武力衝突に核兵器を使おうとした場合のみである。化学兵器になり得るからといって、害虫駆除に使う農薬まで全面禁止するのはナンセンスであるのと同様、ヂラール駆除を目的とする核兵器の保有・開発は、地球人類の防衛には必要不可欠だ」


 核保有国の軍部、特に核兵器を運用する部門からはその様な主張がなされる様になった。

 核兵器を保有しかつ更新し続ける為、対ヂラールは格好の大義名分になるとして飛びついたのだ。

 特に必死だったのは、意外にも英国である。一応は核兵器を保有し続けている物の、戦略型ミサイル原子力潜水艦四隻による運用のみと、その能力は極めて限定的だ。ヤルバーン来訪以前から、いずれ英国は核兵器を撤廃するのではないかという見方すら挙がっていた程である。

 しかしながら、核兵器は現状、実際に使用する兵器というよりは、軍事力を誇示する象徴的な意味合いが強くなっている。例え実際の使用が非現実的であっても、その放棄は国威の失墜につながると考えていたのだ。



 核兵器を対ヂラールの切り札として位置付けようという核保有国の意向に対しては、少なからぬ反戦団体が激しく反発した。


「もしヂラールの来襲があったにしても、ティ連に任せれば良いだけの事である。時代遅れの危険な玩具に、いつまでしがみつくのか?」


 核廃絶は、反戦団体達にとって悲願である。彼等は核保有国への圧力をヤルバーンに期待した。

 だが当のヤルバーン、そしてティ連は、対ヂラールに特化した核兵器の再整備について、むしろ好意的だった。

 自主防衛の努力は国家として当然という考え方からだ。また、地球独自の技術発展という面からも興味深いと彼等は考えていた。

 数を頼みとするヂラールに対しては大量破壊兵器が有効であり、地球独自の技術力では核兵器がほぼ唯一の選択肢となってしまう。

 ティ連との絶望的な格差から、独自の科学技術開発は無駄として見切りを付けようとする地球国家も現れ始めた中、核保有国が対ヂラール防衛の自助努力の意思を示したのは、発達過程文明観察の上で大いに結構な事だ。

 万が一にも地球上の国家間で使用しようとしたならば、強制的に制止する能力がある以上、水を差す必要もないというのが、ヤルバーン/ティ連の出した方針だった。



 反戦団体は、対ヂラールという名目での核兵器保持/改良を阻止すべくキャンペーンを展開したが、世論の反応は今一つだった。

 一つには、福島で発生した原発事故の処理が、ティ連によってあっさりと完了してしまった事にある。放射能汚染は、もはや取り返しの付かない物ではなくなり、核兵器への忌避感も薄らぎつつあった。

 加えて、ヂラールによって壊滅した、惑星イルナットに於ける最終戦争の状況を記録した映像が回収され、その一部が日本に限らず地球全体で公開された事も大きい。

 イルナットは、対立する二大陣営の一方が兵器として導入したヂラールの暴走により壊滅したのだが、相手陣営は対抗手段として大量破壊兵器を用いなかった。

 ティ連には遠く及ばずとも、地球を越える科学力を持っていた以上、核兵器、もしくはそれ以上の大量破壊兵器を投入する事も可能であっただろう。だが、それをしなかった結果、ヂラールを阻止出来ずに滅亡したのだ。

 彼等の試みた手段は、ヂラールに類似した人工生物によるカウンターだが、それでは間に合わなかったのである。まして地球程度の科学技術力で手段を選んでいては、ヂラールに対抗出来ない事は一目瞭然だった。

 核兵器廃絶は、あくまで「人類同士」の壊滅的な戦争を防ぐ為の主張である。目的と手段を取り違えてはならないと、多くの者が考えるに至った。

 それでも反戦団体、特に唯一の被爆国である日本のそれは、強硬な反対の論陣を張ったのだが、かえって逆効果になった。

 強大なティ連に守られ、自らもオーバーテクノロジーによる兵器を擁する日本から何を言っても、安全な場所からの綺麗事に響いてしまう為だ。

 こうして、世論の潮流が容認へ傾いたのを見計らい、核保有各国は、対ヂラールを意識した核兵器の再整備にとりかかった。



 核兵器の運用にあたり、最も問題となるのは放射性降下物、いわゆる「死の灰」の発生である。これがある為に、核兵器は単に超強力な爆弾として扱う事が出来ないのだ。

 除染が容易になったとはいえ、ティ連のオーバーテクノロジーありきの話であり、自主防衛体勢の構築という面では、それに頼らないで済む対策が必要となる。

 従来から考えられていたのが、核分裂物質を使わずに重水素と三重水素の核融合反応を発生させる「純粋水爆」だ。これならば死の灰は発生しない。

 理論上では可能でも、従来の地球の技術でこれを実現させるのは極めて困難だったのだが、ティ連の間接的影響により、各国の技術開発能力はかなり底上げされている。その為、自力開発は充分可能であるとして、純粋水爆の開発競争が始まった。

 もっとも、実用化・配備には数年を要すると見込まれており、それまでは従来の原水爆が暫定的に配備される事となった。



 対ヂラール迎撃で各国が重視しているのは、ヂラールが地球に降下しようとする局面での、高高度での水際迎撃である。

 その対応として、地下サイロに備えられたICBMや、戦略ミサイル原子力潜水艦から発射されるSLBMに加え、現在では廃止されていた空対空ミサイルによる核運用も再開される事となった。

 各国空軍に新設された対ヂラール迎撃部隊は、広報活動によって積極的に露出する事となったのだが、注目されたのはその人員概要である。何とパイロットの殆どが女性だったのだが、これには社会情勢による処が大きい。

 近年の男女平等の推進の流れは軍事でも進んでいるが、戦闘職種への配備については今一つ進んでいなかった。

 筋力的な差異だけでなく、「女性を戦いの場に送りたくない」という、上層部の倫理的、あるいは情緒的な抵抗感も根強くある為である。

 その点、ヂラール相手が専門なら、実質、「戦争」ではなく「害獣駆除」なので、女性に殺し合いは相応しくないとして起用を妨げる声も少なかった。

 結果、核保有国の空軍(一部は海軍)において、女性の戦闘機パイロット志望者は、その多くが対ヂラール迎撃部隊へ配属されるという流れが出来たという訳だ。

 裏事情が何であれ広報受けが良かった事もあり、彼女達は本来任務だけで無くPR活動にも積極的に活用されている。

 パイロット達をモデルにしたポスターやカレンダー、さらに各種公認アイテムが発売され、何故かバラエティ番組でコメディアン相手に妙なゲームをやらされたりと、一種の国営アイドル的な扱いを受ける有様だ。

 実機訓練の様子も公開されており、基地祭や航空ショーの際には模擬弾を使った実演を行って好評を呼んでいる。

 実際に核爆発を起こす訳には行かないので、自衛隊から貸与を受けた投影装置を使い、模擬弾の発射に合わせて核爆発の立体CGを高空へ映し出すのだ。

 照度は裸眼で耐えられるレベルに落としてある物の、灼熱の火球が上空で炸裂する様子に、観客は歓声を挙げて熱狂する。「まだ我が国は強い」と再確認するのだ。

 当初は米国のみが行っていたが、英、仏、そして露までもが相次いで日本に投影装置の貸し出しを要請した為、今や中共を除く核保有国では定番のショーである。

 残念ながら、この実演は日本で見る事が出来ない。在日米軍基地には当該部隊が不要として配備されていないのと、いわゆる「非核三原則」に関わるとして野党や反戦団体が猛反発する為だ。

 実際、ティ連系装備が充実し、さらにヤルバーン州軍もいる日本にとって不要である点は間違いない。

 日本から手軽に見学出来る場所としては、北方領土問題が解決し、日本人の入境が容易となった択捉島のブレヴェスニク空港がある。ここにはロシア空軍の対ヂラール防空部隊が駐留しており、月一回の演習実演見学ツアーを開催している。

 配備されている機体は、何とMig-25だ。他国も、対ヂラール航空部隊に配備されているのは改修した前世代機(ちなみに米はF-15、英はトーネードIDS、仏はミラージュ2000)ばかりなのだが、露は旧式さが際立っている。

 最も、従来技術によるマッハ3級の要撃機は陣営を問わずこの機種をおいて他になく、また元々、高高度迎撃に特化している為、機種選定としては適切であるとの評価も多い。

 パイロット達は気軽に記念撮影にも応じるので、インターネット上には、均整なスラブ系の女性パイロットと、見学に訪れた日本の航空ファンとのツーショット写真があふれる事となった。



 以上は、核兵器不拡散条約(NPT)下に於いて核保有を認められた国の状況だが、核保有国は他にも、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮がある。

 この内インドとパキスタンは、対ヂラール用に転用する事で国際的に核保有を認めさせようという意見と、核兵器はあくまで隣国を仮想敵とした安全保障の為の物とする意見で国論が二分し、身動きが取れていない状況である。

 イスラエルについては、核保有について肯定も否定もしない方針である事から、表だった動きをしていない。

 そして北朝鮮は、自国の核兵器はヂラールから地球を護る為に活用する旨のプロパガンダを、国内外を問わず積極的に発する様になった。

 だが国際社会からは、中共やロシアを始めとした味方陣営のCJSCAを含め、一切相手にされていない有様である。

 彼等の自画自賛する「対ヂラール人民防空部隊」なる物も、実態を伴う物かは極めて疑問視されている。運用航空機はMig-29とされているが、核運用に必要な改修を行う独自技術力があるとは考えがたい。

 他国と違い訓練・設備は一般公開しておらず、わずかにインターネット上で公表しているデモンストレーション映像も、外部の分析では装備がダミーの可能性が高いとの事である。

 パイロットとして広報に登場している軍人は、他国と同じく女性ばかりなのだが、北朝鮮の国内向けドラマに出演している俳優と同一人物ではないか、つまり偽パイロットだという説も挙がっている。

 その様な状況でも北朝鮮は、同部隊を主人公としたアニメを制作し、インターネット配信する等してPRしている。和製アニメ風のキャラクターデザインなのだが、内容が失笑物なのだ。

 ヂラールの大群が地球へ襲来する中、日本はヤルバーンの手によって自国民のみ地球外へ脱出。他国の対ヂラール部隊が壊滅する中、地球最後の希望として北朝鮮が孤軍奮闘の末に勝利するというストーリーである。

 荒唐無稽も極まれりだが動画の出来はいいとして、一部ではカルトな人気作品ともなった。一応は国外にも支持者が出たので、プロパガンダとしては全くの失敗とも言えないだろう。

 ノンクレジットである物の、中共の某中堅アニメ会社の制作ではないかと言われているが、この会社は業績堅調にも関わらず、件の動画が発表された翌年に突如解散した。スタッフの動向も全くの不明である。

 中共当局が「人民解放軍対ヂラール部隊が、手も足も出ずに壊滅した」という作中の扱いを問題視したのではないかという噂もあるが、真相は定かでない。



 核兵器の対ヂラール迎撃転用は、実効性よりも核保有国のプロパガンダとして発足したのだが、各国の真の狙いは別の処にあるとも言われている。

 対ヂラールに限定しない恒星間戦争を想定した物として、核兵器はレールガンと並ぶ主力装備と位置付けられていると言うのだ。

 実際、既に米国が運用を始めている宇宙軍艦「エンタープライズ」級には、核兵器の運用機能がある。スペースデブリ排除が主用途というが、そればかりではないのは明白だろう。

 そして、想定敵はヂラールだけではない。今後、ティ連以外の異星文明との接触も充分にあり得る事を考えれば、悪意的な文明が地球へ牙を向けた場合に備える事も重要である。

 対ヂラールという文句の付けがたい大義名分と、女性軍人達によるソフトな印象によって、新時代の核武装強化は着実に進みつつある。

 恒星間文明にとって、核兵器は決して「最終兵器」ではないのも確かだ。

 ティ連は、命中した対象を収束圧潰させて破壊する「重力子兵器」も備えている。さらにレグノス要塞の様な、惑星その物の破壊すら可能という圧倒的な力が、現に我々の目の前にあるのだ。

 それを踏まえれば、核兵器の強化みならず、さらに強力な兵器を、地球自身の自己開発によって備えるというのも自然な流れだろう。

 既にドイツが、フランスに対して純粋水爆の共同開発を打診しているが、少なからぬ非核保有国がこれに追従するのではないか。NPT体制の全面見直しも考えられる。

 同じ地球に住むとは言っても、日本は既にティ連の一員という特殊な立場だ。他の国々が、ヂラールあるいは悪意的な異星文明に独自で対処する能力を欲するのを、一方的に批判する事は出来ない。

 特定の国によらない核兵器の国際管理・運用による地球防衛体制の整備も視野に入れ、議論を深めるべきであろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、今は核以上の威力を持つ兵器は無いですからね 宇宙空間でも至近距離で爆発させればシールドごと倒せるし、母艦にぶっ刺して爆発させればかなりの威力になるし 仕方ないと言えば仕方ない、のかなぁ…
[良い点] 核を上回る兵器が出ない限りってのもあるけど…。宇宙では核は通常兵器程度の威力にグレードダウンしてしまいますからねぇ。 [気になる点] 日本の反核団体とか、かなりの部分が中国とかの紐付き工作…
[一言] 核兵器は、大気のない宇宙空間では効果は限定的と本編で言っています。一方、地球の大気圏内で使用して、環境を汚染するのは、名分が立ちにくいので、結局あまり役に立たない気がします。
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