第三十回 機械仕掛けの歌唄い
アンドロイド。ティ連から導入したオーバーテクノロジーの産物の一つとして普及しつつある、人間に奉仕する為に造られた人型機械だ。
日本での導入開始は、交通機関の自動運転用としてだったのだが、今や分野を問わず、急速に日本で普及しつつある。
性能その物は、ティ連由来のAIを使用している為に大差が無い。容姿や体格のバリエーションにどの様な物を用意するかが、各メーカーの特色となる。
地球上の各人種、そしてティ連の各種族。さらに年代や性別。また、リアル指向の物の他、日本のアニメ・コミック調にディフォルメされた「萌え仕様」も人気が高い。
各メーカーや販売店では、アンドロイドその物の販売だけでなく「使い方の提案」に重きを置く様になっていった。
今回はその内の一つ、「リアル・ボウカルロイド」に焦点を当ててみたい。
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日本ではティ連来訪以前から、大手楽器メーカー「ヤマハル」が開発した、合成音声に歌唱させるPCソフト「ボウカルロイド」を使った楽曲の発表が盛んに行われていた。ユーザーは通称「ボカルP」(Pはプロデューサーの意)と呼ばれている。
このPCソフトの登場で、歌手や演奏者が不在でも、作詞/作曲した楽曲の演奏/歌唱が容易となり、音楽活動を手がける層が大きく膨らむ社会現象が沸き起こったのだ。
発表手段としてはインターネット投稿や、同人誌即売会でのCD頒布が主で、楽曲に合わせたプロモーション動画を合わせて制作する事も多い。
ボウカルロイドは、音声データ元になった声優別の各ソフト毎に、アニメ調のイメージキャラクターが設定されている。プロモーション動画もそれを使ったCGアニメーションが主流だった。
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アンドロイドの市販開始は、ボカルPにも大きな影響を及ぼす事になった。程なく、作詞/作曲した自分の楽曲をアンドロイドに実演させる者が現れたのだ。
アンドロイドによる演奏/歌唱はプログラムを必要とせず、歌詞と楽譜を読ませるだけで済む。また音源を聞かせれば、完璧な耳コピーも出来る。
ボディタイプに関係なく声質も調整出来て、例えば幼女ボディのアンドロイドにあえてバスの音声を出させる事も可能である。
細かな修正は人間に対して行う様に、口頭で指示すれば良い。従来のボウカルロイドに比べて、圧倒的に手軽だ。
また、発表楽曲の人気はプロモーション動画の有無も大きく作用するのだが、ボカルPの内、CGアニメーションの作成が不得手な者にとっては、アンドロイド奏者の実写撮影は新たな方向性ともなった。
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この新しい試みに、楽器販売店が目を付けた。アンドロイドと楽器をセット販売できないかと考えたのだ。
アンドロイドその物は、人間の行う作業全般を代替させる事が出来る汎用品なので、楽器店で購入した物で無くても音楽活動は出来る。
だが逆に言えば、音楽活動用に購入したアンドロイドも、普段は別の作業に使う事が可能という事でもある。
普及期という事もあり、家事や運転代行、自宅警備等、他の用途も含めてアンドロイドの購入を考えていたボカルPの多くが、セット販売によって楽器店へ誘導されていった。
そして、ヤマハルの系列会社である自動二輪車メーカー「ヤマハル発動機」が「リアル・ボウカルロイド」の名称でアンドロイド生産に乗り出した事により、その動きはさらに加速する。
従来のボカルPに対し、アンドロイドを使用した実演を行うユーザーを差して「リアル・ボカルP」、略して「リボP」という言葉が、新たに誕生した。
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リボPは複数のアンドロイドを購入する事が多いのも、販売側としてはとても魅力である。
ドラム/ギター/ベースの3ピースバンドならアンドロイドは三体売れる事になる。さらにキーボードや二本目のギター、管楽器等を入れたり、ボーカルを専任にしたりすれば、その分も追加となる訳だ。
無論、従来のボウカルロイド等のPCソフトによる電子演奏で済ませるパートがあっても良い。だが大抵の場合、リボPは全てのパートをアンドロイドで揃える事に拘る傾向がある。
一般に、家庭用アンドロイドは一~二体程度の導入が普通という事を考えると、随分なヘビーユースだ。
リボP自身がメンバーに加わるケースもあり、その場合のパートはドラムが殆どだが、全体としては少数派である。
楽器に関してはゼルクォート造成用のフリーデータも出回っているので、必ずしも購入する必要はない。だが、リボPはあえて高価な有名ブランドの実体物(商標権や意匠権で保護されている為に造成不可)を好んで購入する者が多い。
ヤマハルはリアル・ボウカルロイドと自社製楽器のセット販売により、ホビー・ユース系のアンドロイド販売ルートでは大きなシェアを得ている。だが、ショップオリジナルのセットも様々に提案されているので、圧倒的という程ではない。
レスポウルやギブスンといった憧れの海外ブランド楽器や、ヤマハル発動機のラインナップにない容姿のアンドロイドをリボP活動に用いたいという需要も少なからずある為だ。
リアル・ボウカルロイドは商標だが、自社以外の製品による音楽活動にこの呼称を用いる事について、ヤマハル/ヤマハル発動機は容認の姿勢を示している。
「業界リーダーとして、全体の利益を考えての対応」というコメントに、同社が好感を持たれた事は言うまでも無い。
また、この決断は、ゼルクォート造成の出現で危機感の強かった、国内楽器店業界を救う事ともなった。
製品メーカーは輸出に頼る事も出来るが、小売店の立場では国内消費が伸びなければ立ちゆかないのである。
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リボPの主な年齢構成は、二十代後半から五十代(地球人の場合)と幅広いが、未成年者は殆ど見られない。富裕層であっても、リボP活動の為に複数のアンドロイド所有を子供に許す親は、なかなかいない物である。
性別比については男性が多いのではないかとの印象が強いのだが、意外にも男女はほぼ半々となる。
また、一戸建て住宅で一人暮らしをしている独身者が多い。亡き親から相続した自宅というケースもあるが、リボP活動を目的として新たに購入した者が大半だ。
ティ連技術導入の影響で離職した者が多く出た結果、多額の割増退職金を手にしたリボP達が、活動に必要なアンドロイドと楽器の他、気兼ねなく音楽活動を出来る一戸建て住宅を求めたのである。
折から、住人を喪った空き家が増え続けて社会問題化していた事もあり、郊外等で廉価に中古住宅を購入出来る環境は整っていた。例えボロ家でも、修繕・改築はハイクァーンで簡便に出来る。
ティ連技術によって完璧な防音が施せる様になり、住宅街の民家内にスタジオを設置しても、隣近所への騒音を気にする必要はない。
彼等は自宅にしつらえたスタジオを発信源にして、インターネットを通じて作品を発表していった。
演目は広いが、テクノポップ、ヘヴィメタル、そして往年のR18ゲームの主題歌によくあった「電波ソング」が特に人気のジャンルである。
また、ボーカルは男性の少年型に女装させ、声質はソプラノというのが主流だ。いわゆる「男の娘」である。
演奏者については殆どが女性型だ。こちらは筋骨隆々だったり、ナチス風軍服、ビキニ鎧等々、強さを強調している物が多い。口から火炎放射する、目からビームを放つ、手足や首を外す、ロケットエンジン付の乳房を発射する、電磁鞭を振るうといったパフォーマンスもよく見られる。
ボーカルが男性型である事を視聴者に示す為であろうか、ゼルクォート造成されている衣装を度々チェンジする演出も流行している。着ている衣装の造成を解き、次の衣装を造成するまでの一瞬、裸体が露わになるのがウリだ。
倒錯した非日常を求めるファンが多いからではないかという声もある。だが実の処、男の娘ボーカルは、男女双方のファンがつきやすいという事情が大きい様だ。
また、従来のボカルPは、オフィシャルの用意したイメージキャラクターを使用するのが通例なので、それとの差別化を意識したのが高じた結果ではないかと指摘する向きもある。
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リボPの中にはインターネット上の活動に留まらず、ライブ活動を行う者も少なからずいた。
東京・秋葉原や大阪・日本橋等の電気街には「地下アイドル」と呼ばれるインディーズ活動を行うアイドルをメインとした、ライブハウスが多くあった。だが地下アイドル達は、学費の無料化や留学生の大幅な増加によって急拡大しつつある、学生街へと拠点を移す動きが強くなっていたのである。
その穴を埋めるかの様に、電気街のライブハウスはリボPが活動の拠点として利用する様になっていった。
技術流出規制の関係上、市中でアンドロイドが見られるのは、地球では日本のみである。まして、それを音楽活動に使っているという事で、国内ファンのみならず海外観光客の人気も高い様だ。
男の娘ボーカルのかもし出す背徳性も相まって、ライブハウスは連日の様に異様な熱気に包まれている。
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一方、リボPの活動はインターネットやライブハウスにほぼ限られ、メジャーデビューに至った例は殆ど無い。
登場からの歴史が短いという事だけでなく、芸能界はティ連やLNIF出身のアーティストを多く招致している関係上、リボPを起用する枠が少ないというのが実情である。事実上の住み分けと言えなくもない。
今後、リボP楽曲が従来のメジャー媒体へ進出していくのか、それともインディーズ主体でディープな方向性を開拓して行くのかが注目される。




