表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/49

第三回 水の星より来た花嫁達

 日本のティ連加盟以後、移住を希望する既存加盟国市民は多い。

 前回で解説した通り、日本人がティ連の他加盟国へ移住を希望しても、現状では大きな制約がある。

 だが、これはティ連連合憲章の「連合法特別免除規定特例」に基づく例外的な措置であり、ティ連加盟国間での移住は自由が原則である。

 そして、ティ連の他加盟国からの移住については、日本側も歓迎している。

 技術導入や文化交流の促進、そして少子高齢化対策としての移民導入といった社会の要請もあり、日本としては多くの異星人を新たな国民として加えたいのだ。

 では、様々なティ連加盟国の内、特に多く日本へ移住者を送り出しているのは何処だろうか。

 筆頭に挙げられるのは勿論、ファーストコンタクト以後の経緯から日本と不可分の姉妹国に等しい関係で、星間国家として人口もティ連でトップクラスのイゼイラである。

 そして次点は、意外かも知れないがパーミラヘイム。両棲種族であるパーミラ人の国だ。

 ティ連に加盟以後のパーミラ人は、イゼイラから供与された遺伝子操作と体内常駐ナノマシンの技術によって浮遊都市生活者が多くなっているのだが、本来は海と共に生きる両棲種族である。

 ティ連市民が恋い焦がれてやまない発達過程文明である事に加え、海に囲まれた日本は、パーミラ人にとって理想の居住圏だ。移住者が多く出るのも当然と言えた。



*  *  *



 本稿の第一回でも解説したが、ティ連市民が日本へ移住するに当たっては、住まいの確保が最大のネックとなる。

 ハイクァーン支給権があれば衣食を賄う事は出来ても、日本で住居を確保する事は出来ない。賃貸物件に入居する為には、働いて金銭を得る必要があるのだ。

 住まいを得る上で最も簡単なのは、寮・社宅のある組織や企業へ就職する事だが、ティ連市民に対し日本側からの求人が多い職種は、研究職や教職、技術職である。

 それに加えパーミラ人については、エアボンベ要らずで水中活動出来る身体特性上、海事関連の職から引く手数多だ。

 特に海上自衛隊や海上保安庁は、パーミラ人採用枠をわざわざ設定した程である。

 職が乏しく競争の激しいティ連に於いて、軍人や治安職は特に倍率の高い「憧れの職業」だ。それだけに、本国で採用試験になかなか合格出来ないでいるパーミラ人達が殺到して、採用担当は嬉しい悲鳴をあげる事になった。

 また、海運、サルベージ、港湾管理、海洋探査、沿岸地帯でのライフガードといった分野からも、彼等は求められている。

 日本はまさに、パーミラ人の天職にあふれた国だった。主要港湾のある地域では、彼等の姿はありふれた物となりつつある。

 では、海事分野最大の産業である漁業はどうか。

 遠洋漁業については、残念ながら全く人気が無い。家庭を大切にする彼等の気風から、長期航海で家を空ける勤務形態が嫌われたのである。

 一方、沿岸漁業や養殖業については、パーミラ人が多く就業し、現地の漁業従事者達との婚姻も盛んである。

 今回は、パーミラ人移民による日本漁業への関与、そしてその背景についてを取り上げてみたい。



*  *  *



 日本に於いて、国民へのハイクァーン支給権提供は、高齢者や失業者等への生活扶助を目的とした物に限られている。

 一方、産業分野ではハイクァーン造成の導入が進んでいて、特に注目されたのは食糧の造成である。圧倒的な低コストで、衛生的かつ良質な食糧が、魔法の壺の如く「湧き出る」のだ。

 加えて、他の生命を犠牲にする必要が無い為、生命倫理の観点からも食糧の造成は大いに歓迎された。

 ハイクァーン造成食品は一般の食卓へ供され、瞬く間に普及した。ウサギ肉に代表される一部の品目についてはLNIF諸国へも輸出され、ヤルバーンの重要な外貨獲得源となっている。

 これを機に、日本の農業・漁業は一気に衰退していくかと思われたのだが、政府から待ったがかかる。

「多様な食糧確保手段の維持」という、いわゆる食糧安保の観点から、ハイクァーン造成食糧の国内流通に際し、消費税に上乗せして特別間接税を徴収し、従来の農作物・水産物との価格バランスを保つ様にしたのだ。

 これにより、国内の農業・漁業は急速な崩壊を免れる事になったが、残念ながら消費者からの不満は強い。

 また、政府の介入による保護を受けた物の、国内農業・漁業の中長期的な見通しはやはり暗いと言わざるを得ない。

 ティ連加盟以前から続く、若者が後を継がず去って行く状況を変えない事には、政府が保護しても意味は無いのだ。



*  *  *



 カレイの良質な漁場として知られる、人口二百名程のとある離島。

 若者は皆、男は中学を出ると共に漁に出る様になり、女は漁獲物の干物加工に従事する。

 進学が忌避されるのは、費用の問題だけではない。本土の高校へ進学させれば、島へ戻ってこないであろう事が解っていたからである。

 交通の手段は漁船のみで、家族の承諾無しに抜け出す事もままならない。

 そんな閉鎖的な村だが、平成に入った頃に状況が大きく変わった。

 島に於ける妊産婦や新生児の死亡率が高い事が、県の医療行政担当者に見とがめられ、本土の産婦人科病院で出産する様、強く行政指導を受けたのである。

 常駐の医師がいない為、出産は自宅で行い、年配の女性が助産を務める慣習だったのだが、難産での医療的ケアが出来なかったのだ。

 渋々ながらも行政指導を受け入れた結果、出産による本土渡航を機会に、そのまま子供の良好な養育環境を求めて島に戻らない者が続出する事となる。

 日本がティ連に加盟した時点では、もはや未成年者人口は一人もいない状態へと陥った。

 もっとも若い者で四十代。いずれも独身男性で、同世代の既婚者は皆、島を去っている。いわば取り残された最後の世代だ。

 島の血を絶やさない為には、外から連れ合いを求める他ないのだが、鐘や太鼓を鳴らしたところで、若者が逃げ出して行く様な島へ来る物好きがいるとも思えない。

 外国人女性を斡旋する結婚相談所の利用という声も挙がったのだが、多額の費用がかかる上にトラブルも多いと聞く。

 また、やはり離島である点は大きなハンデとなる。本土の過疎地とは訳が違うのだ。

 島民達は嘆息しながらも、滅び行く運命を受け入れようとしていた……



*  *  *



 そんな中、明治以前から常駐の医師がいなかった島に、離島振興の一環として診療所が建てられる事になった。

 来たのは何と、パーミラヘイムという異星出身の若い男だ。

 元々、本国で医師を務めていたのだが、医師法十二条の規定を利用し、日本での資格も受験の上で取得している。

 ちなみに、実年齢は地球時間で五十五歳だが、長命な種族の特徴として、地球人の二十代後半にしか見えない。

 離島への赴任を忌避する医師が多いと聞き、四方を海に囲まれた静かな環境という事で、自ら志願したのだという。

 離島の住民と言えども、ニュースで報道される程度にはティ連に関する知識を持っていたが、こうして異星人と身近で暮らす事になるとは思っていなかった。

 白銀色の肌、手足の水かきやヒレ、そして白目のない単色眼球という異形の風貌の新住民に、島民は当初こそ戸惑った。

 しかし、丁寧で真面目な仕事ぶりを見て、島民は彼を同じ「人間」なのだと実感していく。

 一ヶ月足らずで違和感はなくなり、島民と医師はすっかり打ち解けていった。



*  *  *



 良好な関係が築き上げられたタイミングで、医師は住民の寄り合いで、島の高齢化・過疎化への対策について切り出した。

 パーミラ人で良ければ、漁業に関心があり、島へ移住して現地住民と家庭を築きたい者を紹介出来るという。

 ハイクァーン造成が食糧生産の殆どを占めているティ連であっても、農業や漁業が皆無と言う訳ではない。

 勿論、ティ連にも、他の生物を食べる事に関して忌避感を持つ者は少なからずいるのだが、個人の主義・主張に留まり、社会的な農業・漁業の全面禁止運動は殆ど見られない。その様な議論は、遙か昔に行われ、とっくに終息しているのだ。

 パーミラヘイムにおいても、トーラル・システム接触以前からの伝統の保持、海洋資源の適切な利用、環境管理といった観点から、漁業に従事している市民が少なからずいるのである。

 島民の内、老人達は素直に喜んだ。諦めかかっていた島の将来が、突然に降ってわいてきたのである。

 この際、相手が異星人だろうとどうでもいい。むしろ、海中でも呼吸が出来るなら漁師向きという物だ。

 この時、老人達の頭にあったのは、七十年代末に日本放送協会で放送された、漂着した海底人の青年と、彼を拾った女性海洋学者による海洋冒険SFドラマだった。

 ちなみに同作については最近、米国の制作元に対して、現実のモデルがあったのかという問い合わせをパーミラヘイム政府がした事が、珍事件として話題となった。

 地球人から見れば全くの笑い話だが、ヤルバーン来訪以前に、パーミラ人が事故等で地球に漂着していた可能性が片鱗でもあれば、確認しておく必要があったのだ。

 これをきっかけに、日本での再放送もなく半ば忘れられていた同作は、日本向BD-BOXの発売が決定したという。

 勿論、主人公の吹替は放送時と同じ、別作品の「三倍速くて紅い、仮面のエースパイロット」役で有名なベテラン声優である。

 ともあれ、若かりし頃に見ていたSFドラマの影響からか、老人達はあっさりとした物だった。

 老人世代が乗り気な一方、当事者である四十代中年独身勢は戸惑っていた。

 異星人に抵抗がある訳ではない。人種が異なれば、地球人でも少々の風貌の違いはある物だ。一時、外国人の結婚斡旋を考えた時点で、その辺りは吹っ切れている。

 だが、そもそもの問題として、漁業従事者と言えども、離島暮らしの中卒のおっさんの元に来たがる、物好きな女がいる物だろうか?

 迷える中年独身男性達の不安に、医師はパーミラヘイム側の考えを述べる。


 四十代は、自分達からみればまだ青年期である。

 寿命もまた、婚姻薬でパーミラ人並に引き延ばす事が出来るので問題ない。

 婚姻薬投与の年限は五十歳までだが、あくまで日本の法だ。国際結婚で国籍を取得すれば、それを超えていても、パーミラヘイム政府から市民の権利として無償で投与する。

 故に年限はおおよそ六十歳程度までと考えて頂きたい。

 生まれてくる子供がパーミラ人であり、成長が遅い事を受け入れてくれれば、それで良いのである。

 通常の日本人と同じ学校で学ぶのは難しいが、教育はパーミラヘイム側で責任を持って高等教育まで完全な無償で用意する。


 医師の熱弁に、場の雰囲気は飲まれていく。特に、自分は対象外と思っていた五十代の独身者達は色めき立った。

 だが、なおも一人が不安を口にする。


 婚姻薬は、投与して以後の老化をティ連の種族並みに遅らせる効果はあるが、若返る事は出来ないと政府広報では言っている。

 ティ連側の感覚では、自分達はまだ若年の部類なのだろうが、肉体は既に中高年なのだ。


「外観のみであれば、充分若くなれますよ」


 不安に対し、医師は微笑んで返した。

 外観の若返りは、どちらかと言えば美容整形の分野である。そう言った医療技術についても、当然にティ連は保有していた。

 ティ連では老化が始まる前にアンチエイジング処理を受けるのが習慣化しているので、既に老いてしまった外観を若返らせる処理が、一般的に行われていないだけなのである。

 婚姻薬の投与に際し、外観年齢を相手方種族の実年齢に合わせた形にするというのは、これまで、ありそうでない発想だった。

 この「若返り」はあくまで外観だけだから、純医学的には意味が無い。しかし、気分的な問題としては大いに有効である。

 外観年齢がティ連市民と日本人の国際結婚の「壁」の一つであれば、医学の力で取り払うのは当然と言えた。


「皆さん、こんな感じになります」


 医師は、ゼルクォートで形成した空中投影型モニターを操作し、独身中高年男子達の、若返り後の想定CGを映し出した。

 二十代半ば程に若返った、彼等の姿が3Dで現れる。

 単純に若くしただけではない。細身の筋肉質で、さらに顔立ちは面影を残しつつも、モデルの様に美化されていた。

 女性はおろか、男性からも色目を使われそうな美青年だ。


「これが…… 俺……」

「やべえ、惚れちまう!」

「いきりたちますわい!」


 中高年独身男子達は、自分達の将来の姿にすっかり魅了されていた。


「皆さん、お気に召しましたか?」

「お、おう!」


 医師の声に、全員がブンブンと首を激しく縦に振る。


「では、早速参りましょう」


 医師にいざなわれるまま、中高年独身男性達は漁港へと向かう。

 すると、沖合に、見た事のない異様な大型船が停泊していたのが見えた。地球の船舶とは明らかに異なる姿から、ティ連の物である事は一目で解る。


「あ、あれは……」

「私共、パーミラヘイム船籍の海洋調査船です。医療設備も整っております」


 ティ連でも随一の海洋探査能力を持つパーミラヘイムは、日本政府への協力事業の一環として、この種の船を数隻、地球で就航させていた。

 船籍については、法制度上の船内自治確保、そして船舶税対策を兼ねて、あえて日本ではなく母国の船籍としている。

 海洋調査船ではあるが医療設備も充実していて、病院船並みに手術も可能だ。

 若返りの措置は、この船で行うという。


「じゃ、行きましょうか」


 医師の声と共に、一行は調査船へと転送された。



*  *  *



 処置を受け、若く美しい外観を得た中高年独身男性達に、医師の手から一人一台づつタブレットが配られた。操作しやすい様にとの配慮からか、外観は地球の従来市販品と似た様な物である。


「勝手だと思いましたが、皆さんのプロフィールを本国に送らせて頂きました。興味を示した方が、こちらになります」


 画面にタッチすると、およそ二十名程の人物データが入っている旨の見出しが表示された。それぞれのタブレットに入っているデータは、全て異なる物だ。つまり、タブレットを渡した相手毎の専用データという事である。

 年齢的には五十~六十歳前後で、医師とほぼ同世代。外観的には地球人の二十代後半から三十代前半辺りである。

 そして、いずれも美形揃いだ。これについては自分達の様に美容整形の結果かも知れないとは思ったが、それを言っても詮無き事だ。身を以て体験した様に、容貌は医学の力でどうとでもなるのが、ティ連の常識なのだろう。

 肝心の中身だが、全員、漁業の職歴がある、もしくは水産関連の学校で学んでいた経歴がある様だ。当初の医師の説明通りである。

 気になったのは、学歴が最低でも大卒で、博士号取得者すらいる事だ。この場合、地球のそれに相当する教育機関や学位という意味である。


「こげな賢い人が、俺等如き中卒に……」


 経歴を見て引け目を感じてしまった中高年独身男性達だが、医師は心配するなという。


「我々は寿命が長いですから、これが普通なのです。それに皆さん、真面目に働いてきたではないですか。ティ連では働かずとも生活が保証されますが、それ故に、職業を持って社会と積極的に関わる方こそが憧れの的、ステイタスなのです」

「お、おお……」


 これまで学歴コンプレックスを抱き、島の外ではまともな職もないだろうと自らを卑下していた彼等だが、「有職者こそが選ばれし者」というティ連の価値観を示され、脳天に強い衝撃を受けた。

 これで、胸を張って生きていける。

 伴侶を迎える自信がわいた中高年独身男性達は、タブレットのプロフィールを熱心に見比べるのだった。



*  *  *



 中高年独身男性達は、各々が選んだ相手と、立体映像通信を解して見合いを行った。

 結果はいずれもトントン拍子に話が進み、婚約が成立。

 異星からの花嫁達を迎える事となった島では、パーミラヘイムが派遣したスタッフにより、新居の立て替えの他、漁業環境を抜本的に改良すべく工事が始まった。

 まず、本土にある、島が属する市と通じる転送ゲートの設置。地球上での転送利用は、既存の交通網維持の観点から厳しく制限されていたのだが、離島や僻地の交通手段として、国土交通省から着目されていた。これが社会実験としての先行実施である。

 本来、転送ゲートはどこにでもつなげられるのだが、東京やヤルバーンといった場所を選ばなかったのは、不公平を言い立てる他地域からの批判や、利用価値上昇による地価急騰を懸念してだ。

 そして、漁場にも大きくティ連技術の手が加えられた。

 魚介の産卵から生育までを、AIと海中ドローンによって管理する栽培漁業の施設が海中に築かれたのだ。いわゆる「海洋牧場」である。

 海洋牧場は、食糧危機の解決手段として、昭和四十年代頃のSF作品でよく取り上げられていた題材なのだが、まさにそのままの施設が現出したのである。

 島民達は、大昔の少年雑誌で見た未来絵図が実現していく様に、すっかり夢中になった。

 そして、到着したパーミラ人花嫁との合同結婚式は、日パ友好のイベントとして華々しく報道される。

 異星の花嫁達は、夫を仕事・家庭ともに主導し、先端漁業の伝道者として島の興隆に尽力していく。

 そして新たな世代も次々と誕生し、島は祝福ムードに包まれた。



*  *  *



 ここまでの一連の流れは、パーミラヘイム政府と、日本側の関係省庁による、用意周到な筋書きによる物だ。

 離島の過疎、漁業振興、年金財政、少子高齢化、そして経齢格差。

 これ等の様々な問題を抱え、対策に頭を抱えていた日本の担当省庁に、パーミラヘイム側が個別に接触して、総合的な対策としての社会実験を持ちかけたのである。

 特に、ティ連との接触以後に発生した経齢格差は、まだ認識している者が少ないが深刻な問題だ。

 地球人の短命が、宇宙に開かれた新時代において、重大なハンディキャップになりかねないのである。

 エルフ、ドワーフといった長命な種族と人間が共存するファンタジー作品では、人間の人口が他種族に比べて多いという事にして、社会バランスを説明している物が多い。

 だが、数千億の人口を誇るティ連の中では、日本人は圧倒的少数だ。地球全体でも、人口はたかだか約七十億に過ぎない。数の優位どころか、宇宙に於いて地球人は寿命でハンディキャップを背負ったマイノリティなのである。

 解決法は幾つかある。

 まず、何らかの医学的措置、例えばサイボーグ化や遺伝子操作等により地球人の寿命延長を図る。

 あるいは、ティ連の他種族を移民導入して日本人との国際結婚を促進、地球人としての生物学的アイデンティティを放棄する。

 だが、保守政権の日本政府は例によって慎重な立場を取った。寿命延長目的での婚姻薬投与は一応解禁した物の、抑止目的で高額の費用を請求し、年金支給開始年齢も遅らせる事とした。

 婚姻薬の解禁に際してネガティヴなイメージで広報した事もあり、高額な料金、また横並び意識が強い日本人の特性も相まって、現在の処は希望者が少ない。

 だが、このままではいずれ、金持ちだけが長生きできると言う、ディストピアSFに見られる最悪の未来絵図が展開されかねない。例えば「貧しい少年が謎の金髪美人にいざなわれ、蒸気機関車風宇宙船に乗って無料でサイボーグ化出来る星に行く」という、国民的作品を連想すると良い。

 また、知識や技術の習得、そして社会的立場の形成に於いて、長寿は有利に働く。

 既に、与党で自主的に設定されていた「七十三歳議員定年制」はうやむやになりかけている。

 しかし、寿命に合わせて種族別に定年制を改めた場合、いずれ党長老が異星系種族で占められ、地球人は中堅止まりで引退、という事になってしまうだろう。

 官庁や企業でも同様である。現在の定年制度は、著しく寿命が異なる種族の混在を前提としていない。だからといって種族の寿命別に定年を改訂すれば、一見して公平だが、地球人にとっては昇進に不利となるのだ。

 つまり、経齢格差は「短命を受け入れて他種族を妬まず、地球人として誇らしく生きよう」等という、精神論で片付けられる問題では決して無い。基本的には、短命種側の地球人が、寿命を延長する措置を一律に受けなければ解決出来ないのである。

 勿論、政府の慎重さは、生命倫理やアイデンティティ維持ばかりが理由ではない。日本以外の地球諸国との関係を考慮したという事情もある。

 日本が国民の寿命延長を政策として踏み切れば、その技術を提供しない限り、地球の他国との溝が深まる事は疑いないだろう。

 そういった事情を踏まえた上でも、パーミラヘイムには日本政府の方針が納得しがたかった。かつて、両棲種族としての生息圏の制約を破るべく、種族全体に遺伝子操作を施す決断をした経験を持つ故である。

 そして、両棲種族であるパーミラ人は、領土内に海を持つ他国から、海洋技術者や研究者の移民誘致が多い。だが、移民した者達は世代を経る内に、現地種族と結ばれて行き、婚姻薬によって移民先の種族として同化してしまうのが常だった。

 しかし日本は別だ。地球人は短命種の為、ティ連市民との婚姻に際し、婚姻薬は相手種族側へ合わせる事になる。

 故に日本であれば、パーミラ人移民が現地住民と結ばれても、次世代以降も種族をそのままに根付ける、つまり生息圏の拡大が出来るのではないかと考えたのだ。

 そこでパーミラヘイム政府は、ティ連からの移民を歓迎する日本の政策方針を利用し、かつ、日本に於ける別件の社会問題を複数組み合わせた上で、利害の絡む省庁、特に厚生労働省と国土交通省、農林水産省の高官に働きかけたのである。

 まず、年金問題に頭を抱える厚生労働省は、パーミラヘイムの打診に乗ってきた。婚姻薬の投与を受けた者は、年金支給開始年齢が百四十歳となる旨が法で定まっている事に着目し、年金の破綻を食い止める為、婚姻薬投与を普及させるべきという声が省内で少なからず挙がっていたのだ。

 また、国土交通省も前向きだった。離島振興は費用対効果が著しく低い事業だが、やらない訳にはいかない。あえてそこに移住し、経済活動まで行ってくれるというのであれば大歓迎である。

 農林水産省は言うまでも無い。ハイクァーン造成食糧に市場が席巻されれば、省その物の危機である。漁業の復興は死活問題だ。

 過疎に悩む離島に、パーミラヘイムの先進的な技術を身につけた漁業従事者を、国際結婚で送り込む。表向きは、あくまで私的な集団見合いだ。

 そして、現地にパーミラヘイムの技術を徹底的に投入して、新時代の水産事業モデルを兼ね、「パーミラ系日本人」の為の事実上の居住区を築き上げるのである。

 順調であれば、これを他地域へ水平展開。万が一失敗しても、離島である為に他への影響は最小限に留められる。

 とかく官庁の間は縦割りで、連携した事業の推進が難しいのだが、調整役としてパーミラヘイム側がうまく根回しし、水面下で計画は進められた。

 計画の現地推進役としては、丁度、日本へ移住し、現地の医療資格も取得したパーミラ人医師に白羽の矢が当たった。僻地への医師派遣というのは、当初のカバーとして名目が立つ。

 医師を大使館に呼んで計画を話すと、彼も趣旨に賛同して乗り気だった。医師もまた、地球人の短命を医学的に解決したかったのだ。

 せっかく日本で出来た知己が、自分の倍以上の速度で老いていくのは、心情として見るに堪えないのである。

 計画は実行に移され、赴任後の医師は、立場を利用して島内の人物観察を徹底的に行った。

 得られた人物データを元に、パーミラヘイム本国では、見合い相手の候補を選出。人物的には、水産業に従事経験があるか、少なくとも必要な教育を受けており、日本への移住を希望している独身女性。

 家庭での主導権を取る為、年齢的には地球時間で五十~六十歳程度が最適とされた。要は、「出来る姉さん女房」として、年下夫を尻に敷ける女性が計画には好ましいという訳である。

 医師が島民に話を持ちかけた時には、全ての準備が終わっていた。島の中高年独身男性諸氏は、まな板の上の鯉に等しかったのだ。



*  *  *



 集団結婚式から数年後。

 海洋牧場の運営は順調である。家庭の方も、第二子、第三子が誕生する家もあり、島の将来は明るい。

 また副次効果として、海洋牧場の先進性が知れ渡る事で、ハイクァーン造成食糧に傾きつつあった消費者も今一度、海産物を見直す様になっている。

 他の離島に於ける転送ゲート設置も、本格的にスタートした。

 この状況を見て、JF(漁協)はパーミラヘイムと接触。希望する漁業地域に対し、過疎対策としての国際結婚の斡旋と、海洋牧場技術の提供を依頼した。パーミラヘイムはこれを快諾し、海洋牧場は全国に広まる事となった。

 だが、婚姻薬やハイクァーン支給権の恩恵を直接受けられるのは、国際結婚してパーミラヘイム国籍を得た者に限られてしまい、対象外の組合員との軋轢も予測された。

 その為、海洋牧場を導入したJF各支部は、従事する組合員を完全給与制とし、ハイクァーン支給権を持たない組合員については、手当支給と福利厚生でバランスをとることにした。

 組織運営は、旧ソ連の漁業コルホーズ、あるいはイスラエルのキブツに近い物となっている。

 また、婚姻薬についても、国際結婚していない組合員や家族へ費用を助成する事で投与を推奨し、経齢格差の防止を方針としたのだ。

 日本人は横並び意識が強い。これが寿命延長目的の婚姻薬投与を希望する者が少ない一因だったのだが、所属組合の方針となれば、殆どの者がそれを受け入れていく。

 婚姻薬投与が広がれば、年金支給の先送りが出来る為、厚生労働省は万々歳である。

 学齢期以下の児童への投与も、公海上では日本国法の及ばないパーミラヘイム船籍の海洋探査船を利用して行うべく検討されていたが、ついに横槍が入った。

 ここまで蚊帳の外だった文部科学省がそれを聞きつけ、局長級の幹部が複数の与党系文教族議員と共に、殴り込み同然でJF本部へ押しかけたのだ。

 地球人の子供も、パーミラ人として生まれてくる子供達と共に学ばせたいという、組合員の希望からだったのだが、(生物学的な)地球人の子供であれば、あくまで通常の日本人として一般の教育を受けさせるべきというのが、文部科学省の主張である。

 縄張り意識と民族主義が見え隠れしたが、確かに正論だ。

 これについては、社会実験とはいえ容認範囲を超えるとして、日本政府も関係省庁へ暴走しない様に釘を刺し、また外交ルートでパーミラヘイムに苦言を呈した為、JFも断念せざるを得なかった。

 結果、組合員の子弟は、成長速度の異なるパーミラ系と地球系が混在する事となり、成長期の経齢格差へどう対処していくのかが重要な課題となった。



*  *  *



 ここまでの一連の動きの結果、日本に於けるパーミラ系移民人口、日本人との国際結婚、そして新生児の出生は大きく増加したが、その範囲は漁業を中心とした海事関係者に留まっている。

 両棲種族というパーミラ人の特徴は、海に関わらずに生活する多くの日本人にとって、伴侶と考えるには大きな壁だったのだ。

 この状況は、パーミラヘイムにとっても、むしろ望ましいと言えた。日本・パーミラヘイム双方と関係の深いイゼイラを差し置いてまで、移民人口で突出する事は避けたかったのである。

 日本政府もまた、海事関係者の枠を超え、パーミラ化の動きが急速に日本全体に広まる様であれば、社会の急変を抑えるべく介入する事も考慮していた。

 しかし、そうはならなかった為、日本政府は推移を見守る構えを続けている。

 ともあれ、日本国民一般がパーミラ人を強く認識し、海洋に於ける頼もしい存在と認識するに至ったのは間違いない。

 食卓に昇る魚の多くは、今や彼等が関わっているのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 『その様な議論は、遙か昔に行われ、とっくに終息しているのだ』 進んだ文明ってのは科学的な分野にだけに限らないってことですね。 精神面でも進歩してこその文明ですね。 [一言] とても二次と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ