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第二十九回 日本のくさやせんべいは異星文明が発祥らしい

 日本に於けるティ連の外交窓口は当初、第一接触国として交渉権を持つイゼイラだった。つまりイゼイラが、ティ連全体を代表して対日外交を行っていたのである。

 通常であれば、日本がティ連に加盟するまでの間、この体制が続く。だが、加盟が当初想定よりもかなり早期に実現した事で、イゼイラに選択肢が出来た。

 この場合、ティ連の他加盟国が日本に直接外交チャンネルを設けられるか否かは、交渉権の期間が終了するまではイゼイラの意向次第となる。

 状況を鑑み、既存加盟国と日本との直接外交は時期尚早と判断する可能性も少なからずあったが、イゼイラは容認する姿勢を示した。その為、幾つかの国が日本への大使館設置の意向を表明する運びとなったのである。

 真っ先に大使館設置を決定したのは、ダストールとパーミラヘイムだ。この二国は元々、イゼイラと友好が深かった事が大きい。

 ティ連内でも、いわば「イゼイラ陣営」とでも呼ぶべき事実上の派閥を形成しており、当然に日本もその一員と考えている節がある。「友達の友達は皆友達」という、数年前に惜しまれつつも終了した長寿バラエティ番組のキャッチフレーズの如くだ。

 次いでディスカール。イゼイラ陣営とは交流が薄く、従来であれば、その「縄張り」と目された新規加盟国には深入りしないのだが、日本に関しては例外だった。

 ディスカール人はヒューマノイド系種族の内でも、耳部以外は地球人に外観が最も近い事から、日本への親近感はかなり強い。また医療技術がティ連で随一の為、日本の側からも、早期の直接交流を検討していた国である。

 上記三ヶ国の決定を聞きつけた他のティ連加盟国も、我も続けとばかりに次々と大使館設置を表明した。星間国家や惑星国家といった人口大国だけでなく、人口一千万に満たない様な地域国家すら、競って手を挙げたのである。

 流石に全加盟国という訳では無い。地球の大気成分では自然呼吸が出来ない種族や、身体特性上、ヒューマノイドの社会では日常生活が困難な種族で構成された国については、大使館設置を見送る国もあった。

 だが、そういった国を差し引いても最終的には、大半のティ連加盟国が日本との直接外交に積極的だったのだ。

 何より、日本はティ連にとって、トーラル文明の停滞打破の鍵となる発達過程文明であり、また聖地でもある。イゼイラ/ヤルバーンを介してだけでなく、積極的に友好関係を深めたいと各国が考えるのは当然と言えた。



 施設はヤルバーンに設置する事も検討されたが、結論としては各国とも、東京へ直接設置する事になった。独自外交の為にも、その方が良いと考えられたのである。

 既にイゼイラは、千代田区平河町に大使館を開設している。ディスカールは早々に、イゼイラ大使館まで徒歩範囲の千代田区の物件を押さえたが、いい不動産の出物はなかなかないのが実情だ。都内の利便性の高い一等地は、確保するのが難しい。

 ではどこに大使館を設置するかで、各国は頭を悩ませた。

 国の看板である以上、大使館には相応の威厳が必要であるというのが、ティ連加盟国の共通認識である。

 日本に大使館を置いている地球の地域国家の中には、商業ビルのテナントで済ませている小国もある様だが、そんな物では沽券に関わる。

 国力が低いとして軽く見られてしまう、あるいは日本との関係を軽視していると誤解される様な事があってはならないというのが、彼等の共通認識だ。

 また、警備上の問題から、各国の大使館はなるべく固めて欲しいというのが、日本側の治安当局の要望である。

 都内二十三区で広い用地を確保するとなると、挙げられるのは東京臨海副都心、いわゆる「お台場」だ。

 分譲を控えていた未利用の公有地は、その多くをティ連各国が大使館用地として押さえる事となり、お台場にティ連加盟国で構成される大使館街が形成されるに至った。

 それぞれの大使館は各国独自の様式で建てられ、建築文化の見本という役割も果たしている。特に目立つのがサマルカ大使館で、いかにも一九七〇年代の米国SFドラマに出て来る宇宙基地の様なたたずまいは、見る者を唖然とさせた。

 当のティ連系市民はオンラインで各種の手続きをする事が大半な為、直接に大使館へ出向く用が殆ど無い事もあり、職員や関係者を除けば、意外な程に見かけない。

 一方、大使館街はイゼイラ領のヤルバーンと違い、普通に海外からの観光客が立ち入り可能な為、通行人はそういった人達の比率が高い。

 特に、LNIF加盟国でありながらヤルバーンへの入境が困難な豪州とニュージーランド、またCJSCA陣営でも日本への観光目的入国が可能なロシアやベトナムといった国々からの来訪者が目立つ。

 その中にスパイの類が紛れている事を心配する向きもあったのだが、域内の監視も当然に怠りない。

 また、海外から日本へ入国する際にはバイタルデータがスキャンされ、出国後も永久保存される事になっているので、身分詐称は難しい。非合法活動を目的にエージェントを日本へ送り込む難易度は飛躍的に高まっていた。

 無論、合法的な範囲で情報収集を行う者も少なからずいるのだが、その辺りは日本の公安当局が把握しているという。

 警備の面でも、大使館では各国の衛兵が装甲服着用・帯銃で任についている。再生医療技術が高い事から、「明らかに挙動不審な者は、脳さえ破壊しなければ撃ってもいい」というのが服務規程だ。

 実際、観光目的で入国した某国の著名な動画投稿者が、ダストール大使館前で不用意な行動をした結果、容赦なく心臓をレーザーライフルで打ち抜かれた事例もあった。

 大した問題にはならず、蘇生治療され、回復した後に国外退去処分で終わりである。むしろ、某国側の駐日大使がダストールに平身低頭し、当該人物は送還された後に国外犯として某国で処罰されたという顛末だ。

 そういったトラブルを交えながらも、お台場の大使館街はいわば「第二ヤルバーン」とでもいうべき、異星文明を肌で感じられる観光スポットとして親しまれる様になった。



 日本と国交を持ちながらも、在日大使館を設置していない地球の国は、小国を中心に結構ある。

 小国にとって、大使館の運営費は重い負担なのである。いくら日本がG7に属する経済大国とは言っても、交流関係が薄ければ、在日大使館は必ずしも必要では無い。

 だが、そう言った国々も、日本がティ連に加盟した事を受けて急遽、在日大使館を設置する事となる。何しろ一極集中外交方針の関係上、地球の国々にとって、ティ連との窓口は原則的に日本とされているのだ。

 しかし、先立つ物はまず「カネ」である。費用節減の為、家賃の安い老朽ビルのテナントや、廃業した空き店舗に入居して大使館を開設するケースが相次いだ。

 その様子には、何とも悲哀を感じさせる物がある。



 また日本も、ティ連各国へ大使館の設置を進める事になった。

 大使は相互に交換するのが基本である。地球では複数の国の大使を兼任させる例も珍しくないのだが、原則、加盟国毎に星が異なるティ連では無理筋だ。

 さらに、イゼイラ等の星間国家では大使館の他、主星以外の植民星にも領事館を置く必要がある。

 現地はハイクァーン経済で、かつ用地は先方が確保してくれるので、費用面での負担は少ない(流石に、現地に派遣する要員の人件費は必要となる。現地生活費がハイクァーンで賄えるにしても、日本円で無給という訳には行かない)。

 問題は、人が全く足りない事だ。国連の全加盟国よりも多い国がティ連には存在する訳で、派遣要員をどう確保するのか、外務省は頭を抱えてしまった。

 まず手を付けたのは、中共及び韓国の領事館を縮小し、引き上げた人員をティ連派遣へ転用する事だった。ビジネス/観光共、中韓とは人の往来が激減した為、領事館の重要性が薄らいでいたのだ。

 日本側は単なる人事異動のつもりだったのだが、深読みして不穏なメッセージを感じた中韓は、過剰反応してヒステリックな批難コメントを発している。

 勿論、中韓から領事館職員を戻しただけでは、数多あるティ連加盟国への派遣要員確保には全く焼け石に水だ。

 その為外務省は、定年を任意で延長し、さらに他省庁や地方自治体からの出向や移籍により人員をかき集める事でどうにか対応した。

 将来的な人員確保の必要性を痛感した外務省は以後、民間からの業歴者採用を活発に行う事となる。

 これにより、従来では到底採用されなかったであろう珍妙な異才、かの悪名高き「ヤル研」にいる様な人材の文系版が、多く外務省にたむろする事となった。

 その詳細は別の機会に解説したい。



 話題をティ連の在日大使館街へと戻す。

 ハイクァーン造成を駆使し、お台場の大使館街は短期に整備されたのだが、その土地も有限である。

 真っ先に名乗りを上げたダストールやパーミラヘイムの他、めぼしい敷地はカイラス、ザムル、サマルカ、サムゼイラと言った他のティ連主要国がいち早く押さえてしまっており、確保に出遅れた国も多かった。

 そういった国は目を皿の様にして物件を捜すが、なかなか良い場所が無い。

 だが、都内なら二十三区以外でも良いという条件に切り替えると、意外な場所が浮上した。

 八丈町。伊豆諸島南部の八丈島及び八丈小島を町域とする、東京都下の「町」である。

 空港はある物の、本土を遠く離れた離島に大使館を置くというのは、地球人の感覚では非常識極まりない。

 しかし、転送ゲートを設置すれば交通の便は何とでもなる。そも日本本土と、相模湾にあるヤルバーンとの間の往来も、転送ゲートが利用されているのだ。

 ティ連各国は、大使館の場所として行政区画上の「首都・東京」にこだわったのであり、実務上は日本の何処にあってもさしたる問題は無い。要は名目上、東京都内でありさえすれば良かったのである。

 丁度、離島対策として転送ゲートを活用する計画が国土交通省によって進められており、また現地の振興策としても有効であろうという事で、大使館設置の計画はスムーズに進められていく。

 八丈島には廃業した大型ホテルの廃墟がいくつかあり、いわば「負の名所」と化しているのだが、これも買収されて大使館へと建て変えられる事へとなった。

 また、一九六九年の住民退去によって無人化している八丈小島も、大使館敷地として再開発が決定した。無論、本島と小島の間も、転送ゲートで接続する事になる。

 こうして八丈町の二島も大使館街と化して行くのだが、お台場とはまた少し違った方向で発展していった。

 海外旅行が手軽になった事で観光客が減少してしまった感があるが、八丈島は元々リゾート地で、今なお宿泊施設が多い。

 大使館を構える各国はこれ等の施設とタイアップする事で、自国を積極的にPRするキャンペーンを張る事にしたのである。

 ティ連という巨大な国家連合の中で埋没しがちな小国が集まっているだけに、自国を印象づけて親しんで貰おうと、各国は趣向をこらしたイベントを次々と打って行く。

 自国の超一流アーティストを招いての芸能イベント、乗用兵器の体験搭乗会、自国料理によるフードファイト大会、日本移住を希望する自国民との集団見合い、ありのままの異星人の姿を見られるヌーディスト・ビーチ、島の自然環境を利用したサバイバル講座等々、オーソドックスな物から奇妙奇天烈な物まで盛りだくさんだ。

 こういったサービス満点のイベントを目当てに、八丈島へは国内外を問わず観光客が多く訪れる様になった。その数は一九七〇年代初頭の最盛期に倍する程である。

 また、転送ゲートが出来た事により、更なる副次効果も発生した。

 生活空港としては不要となった八丈島空港を温存・活用すべく、海外の富裕層向けに、プライベート・ジェットの発着を誘致する事になったのだ。

 八丈島からは都内まで転送ゲートで移動出来る為、利便性は高いと考えられた。狙いは当たり、主に台湾/印度/タイ等、アジア圏のLNIFに属する富豪が、枠が取り易い飛行場として八丈島空港を利用する様になった。

 また、そういった富豪は日本での滞在先として八丈島に別荘を好んで建てた。ティ連加盟国の大使館街の付近に居所を設けるのは、ビジネスの上でも有益と考えられたのだ。

 これにより、イゼイラ等の大国ばかりが注目されがちなティ連加盟国にも、中小の多彩な国がある事が日本のみならず地球全体に知れ渡っていった。各国の広報としては、この上ない効果である。

 さらに、リゾート地という事で、各国大使館は自国の産物をハイクァーン造成して、土産物として売り出してみた。国外に持ち出されても技術規制の問題が無い、衣料や装飾品、食品が主体である。

 これがすこぶる好評で、大使館経費が充分賄える程の売り上げがあった。

 ただ、これにより妙な誤解も生じる事にもなった。

 ティ連の産品は、地元の土産物店やホテルの販売所等の店頭に並べられた。そこで、一緒に並べられていた、八丈島に元々あった土産物も、ティ連の産品と勘違いして買っていく海外の観光客が続出したのである。

 その為、くさやせんべい/サブレ/うどん/焼酎といった物が、ティ連で元々食されていたとの珍説が地球各地で広まってしまったのだ。

 日本の食品がヤルバーン来訪以前からティ連で食されていたというのは、常識的にどう考えてもデタラメである。

 だが、ナヨクァラグヤ皇女が遭難した際に広めたのが、これらの「ティ連発祥」食品が日本で普及した元であるという、一見説得力のある憶測を唱える者が現れた。

 結果、地元産品の売り上げ倍増に気を良くした八丈島側が積極的に否定しない事もあって、この珍説は長く尾を引き現在に至っている……



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― 新着の感想 ―
[一言] この世界観での信任状捧呈式の回数は確実に増えるでしょう、如何せん派遣元の書類を派遣先の国家元首に渡す大切な式典ですから簡単に簡略化出来ないでしょう、当分は外務省も宮内庁も頭を抱える日々が続き…
[一言] タイトルだけだと意味分からなかったけど、そういうことですか(笑) 確かに、ティ連と正式な国交が結ばれて1番大変なのは外務省ですよね。人員的に でも、ヤル研文系バージョンみたいなのが外務省に…
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