第二十七回 宇宙時代の金字塔
まだ月が変わっていませんが、書き上がりましたのでUPします。
ティ連加盟以後、日本の人口は大きく増加している。
よく挙げられる要因は、ティ連やLNIFから多くの移民を受け入れる様になった事と、やはりティ連との国際結婚が盛んになった事による出生率の改善だ。
さらに、あまり目立たないが、それに劣らぬもう一つの大きな要因がある。
死者が減った事だ。
異星の医療は、致死性の難病の殆どを完治可能とした。癌も、筋ジストロフィーも、病院へ行けばあっさり治る様になったのである。
外傷も然りで、脳の重要部位を完全に破損しない限り、どの様な重傷を負っても再生医療やサイボーグ化で致命傷には至らない(但し、脳損傷に伴う記憶内容の修復には、ニューロンデータのバックアップが必要となる)。
さらに死後数日程度なら、遺体で発見されても蘇生は可能だ。例えば、青木ヶ原樹海で発見された縊死体が、ヤルバーンの医療施設に緊急転送されて蘇生回復した例もある。
その為、これまで死因の上位となっていた、癌や心疾患といった「病死」に代わり、トップに上がったのは「老衰」だ。
その老衰についても、絶対数は激減した。信仰心やティ連への偏見、死生観等から、ティ連技術による高齢者医療を拒否する頑迷な者(少なからず存在し、原則的に本人の意思が尊重される)を除くと、老衰による天寿を迎えるのは早くて九十歳代後半となったのだ。
婚姻薬投与、遺伝子操作、サイボーグ化等といった措置を施さない状態での地球人の限界寿命は、およそ百二十歳代と言われている。今後の平均寿命は百十歳代まで伸びるのではないかというのが、現在の予測だ(それでも地球人はティ連においてかなりの短命種で、他種族との経齢格差が重大な社会問題という事には変わりないが)。
無論、病死する事なく老衰まで健康に生きられる者が殆どになっても、最終的に死は万人に訪れる。よって、不自然なまでの死者の激減は、あくまで過渡期の現象だ。
とはいえ、老衰死が人口に見合った数に戻るのは、二~三十年は先の事と見込まれている。しかも、およそ百十歳代で老衰死を迎えるのは、地球人種のみだ。移民して来たティ連系種族が老齢に達するのは、さらに先の事となる(例外はサマルカ人で、人工生命体を発祥とする彼等は、地球時間で百年という「定められた寿命」を持つ)。
生まれてくる者や移民して来る者が増える一方で他界する者が激減すれば、人口は膨らんで行くばかりだ。だが、それによって日本社会が破綻する事は決して無い。
広大な地球外領土と、ハイクァーンによる潤沢な物資供給能力を手にした日本は、人口が数倍に増えても充分に支える力を持っているのである。
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ティ連の医療技術により、日本は少子化ならぬ「少死化」社会と化した訳だが、これにより影響を被った業界の一つに、葬祭業界がある。
この近年、寿命に差し掛かる高齢者が増えた事により、葬祭業は増え続けていた。特に、晩婚・非婚化の流れにより、結婚式場が葬祭場へと看板替えしたケースが目立つ。
葬祭業は当面、成長産業と思われていたのだが、程なく雲行きが怪しくなった。
長引く不況や信仰心の希薄化によって、小規模な「家族葬」が盛んとなり、さらには宗教儀礼を簡略化して法令で定められた火葬処理のみを行う「直葬」を選ぶ者も増えた。
確かに葬儀の件数は増えた物の、費用をかけない風潮が強まった事で、葬祭業は利益が希薄な事業と化していったのである。
その様な状況でティ連医療による少死化社会へと突入し、葬儀は件数その物が激減する事となる。結果、葬祭業は廃業が続出した。
失業者には補償としてハイクァーン使用権が付与されるので、廃業/解雇による生活困窮者が発生する事は殆ど無かった。
問題は跡地である。倒産や廃業により、役目を終えた葬儀場施設の多くは、資金を融資していた債権者(主には金融機関)へと渡った。しかし、葬儀場だった建物・土地は縁起が悪いとして再開発の対象になりにくく、新たな所有者を悩ませる事になる。
只でさえ、ハイクァーンやゼルクォートの影響により日本の内需は縮小していて、国内で新規に投資する事業者は限られていた。またこの時期、大企業の目は、新領土の熒惑県やレグナス県に向けられていた。
勿論、ティ連体制下で新たに出た需要に対応すべく、日本本土で新規事業を興す動きも少ないとはいえある。だが、風評によって瑕疵がつきやすい不動産にわざわざ手をつけようという者はいなかった。
しかし、特に元結婚式場の葬儀場は、都心や駅前、国道沿い等、立地条件の良い物が多い。
地権者達は何とかして物件の利用方法を出そうと頭をひねったのだが、珍案を思いついた者がいた。
ティ連市民は、日本を聖地として位置付けている。ならば納骨堂にすれば、遺骨を納めたいという需要があるのではないか。
確かに納骨堂なら元葬儀場だろうと問題ないと思われる。日本では墓地に代わり、永代供養の納骨堂が人気を集めているのだが、仏教寺院の運営が主体だ。
運営の継続という面での安心感と、永代供養として宗教的な儀礼が込みとなっている面が大きい。その為、非宗教の業者が参入しても競争力が弱い。タイアップする手もあるが、寺院の直営と比べて割高になってしまう。
その点、ティ連市民は基本的に無宗教なので、在来日本人向けの物とは住み分けが出来ると考えられた。
だが、日本で亡くなったならばともかくも、聖地と言えど無縁の地に葬られたいと思うティ連市民がどれだけいるのだろうか。
物は試しと、発案した地権者はインターネットで軽く予備調査を試みたのだが、瞬時に問い合わせが殺到した。
自分の墓に相応しい場所を探していた高齢者がたまたま、聖地ヤルマルティアでティ連市民向けの納骨堂が新設されるとの情報を見つけて飛びついたのだ。
ティ連市民の殆どは寿命を全うする為、人生を終える前の終活が普遍的な慣習だ。葬られ方は生きている内に本人が決めるのが常識という訳である。
そして、ティ連の人口は数千億だ。反応した者が全体の僅かであったとしても、絶対数はとても大きい。まして、有益な情報なら量子ネットワークで瞬時に広がっていくのだ。
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希望者が多ければ順当に計画が進むかと思われたが、まだ大きな課題が残っていた。
恒久性の担保である。
貨幣経済社会の日本で営利事業者が運営するのでは、廃業や倒産によって施設が維持出来なくなるリスクがないかという不安が、一部の利用希望者からあがったのだ。
この対策として、納骨堂を活用する形で別途収益があがるようにすれば良いのではないかという案が出た。
考えて見れば、欧州では多くのカタコンベ(地下墳墓)が観光名所として公開されている。また日本でも、横浜外国人墓地は観光の対象だ。
とは言え、あれは歴史的建築物だからこそ観光対象となっている。新築の納骨堂が、そういった名所になるとも思えない。
故人への冒涜にあたらない範囲で納骨堂を兼ねられ、かつ需要が強い実用的な施設は何かと検討を重ねた結果、浮かんだのは宿泊施設である。
ティ連やLNIFからの観光客激増により、日本の宿泊施設はどこも満杯状態だった。
その為、納骨堂を兼ねた大型ホテルを建設すれば、収益によって施設の維持は充分可能であろうと見込まれたのだ。
また、納骨後は遺族の墓参もあるので、その便宜の為にも宿泊施設の併設は望ましい。
耐久性については、建築にティ連技術を導入すれば全く問題ない。ティ連では築十万年を越える現役の高層建築物も珍しくないのだ。
納骨堂にホテルを併設する案を利用希望者に示してみると、ほぼ全てから賛同を得られた。多くの人が訪れてくれれば、忘れ去られる事がないのでむしろ望ましいというのである。
こうして、東京区内某所の駅前一等地で廃業・閉鎖されたままになっていた大型葬儀場が、ティ連技術を駆使した超高層ホテル兼納骨堂へと建て替えられる事になった。
当初は一千米級で企画されていた。これでもティ連の高層建築物では並以下の高さで、技術的安全性については全く問題ない。
既に軌道上までそびえ立つヤルバーン・タワーがある事から、許認可は簡単におりると思われたのだが、意外な処からクレームがついた。在日米軍である。
ティ連体制下にあっても、首都圏を含む領空の航空管制を在日米軍が担う、いわゆる横田空域問題は未だ残っている。航空管制上、超高層建築物が建てられるのは問題だというのが、在日米軍司令部の主張である。
このクレームに、タカ派の某有力代議士が噛みついた。
「今や国防上、日本には必要なくなったにも関わらず、情けで基地を置かせ続けてやっている米軍如きが、宇宙に冠たるティ連の一員に何をほざくか!」と彼がぶち上げると、同調者も続々と現れた。
在日米軍としても、現場の事務的な問題のつもりだったのが、想定外の反発に困惑した。しかし彼等にも面子という物があり、簡単には退けない。
下手に退いてしまうと、これが発端となって、航空管制権の全面返還を日本から迫られる可能性すらあった。国防問題につき、ヤルバーン=ティ連が乗り出す事も考えられる。
事を荒立てたくない関係者間による折衝の結果、横田空域内での高層建築物は、最大五百米という事で妥協する事となった。
これでも、大阪市にある地上三百米の「あべのハルカス」よりは遙かに高い。だが、海外には九百米級の高層ビルもある。
在日米軍の横槍で妥協せざるを得なかったのはどうにも不本意であった旨を、施工主は後に語っている。
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ともあれ、完成した超高層ホテル兼納骨堂は、当初予定の半分の高さにはなった物の、無事に開業へとこぎつけた。
ティ連技術を駆使した事で、建設コストは従来に比べて大幅に圧縮されている。また、巨大ホテルではあるが人間の従業員は少なく、業務の大半はアンドロイドが行う。
この様な低コスト運営により、宿泊料もリーズナブルだ。
故人の遺体はハイクァーン造成によって、デスマスクに再構築される。そしてホテル兼用である超高層建築物の内壁にはめこまれて行くのだ。
在来日本人の一部からは不気味だという声もあったのだが、ティ連市民からは、故人が建築物の一部として永遠に存在し続けるとして好評である。
冥府や転生といった物を信じない彼等であればこそ、自分の存在した証を遺したいという事なのであろう。
この成功を受け、同様の元葬儀場を抱える地権者も、類似のホテル兼納骨堂を建設して行く流れとなり、日本の主要都市には五百米級の高層建築物が点在する事になった。
元葬儀場の跡地に建てられているので、ニューヨークのビル街の様に集中する事なく、一棟がとても目立っている。その為、新たなランドマークとして活用する市民も多い。
超高層ホテル兼納骨堂の建設流行は、それまで逼迫していた日本の宿泊事情が大きく改善する事にもつながった。
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ティ連市民が気にせず利用している事で、死に関わる施設の跡地を不浄として忌む迷信が日本から一掃されるのではないかとも期待されたが、逆に残念な動きが出た。
葬儀場跡に建てられた超高層建築物で、利用者や従業員が怪死しているという話が、主としてインターネットの投稿動画によって語られ始めたのである。
無論、根も葉もない事なのだが、こういった「都市伝説」「怪談」の類を好む者は多い。
一方、呪詛や霊魂といったオカルト的な概念を持たないティ連市民にとっては、単に悪質なデマでしかない。
告発を受けて警察当局が動いた事で多くの発信者が突き止められ、信用毀損や偽計業務妨害として逮捕・起訴される事となった。
逮捕された者達は、エンターテイメント目的の創作である事は常識的に判断出来る筈だとし、言論・表現の自由を主張した。
しかし裁判の結果はいずれも有罪である。虚偽の情報をまき散らしておいて、真偽は一般常識で判断出来る等と主張しても、それは通らない。
いわゆる「マスコミ規制法」は未だ与党内で検討中の段階なのだが、それを現行法を使って先取りした様な司法判断である。
特に一部の者については、ティ連系種族に対する嫌悪感を露わにしていた事が重く見られ、実刑が科される厳しい判決となった。
この件で摘発対象とはなっていなかったが、この事件以後、オカルト雑誌類の存続が危ぶまれる事態にも波及した。
虚実ない交ぜのいかがわしさこそがオカルト雑誌の特徴なのだが、ティ連体制下では情報の真実性が厳しく問われる為、刊行を続けるならば路線の変更を余儀なくされてしまうのである。
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悪質なネット投稿によって怪談の舞台にされてしまった事に、ホテル兼納骨堂の運営企業や利用者は憤慨した物の、それを逆手に取る動きも出た。
夏の企画として、旧来からの日本の伝統である「お化け屋敷」を開催してみてはどうかというのである。
ティ連一般の感覚では、別に死者への冒涜にはあたらず、むしろ施設に広く親しんでもらう様にする事も追悼の内なのだという。
心霊現象があったという詐術は許されないが、最初からエンターテイメントとして企画されたイベントなら問題ない。
施設の一角へゼルクォート形成によって設営されたお化け屋敷は凄まじくリアルで、作り物と解っていても恐ろしいと評判である。
お化け役はアンドロイドではなく、キグルミシステムで仮装した俳優だ。音や臭いといった効果演出も徹底している。
失神や失禁する入場者が続出する事で人気が上昇し、それまでの宿泊客はティ連系が殆どだったのが、国内や海外の新規層を開拓する効果も生じた。
ホテル兼納骨堂で開催されるお化け屋敷は、すっかり季節イベントとして定着して現在に至る。
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ティ連市民を対象とした高層ホテル兼納骨堂の登場と、それに関わる怪談話の顛末は、ティ連一般の死生観について、在来日本人が深く考えるきっかけともなった。
ティ連市民は神や霊魂の存在を信じないが為、こういった大規模施設の一部となって人々に認識され続ける事を望む者が多い。
元来から信仰心の薄い日本人にとっても、それは魅力的な物かも知れない……




