第二十二回 彼等は情報を求める
ティ連は、地球における発達過程文明の、ありとあらゆる情報を欲している。
その内でも重視されている物の一つが、記録や出版物の類だ。文章、画像、音声、コンピュータプログラム等、その対象は非限定である。
ヤルバーン州政府が公的にその収集にあたる事になったのだが、地球で文明が発生して以後、蓄積された物の量・種類は膨大である。
効率的にかつ、可能な限り漏れが無い様にデータバンクへ収蔵するには、まずは既に整理された物から集めていけば良い。
幸い、日本には「国立国会図書館」という施設が存在し、納本制度によって刊行物の納入が定められている。
書籍や雑誌、新聞の他、博士号の学位論文、CDやDVD、楽譜や地図といった物も対象となっており、今では廃れた旧規格の媒体であるビデオテープやLD、アナログレコード、カセットテープ等も、刊行されていた頃には対象となっていた。また、設立以前の刊行物についても、積極的に収集を進めている。
国会図書館では元々、所蔵品の保存の為にデジタルデータ化を進めていた事もあり、データとして収蔵物をスキャンさせて欲しいというヤルバーンの申し入れは、正に渡りに船だった。
ティ連の技術なら、「形状」「材質」もそのままにデータ化され、かかる時間も一瞬だ。つまり、刊行そのままの状態で実質的な永久保存が可能で、さらにハイクァーン、もしくはゼルクォートによって無限に複製が可能なのである。
こうしてヤルバーンと国会図書館の提携はスムーズに進められ、収蔵品の全てはデータバンクに収められた。
ただ、実の処、国会図書館と言えども、日本で発刊された刊行物の全てが収蔵されている訳ではない。納本制度が始まる前の刊行物だけでなく、その後の物についても納本から漏れている物が少なからずある。また、収蔵されていても状態が良くない物が多くあった。
ヤルバーンはそういった欠損を埋める為、自治体や団体が運営する図書館、教育機関の図書室に次々と問い合わせ、スキャン収集品を増やしていった。
特に郷土資料は、書籍として刊行されていない「私家版」が多く、国会図書館にも納本されていない場合が多い為、地方の図書館の協力が不可欠だった。
協力の対価を兼ね、ヤルバーンは赴いた先の各図書館に、ティ連に関する基礎的な資料を寄贈していった。
この頃、日本の一般家庭でもインターネットを通じてティ連のネットワークへ接続出来る様に準備が進んでいたのだが、それはそれとして、印刷された本として纏められた資料を好む層も根強い。
また、年少者向けにはコミック版も用意されていた。風土や文化を紹介してもらう為、ティ連各国は主要な漫画家を自国への取材旅行に招待していたのだが、これもその成果の現れである。
ティ連全体、そして加盟各国ごとの概略をわかり易く解説した資料本が供えられた事は、近年低迷しがちだった、公共図書館の利用率向上にも大きく繋がった。
また、個人単位ではあるが、図書館司書に就業するティ連系移住者も少なからずいて、彼等は異星文化の解説者/紹介者として大いに活動した。
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また、ヤルバーンは日本国内だけでなく、海外の図書館にも収蔵品の複製許可を打診した。彼等の収集対象は「地球文明全ての刊行物」なのである。
LNIF加盟国は例外なく協力的だった。限られた予算の中で蔵書のデータ化に四苦八苦していた処を、無償で効率的に行うというだけでも充分に有り難いからだ。図書館に収蔵している様な資料は、異星人に公開しても問題ない事も大きい。
CJSCA陣営についてはスムーズとは行かなかったが、それでも、ロシア/ベトナム等、親日的な国については順当に交渉が成立した。彼等にしても、ヤルバーンとのパイプは保っておきたいのである。
その他、開発途上国に該当し、かつ日本と疎遠なCJSCA加盟国に関しては、経済協力名目で対価(日本円/米ドル/欧ユーロ等の現金)を支払う事により、資料の閲覧/複製が認められた。
ただ、対価の支払いは「この件での貸し借り無し」をも意味するので、ヤルバーンとの協力関係を一回限りで清算するのが、彼等にとって外交的に得策だったかは微妙な処である。
残念な事に、中共や韓国については門前払いだった。基本的に公開情報の収集に過ぎないにも関わらず「諜報活動の一環ではないか」とすら言われ、けんもほろろな対応であった。これが、ティ連の対中/対韓姿勢をいっそう厳しくする結果を招いたのは言うまでも無い。
先方にしてみれば、ティ連から「敵性国家」扱いされている事への意趣返しのつもりであったと思われるが、対話の糸口になり得た可能性を考えると悔やまれる。
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国内外の図書施設の全てをあたっても、その収蔵品だけで近世以降の刊行物をコンプリートする事は、残念ながら出来なかった。
官能作品の様に図書館収蔵にそぐわないジャンルや、内容が廃れてしまった情報コンテンツ(例:古い観光ガイド本)、雑誌類のバックナンバーに関する物は、日本の国会図書館や米国の議会図書館の様な国立施設や、特定ジャンルを専門的に扱う施設に収蔵されていなければ、公共で保管されている事はまずない。
また、一般市民が利用する図書館は、収蔵スペースに限りがある。その為、痛んだり利用率の低い蔵書は、適宜廃却しているのである。
ヤルバーンは図書施設で収集出来なかった刊行物を入手する為、まず出版社や、作者の手元に保管されていないかを問い合わせた。連絡がつけば大抵はそこで入手出来るのだが、年月を経ているとその限りではなかった。
倒産/廃業してしまった出版社もあるし、過去刊行物の資料保管に不熱心な出版社もある。
作者もまた、当人が死去して世代を経ると、手元にあったであろう自著も処分/散逸してしまっているケースが多かった。プロの文筆業であっても、死後にも作品が増刷/復刊されるレベルでなければ、遺した物を遺族が必ずしも大切に扱っているとは限らないのである。
次なる手としては古書店巡りとなった。神保町、大急古書のまち、そして新古書店チェーンは元より、世界各地の古書店街にはヤルバーンの依頼を受けたバイヤーが赴き、広告やISBNコード等により判明している「刊行されたと目されるが収集出来ていない」刊行物を、目を皿の様にして探し回った。
さらには、古紙回収業者や遺品整理業者にも目が向けられ、貴重な刊行物がゴミに紛れていないかも、ヤルバーンは徹底的にチェックする様になった。
プレミアムが付き、収集の対象になっている様な物は見つけやすい。だがヤルバーンは、忘れ去られてしまう様な刊行物をこそ、熱心に探していた。
例えば、零細な出版社が昭和四十年代に刊行した料理レシピ本一冊でも、ヤルバーンにとっては地球文明を解析する為の貴重な資料なのだ。
探し回っても見つからない物については、買い取りリストが公表された。膨大なリストを元に、世界中の人々は「お宝探し」に熱中した。
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ヤルバーンが収集した膨大な刊行物は全てスキャンされ、AIによって内容を詳細に解析された。無論、個々の内容は玉石混淆だ。
フィクション作品ならともかく、ノンフィクションと銘打った物や、報道や記録、論文等「資料」として刊行された物についても、怪しげな物は多い。刊行元が一流出版社であっても、いかがわしい刊行物は多々あるのだ。
AIは資料同士をつき合わせ、必要に応じてバーチャル実験で検証し、あるいは作者や関係者に問い合わせる事で、内容の信頼性にランキングをつけていった。
結果、小銭を稼ぐ為に適当に書いた三文文章に対し、著者本人も忘れていた頃にいきなり異星人の訪問を受け、内容の真偽を尋ねられるという珍事が、世界中で頻発した。
案件によっては、本人同意の上で脳のニューロン検査すら行うという念の入れ方である。
時には、デタラメと評価された刊行物の作者による抗議もあったのだが、そのことごとくが、まともな反証を出来ずに引き下がって行った。
特にヤルバーンが敏感だったのは「宇宙人」に関する記述だ。もし、ティ連以外の知的存在が地球に来訪していたなら、外交/国防上、重大な事案となる為である。
実際、ロズウェル事件は真実だったのだから、他にもあるかも知れない。
確認の結果、その殆どが「捏造」「誤認」とされたのだが、中には「可能性は希薄」という判定に留まる物もあった。もっとも、歯切れの悪い判定となった物については、当該事案での判断材料の少なさ故と思われる。
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収集した刊行物はデータベース化の上、一般へ公開する為に「ヤルバーン州立地球図書館」が設立された。収蔵数・設備とも、地球上で最も充実した図書館である。
ヤルバーンを訪れた人は、誰でも自由に資料を閲覧する事が出来る(一部には年齢によるゾーニングがある)。ゼルクォート造成されたコピーを手に取る事も、三次元立体スクリーンの映像で閲覧する事も可能である。
旧規格の電磁記録もデータコンバートは完璧だ。例えばPAL形式で録画されたβ規格のビデオテープでも、一九八〇年代の八ビットPCのソフトウェアでも、全く問題なく楽しめる。
閲覧者の母語に自動翻訳が出来る為、言語も気にしなくていい。
またヤルバーンは、地球の著作権協定である「ベルヌ条約」に加盟していない為、権利問題も発生しない。
収蔵物は、外部からネットワークを通じて閲覧も可能なので、ティ連各国からの利用も容易となっている。
問題は、地球各国(日本/米国の地球外領土も含む)からのオンライン閲覧を認めるかである。
日本とヤルバーンとの間には片務的な著作権保護規定があり、日本側の著作物をヤルバーン(及びティ連加盟国)で自由に複製する事は妨げられないが、それを日本に逆輸出する際には関税がかかる事になっている。また間接的な保護となるが、ベルヌ条約加盟国の著作物も同様となる。
著作権が切れてパブリック・コンテンツとなっている物は全く問題ないのだが、保護期間中の物をどうするかだ。
絶版になっていない刊行物については、当然ながら不可になった。ヤルバーンには、地球上の営利出版事業を妨害する意図は全く無い。
では、絶版の刊行物をどうするかだが、歩合制の補償金を支払った上で可能という事になった。
権利者と連絡が付かない場合には、公示の上で補償金を日本の法務局へ供託する事になる。
復刊の予定がなく、また公開をして欲しくないという権利者からの意向があった場合にどうするかだが、公共目的という事で「強制許諾」を可能とする制度が設定された。
権利者にとって厳しい面もあるが、刊行物として世に送り出した物を「無かった事」には出来ないという考え方である。従来からあった「死蔵コンテンツ問題」に対する、ヤルバーンからの一つの回答だ。
以上の方針が定められた事により、地球各国からの、ヤルバーン州立図書館のオンライン利用については、補償金及び関税の原資として、有料会員制という事になった。
年会費は個人の場合、日本円で三万円となる(法人は規模や目的によるが、相応に高額となる)。やや高い様だが、地球側の出版業界に対する配慮も含まれての金額である。それに、相応の利用頻度なら、これでも充分に元が取れる筈だ。
もっとも、ヤルバーン行き転送ゲートの近隣に居住しているなら、必要な都度、図書館に直接出向いた方が安上がりかも知れない。
出版業界もまた、ヤルバーン州立地球図書館への対応策として、本やデジタルディスク等の物理メディアはともかく、オンライン出版物については絶版を極力避ける様になった。
また、物理メディアについても、客注の都度生産する、オンデマンド出版が盛んとなって行く。
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誰でも手軽に、原語を気にせずに世界中の刊行物を楽しむ事が出来る社会。
調べたい事、知りたい事の資料が瞬時に揃う社会。
異星のオーバーテクノロジーが、地球全体にもたらした恩恵の一つと言えよう。




