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第十九回 ヤルバーンの学び舎より

 日本へ移住して来るティ連市民は年々増える一方である。

 その中には、親、もしくは保護者に帯同してくる学齢期の子弟も少なくないので、受け皿となる教育施設が必要となる。

 ヤルバーンには元々、居住者子弟の為の教育施設も設置されている為、当初はそこが日本(正確にはイゼイラの自治州だが)唯一の、ティ連系種族向けの教育施設だった。

 よって、ヤルバーン外に居住している場合も、ティ連系種族の学齢期子弟は、東京駅等に設置されている、ヤルバーン行き転送ゲートで通学する事になる。

 一般人が利用出来る転送ゲートは設置が少ない為、居住地からの利用が困難な場合は、特例的に自宅=ヤルバーン間の直接転送も認められていた。

 しかし、転送の有効距離は約一千kmなので、沖縄県等、ヤルバーンへの直接転送が出来ない地域もある。

 また、ヤルバーン内の教育施設だけでは近い将来、増え続ける学齢期のティ連系種族へ対応しきれなくなる事が予測された。

 さらに、ティ連系種族と在来日本人の国際結婚が急増しており、生まれて来る子供達への教育に不安を抱える声も徐々に大きくなっていた。

 国や種族によっても異なるが、ティ連市民は長命で成長速度も緩やかな為、初等~中等教育の期間も日本に比べて長期となっている。その為、従来の小中高校で単純に受け入れる事は困難なのだ。

 よって、ティ連系種族の子弟を対象とした学校を整備する事が、多種族国家に変貌しつつある日本の重要な課題となっていた。

 


 まず問題となったのが、日本に於ける6・3・3制との整合性である。

 日本の国公立学校として新設する場合、これに沿う形の小中高校とするのが原則だが、前述の通り、ティ連系種族は教育期間が長い為、その調整が困難である。

 その為、運営については、ヤルバーンにある教育施設の「分校」という扱いになった。

 教員については、基本、ヤルバーンの本校同様に、イゼイラを中心としたティ連各国からの派遣で担われる事になる。日本に移住を希望するティ連の教育者は幾らでもいるので、人材には事欠かない。

 それに加え、日本語や、日本及び地球の歴史・地理、文化を担当する為、日本人教員も多く必要となり、既存の国公立の小中高校教員に対し、転籍が募集された。

 異星人への教育という事で、充分な人数が確保出来るのかという不安もあったが、蓋を開けてみると希望者が殺到した。

 近年の日本では、教員の過重労働が深刻化しており、勤務時間や労働量がきちんと管理されていて超過勤務がないという条件に、魅力を感じる教員が多かったのである。

 只でさえ教員不足が問題となっている状況下で、ベテラン教員が多く引き抜かれてしまう事態に、各自治体の教育委員会は頭を抱えてしまう事となる。

 こうして、各都道府県に、ヤルバーン州運営による、最低一校のティ連系種族向け学校(以下「ヤルバーン校」と略)の設置準備が進められていった。



 各地に設置されるヤルバーン校の共通する特徴としては、いずれも大規模であるという点が挙げられる。近い将来、就学者がかなりの人数になるであろう事を見越しての事だ。

 その為、立地については、従来の外国人学校に多く見られる都心では無く、広い敷地を得られる郊外、さらには僻地が多い。

 ティ連技術導入による合理化で閉鎖された工場、瀬戸内海の無人島、廃業した遊園地やテーマパーク、倒産したゴルフ場等々、所有者が持て余していた大規模な土地が買収され、ヤルバーン校が建設されていった。転送ゲートを使えば、交通アクセスは気にしなくとも良いのである。

 さて、ティ連の学校教育と言っても、各国、そして教育機関によって様々なのだが、ヤルバーン校では、次の様な特色がある。

 遺伝、知能、人格、体躯、家庭環境等といった、個々の資質をAIによって丹念に分析し、一人ずつ教育プログラムを設定する事で、科目毎の習熟度別・少人数教育を施すのである。

 初等教育、日本で言う小学校程度の段階では、殆どが必須科目なのだが、資質に応じた科目別の「達成期待度」が生徒一人一人に設定されている。さらに、成績状況により、それを年次毎に再調整するのだ。

 こうする事で、資質がある科目をより伸ばし、不向きな物でも、及第点程度には仕上げる事が出来るのである。

 ちなみにティ連では、先天的な知的障害や学習障害は医学的な処置で解消する。その為、初等教育段階で、学習内容を全く理解困難な生徒はいない。よって、いわゆる特別支援学級も存在しない。

 日本の公立学校による義務教育では、資質も背景も多種多様な生徒が、同じ様に一つの教室で学ぶ為、個別の対応には大きな制約がある。結果、「落ちこぼれ」「浮きこぼれ」といった問題が発生しているのだが、ヤルバーン校ではAIを駆使した細やかな対応でそれを防いでいるのだ。



 中等教育段階に進む時点で、科目の選択肢が大幅に増える。それまでの成績状況や、保護者及び本人の意向を踏まえ、個別・専門的な内容へと進んで行く。

 この選択は、卒業後どの様な高等学府へ進学するかに直結する。いわば人生の重要な節目だ。学校規模が大きい程、一校の中で科目の柔軟な組み合わせが可能となり、同じ学校でありながら様々な特質を備えた生徒が育つ事になる。

 中等教育の時点で、教育内容によって学校別に分けてしまうと、教育内容の異なる他生徒と接する機会がなくなる分、「横のつながり」が広がらない。

 異なるコースを歩んでいる生徒同士でも、同じ学校であれば、必須科目の授業、あるいはクラブ活動等で接点を持つ機会が生まれる。ティ連では、その様な学校での出会いが、社会全体の連帯感醸成に不可欠と考えられていた。

 但し、ティ連社会でも、地球で言えば米国のミリタリー・スクールの様な専門性の高い初等~中等教育機関や、戦前日本の学習院の様な貴族階級専用の教育施設が存在する国もあったり、教員資格者による家庭内教育という選択が認められる場合もあるので、必ずしもこの様な考え方が絶対と言う訳ではない。

 歩む道の異なる生徒間の連帯を重視するとは言っても、日本の学校の様に「みんな友達」という同調圧力は皆無だ。気の合った者同士が友誼を深め、そりの合わない者とは距離を置きつつ必要最低限の協力は出来る様にするのが基本である。

 いわゆる「いじめ」も発生余地は乏しい。生徒個々の行動は、装着しているPVMCGや校内を巡回する警備アンドロイド、そしてくまなく配置されたモニターカメラによって、通称「偉大なる兄貴」と呼ばれる管理AIが逐一見守っており、問題行動を把握すれば直ちに指導の対象となる。

 さらに、暴力や恐喝といった犯罪行為は、常駐するスクール・ポリス(所属はヤルバーン州軍MPの派遣)や警備アンドロイドによる制圧・拘束が速やかに行われる。

 こういった措置は自動的に学校上層部、そして行政当局に報告され、事なかれ主義による隠蔽工作は困難である。

 管理AIによる、実力行使を躊躇しない見守りを受け続ける事で、悪い事をすればすぐに発覚して捕まるという社会規範意識が、生徒の精神に植え付けられるのである。



 ヤルバーン校の第一陣は、北海道、新潟、宮城、福島、千葉、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫、香川、広島、福岡、長崎、沖縄、熒惑けいこくの各道府県、そして第二日本特別自治体に設置された。

 地球外の新設自治体である熒惑けいこく県と第二日本では、ヤルバーン校とは別に、在来日本人用の小中高校も設置されている。

 やはり新設自治体のレグノス県については、元々、要塞機能の一部として、居住区に軍人・軍属子弟用の学校がある為、そこが引き続き駐留軍管轄下で運用されている。よってヤルバーン校は設置予定がなく、在来日本人用の小中高校のみが新設された。

 また、日本国内のティ連系種族向け学校は、ヤルバーン校以外にも設立の動きがある。

 JF(漁協)とパーミラヘイムの提携による国際結婚斡旋事業の一環として、漁港単位で、新たに生まれてくるパーミラ人の子供達の為、学校を設置する準備が進められているのだ(以下「パーミラ校」と略)。

 パーミラ校は地域密着型の小規模校で、水棲種族であるパーミラ人として、必須科目に海洋教育を含むのが特色である。

 AIを駆使した個別教育プログラムの活用という点ではヤルバーン校と同じだが、スケールメリットについては、全国各地の沿岸部にあるパーミラ校同士で群体の様に連携し、必要に応じて教員・生徒が転送で相互に校舎間を往来する事で実現するという。

 開校すれば、日本ではヤルバーン校と双璧をなす、大規模学校グループとなる事は間違いない。



 日本で増え続けるティ連系種族だが、在来日本人との間で、子供同士が触れあう機会は乏しい。成長期の経齢格差が大きな壁となっているのだ。加えて学校が別々であり、教育期間も倍ほどに違う。

 さらに、日本側の子供達の多くには、ストレスと不満が溜まりつつあった。

 ティ連加盟に併せ、小中高校のカリキュラムが抜本的に見直されたのだが、それはティ連からもたらされた知識を学ぶ為の、教育内容の大幅な増加だった。増加量は「ゆとり教育」廃止時の比ではない。

 少しでも負担を緩和すべく、ヤルバーン校同様にAIの本格導入の準備も進められてはいるのだが、それを扱える教員が圧倒的に不足している。ベテラン教員が大量にヤルバーン校へ転籍してしまった事も響いた。

 国立校や、以前よりティ連からの派遣教員を受け入れているモデル校、独自にティ連から教員を採用している私立校等は、新たなカリキュラムに何とか適応出来ていた。

 一方、大半の公立校では、体制が整わないままにカリキュラム改訂を迎える事となってしまった。

 ティ連からの教員派遣枠を増やしたり、新カリキュラムに対応する養成を受けている新人教員(在来日本人の若者が教職を忌避する近年の事情もあり、半数近くは、日本に帰化を希望するLNIF出身者である)が現場に浸透するには数年を要する。

 旧来の体制のまま、増えた教育内容をこなすには、大幅に授業時間を増やすより他にない。

 一日七~八時限授業、午後を含めた土曜授業の完全復活、夏期休暇の大幅短縮、遠足や運動会、文化祭といった行事の廃止という形で、子供達の負担は格段に重くなっている。

 寿命の短い在来日本人の子供に、ティ連系種族の子供と比べて遜色のない知識を身につけさせるには、相当の無理をしなくてはならないのだ。

 不平を抱く生徒を従わせる為、二十世紀末に学校現場で横行した「管理教育」的な手法を再導入する学校も多かった。

 管理教育といっても、ヤルバーン校の様な合理的・科学的な物ではない。

 忍耐を美徳として尊び、「為せば成る」として闇雲な根性論を掲げ、秩序に従わせる為として理不尽な規則を強要し、反抗は恫喝や体罰で押さえつける。

 表面上はどうにか落ち着く一方、子供達の心に生じた闇は深くなってしまうのだ。

 負担の大きい学校生活を送る在来日本人の子供達も、ヤルバーン校の余裕と充実を両立させた学園生活を、報道を介して目にする事がある。あまりの境遇の違いに、羨望と嫉妬、劣等感を抱く者も少なくない。

 成長速度が速く寿命も短い地球人は、寝る間も惜しんで苦心惨憺しなければ、ティ連の他種族と対等の知識が身につかないという厳しい現実が、子供達の心を蝕んでいくのである。



 原則的に、大学等の高等教育の時点でようやく、在来日本人とティ連系種族の学生は同席する事になる。

 ティ連系種族側が気遣いしている面も大きいのだが、共に学ぶ内に偏見も緩和して、半年も経たない内に双方はなじんで行く。

 また、ティ連の子供達が時間を掛けて習得する基礎教育内容を、強引な速成教育を耐えて短期で身につけた経験は、コンプレックスから転じ、自尊心の形成というプラスに繋がる効果も見られた。

 そして、経齢格差によるハンディキャップを成長期に身を以て体験したという事で、婚姻薬投与によるアンチエイジングを真剣に考える者はかなり多い。結果、将来を踏まえ、異性との交際でティ連系種族を好む様になる者が多いのも、この世代の在来日本人の若者の特徴である。



 一方、厳しい速成教育に耐えた自負は、そこから落ちこぼれた者に対する蔑視を強くするマイナス面としても働く。

 能力の不足によって進学も就職も出来ず、最終的に「就業困難者」としてハイクァーン使用権付与対象になる二十歳人口は、全体の一割五分程度に及ぶ。高卒者を主な募集対象としていたブルーワークが、産業へのティ連技術導入によって激減した為だ。

 国から捨て扶持を与えられて飼い殺しとなった彼等は、同世代の多数派からは全く相手にされない。

 趣味の集まり等に参加しようにも、就業困難者と知れれば「知的水準が低い、銀河連合日本の恥」として敬遠されてしまうのだ。

 その為、多くは澱んだ目で、自室のPC画面に向かって暇を潰す毎日を過ごす。楽しむのは二〇一〇年代初頭までの、ティ連が日本と接触する前に造られた古いコンテンツが多い。新しい物ではティ連の影響が大きく、劣等感に苛まれる彼等には辛いという。

 また、アクティブな一部は街で居場所を求めた末に、与太者として振る舞う様になり、治安悪化の要因として懸念されていた。近年に話題となっている「半グレ」の他、旧世紀に流行した「暴走族」「カラーギャング」も復活し、こういった犯罪性の高い組織が受け皿となっている。

 この様な、落ちこぼれた末に犯罪者と化していく若者に共通するのは、ティ連への憎悪や偏見である。自分達の境遇を、ヤルバーン来訪のせいだと考えているのだ。



 落ちこぼれ発生の原因は、知的障害者の認定を受けられずに知能強化処置の対象から外れてしまっている「ボーダー知性」(定義は諸説あるが、この場合はIQ七〇~八〇台程度)の存在が大きいのだが、新カリキュラムへの体制不備もかなり響いている。

 AI教育導入開始から時間が経つ現在でも、それは完全には解消していない。

 新規養成やティ連からのさらなる派遣で、対応出来る人員は数の上で充足しているのだが、少なからぬ公立校が、AI導入に否定的なのである。

 特に小中学校は、市区町村単位の教育委員会が統括しており、地域行政や現場の裁量に左右される為、この様な傾向が出やすくなる。

 日教組系の左派が強い学校では、「持って生まれた才能で与える教育を変えるのは差別」「能力に恵まれない子を、周囲の子が支えるのも教育の内」という考えが強い。

 逆に、復古調の保守的な気風が強い学校では、「機械に頼ると、生きる力が衰える。日本人の気概を持て」「トーラル・システムに依存して、衰亡の危機に瀕していたティ連の猿真似をして何とするか」等と主張する。

 こういった学校では、PVMCGについても、教育での活用どころか、プライベートも含めて、生徒の所持を禁止する校則を制定している場合が多い。従来から携帯電話やスマートフォンを目の敵にする教育者は少なからずいたが、その延長である。

 加えて、PVMCG所持が法的に認められない外国籍の生徒が多くいる地域の場合、在来日本人生徒との不公平を防ぐ為という事情もあった。

 AIやPVMCGといったティ連技術導入を拒否する公立学校は、現時点においても全体の二割五分に及び、解消の目処はたっていない。

 AI導入拒否校の落ちこぼれ発生率は、AI導入校に比べて相当に高いのだが、彼等は旧弊を「手作り教育」「生命力教育」等と自賛する。それを支持する保護者もいて、学区への転入や越境入学も後を絶たない。

 旧時代の「管理教育」で育った親世代の内、それを是とする者にとっては、教育へのティ連技術導入が腹立たしいのである。「子供の内は苦労するべきだ」と考えているのだ。

 こういった旧守的な親世代……言い換えれば選挙権者……が少なからずいる事で、政府も強硬策を取れずに苦慮しているのが現状である。結果、AI導入校と、導入拒否校との差は開く一方だ。

 底辺職業高校へのハイラ人留学事業(本稿第十一回参照)の開始は、結果として、落ちこぼれた低学力者への救済としても機能しているが、それで対応出来るのは全体の一部に過ぎない。

 学力不足により社会から門前払いを受ける若年層への、さらなる対策が求められている。





文中の「中等教育」は、=中学 ではなく、中学+高校を意味します。

細かく言うと、中学校が前期中等教育、高校が後期中等教育となります。

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