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第十七回 宇宙のヱルフは肉を喰らふ

 日本がティ連へ加盟して以後、既存加盟国から日本へ移住してくる異星人は年々増える一方である。

 彼等は既に、社会の様々な場所に溶け込み、その一員として活動している。その姿は都市部だけでなく、過疎地でも普通に見られる様になった。

 ティ連の自動翻訳技術によって言葉が不自由なく通じる事もあり、日本に住まう異星人が日常に馴染むスピードは、驚く程に早い。

 勿論、文化・慣習の違いから来る、ささいな行き違いやトラブルはどうしても生じてしまうのだが、共存が困難なレベルの物は殆ど無いと言っていい。

 とは言え、彼等と日本人の違いは、単に文化や技術レベルの問題には留まらない。そも、生物種が異なるのである。

 そして、日本に限らず地球では従来から、ホモ・サピエンスとは別種の知的存在を仮定した伝承や創作活動が多い。

 神や悪魔、妖怪、妖精といった物から、異星人、人工知性、果ては突然変異で知性を得た鳥獣に至るまで、そのバリエーションは実に多岐に渡る。地球人の空想力が積み上げた文化資産の一つと言えよう。

 これだけ多いと、中には偶然にも、ティ連で現実に存在する知的種族に酷似した物もあり、それに起因した流言が聞かれる様になった。

 要は、地球側の空想上の知的存在の特徴が、姿形が似たティ連の種族にもあてはまるだろうという憶測だ。

 内容はと言えば〝パーミラ人は人型兵器の模型製作を好む〟〝カイラス人は夜に油をなめる習性がある〟〝ザムル族は宇宙の中心に座する白痴の神の眷属を自認する〟等々、実に珍妙な物が並ぶ。

 大概は冗談の範疇なのだが、鵜呑みにして真顔で信じ込む者も結構いた。特に、元の話を知らずにこういった話を聞くと、真に受けてしまう事が多いのだ。

 例えば〝カイラス人は夜に油をなめる〟というのは、日本の妖怪〝猫又〟の習性が元なのだが、日本国外では〝猫又〟自体を知っている者が少ない為、流言を信じ込んでしまうという訳である。

 結果、静岡市がパーミラ人をターゲットに、地元のプラモデル工場見学へ大量招待を試みるとか、カイラスに対してイタリアの食品メーカーからオリーブオイルの売り込みが殺到するといった、笑い話の様な事も発生した。

 もっとも、誤解に基づくとは言え、殆どが悪意無き行為なので、幸いにも珍騒動という範囲で収まっている。

 従来の地球で語られていた架空の存在と、偶然に似ている現実のティ連諸種族を同一視する一部の風潮は、種族偏見・差別、ひいては国際問題につながりはしないかと、外務省や法務省では神経を尖らせている。

 だが、いくら何でも杞憂ではないのかというのが世間一般の見方の様だ。

 ティ連各国側も、日本を含む地球各国が過剰反応して、ささいな言動や表現に圧力を掛けて欲しくないという旨をそれとなく発しているので、他者にモラルを強要して快感を得る〝人権活動家〟も、この件については目立った動きが無い。



 こういった、想像上の存在と、姿形が似ている現実の異星人を同一視する事から生じる流言の対象として、筆頭に挙げられるのはディスカール人である。

 ディスカール人が初めて地球人の目に触れた際、その容貌が〝エルフ〟に酷似しているという事で大きな話題となった。

 エルフとは、北欧神話を起源とし、北ヨーロッパの民間伝承に登場する一種の妖精である。さらに、伝承を元にして、近現代では多くの著作物に登場する様になった。

 その身体的特徴としては、容姿は人間に似ているが、耳が尖っている点で見分けがつき、不老不死あるいは長寿とされる。

 文化的な面では、森林に住まい弓術に優れ、肉食を忌避するというのが、多くの作品で共通しているエルフの生活だ。

 ディスカール人は外観だけで無く、ティ連の種族の中でも特に長寿という点も一致する為、エルフと同一視する地球人がとても多かったのである。

 他の種族同様に、ディスカール人もまた、日本への移住を希望する者が多くいた。

 その内には日本での職として、芸能人を志す者も少なからずいたのだが、ディスカール人はそのイメージから〝エルフ〟として売り出される事が多かった。

 ファンタジー調の衣装で歌い踊るディスカール系芸能人は、〝なまエルフ〟としてたちまち大人気となる。

 映画やドラマ、演劇でも、ディスカール系芸能人はエルフ役としてのオファーが多く、顔出しの無い声優業ですら同じ状況である。

 彼/彼女達の公演では、外観に反するディスカール人の実年齢の高さから「ババア(ジジイ)結婚してくれ!」という、大勢のファンによる唱和が定着した。

 また、エルフの商品名を冠するトラックやエンジンオイルが昔から存在するが、それらの商品の宣伝にも、エルフに扮したディスカール人の俳優やモデルが起用される様になった。

 こうして、ディスカール人=なまエルフという認識は、芸能を通じて日本のみならず地球全体に波及していく。

 どちらかと言えば好印象の類なので、当事者達も無邪気に喜んでいたのだが、やがて思わぬデメリットが発覚したのである……



 ティ連出身者も日本での生活が長くなれば、仲良くなった現地住民と食事をする機会が増えるのは当然である。

 ディスカール人も然りで、同族同士で集まる機会に、日本の友達とどこの店に行ったという様な話題が出る事もある。

 そんな席の一つで、ある疑念が呈された。

 自分達が日本人から誘われる飲食店の傾向が、妙に偏っているのではないかというのだ。

 サラダバー、フルーツパーラー、甘味処、精進料理、ベジタリアンレストラン…… 

 当初は、誘ってくれる人の嗜好なのかと考えていたが、どうにも不自然な気がする。

 一人の挙げた声に、集まった面々からは〝Me Too〟とばかりに事例が次々と出された。


 職場のバーベキューに、自分を含めディスカール人だけ呼ばれなかった。

 スーパーで肉を買おうとすると、店員から怪訝な顔をされる。

 街角のチラシやティッシュ配りに遭遇しても、肉料理店関連の物は、ディスカール人に渡そうとしない。

 ラーメン店にいったら、自分だけチャーシューを抜きにされた。

 地球人との見合いで、肉が好きと言ったら断られた。相手はヴィーガンで、ディスカール人が肉を食べないと思っていたらしい。

 

 これらの事例から、彼等が導き出した結論は、次の通りである。


 ディスカール人は、地球の空想の産物〝エルフ〟に似ている事でもてはやされていたが、肉食を忌避するという、エルフの食習慣まで同じと考えられているのではないか。

 つまりは地球人(日本人に限らず)の〝誤解に基づく過剰な気遣い〟の結果、自分達は事ある毎に肉を喰いそびれている。


 冗談ではないと、彼等は憤慨した。ディスカール人は、地球人同様に動物性蛋白質、即ち肉を食べるのだ。

 この話題は、日本在住のディスカール出身者全体へ瞬く間に行き渡り、重大な問題として認識されるにいたった。

 誤解をはっきり解いておかねば、この先、日常の食生活にも支障が出かねない。


「ディスカール人にも肉を喰わせろ!」



 ディスカール出身者が問題解決の為、まず取った手段は、目立つ様に肉を食べる事である。

 ドネルケバブやチキンナゲット、フランクフルト、カツサンドといった肉類の軽食を屋台で買い、食べながら街を散策するディスカール人の姿が目立つ様になった。

 肉料理を供する飲食店にも、ディスカール人のグループ客は多く訪れる様になる。

 さらに、その様子をグルメレポートとしてネット上に動画で公開し、ディスカール人が肉を普通に喰う事を、地球人に周知させようと試みたのだ。

 唐揚げ、しゃぶしゃぶ、すき焼き、バーベキュー、ジンギスカン鍋、ねぎま、牛丼、手羽先、味噌カツ、焼き鳥、つくね、ステーキ、ピロシキ、餃子、焼売シューマイ、馬刺し、乞食鴨…… 彼等が食べる肉料理は、実にバリエーションに富んでいた。

 また、グルメレポートにおける彼等の感想や指摘はいずれも独創性があり、視聴者の評判も上々であった。

 こうして、フィクション上のエルフと違い、ディスカール人は肉を食用とするという事実が、地球人に広まっていく事となった。



 ディスカール人の肉食動画が人気となった事に伴い、芸能界ではその風潮を利用しようという動きが出て来た。

 飲食レポーターやフードファイターと言えば、肥満体のお笑い芸人が多かったのだが、肉料理に関しては、細身で美形なディスカール人がとって代わる様になった。

 また、肉料理を出す飲食店や、ハムやソーセージといった加工食品メーカーも、ディスカール人を好んで宣伝に起用する様になる。

 TVやインターネット等のメディアを問わず、肉関連の広告はディスカール人の姿であふれる様になった。

 そんな中、唯一の例外があった。

 焼肉である。

 戦後の食糧難の中、主に朝鮮半島出身者によって闇市で供されたのが、日本に於ける焼肉普及のきっかけとされている。

 その経緯から、焼肉店の経営者は在日韓国/朝鮮人が多いとされ、また、店では焼肉だけで無くクッパ、ビビンバ等の朝鮮料理もメニューにある事が多い。

 そして、世代を経つつある今でも、日本国籍を取得しようとせず、特別永住者の立場に留まっている在日韓国/朝鮮人は少なからずいる。

 理由はと言えば、ルーツへの自尊心、あるいは親族間のしがらみ、帰化は民族への背信行為であるという同調圧力等と様々である。本国から戸籍を取り寄せなければならないという手続き上の問題も無視出来ない。また、かつて日本側の当局が、〝帰化の意思が強固か試す〟として、帰化申請の審査に際し、いわゆる圧迫面接を行っていたという風聞もしばしば聞かれる。

 ディスカールを含むティ連も当然に事情は把握していたが、一局集中外交の方針上、日本で世代を重ねながらも国籍を取得しない、特別永住者の存在を憂慮していた。

 彼等の本国が、親ティ連を標榜するLNIFの加盟国であれば、相応の配慮を行う余地もあっただろう。だが韓国は、日本と係争する竹島の領有を強く主張するあまり、LNIF加盟を拒否され、厄介者として自由主義陣営から放逐されてしまったのだ。

 北朝鮮に関しては言うまでも無い。事実上、社会主義ですらない君主制の独裁国家で、LNIFとは全く相容れない。技術欲しさにティ連へ媚を売る言動を散発する物の、日本に対する敵意は相変わらずむき出しだ。

 現状の彼等は、LNIFに対抗するCJSCA陣営の一員、即ち〝非友好国〟なのである。



 そういう訳で、ディスカール人達は、特別永住者、あるいはニューカマー(特別永住者では無い、近年に日本へ移住した韓国系住民)の経営する焼肉店で飲食し、その様子を衆目に示す事を避けていた。

 万が一にも、ディスカール、あるいはティ連は親韓/朝鮮的、等と政治的に利用されてはたまらないのである。彼等は、ティ連の聖地たる日本と領土問題を抱え、さらには事ある毎に攻撃的な態度を取る〝敵〟なのだ。

 過去の経緯について日本に非があるにせよ、謝罪を繰り返しているにも関わらず、それを攻撃材料として延々と言い立てる国に、好意的になれる筈もない。直接に負い目を感じていない分、かの国に対する感情は、当事者たる日本人より厳しい面がある。

 加えてティ連としても、一局集中外交の対象外とされた、発達過程文明の小国に決して〝舐められる〟訳にはいかない。

 そういった感覚は、ティ連の一員として、在住ディスカール人達の骨身に染み渡っていた。

 とは言え、焼肉店業界からのオファーは押し寄せる一方で、相手の必死さが窺える。また、日本で親しまれる肉料理の代表格の一つである焼肉を、いつまでも無視する訳には行かない。

 ディスカール系芸能人の所属する芸能事務所は、何とかオファーを受けさせる為に、条件を提示した。

 レポートの対象店について事前に調査し、在来の日本人、あるいは日本国籍取得者が経営している店に限るというのである。その条件ならという事で、ディスカール系芸能人達の中には応じる者も出始めた。

 レポートのオファー先は東京の新大久保、もしくは大阪の鶴橋がメインとなる。いずれも韓国/朝鮮人街として名高いが、日本がティ連に加盟して以後、徐々に寂れつつある街だ。

 これらの街を盛り上げていた韓流ドラマやK-POPも、従来からの根強いファンはいる物の、人気は下火となっている。ティ連人気に加え、自動翻訳技術によって地球のあらゆる国からコンテンツが容易に流入してくる様になった事が大きい。

 ニューカマーの多くが査証を更新出来ずに帰国してしまった事もあり、現在、韓国/朝鮮人街に残っているのは、昔ながらの特別永住者と、既に日本国籍を取得した帰化者である。

 その様な状況で起死回生を図る為、何とか、お肉大好きで日本人にも大人気のディスカール人に、焼肉店を取り上げて欲しいというのが、韓国/朝鮮人街の住人達の希望だった。

 条件を確認の上、受けたオファーについては、ディスカール人達は誠実にこなした。

 実際、焼肉は絶品なのである。政治状況はどうあれ、食文化としての焼肉は評価されて然るべき物だ。

 ただ、レポートには必ず、次の様なやり取りが含まれていた。


レポーター「焼肉と言えば韓国ですが、オーナーは日本人なんですよね?」

店主「はい、※年前に国籍を取りました」

レポーター「では、私達ティ連の一員、同胞ですね!」


 つまり、取材対象が帰化者という事を明示し、ティ連市民として、紛議の相手国に与していない旨を暗に強調しているのである。



 ディスカール人による焼肉店のレポート番組がTVやインターネットで流れると、対象となった店には多くの客が詰めかける様になった。

 一方、レポートの対象外とされている特別永住者の店は、客を大量に奪われる事になり、はっきりと明暗が分かれた形となる。

 これは、飲食業従事者のみならず、在日韓国/朝鮮人社会全体にかなりの影響を及ぼした。

 日本に帰化さえすれば、ティ連市民としての権利が認められる様になる。

 参政権は元より、高度な医療が廉価で受けられ、ティ連の既存加盟国への旅行も容易となり、失業すればハイクァーン使用権が得られる。さらに、婚姻薬の投与を受ける資格が出来るので、高価ではあるが費用を払えば、寿命を倍以上に延ばす事が出来るのだ。

 ルーツを理由とした蔑視も、少なくともティ連出身者からは受けないだろう。彼等が韓国/朝鮮人を敬遠するのは、純粋に政治的な理由である。

 単純な損得で言えば、明らかに帰化した方が良い。

 結果的に、ディスカール人による焼肉店のレポート番組は、特別永住者に帰化申請を促すプロパガンダとして大きく作用した。

 だが、ティ連来訪以前から、帰化希望者は徐々に増えている。いまだに考慮していない層は、国籍保持の強い意思を持つ場合が多いのだ。

 彼等にも、長年のしがらみや面子、プライドという物があるので、簡単に割り切れる物ではない。

 しかし、北朝鮮は元より韓国とも関係が決定的に冷却化し、さらにティ連の一局集中外交方針を尊重しなければならない日本で、いつまで特別永住者という立場が認められるかすら不透明だ。

 帰化しても面従腹背で良いではないか、という考え方もある。確かに、特別永住者の帰化については現状、審査基準が緩和されている。しかし帰化第一世代に関しては、残念ながら日本国籍=ティ連市民権とは必ずしもならない。

 日本への愛国心、ティ連への帰属心について、ニューロン検査レベルの厳重極まる審査をクリアしなければ、ティ連市民にのみ許される、一部の権利が認められないのだ。

 具体的に言えば、ティ連既存加盟国へ旅行する際の出国査証発給と、婚姻薬の投与である。

 憲法上の思想・良心の自由に抵触しかねない為、この審査は日本の機関ではなく、出国査証であれば渡航予定先、婚姻薬であれば対象種族の母国によって行われる。

 例えば、帰化者がディスカール人対応の婚姻薬投与を受けようとすれば、在日ディスカール大使館による適格審査があるという訳だ。

 しかも、それらの審査結果は合否に関わりなく、当該国の官報としてインターネット上で氏名が公示される。

 つまり、星外旅行や長生きをしたいが為に、日本への反感を隠して帰化しても、審査で不適格とされれば、その事実が知れ渡って周囲から〝二等〟日本人扱いされかねないのである。

 ちなみに、韓国/朝鮮系ではないが、著名な帰化者として、在イゼイラ大使夫人の田辺タチアナ(旧姓:キセリョワ)氏の例が挙げられる。

 彼女は夫である田辺守氏がイゼイラ大使として着任する際、帯同する為にこの適格審査を受けている。

 CJSCA陣営の双頭の一つであるロシアの元宇宙飛行士という経歴を持つ為、審査結果を危ぶむ声もあったのだが、問題なくクリアした。

 もし、出身国の工作員として活動する意思があれば、審査によって不適格とされていた事は言うまでも無い。



 ディスカール人による、自分達も肉を食べるのだという自己PRは、巡り巡って、日本の抱える在日韓国/朝鮮人問題をクローズアップする結果となった。


 日本に帰化するか。

 母国に永住帰国するか。

 移民を受け入れている第三国へ移住するか。


 特別永住者の苦悩は深まる一方である……


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― 新着の感想 ―
≫誤解をはっきり解いておかねば、この先、日常の食生活にも支障が出かねない。 「ディスカール人にも肉を喰わせろ!」 今回はディスカール人にクローズアップした話であるが括弧の中に入るティ連の種族の叫びは…
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