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第十六回 異星の民は神社にあこがれる

 盛大に行われた柏木真人/フェルフェリア・ナァカァラ両氏の結婚式は、地球は元より、ティ連各国にも中継され、数千億もの人々が注視する事となった。

 数多あるティ連加盟国の内でも、特に超大国として畏怖されるイゼイラと、ティ連が聖地として位置付ける日本との結び付きが決定的になった事を象徴するこのイベントが、途方もない政治的なインパクトを与えた事は言うまでもない。

 式場となった伊勢神宮もまた、日本皇室の祖を祀る神殿という事で、ティ連市民の注目の的となった。

 作法等はあるが、神道は経典や具体的な教義の類いがない土俗信仰であり、また、神話の無謬性を主張する信者も、現在では殆どない。

 一方、国外で広く信仰されている〝造物主へ従属せよ〟と説く様な宗教は、ティ連から見れば危険思想ですらある。

 柏木夫妻の結婚式には、世界の主要宗教の指導者も招待されてはいた。無論、招かれたのは他宗教を尊重出来る様な穏健派ばかりだ。

 しかし「造物主」が実在し、姿を表したとしたら、どの様な反応を示すだろうか。ティ連はその可能性を、現実に起こり得る事として想定している。

 その点、多くの日本人が無宗教を自認しつつも、伝統様式・慣習として日常に定着している神道の現状は、ティ連にとって好ましかった。



 程なく、敬愛する女帝と同じ会場で自分も結婚式を挙げてみたいと、少なからぬティ連市民があこがれを抱く様になり、実際に問い合わせる者も出始めた。

 残念な事に、伊勢神宮では一般人の挙式その物は受け付けていない。

 他の神社で式を挙げた後、伊勢神宮の内宮に参拝して、神楽殿での巫女の神楽を奉納する事で、二人が結婚した旨を天照大神に報告するという形式をとる。

 この場合、挙式は内宮近くの猿田彦神社で行うのが一般的だ。

 結果、結婚式を挙げたいという申し込みがティ連から殺到した猿田彦神社は、嬉しい悲鳴を挙げる事になった。

 だが、広大なティ連からの需要は、到底受けきれる物ではない。

 ティ連市民は日本の曜日や日柄には拘らない為、土・日・祝、及び大安は国内からの申し込みを優先し、ティ連からの申し込みはそれ以外の日に誘導する様にしたのだが、それでもキャパシティには限界がある。

 結果、ティ連からの受付は宝くじ並の抽選となってしまい、多くの者を落胆させる事となった。



 結婚式場としての神社へのティ連市民の関心は、伊勢神宮(と猿田彦神社)にばかり向けられていたが、結婚式を挙げられる神社は、社格の高い別表神社から、田舎の鎮守様に至るまで全国に数多ある。

 結婚式を手がけている各神社は、伊勢以外にも目を向けて欲しいと、日本で結婚式を挙げる事を夢見るティ連のカップルに対し、自らの由来や施設の特徴、そして周辺の観光名所等を交え、積極的にPRを行った。

 三種の神器の一つ・天叢雲剣を祀る熱田神宮、長大な階段の果てにある金比羅宮、海上に鳥居が生える厳島神社、戦没した軍人・軍属を祀る靖国神社や各地の護国神社、安産祈願で知られる大縣神社等、個性が強い神社は多い。

 また、徳川家康を祀る東照宮、明治天皇を祀る明治神宮など、著名な実在人物を祭神とする神社もある。

 各神社の熱心なPRは、あまりの倍率の厳しさから伊勢での挙式をあきらめかけていたティ連市民の関心をひく様になる。

 結果、全国各地の神社では、ティ連市民の結婚式が多く見られる様になった。

 前述の様に、日本に在住していないティ連市民の結婚式は、地元住民に配慮して土・日・祝や大安を避ける事が多い為、件数としては日本人の結婚式よりも遙かに多くなっている。

 ハワイやグァムの教会で結婚式をあげる日本人カップルが珍しくなかった様に、日本の神社での結婚式は、ティ連市民の間でごく普通の選択肢としてすっかり定着していった。

 日本に於ける非婚化の流れにあって、結婚式需要の低迷に悩んでいた神社は、異星から訪れるカップルによって活性化した。



 柏木夫妻の結婚に端を発し、ティ連で発生した日本の神社での結婚式ブームだが、当の日本人の婚姻率には全く寄与していなかった。

 1990年代頃より日本で進行している晩婚/非婚化は様々な要因が指摘されているが、大きな物としてバブル崩壊以後の景気低迷による雇用の不安定化や、所得水準の悪化が挙げられる。

 適齢期の若者が、所帯を構えるに足る収入を得るのが難しければ、独身を通すのも必然だろう。生活に先立つ物は、まずカネなのだ。

 さらにティ連の来訪、そして日本のティ連加盟により導入された異星のオーバーテクノロジーによる省人化の進行で、労働需要は大きく減った。結果、リストラによる解雇で失職者が続出する事となった。

 勿論、政府も無策では無い。ティ連技術導入の影響を被って失業した者に対し、補償としてティ連の既存加盟国同様のハイクァーン使用権を付与する決断を下したのである。

 だが、失業者の生活を保障すれば済む訳ではなかった。

 ハイクァーン使用権で食うに不自由がなくても、働き盛りが無職だと、特に男性の場合、日本では社会信用度が下がってしまう。海外では、一山当てて早期リタイヤする若者が普通にいたりするので、この点が良くも悪くも従来からの日本社会の風潮である。

 一方、有職者の方も、決して安定した状況ではない。

 労働需要の減退によって、給与水準はさらなる低迷が続いている為、一般労働者の生活は相変わらず苦しいのである。

 しかし、ハイクァーン使用権付与は、あくまで「望まない」失業に対する補償の為、自己都合退職では得られない。

 そんな状態で「失業者の方が、ゆとりある生活が出来るのは許せない」と考える者も多く現れた。

 失業者へのハイクァーン使用権付与に反対する、抗議集会や街道デモが、主要都市の週末でよく行われる様になり、自ら声を挙げずとも共感を覚える者は少なからずいた。

 これではとても、結婚ブームとはほど遠い。



 その様な訳で、各神社の結婚式は、土・日・祝及び大安は、日本人からの申し込みを優先するのが慣例となっていたが、その利用状況はあいかわらず芳しくなかった。

 神道界は、言うまでも無く保守層の地盤である。男女が婚姻によって新たな家庭を築き、次世代を産み育てる事こそが、国の基本と考えていた。

 だが、ハイクァーン経済への移行に対する政府の慎重な姿勢が、次代の形成にかえってマイナスとなってしまっている。

 そんな中、とある離島で、四~五十代の漁業従事者男性と、パーミラ人女性の集団結婚式が大きく報じられた(本稿第三回参照)。

 日本にパーミラ人居留地を築きたいパーミラヘイム政府と、離島振興や年金問題、少子化対策等の諸問題を解決したい日本の一部省庁、そしてJF(漁協)が組んで、試験的に、過疎に悩む離島の漁村で、国際結婚の斡旋を行ったのだ。

 式は神道式で、漁業の守護者たる蛭子ゑびす神を祀る島の神社でしめやかに行われた。常駐の神主がなく普段は村で共同管理しているのだが、異星との合同式典という事でもあり、格式にふさわしく、蛭子信仰の中核である兵庫の西宮神社から神職が派遣された。

 このイベントは、神道関係者にとっては目から鱗が落ちた様な物だった。

 日本の婚姻率低下を嘆く神道関係者だが、対策として異星との国際結婚を推進しようという発想がこれまで浮かばなかったのである。

 そもそも、ティ連のカップルが日本の神社で結婚式を挙げる様になったのは、柏木夫妻の結婚がきっかけなのだから、実に奇妙な事だ。

 もしかすると、民族宗教の神職である彼等の多くは、同民族同士が結ばれる事が理想であると、無意識下で決めつけていたのかも知れない。

 しかし、婚姻率向上に寄与するならば、選択肢の一つとして提供すべきではないかという意見が出始めた事から、神道界は、ティ連系種族との国際結婚斡旋を検討した。

 元々、挙式を執り行う神社の内には、結婚相談所を運営している処もあるので、ある程度のノウハウはある。これまでティ連市民同士の挙式を多く手がけた事から、各国とのパイプも出来ていた。

 生来の権利としてハイクァーン使用権を持つティ連市民なら、日本の失業者や低所得者に対する偏見がないであろう。パーミラヘイムは水棲種族という生態上、漁村に特化して働きかけている様なので、他のティ連加盟国については、神道界から国際結婚を紹介出来ない物であろうか。

 リサーチしてみると、パーミラヘイムの試みを知った事で、他国でも日本人との結婚を考慮し始めたティ連市民は結構な数に上る様だ。

 また各国共、結婚斡旋を目的とした団体は多く存在するので、神道界がそういった団体にコンタクトし、タイアップを持ちかけると、話はスムーズに進んだ。各国政府も支援するという。

 ティ連もまた、文明の行き詰まり感による将来不安から婚姻率・出生率の低下に悩んでいた。それが、ヤルマルティア探索の成功と、その後の日本との良好な関係によってムードは好転しつつある。当の日本から、通婚促進の働きかけがあれば大歓迎だ。

 パーミラヘイムが具体的な行動を取った事で、後に続けという訳である。

 こうして、ティ連各国の主要な結婚斡旋団体は、それぞれの政府から後援を得て、神道界が新たに設立した異星間結婚相談所とタイアップした。



 神道界が日本側の当初のターゲットとして考えたのは、三十代後半から五十代の、婚期を逃してしまった中高年層である。この年代は、バブル崩壊の影響によって苦しみ続けている者が多い。

 従来の日本なら、年齢だけで、結婚相談所では難しい顔をされてしまうところだが、長命なティ連市民なら問題ない。日本人側の老化や余命差も、彼等の医学で解決出来るのだ。

 ティ連市民は全員が基本的な権利としてハイクァーン使用権がある為、相手の収入が低くとも関係が無い。それどころか、ティ連では有職者はエリートの部類で、大半の市民は無業の高等遊民状態だ。

 容姿が劣る事が気になるなら、美容整形も容易だ。ティ連では普及している技術なので、それを受けた事で揶揄や批判はまず受けない。従来の日本で言えば、せいぜい歯列矯正程度の感覚である。

 無精子症、ターナー症候群等の不妊症もティ連の医学なら完治可能だ。更年期に入って妊娠機能を失ってしまっている場合も然り。もし自然出産を望まないなら、人工子宮によって体外で胎児を育成する手段もある。

 そも、日本はティ連にとって「聖地」である。その地に住まう種族というだけで、ティ連から見れば魅力だった。

 つまり、日本で縁組のハードルと考えられている物の大半は、ティ連ではノー・プロブレムだ。必要な物は、伴侶を得て家庭を築きたいという「意思」だけである。



 準備が整った処で、神道界は「異星間結婚相談所」の告知を始め、登録者の募集を開始した。

 インターネットでサイトも用意したが、最も重視されたのは町内会の回覧板である。

 ターゲット層は主にインターネット広告で「異星間結婚相談所」を知ったのだが、当初の反応は今一つだった。「収入・職歴等一切不問、対象年齢三十五歳以上~上限無し、登録料・手数料不要」とうたってある事から「話がうますぎる、何かあるのでは」と怪しむ者が多かったのである。

 だが、回覧板を見た年配者の反応は良好だった。昔ながらのアナクロな手段で、地元の神社による告知となれば、年寄りの信用度は高いのだ。

 ターゲット層本人よりも、いい歳をして結婚しないままの我が子を心配した老親がせかす形で、登録者が徐々に出始めた。

 日本側の希望者はまずサイトで登録後、オンラインで面談に応じ、AIによる分析や身辺調査を承諾すれば、一週間程度でマッチングの可能性が高い相手が複数紹介されてくる。

 何しろ、ティ連の人口は数千億で、母数が日本とは比べ物にならない。その為、日本側からは、かなり細かい要望をつけても相手が見つかる可能性が高かった。

 もっとも、日本人なら誰もがOKという訳でもない。分析や調査の結果、不適格と判断される者もある程度はいた。

 まず、離婚歴がある場合は、その経緯について厳重にチェックされる。死別再婚の場合も、連れ子がいればそちらも調査・面談の対象となる。

 犯罪歴は内容や程度にもよるが、直接の被害者を伴う故意犯はまずアウトだ。

 神道界が運営母体なので該当する登録者はほとんどいないが、前述の事情で、宗教の熱心な信者も厳しい。

 また「仕事一筋で家庭を顧みない」「高圧的に相手を支配しようとする」といった様に、家庭生活維持の上で人格に問題があると判断された場合、精神医療による人格改善、悪い言い方をすれば事実上の「洗脳」を勧告され、それが結婚紹介の条件になったりする。

 ともあれ、ティ連側の登録者の広さと優秀なAIによって、紹介を受けた日本人登録者の成婚率は九割五分以上と高い。その評判を受けて、新たな登録者は徐々に増えていった。

 日本人は自己肯定感の低い者が多い。一方、労働で生活費を稼ぐ必要が無いティ連市民は、自己の存在理由を求める者が多い。

 そこに、いわば共依存的な関係、割れ鍋に綴じ蓋となる素地があった。

 情けない自分を受容してくれる相手が欲しい日本人と、誰かに必要とされたいティ連市民。細かな好みをマッチングさせてやれば、強固に結びついたカップルが成立しやすい面がある。

 勿論、これは典型的な気性であって、該当しない者も少なからずいるのだが、世間一般のステレオタイプとしてはその様に認識される様になった。

 神道界が始めた、ティ連市民との国際結婚紹介事業により、日本の生涯未婚率は大幅に低下する事となった。

 ロストジェネレーション世代の生活安定、そして少子・高齢化対策という二つの国家的課題に解決が見えたのだ。



 相手方種族の内訳だが、筆頭はやはりイゼイラ人である。

 次点はディスカール人。ファンタジー作品に登場する「エルフ」に酷似していると言われている彼等だが、人気が高いのはファンタジー好きがリアルエルフ嫁/婿を欲しがったから、という訳ではない。それ以前の問題として、耳部以外は地球人に外観が近い為である。

 次々点は、種族としてはイゼイラ人と同族のサムゼイラ人となる。

 パーミラ人については、JFの別事業が先行しているので、神道系の紹介所経由はそれ程多くないが、日本人との婚姻を理由とした移住全体としてみると、一気に二位へ浮上する。

 これで全体の八割程を占め、残りは殆どがヒューマノイド系の中小国家出身者だ。やはり結婚となると、地球人と容貌が離れた、デミヒューマン系の人気は今一つとなってしまう。

 ダストール人はヒューマノイド系なのだが、独特の淡泊な口調と、やや大袈裟なジェスチャーに日本人はひきがちで、所帯を持つ相手として望む人は多くない。あえて言うと、ダストール総統の令嬢が幹部自衛官と結婚したという先例から、自衛隊関係者に限っては人気が高い様ではある。

 生活していく中で知り合い、気のあった相手ならば、種族がどうこうという事も少ないのかも知れない。だが、結婚相談所で要望を述べて登録すると、どうしてもこの様な傾向が出る。

 しかし、年月を経て、デミヒューマン系種族に日本人が馴染んでいく事で、ある程度は緩和されるだろうとも思われた。



 ティ連市民と結婚した日本人は、相手方国籍の付与対象になり、ハイクァーン使用権もついてくる。その為、異星の伴侶を得た者は男女を問わず、次々と寿退職していった。

 ティ連では、労働は生活費を得る為では無く、自己実現の為に行う物だ。冷遇に耐えてまで、やりがいに乏しい職場にしがみつく必要はないと、配偶者に促されるのである。


「ハイクァーンがあるのだから我慢しなくていい、これからは一緒に愉しく生きましょう」


 新妻/夫からこう優しく言われれば、大抵の者は感涙にむせんで従ってしまう。

 また、ティ連来訪以前から、日本人労働者の職場への忠誠心は、先進国有数の低さである。

 終身雇用が崩れ賃金も上がらない状況で、士気旺盛な「モーレツ社員」「企業戦士」の次世代は、解雇に脅えながら鞭打たれて働く「社畜」と化していた。きっかけさえあれば、リタイアする者が続出するのも当然である。

 当初は整理解雇の手間がはぶけたと喜んでいた企業側も、その数の余りの多さ、そして業務に必要な基幹人材までもが櫛の歯が欠ける様に去って行く状況に至り、ようやく危機感を抱き始めた。

 日本人同士の既婚者は退職していく事はないのだが、過度の退職者数で業務の負担が増す事になった彼等の不満はたまる一方だ。

 パワーハラスメントやサービス残業の強要といった不当行為は、証拠と共に容赦なく当局へ告発、あるいはインターネット上で暴露される様になっていった。

「職場が潰れれば労働者も共倒れになる」というのは過去の話である。いっそ潰れてくれれば、労働者は非自発的失業者としてハイクァーン使用権を得られるという物だ。

 大量の告発に対応しきれない労働基準監督署は、一罰百戒を狙い、悪質な企業を次々と摘発した。マスコミのカメラが向けられる中、連日の様に、経営幹部が手錠を掛けられて逮捕・連行されて行く。中には上場企業も多く含まれていた。

 従来であれば労働法違反は在宅起訴が基本だが、世論の溜飲を下げ、労働意欲の崩壊を食い止める為のスケープゴートにされたのだ。

 ここに来てようやく産業界も腹をくくり、賃金は大きく上昇し、ティ連技術の経済的恩恵が一般労働者へも届く様になった。

 それに耐えられない企業は、良くて好調な他社による買収・合併、悪ければ廃業・倒産という形で淘汰されていく。政府もそれを容認し、むしろ産業界の再編がスムーズに行われる様に動いた。

 働きがいがあり、かつ手厚く報いてくれる様な職場で無ければ、ハイクァーンとの併存に耐えられないのである。

 こうして、失業者へのハイクァーン使用権付与を巡る大衆間の哀しき対立は、企業へと矛先を変えた後、徐々に収まっていった。

 現在でも、先鋭化した一部は相変わらず、失業者へのハイクァーン使用権付与に反対する街道デモや集会を繰り返しているのだが、以前の様に支持される事は少なくなった。



 産業界は、労働者への待遇改善と同時に、人材採用についても見直す様になった。

 AIへの置き換えが困難な分野については、日本への永住を希望する、地球の他国からの留学生を積極的に新卒採用する事にしたのである。

 少なくとも日本国籍を得るまでの間、彼等は職場へ忠実に働くであろう。日本人の職場への帰属意識は、もはや無条件に期待出来る物ではない。

 日本政府もまた、婚姻率が上昇したからといって、少子化対策としての海外移民受け入れ方針を撤回する事はなかった。

 地球人一般に広く、ティ連の一員になる門戸を開くには、日本が永住・帰化を受け入れるのが唯一の方法である。

 火星に第二地球と、かつての朝鮮・台湾どころでは無い広大な領土を手にした日本だが、現在の人口ではそれを持て余してしまうという事情もある。住む国民が乏しければ、折角の新領土も宝の持ち腐れになってしまう。

 だからといって、無秩序に受け入れる訳にはいかない。まずは日本に貢献する意思と態度を見せる事が重要であり、産業界はその受け皿となる事が期待された。

 もっとも労働査証は無制限に発給される訳ではないので、産業界も、新規採用を外国人ばかりにする訳にはいかない。

 また、テクノロジー流出規制の関係上、技術者については日本人、もしくはティ連出身者をあてる必要がある。そういった分野の報酬は必然的に、欧米先進国を越える高給となっていった。



 日本に留学し、そのまま定住・帰化を希望する外国人もまた、神社に親しむ者が多い。

 皇室が中心となった事実上の国教である神道を受け入れる事で、日本に馴染む姿勢を見せているのである。

 正月の初詣、祭礼への参加、交通安全祈願等々、帰化希望者の多くは、よく神社へと足を運ぶ。といって、信心深い訳ではなく、むしろ逆である。

 彼等の多くは、異星文明の存在が明らかになった事から、従来の宗教に疑問を抱えている。

 只でさえ、従来の主要宗教では近年、高位聖職者の醜聞が暴露されたり、過激派によるテロが発生したりしている。そこまで行かずとも、戒律を振りかざして人々の自由を縛ろうとする「敬虔な信者」が跋扈する国が少なくないのだ。

 対して、儀礼として形骸化している神道に、形式的な敬意を示す事については、信仰心の尽き果てた彼等にも抵抗が薄かった。

 出身地の信仰と決別し、また、日本人として積極的に同化するには、神社参拝はとても気軽な手段なのである。

 彼等の真意を感じつつも、神社は異邦の若者を歓迎している。

 日本の神社は間口が広い。信心がなくとも、来てくれるなら大いに結構なのだ。

 ティ連市民に加え、地球の他国出身者も多く訪れる様になった神社は、恒星間文明の一員となった日本に於いても、重要な文化として生き続けるだろう……


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