第十五回 そして、戦いに疲れし駒は天へと召される
馬。
四足歩行する大型の草食哺乳類で、地球では古くから乗用や荷役、食用等の用途で飼育されている家畜である。
ティ連市民の多くが馬を認識したのは、ヤルバーンのヴェルデオ司令が、大使としての信任状捧呈式に臨んだ際に乗り込んだ馬車、そしてそれに従う警護の騎馬の映像である。
日本人から見ても浪漫あふれる古風なスタイルなのだが、ティ連市民にとってはまさに神秘的で、伝説の再現であるかの様な光景だったという。
日本のティ連加盟以後、一般のティ連市民の入国が容易となった事で、多くの観光客が訪れる様になったのだが、彼等の中には、馬が目当ての者も少なからずいた。
勿論、現代日本では馬の用途は限られており、市中でなかなか見られる物ではない。
その為、現在でも馬に親しめる観光牧場や乗馬クラブが、ティ連からの観光客で賑わう様になった。
また、都市圏で馬を普段から手軽に見られる場所といえば、競馬場である。しかし、中央・地方を問わず、競馬界は当初、ティ連観光客への積極的なPRは行っていなかった。
言うまでも無く、競馬は単なるレース競技でなく、ギャンブルとして開催されている。その為、ハイクァーン経済下のティ連市民が訪れても、彼等は射幸心が薄い為、収入には結びつきにくいのではないかと考えられていたのだ。
しかし、誘致するまでもなく、ティ連観光客は競馬場へも多く足を運ぶ様になり、また、馬券の売り上げも大きく伸びる事となった。
日本入国開放の初期に於いては、ハイクァーン使用権と日本円との交換ルールが定まっていなかった為、入国するティ連市民には日本円が支給されていた。そこで、帰国間近の観光客の一部が、余った日本円を馬券に投じる様になったのである。
ティ連市民が多く訪れる様になった事で、競馬場は大いに盛り上がったのだが、問題も浮上した。
競馬は純然たる競技ではなくギャンブル目的で開催されている以上、従来客には、すさんだ層も少なからず存在する。普段から競馬場に入り浸り、なけなしの金をつぎ込んで一攫千金を狙う無職者や低所得層だ。中には、ギャンブル依存症を病み、家庭が崩壊している者も少なくない。
彼等に高利で資金を貸し付けるヤミ金や、高オッズやツケ払いを売りとして、不法に賭けを受けるノミ屋といった違法業者もうごめいている。
この様な日本の恥部をティ連市民の目に触れさせない様、政府の意向を受けた治安当局は浄化作戦に乗り出した。
違法業者の摘発や、家族の申し入れによるギャンブル依存症患者の入場制限という方策は一定の成果をあげ、競馬場の雰囲気はある程度向上した。
しかし、入り浸るギャンブル狂を完全排除するには至らず、競馬場を訪れたティ連市民はこういった層を認識し、積極的に接触する様になる。
競馬新聞を手にレース結果を予想し、酎ハイやビールを呑みながら怒号を挙げる彼等の楽しみ方は、ティ連市民にとって非常に新鮮だった。
宇宙船やコミューター等を使用したレース競技はティ連にもあるのだが、競馬の観客の熱狂ぶりは、金銭がかかっている為に独特で異様な物がある。中でもその特徴が際立っているのが、昔ながらのギャンブル狂達が陣取っている席だ。
競馬ゴロ達は当初、自分達の定席に混ざって来た異星人達を胡散臭げに見ていたが、徐々に受け入れていく。
財布の心配がないティ連市民は、酒やつまみを気前よく奢るというのが大きい。また、競馬に関する知識を聞いてくる異星人に、ギャンブル狂達は得意げに解説する事で、優越感を満たす事が出来た。
加えてティ連市民は、競馬場にたむろするギャンブル狂を一方的に見下す様な事をしなかった。彼等にしてみれば、愉快だが他に居場所のない、気の毒な身の上のおっちゃん/おばちゃんなのである。
こういった交流は、ギャンブルに溺れる底辺層の存在について、ティ連側が認識を深めるきっかけの一つともなった。
結果、彼等の生活状況を改善すべく、多くのティ連市民がボランティアを志願して日本を訪れる様になる。
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ティ連加盟から一年程たち、異星からの観光客の姿がすっかり日本で馴染んだ頃。
日本政府では「ティ連系種族の、日本でのスポーツ参加のあり方」が議論の対象になり始めていた。
体の仕組みが異なる異種族が、地球人に混ざって公平にスポーツをするのは難しい。だが、交流推進の一環として、大幅なルール改正をせずとも種族が混在して参加出来る競技がない物だろうかと、政府は検討を重ねていく。
結果、浮上した競技の一つとして、ティ連市民の間で人気が出始めた競馬が挙げられた。選手は騎乗し、直接走るのは馬なので大丈夫ではないかという訳だ。
また、TVやインターネットで中継されているプロスポーツの為、大きく世間一般に露出しているのも、多種族共生社会のPRとしても都合が良い。
丁度、ティ連市民の競馬ファンの間からも、騎手に応募したいという声が出始めていた為、政府は農林水産省を通じ、日本中央競馬会(JRA)、及び地方競馬全国協会(NAR)に打診した。
両団体による検討の結果、特別扱いはしないが受け入れ可能という事になった。異星人の受け入れは、話題性として競馬界にも大きなメリットと考えられたのである。
ティ連に向けて、騎手、厩務員、及び調教師の候補募集が広報されると、待ちかねていた希望者が殺到した。機械翻訳禁止での日本語による試験が、日本人を優遇する事実上のハンデとされたが、ティ連からの志願者の数は殺人的に多く、しかも日本語をきちんと習得した者ばかりだ。試験の競争倍率は三百倍以上の超難関と化した。
結果、受け入れ初回の試験合格者は過半がティ連出身者となり、次年度からは「地球系日本人」優先合格枠を設定する事となってしまった。差別の様だが、試験を自由競争に任せ、騎手が異星人ばかりになってしまうのも、興行的には好ましくないという判断である。
例外は、NAR傘下ではある物の、その特異性から独自に騎手養成を行っている、帯広のばんえい競馬である。
そりを牽かせて競争するという、プロ競馬としては世界唯一のユニークな競技なのだが、長引く低迷で経営状態が厳しい。
その為、ばんえい競馬はティ連系種族の積極受け入れを起死回生策と位置付け、新規採用に当たって地球系日本人枠をあえて設定しなかったのである。
ハイクァーン使用権のあるティ連出身者なら、賞金の低さによる騎手の低収入も問題になりにくい。また、体格的に通常の騎手として不向きな種族も、ばんえい競馬なら受け入れ易いのだ。
ばんえい競馬にはザムル族の騎手志願者が特に多く集まり、彼等の母国からも注目されるに至った。
養成過程を終えてデビューしたティ連出身騎手達はいずれも、祖国の看板を背負っている事を自負しており、振る舞いは上品な物だった。ティ連系種族に共通する人相の良さも相まって、特に若年層の競馬ファンからは好評である。
ティ連系種族が騎手に加わった事で、競馬人気はますます盛り上がり、国内ファンやティ連からの観光客だけでなく、地球各国からの観光客も、多く競馬場を訪れる様になった。
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ティ連系種族の参加によって日本の競馬人気がさらに上昇する中、先に述べたギャンブル依存とは別の、旧来からある深刻な問題がクローズアップされ始めた。
引退した競走馬の処遇である。
競走馬は毎年、数千頭程が誕生すると言われているが、実にその九割以上が寿命を全う出来ずに殺処分されているのだ。
馬の飼育には多額の費用がかかる為、優秀な成績を残し、繁殖用としての価値を認められたごく一部以外は、最終的に処分される運命にある。
無論、従来から問題視されてはいて、乗馬クラブに譲渡する等して寿命を全う出来る様に活動している団体もあったりするが、数が追いついていないのが実情なのだ。
ティ連にこの問題が知られる様になると、解決策を兼ね、引き取り先として自国内に乗馬クラブを設立出来ないかという提案が、ティ連各国の有志から提起される様になる。
何しろ、ティ連は全体の人口が数千億もいる巨大な星間国家連合であり、年間一万頭足らずの引退馬を引き取るには充分な需要が見込まれた。
JRA、NAR共、譲渡先が増えれば殺処分を抑制出来る為、引退馬の星外輸出には乗り気だった。
この様な経緯で、ティ連では趣味としての乗馬が広まって行った。
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ティ連での乗馬普及は、レジャーや動物愛護という側面ばかりではない。
テロあるいは武力侵攻を受けた際の備えとして、馬が着目されたのである。
ガーグ・デーラと呼ばれる未知の武装勢力との慢性的な戦闘が続くティ連では、あらゆる危機の可能性に備えねばならぬという警戒心があった。
もし、未知の技術によって、ティ連の誇るトーラル技術の産物が広範囲に無力化されたらどうなってしまうか……
また、トーラル・システムは元々、未知の文明が開発したオーバーテクノロジーなのだが、開発者によって非常用のバックドアが仕掛けられているのではないかという疑念が存在する。
未だバックドアの存在は証明されていないが、もし本当に存在し、かつ密かにそれを探り当てた者がいれば、トーラル文明圏の生殺与奪を握るに等しい。これが、日本がハイクァーン経済への全面移行に慎重な理由の一つでもある。
そこで、前近代的ではあるが、トーラル文明の利器を封じられた場合でも、最低限の交通・通信の手段を確保する為、地球での運用実績がある馬を、レジャー用として飼育するというのは妙案だった。
さらには、馬肉は食用にも適している為、ハイクァーンでの食料造成がままならなくなった場合の「非常食」とも位置付けられた。
行政として乗馬普及を積極支援する為の「方便」としてとらえる市民も多かったのだが、ティ連各国の政府、特に国防関係筋は本気で、非常事態に際しての乗用馬活用プログラムを整備していた。
さらに、非常食とするには、普段から馬肉に親しんで貰わねばならぬという事で、ティ連でもすっかり普及した和食店では、馬肉料理をメニューに加える事が推奨された。
勿論、ティ連の和食店で出される馬肉は屠畜によらず、ハイクァーン造成された物である。食べ慣れる事こそが重要なのだ。
地球産の乗用家畜として、馬にすっかり親しみを感じていたティ連市民達だが、それはそれとして、馬刺しやすき焼きといった馬肉料理にも舌鼓を打つ様になって行く。
ティ連に渡り、市民に親しまれて余生を送る元競走馬達が「非常食」として活用される日は、果たして来るのだろうか……
「馬は旨い」という駄洒落を入れようかと思いましたが、流石にたわけなのでやめましたw




