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第十三回 ティ連書生気質

 日本に就職や留学を希望するティ連市民の受け入れを開始した当初、住居に関しては、所属先によって寮や社宅が提供・斡旋されるのが原則であった。

 寮や社宅では、各種族の特性や生活習慣が配慮されているので、入居者は不自由なく本国同様の生活を送る事が出来る。

 一方で、日本の一般家庭で同居する、いわゆるホームステイを希望する声も少なからずあった。日本で学んだり働くだけではなく、現地人の家庭生活を味わいたいというのである。

 ホームステイについては、ティ連の既存加盟国間でもごく普通に行われており、相互交流の一環として、各国には公的な斡旋団体も存在する。

 だが、ティ連市民をホームステイで受け入れる事について、日本政府は慎重だった。

 一般家庭でティ連市民を受け入れる事に際し、不測の事態が生じないか、サポート体制は万全かという不安の声が、外務省で強かった為である。何かあれば外交問題に発展しかねない。

 とは言え、いずれはホームステイ形態での居住受け入れも考えなければならないだろう。

 そこで、あくまで非公式な物として、若干のホストファミリーが斡旋される事になった。

 求められる条件としては、・知的水準が高く ・経済的に余裕があり ・家庭が安定している事 がおおよその基準となる。住まわせたティ連市民のハイクァーン使用権を、ホストファミリーがあてにする様では困るのだ。

 対象は、まずは留学生に限る事とした。社会人については、住居を用意するのは就業先の役割と考えられた為である。

 また、大都市圏では留学生向けの公営住宅やシェアハウスの整備が急ピッチで進められていた(本稿第九回参照)ので、そういった施設が充実していない、過疎県の地方都市にある大学を留学先に選んだ者の居住先を補完する事も、制度の目的の一つとして位置付けられた。

 検討の結果、浮上して来たホストファミリー候補は、地方の中小企業経営者が主体であった。

 ティ連技術の導入による産業構造の急激な変化で、少なからぬ企業が、経営破綻に至る前に政府主導で廃業・清算の道を選んでいた。しかし、堅調な経営を維持する、あるいは時流に乗って好調な企業も多くあったのだ。

 時代の激変に耐え、経営状態が良好な企業経営者であれば、条件をクリア出来る者が多い。

 地方の保守系政治家の後援会はこういった、ティ連加盟で利を得た中小企業経営者の発言力が強くなっており、その中から「うちにティ連の若い者を〝書生〟として住まわせてみたい」と、支援しているセンセイに依頼する者が結構いたのである。

 戦前、貧しい学生を〝書生〟として下宿させて面倒を見るのは、富裕層のステータスであり、また、人脈形成への投資でもあった。

 敗戦を経て、その様な旧き良き習慣は廃れて久しかった。しかし、新時代に向けて、ティ連の若者を書生として囲い込んではどうかという思惑が、保守的な有力者の一部から湧き上がっていたのだ。

 将来を見据え、宇宙への架け橋たるティ連系学生とパイプを造っておけば、何かと有益であろうという打算。加えて、周囲に自慢も出来る。

 しかし、非公式とはいえ、政治家の口利きという事では色々と問題になるので、各県の商工会の推薦による、民間有志の試行という形となった。無論、実際には政権与党の影響力がしっかりと反映されている事は言うまでも無い。

 こうして、ティ連からの留学生の内、ホームステイを希望する者の一部は、現代に蘇った書生として、中小企業を営む富裕層の家庭で生活する様になった。

 地方の富裕層宅にホームステイするティ連系留学生が、やや懐古的な〝書生〟という俗称で呼ばれる様になったのは、こうした経緯からである。



*  *  *



 来訪した書生を、ホストファミリーは暖かく出迎えた。斡旋団体によるアドバイスから、種族特性に配慮した部屋を用意し、快適な環境を整えるのは当然の事で、それが無理なく出来る財力の者が選ばれている。

 また、異星の若者に日本の素晴らしさを知ってもらおうと、ホストファミリーはポケットマネーや人脈を使い、様々な便宜をはかる。

 学業の傍ら、文化・芸術に親しみ、名所・旧跡を見学し、美食を堪能する贅沢を、書生達は大いに楽しんだ。

 また、地域の顔役が集まる交歓会の類いにも、彼等はよく連れて行かれた。要はホストファミリーが周囲に自慢する為なのだが、当人にとっても、有力者との面識を得る有益な機会である。

 結果、書生達はいずれも日本に好感を持っていく。彼等が馴染んでいく様子は、報道でも大きく取り上げられ、世間でも注目される様になった。



*  *  *



 ホストファミリーには、子供のいる家庭も多い。

 異星からやって来た同居人という、アニメか漫画の様な異質な存在に、子供達はとまどいを見せる事が多い物の、幼さ故の柔軟さもあり、徐々に打ち解けていく。

 国民的アニメに登場する「タイムマシンで未来から来た、蒼い狸型ロボット」の如く、ティ連の様々な道具を、魔法の様にPVMCGで形成し、日常の問題を次々と解決していく書生に、子供達はすっかり魅せられてしまうのだ。

 そして多くの子供が抱える悩みの最たる物は、当然ながら学業である。

 ホームステイ試行開始は、ティ連からもたらされた知識を反映させる為、学校での教育内容に大きな変動があった時期とも重なっていた。

 学ぶ内容は増加したのに、教育期間は従来の6・3・3のままだ。ティ連の既存種族が時間を掛けて丁寧に教育を受ける内容を、寿命の短い地球人は短期に学び終えなくてはならない。ティ連社会に於いて日本が背負う、経齢格差による典型的なハンディキャップの一つである。

 もはや「ゆとり脱却」どころか、子供達の負担は格段に増えていた。対応の為、行事の廃止、授業時間の延長、長期休暇の圧縮、午後を含む土曜授業の完全実施といった措置に踏み切る学校も多い。

 教える側の教師すら戸惑いを隠せない、教育プログラム激変の渦中で、ホストファミリーの子供にとって書生は良き家庭教師となり、学業成績にも大きく有利に働く事となった。



*  *  *



 成年の子供が同居しているホストファミリーも多い。その様な家庭では、書生を我が子の伴侶にと考える者も少なくなかった。

 中小企業の跡取り息子/娘というのは、存外と結婚に苦労する。経済的に裕福とはいえ、経営者の伴侶ともなれば様々な苦労を背負うのが目に見えている為、躊躇する相手が多いのだ。

 まして、現状では政府が慎重な態度を取っているとはいえども、日本経済のハイクァーン化は、中長期的には確実に進行していくのではないかというのが、一般的な世論だ。本当にそうなれば、民間の営利事業は存続すら怪しいかも知れない。

 日本のティ連加盟後は、将来のハイクァーン経済導入に関わる経営リスクを懸念され、企業経営者の跡取りは、従来にも増して結婚相手として敬遠される様になってしまった。

 そんな状況で、異星人とはいえ、優秀な若者が自宅に住み込むとなれば、子を持つ親としては期待してしまう物である。

 特に、子供が四十~五十代で独身のままというケースでは、親は必死となる。しかし、長命なティ連系種族なら、実年齢はむしろ釣り合う。さらに、ティ連医学によるアンチエイジングで外観の若さはどうにでもなるし、余命差は婚姻薬があるのだ。

 勿論、当人の意向次第ではあるが、親の願い通り、実際に交際・結婚まで進んだケースはかなり多かった。

 これは偶然や幸運ではない。ティ連各国の斡旋団体は、日本側の提示したホストファミリー候補に対し、プロフィールや近況、対人関係、人格等をAIで分析した上で、相性が最適と思われる留学生を派遣していた為である。

 さらに、当事者には伏せられていたが、異性の独身子女がいる場合、婚姻に至る可能性が高くなる事も、AIによる選定条件の一つだったのだ。

 日本の地方有力者の家庭に、自国の若者をホームステイで送り込み、そのまま根付かせる。そして間接的に、日本との関係強化を図っていく。

 本稿第四回で紹介した、漁業地域でのパーミラヘイムによる集団見合い推進は、やや露骨な形での、実質的なパーミラ人居留地の形成を意図した物だった。

 それとは別に、ティ連各国は様々な形で、日本への影響力強化の為に自国民と日本人との婚姻を推奨している。ホームステイ事業も、この政策に組み込まれたのだ。

 ホームステイ先の子供と結ばれた書生は、ほぼ例外なく、自らが主導権を握っている。

 ほとんどの場合、経齢格差により実年齢は書生側が一回り以上は歳上なので、知識や経験の差が物を言うのだ。

 また、子供の性格が受け身で、パートナーにリードされたいタイプである事も、ホストファミリー決定の重要な要素だった。

 跡取り息子/娘が頼りなければ、しっかり者の嫁/婿を迎えたいというのも、親としては当然の心理だ。それもまた、斡旋団体側、ひいてはティ連各国政府の計算の内だったのである。

 パーミラヘイムの集団見合いでも言える事だが、ティ連各国が自国民と日本人との国際結婚を支援する際、自種族の側が夫婦間の主導権を握る様に誘導する傾向がある。見下さず対等に交流しているとは言っても、日本は善導すべき発達過程文明だという意識が、ティ連側の奥底にある事は否めない。

 ティ連側が女性の場合、日本に根強く残る男性優位の風潮が問題なのだが、同じく残る年長者へ敬意を払う慣習で、それはうまく相殺された。

 これもまた日本人の、ティ連系種族との人間関係構築の上での宿命と言えよう。相手の肉体年齢が同じ程度なら、生きてきた時間は自分より長いのである。



*  *  *



 試行の成功を受け、ホームステイ事業は本格的に推進される事となる。

 中小企業経営者に加え、弁護士・会計士・社会保険労務士等の高度専門職、いわゆる〝士業〟の各業界団体も、新たに後援者としてホストファミリー推薦へと加わった。

 新たなホストファミリー希望者の内、少なからぬ者が、非婚・晩婚化が進む中で我が子の伴侶となってくれればと期待していたりもする。それこそ、送り出す側のティ連各国としては望ましい状況だ。

 地元の大方は書生の多くが卒業後も留まり、地域住民の一員として地域に根ざす事について、過疎を食い止める地域活性の中核として歓迎している。

 さほど遠くない将来、地方の各分野で活躍する名士に、ティ連系種族が多く加わる事は疑いないだろう。



*  *  *



 ティ連からのホームステイ事業は、ファッションにも影響を与えた。

 俗称である〝書生〟のルーツがティ連側に知られる様になると、ホームステイに際し「身分を示しやすい」として、戦前の書生の服装を真似る者達が現れ始めたのだ。

 着物に袴で、男性は下駄、女性は編み上げブーツというスタイルである。一部のデミヒューマン系種族は、原型では着用が難しい為、体型に合ったアレンジを施している。

 ちなみに戦前は大学生も学生服が多かったのだが、現代では高校生と誤認されやすいという事でこちらは好まれなかった。

 レトロファッションに身を包んだティ連系留学生の姿は、地方の大学では日常の光景として定着しつつある……



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