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第十二回 病に苦しむ者よ、日本へ来たれ

 ティ連の保有するオーバーテクノロジーには、医療分野も含まれている。

 しかし、その恩恵を全面的に受けられるのは日本のみだ。軍事技術転用への危惧から、生命に関わる医療技術といえども、一局集中外交方針による輸出規制の対象なのである。

 BC兵器等を開発されたら、たまった物ではないのだ。

 但し、ティ連医学の恩恵が他国に全く及んでいない訳ではない。

 伝染病や寄生虫といった〝海外在住者を含め、日本人にも被害が及びうる感染症〟については、規制に抵触しない様な特効薬が輸出用に開発されている。

 ティ連には、ウイルス、細菌、寄生虫、悪性新生物、劇毒物等に対してほぼ万能な治療用ナノマシンがあるのだが、これは輸出規制対象となっている。その為、日本の医薬品メーカー各社は、ティ連の関与が無くても一世紀以内には地球独自で開発されたであろうレベルの医薬品を、わざわざティ連医学を駆使して、輸出専用に生産しているのだ。

 万能なナノマシンと違い、従来の医薬品の延長線に類する物なので、対応する疾患別に開発する必要がある。

 そんなレベルの物でも、地球では夢の医薬品である。狂犬病、後天性免疫不全症候群、プリオン病、シャーガス病、エキノコックス症候群といった、難病とされていた感染症は、すっかり完治する様になった。

 従来、医薬品の開発コストは莫大な物となっていたのだが、ティ連の技術を使って開発されたそれらは、極めてローコストである。

 だが、〝発達過程文明各国の独自医療開発を阻害しない為〟として、先進国に対する輸出価格は、あえて高額に設定されていた。もっとも、ティ連来訪以前、地球の製薬企業が開発する新薬の価格が高騰する一方だった事を考えれば、それでも安上がりだ。

 経済援助を受けている様な貧国については、第三国への横流しを厳禁した上で廉価にて供給しているので、問題は生じていない。

 また、輸出の目的は、人道的見地よりも〝日本人が病気をうつされない〟事が重要とされている為、北朝鮮を除き、CJSCA陣営に対しても出荷は規制されていない。

 ともあれ医薬品の輸出は、地球各国の平均寿命にも寄与する事となり、各国はますます日本の重大性をかみしめる事となっている。

 日本の怒りを買えば、医薬品の供給停止という制裁を受けるかも知れないのだ。



*  *  *



 一方、日本の医療機関は、殆どの疾患が早期に完治可能となった事で、余剰能力が問題となり始めた。

 医療費膨張の主因であった長期入院・治療がほぼ解消したのはいいが、経済面に限って考えると、医療需要の喪失という事でもある。平たく言えば、それで飯を食っていた者が少なからずいたのだ。

 もっとも、事業での負債を抱える医療法人や開業医については、公的資金を投入して処理すれば良い。社会に対するこれまでの貢献を考えれば然るべき処置だし、ティ連医学によって大幅に浮いた医療費の還元としても適切であろう。

 従事者の生活についてはもっと単純で、ティ連技術の導入によって大量リストラが発生した他産業の失業者同様、ハイクァーン利用権を付与すれば事足りる。

 だが、なるべくならそのまま、医療従事者を活用する道が無い物かと日本政府は考えた。

 まず、研究職や医療行政職への積極登用、発展途上国への医療援助派遣といった案が挙げられた。だが、基本的にそれらの対策は転職の斡旋で、閑古鳥が鳴く医療機関の維持には役立たない。

 公設医療機関については、ティ連医療の中核施設として、引き続き活用される事になる。問題は民間だ。私設医療機関を、採算が取れる状態で存続させる方策が何かない物か。

 だが、助成を与えて開店休業状態の飼い殺しでは、当人達の士気にも関わる事は疑いない。

 そんな中、日本でティ連の先端医療を受ける為として、医療滞在査証で来訪する外国人が徐々に増え始めた。

 医療滞在査証とは文字通り、治療目的での滞在を目的に来訪する外国人に発給する査証で、本人の他、付き添いも発給対象となる。母国の医療では治療困難な病を抱えた患者が、最後の希望として日本の門を叩く為には不可欠な制度だ。

 勿論、彼等にとっては外国での治療なので、自国の健康保険の対象とはならず、治療費の全額が自己負担となる。その為、来訪するのは主に富裕層だ。

 もっとも多いのは末期癌だが、他にもアルツハイマー症候群、遺伝病、身体障害、畸形や負傷の形成、筋萎縮性側索硬化症、アレルギー体質の改善等、内容は多岐に渡る。

 ティ連の医療技術にかかれば、殆どの物は造作もない。残念ながらごく一部の疾患については、症例の少なさから原因の特定に至らず完治出来ない物もあるが、それでも対症療法によって進行を停め、症状を緩和させる事は可能だった。

 来訪する患者が希望する治療の内容は、先に挙げた様な生命に関わる難病や障害だけではない。生活の質を向上させる為の医療もまた、ティ連医学の適用範囲となる。

 そういった医療で特に需要が高いのは美容整形だ。日本では偏見が未だ根強いが、ティ連では特別視される事がない、ごく普通の医療行為である。

 意外と気に留められていないが、ティ連市民は、容姿が劣った不細工な者が殆どいない。必ずしも美形ばかりという訳ではないが、一言で表現するなら〝人相が良い〟者が多いのである。

 これは幼少の頃より、その様な顔立ちになる様、医療処置で操作するのが一般的な為だ。

 AIによって、子供がどの様な容姿へ成長するかの予測を行い、自然に任せたままでは不細工になってしまう事が判明した場合、我が子が将来に不利益を被らない様に処置を施すのは、ティ連では常識の範疇となっている。



*  *  *



 日本政府は海外からの医療需要に目をつけ、日本国民向けとしては余剰となった医療機関の有効活用策として、海外からの治療受け入れを積極的に行う事とした。

 先端医療の施設と言えば、従来はどうしても大都市圏に集中していたのだが、ティ連医療は今や、僻地の開業医でも簡単に受けられる。医療の質は高いレベルで均質化していた。

 しかし、富裕層はどうしても、著名な医療機関に偏ってしまう。

 そこで、中間層向けに、医療費を日本側が一部助成する代わり、地方の利用率が低い医療機関を受診先として指定する制度を設けたのである。

 さらに自治体によっては、姉妹提携を結ぶ他国の自治体住民を対象に、国に上乗せする形で、独自の助成制度を設ける所も現れた。

 この施策は効果を上げ、一時は経済的に逼迫していた多くの医療機関は、外国人患者の受け入れによって経営状態を大きく改善させる事となる。

 医療機関は従来にも増して忙しくなり、能力余剰どころではなくなった。

 ここに来て、医療は余剰状態から一転して、外貨を荒稼ぎする日本の一大産業の一つと化したのである。

 但し、予約制の積極導入や、アンドロイドを補助として活用する事により、医療従事者個々の労働負荷についてはティ連来訪以前よりも軽減されているので、現場からの不満はあまり出なかった。



*  *  *



 ティ連医療を受ける為の医療滞在査証だが、積極的に発給しているのはLINF加盟国(オブザーバー国を含む)に対してのみで、CJSCA加盟国からの申請については、外務省は発給を渋っていた。

 ティ連に対して非友好的なCJSCA加盟国からの入国を、日本は決して歓迎していない。

 また、海外からの患者受け入れは、医療機関の余剰能力活用が主目的なので、LINF加盟国だけで稼働率確保は充分間に合っているという事情もある。

 とは言え、WHO(世界保健機関)からは、人道上、可能な限り国を差別せずに患者を受け入れて欲しいとの要請が、遠慮がちながらも届いている。

 どうした物かと日本政府が検討を始めた頃、時を同じくして、長崎県対馬市から、振興策の陳情が行われた。

 日本の離島としては第十位の広さである対馬は、朝鮮半島に近いという位置関係から、韓国との往来が盛んであり、釜山との間で客船も運航されていた。

 韓国人相手の観光は、対馬にとって重要な産業だったのである。

 しかし、竹島問題を抱えている事により、韓国がLINFへの加盟を拒否された事から、日韓関係が一気に冷却化し、対馬の運命は暗転する。

 韓国は、中露が主導する、LINFへの対抗陣営・CJSCAへ加盟し、ほぼ同時に日本との間の相互査証免除も廃止した。

 これにより、韓国から日本へ観光目的で来訪する事は難しくなり、対馬=釜山間の客船運航も不採算から廃止されてしまった。

 韓国の行為に、日本国内の右派はむしろ喝采したが、韓国マネーが落ちなくなった対馬は虫の息だ。本土ではティ連からの観光が盛り上がり始めているが、交通に不便な離島である対馬には、その恩恵が届いていない。

 漁業に関しては、パーミラヘイムとJF(漁協)の提携によって海洋牧場設立が企画されている為(本稿第三回参照)、存続には目処が付いたのだが、観光業界へもテコ入れ策が欲しいというのである。

 この陳情に対し日本政府は、対馬を、CJSCA加盟国の患者を対象とした、医療特区と出来ないかと打診した。

 広いながらも本土と隔絶された離島である対馬は、CJSCAからの来訪者を受け入れるのに丁度良いと考えられた。

 治療目的の患者と言えども、滞在費は地元に落ちる事となるし、療養中に観光もするだろう。また、帰国時の土産物購入も期待出来る。

 この提案に対馬市も乗り「ティ連先端医療特区」が設置される事になった。



*  *  *



 特区設立にあたり、問題となったのは人員と交通である。

 既にこの時点で、地域を問わず、日本の医療機関の稼働率は高い。対馬に施設を建設しても、中で働く医師や看護師を確保する事は難しいと思われた。

 この点は、日本へ新たに移住を希望する、ティ連各国の有資格者を採用して賄う事となった。地球人に対する治療法を学ぶ為の研修施設として、特区内でのみ、日本の医療資格を有さずとも本国の資格のみで診療出来る様にするのである。

 次に交通だ。CJSCA各国から訪れる患者やその家族の往来を、小型機しか離着陸出来ない対馬空港のみで対応するのは困難と思われた。

 この点は、福岡・北九州・広島の各空港と、対馬を結ぶ転送ゲートを設置して対応する事とした。元々、離島対策として長崎市との間にはゲートが設置される予定だったが、特区指定によって往来先を追加した形である。

 空路については元々あった、福岡空港や長崎空港との航空便は、転送ゲート設置で不要となる為に廃止となり、代わって、以前あった関西空港便が復活する事となった。関西空港は、中継なしで転送出来る有効距離・1000kmの圏外となってしまう為である。

 新設された巨大な医療機関が稼働を開始すると、CJSCA各国からは患者が次々と訪れた。

 期待通りに彼等は滞在中、大いに地元経済を潤す事になる。特に富裕層は治療が終わった後、快気祝いと称して宴会を行うのが常である。

 アンドロイドのコンパニオンを侍らせ、ハイクァーン造成された美食を堪能するのは、CJSCAの本国では叶わぬ贅沢だ。

 日本では庶民でも廉価に出来る事だが、査証の要件で特区から出られない患者達は「ビジター価格」でぼったくられる。

 来訪者の国は様々だが、特に多いのは、やはり隣国たる韓国からだ。

 韓国の政治家、財界人、高級官僚等々の名だたる人物、あるいはその親族が病を癒やしに対馬を訪れる。

 前述の通り、日韓関係は極めて冷却化しており、訪れた要人達も、普段は日本に対して攻撃的な言動を繰り返している。中には、対馬の韓国領有権を主張する者すら混ざっていた。

 しかし、高度な医療にすがる為なら、主義主張にかまってはいられないという訳だ。

 エリート達の訪日治療は、韓国の国民一般の神経を逆撫でする事となり、政情不安定にもつながっている。


「倭奴に頼ってまで命が惜しいか!」「売国奴、恥を知れ!」


 韓国の各都市では怒れる大衆によるデモが繰り返され、ネット上でも批難の声が溢れているが、支配層は耳目を塞いでいる……


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この夢の様な医療技術が確立した世界で髪の毛が薄くなる「ハゲ」も副作用無しで対応可能なのか気になる。
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