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第十一回 どうしようもない底辺高校に、戦場帰りの留学生がやって来た

来年一月分のつもりでしたが、書き上がりましたのでUPします。

その分、次回については二月位になってしまうかも知れませんので御容赦下さい。


 ティ連加盟によるオーバーテクノロジー導入、そして地球内に於けるその独占により、日本の国家財政は大きく好転し、国民に対してもその恩恵は福祉行政の充実という形で現れている。

 既存経済の秩序維持という観点から、保守系与党はハイクァーン経済の早期全面導入については慎重な構えを崩していないが、それを強く求め続けている国民の不満を抑える為にも、福祉方面に力を入れる様になった。

 その一つとして高等教育の完全無償化がある。これにより、経済的な理由で進学を断念する者はほぼ皆無となった。

 それに加え、ティ連、そしてLINF加盟国等からの留学生が急増した事により、大学定員の枠が倍増したにも関わらず、難易度も総じて高くなっている。Fランク大と揶揄された大学すら、今や以前の中堅ランク大学程度の質に向上した。

 それでも、国内若年者の四年制大学(高専専攻科及び、官公庁所管の大学校含む)進学率は、およそ八割超となった。

 例え現役合格が出来なくても、地頭さえあれば、ティ連技術で効率化された予備校教育により、本来持つ能力を受験に特化した形で脳から引きずり出される。脳に備わった知的能力をオーバーした志望校を強引に受験でもしない限り、二浪する事はまず無い。

 大学進学率の向上は、知的障害者に対し、ティ連医学による知能向上処置が施される様になった事も大きい。健常な知性を得た事で、彼等も高等学府の門をくぐれる様になったのだ。

 加えて、ティ連技術の積極導入の影響により、産業界からの高校新卒者需要が激減した事もあり、高等教育に適応出来る知性を備えた者は、芸能や工芸、スポーツ選手等、専門性が高い一部業界に早くから飛び込む者を除き、殆どが進学を選ぶ様になったのである。



*  *  *



 その様な状況で、最も負の影響を受けた教育機関は、いわゆる職業高校である。

 卒業後の就職を前提に、通常科目に加え工業、農業、水産、商業といった職能専門教育を行う職業高校は、入学希望者が激減している。

 少子化により「大学全入時代」と言われて久しい日本だが、長引く不況下で、大学進学を考えずに就職を考えている者に、職業高校は根強い需要があった。

 しかしティ連加盟後の日本は、そういった若い労働力の需要が乏しくなったのである。

 企業への就職目的で無く、家業を継ぐ為に職業高校を選ぶ(あるいは保護者に強いられる)者も減った。家業継承者もまた、より高度な知識を欲し、大学へと進学する時代なのだ。例えば農家の子弟は農学部へ行くのである。

 こういった状況下で、職業高校の内でも偏差値が高めの学校は、専門性が関連する大学へ進学する目的の入学者を集める事で生き残りを図った。工業高校なら、工学部志望の生徒を中心に募集するといった具合だ。

 無論それは、職業高校本来の趣旨から外れてしまうのだが、組織は生き残りの為に姿形を変えていく。公教育機関も例外ではない。

 一方、偏差値が低い不人気な学校は、学力が低くどうにもならない生徒に、何とか高卒資格を与える為の場としての位置づけに収まっている。

 この様な底辺校は志望者が定員割れの為、願書を出せば入学可能なのが常で、集まるのは素行が悪い不良、あるいは能力的に学力が上がりにくい知的ボーダー層、不登校等で成績不良だった者と言った、問題を抱えた生徒が殆どだ。

 結果、授業難易度を低くしても中退率が高く、底辺職業高校に対しては存在意義に疑問の声が強くなっている。少子化が進行する中で、廃校となる学校も出始めた。

 危機感を感じた関係者の内からは、定員充足の為、大学同様に留学生を募集してはと言う声もある。しかし、短命な地球人との経齢格差の問題から、ティ連からの留学生は専ら高等教育機関に限られている。

 家族に帯同する等して日本国内に在住している初等~後期中等学齢期のティ連系種族もまた、日本国籍の有無に関わらず、ヤルバーンに設置されている各種族用の学校に通っているのが現状だ。

 そもそもティ連に於いては、底辺校に行かざるを得ない「落ちこぼれ」なる物はまず存在しない。脳の知的能力が低い者に対する医学的な補正、個々の適性や能力に応じた個別対応の徹底といった対応がなされていた。

 そして長命種である彼等は、短命な地球人に比べ教育期間もやはり長い為、じっくりと時間を掛けて知性を養う事が出来るのである。

 では地球内の国はどうかといえば、将来的な日本移住を見据え、子弟に留学させようという中間層は多い。しかし、彼等が行くのは寮の整った進学校ばかりだ。

 学力が低いドラ息子/娘を何とか日本の学校へ、という需要もあるにはあるが、それは生活管理の徹底した私学へと向かう。公立の底辺職業高校では、預かった処で生活全般の面倒を見られないのだ。

 そんな訳で、底辺の職業高校は活路を見いだせないまま、徐々に閉校へと向かっていく物と思われたが、転機は突然に訪れた。

 いわゆる「ハイラ王国事件」である。



*  *  *



 ティ連が直接に接触したハイラ王国を始め、この事件で発見された惑星「サルカス」は、文明レベルが地球の15~17世紀程度相当であり、ティ連の遭難者がオーバーテクノロジーをもたらした物の、機材の不足や、半知性体「ヂラール」に対抗する戦時体制が長く続いた事もあって、末端までの初等教育普及がおぼつかない状態だった。

 サルカスを直接発見した日本を含む、ティ連の派遣軍によってヂラールは排除され、ハイラ王国はティ連への加盟準備を進める事になったのだが、そこで問題になったのが、国民全般の教育レベルだ。ハイラ王国をティ連社会に適応させるには、彼等を相応の教育レベルまで引きあげる必要がある。

 その一環として、ティ連加盟国中、唯一の発達過程文明であり、地球内の貧困国への教育援助の経験も豊富な日本が、ハイラ王国から留学生を受け入れる事になった。

 日本自身、貧しさから義務教育に子弟を通わせず、労働力として使っていた家庭が1960年代頃までは存在した。それを直に知る世代も、まだ残っている。この様な体験を生で知る国は、ティ連の他加盟国では皆無である。

 選ばれて日本に送られるハイラ人留学生は「知能が優れているが、戦時体制や貧困の中で、学習機会を得られなかった若年者」とされていた。

 彼等は必要な教育を出来るだけ短期で身につけた上で、学んだ知識を活かして母国の復興・発展に尽くす事が求められていた。

 日本の助言もあり、復興に際して何もかもティ連を模倣するのではなく、自身の文化・技術を近代化した上で温存するというのが、ハイラ王国の施政方針である。

 特に農林水産業は、食糧安保の観点からも、ハイクァーンに完全依存するのは危険と考えられた。また貨幣経済も、少なくとも当面は維持されるので、近代の商業知識も不可欠である。

 こういった職業知識については、ハイクァーン経済下のティ連よりも、発達過程文明である日本の方が、実践的な物が得られるであろうと期待された。

 文部科学省は農林、水産、そして商業を扱う職業高校に留学生を受け入れるべく、各都道府県、及び各政令指定都市の教育委員会に打診した。

 そして、受け入れ先として各教育委員会が提示したのはいずれも、定員に充分な余裕のあった、廃校寸前の底辺校だった。

 進学校化した高偏差値の職業高校では、異星人の留学生を受け入れる余地がないというのが表向きの理由である。しかし本音は、底辺校の維持に、今回の留学生受け入れを利用したいという思惑だった。

 世間の風当たりは厳しいが、低学力者の収容施設が減ってしまっては、そういった者が社会性を身につけないままに世に放たれ、社会不安の種が増す事になるのである。

 回答を受けた文部科学省は、友好国への教育支援を何だと心得ているのかと憤慨し、強い調子で再検討を要求しようとした。

 しかし、状況の説明を受けたハイラ王国側は、その条件で良いと、底辺校を受け入れ先とする旨を受諾した。底辺校では学力の低さに対応する為、小・中学校の学習内容も反復して学ぶというので、満足な教育を受けられなかった者を送り込むには、むしろ丁度良いという訳だ。

 慌てた文部科学省側は、底辺校の荒れた様子を映した映像を見せ、翻意を促したのだが、ハイラ側の意向は変わらなかった。

 こうして、多くのハイラ人留学生達が、底辺レベルの職業高校へと送られる事になったのである。



*  *  *



 およそ15,000名となる第一陣のハイラ人留学生は、全国津々浦々にある対象校へと送られていった。

 学科は本人の希望通りだが、学校の所在地についてはランダムに抽選で、1クラスあたり4~5名程度になる様に調整されている。

 性別比については、各校の実情と合わせる形となった。形式的に共学でも、商業高校は一般に女子が多いと言う様に、職業高校は生徒の性別に偏りがある事が多い為である。

 受け入れに際しハイラ側が出した要望に従い、日本側の生徒も含め、受け入れ校は、新学年から全寮制を導入する事となった。

 殆どの学校では、団塊ジュニア層を受け入れる為に膨れ上がった校舎を持て余しており、その一部を寮に改装する事について、大した問題は無い。工事も、ハイクァーンを使えば費用も掛からず短期に終わる。

 問題は、寮を生徒の自主管理にする旨が、要望に含まれていた事である。

 当然ながら、その点については当初、各校は難色を示した。しかし、受け入れれば国からの助成金、拒否すれば廃校の危機という状況の前では、従わざるを得なかった。

 入学後、ハイラ人留学生達がまず行ったのは、クラスの掌握である。

 こういった底辺校では、不良同士が主導権争いをして序列が定まり、力によるスクールカーストが形成される。弱者は金銭を恐喝されたり、鬱憤晴らしの暴力を振るわれる等、搾取の対象として絶望の学校生活を送る事になるのだ。

 不良達はハイラ人留学生にも「ケダモノ」「未開人」等と因縁をつけ、従う様に圧力をかけて来た。だが、留学生は全く動じない。

 その内、不良は激昂して暴力に及ぶのだが、草食動物の様な温和な外見に反し、ハイラ人留学生はそれをあっさりと返り討ちにした。

 留学生はいずれも、対ヂラール戦で闘っていた元少年志願兵の内、ティ連体制下で正規の軍人になる事を希望せず、民間に戻って祖国再建に従事する事を選んだ復員兵だったのである。

 化け物を相手に明日をも知れぬ死闘を生き延びたハイラ人留学生達にとって、平和日本の与太者等は、全く相手にならなかった。「暴力を頼みとする手合いは、力でねじ伏せれば家畜の様に従順となる」という事を、彼等は体験的に熟知していたのである。

 加えて長命種の彼等は、実年齢が地球人生徒の倍以上だ。外観は地球人のミドルティーン相当でも、経験の蓄積が違う。確かに学はないが、生き残る為の知恵は充分に持っていた。

 不良達が屈伏したのを見て、素行が悪い訳ではない低学力者達は、庇護者として留学生達を慕う様になる。不良生徒の玩具となる毎日を覚悟していたのが、頼れる存在が出来たのだ。

 学級委員もハイラ人が独占した。そういった面倒事を率先して行う様な生徒は、そもそも底辺校には少ない。

 あえて底辺校に入学して来る、大学推薦枠を狙った優等生の類いがいる場合は、留学生のライバルとなり得た。だが、そういう相手とは裏で話をつけ、平穏な学校生活を維持する為の協力関係を構築して取り込んだ。

 生徒の自治に任される事になっている寮についても、自治会は留学生がほぼ掌握した。 日本の生活に慣れていない留学生では勝手が解らない面については、不良達を補佐とする体制である。

 屈伏させた不良達は留学生を「兄貴」「姐御」と呼び、喜んで雑用に使役される。要は強者への取り入りだ。

 学年の主導権を握った後は、上級生のスクールカースト上位へと仁義を切る。先輩の顔を立てつつも、一年生に口を出すなと言う事実上の警告だ。

 留学生達の手際良い実権掌握に顔を引きつらせた上級生達は、相互不干渉を認めざるを得なかった。


「化け物相手の戦争帰りで、見かけは若くても、中身は三十半ばを過ぎた海千山千。逆らえばマジに殺される!」


 こうしてハイラ人留学生達は、自らが主導権を握る事で学習環境を確立した。

 ここまでは、事前にハイラ側が留学生達と計画した筋書き通りである。職能を学ぶのみならず、リーダーとしての集団把握の実地訓練こそが、彼等の裏テーマだったのだ。



*  *  *



 不出来な日本人生徒達に合わせる形で、自らも学校の経験が無い留学生達は、一学期をかけて、小学校高学年から中学校の学習内容を身につける。

 通り一遍の内容だが、元々優秀な留学生達は、内容をしっかりと習得した。日本人生徒達も、それこそ必死になって勉強する。

 不真面目な授業態度では、寮に戻った後で留学生達による私的制裁…… シゴキが待っているのである。

 対ヂラール戦の極限状態では、愚鈍な者は自分だけで無く周りを巻き込んで死んで行く。

 どんな馬鹿者でも脚を引っ張らない程度に鍛え上げる為、私的制裁は必要悪というのが、ハイラ人留学生達が戦争で骨身に染みこませた生存術だ。

 どうしても駄目な役立たずは、裏で始末する事もまかり通っていた。表向きには「脱走」「戦死」だ。

 学校はそこまでの極限状態ではない為、留学生達は労苦をいとわず、努力しても駄目なボーダー知性の者達の面倒を根気よくみた。

 考えさせても無駄なので、とにかく丸暗記をさせる。鉄拳制裁、食事抜きといった鞭をちらつかせつつ、達成すれば大いに褒めちぎる。

 そのかいがあって、ボーダー知性の者達でも、根本的な内容理解には程遠いが、底辺校向けに程度を落とした定期テストでは、どうにか及第点を取れる程度の体裁を繕わせる事が出来た。

 底辺校の教員は、不出来な生徒達に対してあきらめの境地に達し、投げやりな授業を行う様になってしまっている者が多い。

 だが、留学生達による自主的な取り組みが功を奏しつつある事で、教員達も意欲を取り戻し、学校は教育機関としての機能を回復させていった。



*  *  *



 全寮制と言えども、休日には外出が許可される。

 長年の悪行から、近隣住民からの学校の評判は失墜していたのだが、留学生達は率先して清掃等のボランティア活動を行う事で、信用回復を試みた。

 彼等が命じれば、一般生徒もまた従う。根気よく続けている内に、最初は半信半疑だった住民達も、徐々に打ち解けていった。

 一応はティ連に属する、ハイラ人の留学生が仕切っていた事も大きい。ティ連市民=善良で信用出来るという印象が世間では広まっていたのである。

 学外には勿論、他校の生徒もいる。その中には、不良の集まる底辺校もあった。

 ハイラ人留学生のいる学校であれば、他校でも仕切っている者同士が通じているので揉める事はない。だが底辺校でも普通科高校や、ハイラ人留学の対象にはならなかった科目を扱う職業高校、また専修学校の生徒には、伝統的な対立関係から、出会えば喧嘩を売って来る者も多かったのだ。

 その様な輩から因縁をつけられた場合、留学生の対応はと言えば、先に手を出させた上で、反撃を急所に一撃喰らわせて斃すのが定番だ。

 日本にもティ連医学が普及して以後、脳さえ破壊されていなければ大事には至らない様になった事もあり、命のやり取りに慣れている留学生は全く躊躇しなかった。

 警察もまた手慣れた物で、防犯カメラの映像や目撃証言から、正当防衛として「おとがめ無し」で済ませてしまう。政府肝入りで受け入れた留学生に、瑕疵をつける訳にはいかないのだ。

 その様なトラブルが繰り返される内、ハイラ人留学生のいる学校の生徒に対し、手を出そうという他校の不良は皆無となった。

「ハイラの獣人連中と、その子分共には関わるな」というのが、不良達の不文律として根付いていったのである。



*  *  *



 職業科目でも、留学生達は手慣れた物だった。元々、本国での家業を元に選定した為である。百姓の子弟は農業科に、商家の子弟は商業科といった具合だ。機械を使用したり、本国ではない様々な法規が絡んでいても、やる事の根本は変わらない。

 インターン実習では地元の職業人とも関わる事になるが、彼等もハイラ人留学生には感心した。

 これまでは、ろくでなしの与太者生徒を、学校から平身低頭されて渋々ながら受け入れていたのが、全く質が違う。留学生は物覚えが良く、何より礼儀正しい。

 そして一般生徒の方も、あまり出来が良いとは言えない物の、努力している様子は窺え、前年までの生徒とは雲泥の差である。

 ボランティアの実績と合わせ、ハイラ人留学生の世間での評価は高まる一方だった。



*  *  *



 学年が進むと、次年度もまた、後続のハイラ人留学生が入学して来る。第一陣が基礎を築き上げていたので、新入生の間で留学生が主導権を握るのは容易となっていた。

 二年になると、生徒会への立候補も出来る様になるが、当然の様に役職はハイラ人が独占した。

 学校運営側もハイラ人留学生を信頼しきっており、どうかすると依存する様な状況にすらなっていた。

 留学生受け入れで廃校の危機を免れるばかりか、これまで箸にも棒にもかからなかった「人間のクズ預かり施設」がまともな学校になったのだから、この反応も無理がないと言えるだろう。

 これにより学校の支配権は事実上、ハイラ人留学生が掌握したのだ。



*  *  *



 三年が経ち、第一陣留学生に卒業の時期が訪れる。

 驚異的な事に、留年・中退が大量に発生する例年と異なり、留学生を受け入れて以後の学年は、何とか全員が卒業にこぎ着けたのだ。留学生達のリーダーシップが大きく貢献している事は、誰の目にも明らかだった。

 留学生達には大学推薦の声も掛かったのだが、彼等は辞退した。予定の留学を終了したら一刻も早く戻り、得られた知識を活かして祖国の復興開発に従事したいというのが、彼等の思いである。

 またハイラ王国から別途、主に官吏や賢者が、より高い知識を得る為に大学へ派遣留学している。つまり、現場のリーダーとなるべく職業高校へ留学した者達は役割が違うのだ。

 一般生徒の中からは、本国へ戻る彼等について行きたいという者も多く出た。彼等は留学生達にすっかり心酔しており、また、他に行くあても無かった。

 前述の通り、ティ連技術が産業に普及した事で、高校新卒者の就職状況は悪化の一途を辿っている。

 また、何とか卒業にはこぎ着けた物の、生徒達の内でもボーダー知性の者は、とても進学はおぼつかない。日常生活は支障ない物の、高等教育機関での勉学には脳の能力が不足しているのだ。

 勿論、日本政府も無策ではない。就職活動が実らないままに一定期間を過ぎれば「就業困難者」としてハイクァーン受給権があてがわれ、路頭に迷う心配は無くなっていた。

 だが、日本の若年層の間では、進学も就職も出来ない同年代を「新時代に相応しくない無能」として見下す風潮が急速に広まっていた。面罵や揶揄こそ受ける事はないが、同年代からは社会的に無視されてしまうのだ。

 そんな状況では、あてがい扶持のハイクァーン受給権で無為徒食の生活を送る、肩身の狭い人生よりは、開発の続く新天地へ行きたいと願う者が多く出るのも当然である。

 だが彼等の前には、日本政府の星外出国規制が立ちはだかる。

 観光による一時出国は容易になったが、無秩序な国民流出を防ぐ為、星外移住には厳格な資格審査をクリアする必要があったのだ。

 級友を見捨てる事も出来ず、留学生達が本国大使館に相談した結果、幸いにも再開発事業に必要な肉体労働者として招請する旨がまとまった。

 正規の星外移住資格審査を経ない場合でも、必要な人材としてティ連加盟国側から招請を受けた者については、日本政府も星外移住を容認していたのである。

 こうして、どうにか卒業出来た一般生徒達の大半を伴い、第一陣の留学生は祖国再建の為に帰国して行った。



*  *  *



 帰国した留学生達は学んだ知識を活かすべく、各々の職場に就くのだが、その際には引き連れて来た地球人同級生も配下として指導する事となった。

 だが、ボーダー知性の者達は、単純労働こそこなせる物の、将来を考えると能力は心もとない。

 ティ連医学であれば、知性向上処置によって脳機能を正常に高める事も容易なのだが、日本政府はこの医療措置の対象を、知的障害の診断を受けた者に限定していた。

 保守層、特に宗教界をバックボーンとした有力者を主体に、生まれついた資質に人為的操作を加える事について、倫理上の懸念を主張する反対論が根強くある為である。

 流石に、明確に知的障害者と診断された者への治療までは強く反対されなかったが、その線引きについては厳格にせよというのが彼等の主張だ。

 結果、知的障害者としての境界域にいる知的ボーダー層は、治療が受けられず、障害者として保護される事も無いままに社会へと放り出される状況が放置されていた。

 ハイクァーン受給権で餓える心配はないのだし、一応は「健常者」なのだから、天に与えられた自分を受け入れろという訳だ。

 しかし、人はパンのみでは生きられない。愚者として周囲から見下され続ければ、心がすさみ病んでいく。犯罪に走る者も少なくない。

 やはり、彼等の将来の為には、充分な知性が不可欠である。

 ハイラまで連れ出してしまえば、日本政府の方針も気にする必要がない為、留学生達は連れてきた仲間が知性向上処置を受けられる様に手配した。

 充分に知的労働もこなせる様になった事で、日本人同級生達もまた、ハイラ復興の重要な労働力として地域社会に馴染んでいった。



*  *  *



 職業高校へのハイラ人留学は制度として現在も続いており、強く優しく礼儀正しいハイラ人留学生達は、地域から歓迎される存在として親しまれている。

 また、成績や素行が不良な子弟を抱える日本側の父兄としても、対象校への進学は、出来の悪い厄介者の我が子を、どうにか社会のレールに載せるコースとして有力視される様になった。

 全寮制の対象校に放り込めば、ハイラ人留学生の厳しい指導で叩き直され、卒業後は異星に連れて行って就職口をあてがってくれるのだ。

 昭和末期に物議をかもした某ヨットスクールよりも社会的評価はかなり高いので、送り込んでも世間体は悪くない。

 留学制度創設初期の各エピソードは、やや誇張や美化がされた形で、実写青春ドラマやアニメ、劇画等の題材とされ「ハイラ人番長グループ物」というジャンルの登場に至った。

 また、ハイラの現地で働く日本人卒業生達の姿は、ティ連の報道を通じて地球でも度々紹介され、それがまた「異星で活躍する若きサムライ」として評判を呼んでいる。

 だが、ハイラ人留学生制度は良いとして、共に学んでいた地球人の同級生までもが多数ハイラへと渡り続けているのは、手放しで賞賛して良いのかという疑問も残る。

 そも、彼等が中学までの段階で落ちこぼれた主因の一つは、知性向上処置の対象が限定され、そこから漏れてしまっている為だ。

 また、彼等が自ら望んでハイラの復興開発に従事しているのは確かだが、卒業後も日本国内に身の置き場がない為、そして知能向上処置を受ける為というのが間接的動機でもある。

 彼等がハイラで生き生きと働く姿の前には、その様な思いは野暮という物かも知れないが……


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