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「アルジェさん、あの」
「はいなんですか? ジュニアスさん」
珍しいですね夜に厨房でジュニアスさんと会いましたよ。
お茶だけだとお腹がすいてしまいましてつまみぐいをつい……。
ジュニアスさんはドラゴンさんの姿でこちらを見ています。
「私はアルジェさんのことを大切に思っています」
「はい私もですよ! お友達さんですから!」
手に持ったケーキをぱくつきながら言う台詞じゃないですけど……。ジュニアスさんは鍵爪の手でそっと私の手を握ります。
うーん、ケーキで手がべとべとですよ。手についちゃいますけど、ジュニアスさんは平気そうです。
「ではなくて私はアルジェさんと……」
「はい?」
なんでしょうかねぇ、確かたまにこんなことジュニアスさんとありましたね。私はうーんと首をひねりました。するとジュニアスさんは私はあなたのことを……と言いかけます。
「あなたのことが大好きなんです!」
「はい私もですよ!」
「ではなくて!」
「はい?」
私のお腹がぐううっと鳴りましたですてへへと笑うと、ふうと手を離してジュニアスさんが肩をがくっと落としました。
うーん、大好きっていうのは私もですよ? 再確認しなくてもいいと思います。
「お腹すきましたです」
「まだ食べるんですか?」
「うーん……太りますか?」
「と思いますよ」
いつもなにかこんな感じですねぇ、太るのはいやなのでこれ以上は我慢します。
私は眠れなくてと言うと、何かありました? とジュニアスさんが心配そうに尋ねてこられましたよ。
「嫌な夢を見るんです」
「嫌な夢ですか?」
「でも嫌な夢ということは覚えていて眠れないのですよ」
どうもアッシュさんとおじい様から昔のお話を聞いてから、嫌な夢を見るようになったようですよ。
心配そうに見るジュニアスさん、でもどうせ色々なことがあったからだと思います。
王都にいる時もこんな時ありましたからね。
「まぁ色々ありましたからそのせいだと思います」
「それでしたら……しかし」
「続くようならまた相談しますですよ」
「絶対ですよ」
「はい」
でもドラゴンさんの姿もいいですね。その背中にのって小さい時はよく散歩しましたですよ。
しかしおば様とおじ様は私達がお話をしていると少し心配そうというか不安そうな目で見られていましたね。
人間と交流することをよく思っておられなかったかもしれません。
シルヴィアさんのことがありましたからね。
「シルヴィアさんのこと気になりますかアルジェさん?」
「ええ」
「父に聞いても詳しく教えてくれなくて……」
「うーんまあ仕方ないですよ」
だって昔恋した相手が失踪して、でもその後他の女性と結婚して子供もいます。
その子供が聞いてきました。なんて答えにくいですよ。
ジュニアスさんがふうとため息をつきます。
「一度、話し合ってみた方がいいかもしれませんね」
「どなたと?」
「父とアッシュさん、後おじいさ……じゃないグロウズさ……」
「おじい様でいいと思いますよ?」
「ご領主様のことを……」
「昔はおじい様って呼んでいたからいいと思います」
おじい様はジュニアスさんのことを孫みたいに可愛がっていましたから、おじい様って呼ばれて嬉しそうでしたよ?
お前のおじい様じゃないってどうもどなたかに怒られたようで、その呼び方やめていましたがね。
「でも私のおじい様では……」
「おじい様は気になさらないですけどね」
ジュニアスさんはどうも気にしすぎる所があるようです。
そこがいい所なんですけどね。
「そろそろ寝ないと明日早いですよ?」
「紙芝居の会でしたか?」
「いえ明日は新しい本が大量に届くのです。ちまちまじゃないんですよ!」
忙しくなると私は嬉しくなります。
リクエストが大量にあったのとご寄付があったんですよ。
おじい様からだからお小遣いみたいなものですかねぇ、他からご寄付が欲しいものです。
「王太子さんのことアルジェさん好きでした? 聞いている限りそうじゃないみたいですが」
「どちらかというと苦手な人でしたね。でもまぁ、政略結婚なんてそんな……」
「政略結婚なんて絶対考えないでくださいアルジェさん!」
「もう考えてませんよ」
いやあ、ジュニアスさんが凄い剣幕でしがみついてきました。もう考えてませんよ。
実は王太子殿の婚約者になったことは手紙でも伝えていませんでした。
心配させたくなかったのですが……帰った時に話したら血相変えてまだ婚約してるんですかと聞いてきてだから破棄されましたといったら、ふうってジュニアスさん倒れかけましたよ。
やはりお話しておくべきでしたね……アークのことなどは相談していましたが。
お話していると頭がずきんと痛みましたです。
「アルジェさん?」
「……銀の竜よ、私を……うら……」
私の口から言葉が出ます。いえ私こんなこと言うつもりじゃないですよ!
一体どうしたって言うんですか? 口が勝手に動くんですよ。
「アルジェさん、どうしました?」
「どうして私を裏切った。愛していた。火を司る精霊よ……」
私の口なら火の攻撃呪文が流れます。私は慌てて口を押さえますが、どうして? ぺたんと床に座り込んで口を押さえていると、ジュニアスさんがどうしました? と私の体をだきかか……。
「触るな、汚らわしい!」
あう、こんなこと私は絶対言いませんよ。意思に反して言葉が出てくるですよ。
「逃げてくださいで……私に触るな、汚れた竜よ!」
あう、私をぎゅうっとジュニアスさんが抱きしめます。心がぽかぽかとなります。
何か暗いものが心を支配していたようですが、すうっと消えていくようでした。
「う……あ、すみませんもう大丈夫のようです」
「アルジェさん? 一体どうしたんです?」
「わかりません、口から勝手に言葉が出てきたですよ」
「これは何か……」
私をぎゅうっと抱きしめるジュニアスさん、でも私の心の中に何かが一瞬はいってきたようです。
一体どうして? あんなこと言うつもりなんて絶対ないですよ!
私はジュニアスさんにしがみついてあんなこと私絶対言わないですと繰り返します。
わかってますよとジュニアスさんは優しく答えて、私を抱きしめ続けてくれたのでした。