15
「アルジェリーク・アーカンジェル殿ですな」
「はいそうです」
こんな山奥に来るのは木こりさんと狩人さんだけなのです。村の長は腰痛で寝込んでいますから……。
ここに来るのはドラゴンさんとティンカさんくらいのはずだったのですよ。
でも扉を開けて入ってきたのはしかめつらしい顔をしたおじ様でした。
「本の貸し出しはカードを……」
「いえ違います。私は王太子様からの使いで……」
「はい?」
なぜに王太子殿なのでしょうか? 目が点になりそうですよ。クリスは今は村に行ってくれてます。
だから私一人なのですよ。
どうしたらいいのでしょう? おじ様は一緒にきてくれと矢継ぎ早に言ったのです。
というかどうしてなのです? 尋ねたら取りあえず一緒にと言われ手を無理やり引っ張られましたです。
「痛いです!」
「王太子様のご命令です」
「私は婚約者ではありませんよ。だって婚約破棄されて追放を……」
「王都につきましたらなぜかお伝えいたしますから!」
魔法をこのおじ様に放つわけにはいきません。攻撃系はある程度使えますが人に向かって使用したことなどありません。
でも剣も使えません、護身術なんて使えません。
手を取られて引きずられて、ずるずると連れて行かれそうになったのですよ。
「痛いです。嫌です! 行きません、離してくださいですよ!」
「ご命令には……」
「あなた、何をなさっているのですか? アルジェさんに何の御用です?」
長い銀の髪をした青年、つまりジュニアスさんですね。本を手に厳しい顔で外に立っていましたのです。人型を取りつつ冷たい目でおじ様を睨みつけてます。
「どけ若造!」
「アルジェさんから手を離しなさい!」
怒号とともに風が辺りに舞いあがりました。珍しい、滅多に怒ることがないジュニアスさんが本気で怒っているのですよ。おじ様が驚かれたのか私から手を離しました。
「アルジェさんこちらへ!」
「はいです!」
慌てて走ってジュニアスさんの後ろに行きます。するとちっと舌打ちしておじ様は男を作っていたかと下品な事を言うのですよ!
男を作るってどういうことなのですか!
私を後ろに庇いつつ、手を振って風をおさめるジュニアスさん。
「お帰り下さい。私はアルジェさんの男とやらでもありませんが、友人です。あなたの無体を見ていられません。だから……」
「お前には関係ない若造どけ!」
「私は絶対王都なんて行かないのですよ! 帰ってくださいです!」
おじ様が向かってきます。剣を抜き放ちジュニアスさんに切りかかろうとします。
危ないですよ。でもジュニアスさんはふうとため息をついて手を一つ振りました。
すると風が舞い上がり、おじ様の身体が空中に浮いたのです。壁に叩きつけられたのですよ。
「う、ぐ……」
「帰りなさい……これは警告ですよ。次は……」
「魔法使いか!」
「帰ってくださいです!」
魔法は人を傷つけるものではありません。ジュニアスさんは本来このような力の使い方を嫌う優しいドラゴンさんなのですよ。
私がいざとなったらと思っていましたら、大丈夫ですよと優しくジュニアスさんが声をかけてくれましたです。
「私がアルジェさんを守りますから、安心してください」
おじ様は覚えていろとチンピラさんみたいな捨て台詞を吐いて、馬にまたがって去って行きました。
でもでもわけがわかりません。
私は追放されて、婚約破棄された人なのですよ。何の用があるのでしょう?
「一体何があったのです?」
「わかりません、無理やり王都に連れていくと言われたのです。王太子殿のご命令だとだけ言ってましたですよ」
尋ねるジュニアスさんに私はそれしか言えませんでした。
私はぎゅうっとジュニアスさんにしがみついて怖かったというしかできなかったのです。今更震えがやってきましたよ。
私の体をぎゅうっと抱きしめてジュニアスさんは大丈夫ですよと優しく囁いてくれました。
でも……どうして?
「おいどうした!」
驚いた顔のクリスが山道を上がってきました。馬とすれ違ってびっくりしたらしいですよ。
それに抱き合う私たちを見て何かあったのを察してくれたみたいなのです。
「王都から使いが来てアルジェさんを連れて行こうとしたらしいのです」
「は?」
「私にもよくわかりませんが……いきなり腕を掴まれて、馬にのせられそうになったのですよ。そこをジュニアスさんが助けてくれたのです」
「なんでだ?」
「わかりません」
王都からの使いがやってきて、無理やり連れて行かれそうになり、理由がわからない。
こんなことが起きるなんて思っていませんでした。
クリスは少し探ってみないと駄目だなと小さく呟き、ジュニアスさんは大丈夫ですからねと私の体をまた優しく抱きしめてくれたのでした。
やはりジュニアスさんの温かさを感じると何かポカポカするのを感じます。
でも一体どうしてなんでしょう? 市井にぽいされたはずなんですよ。
私はわけもわからずジュニアスさんにしがみつくことしか今はできませんでした。




