003話
インフルエンザで一週間休んでしまいました。すみません。
「起立ー、気を付けー、礼ー」
『ありがとうございましたー』
運悪く日直が回ってきた生徒の、やる気の無い声がみんなを統べる。
「先生、ちょっといいですか?」
朝礼が終わってクラスメイトが話し始めたり、一時限目の準備をしたり、などなど──皆、気が抜けるのを感じながら、教室を出ようとしていた先生に声をかけた。
「えーっと、セリナール君だっけ? どうかした?」
先生の名前はナーラ・マルーズ。
身長は、170㎝の俺より少し小さいくらい。よく、くいっとメガネでキメる癖が出る。
教師免許は一応持っているんだろうが……
よく忘れ物をしたり、段差の全く無いところで転けたりと、なんだか、頼りない。
「いえ、今日の午後の街見学で案内をなさっていただく方は、いらっしゃってますか?」
「んーと、まだの筈よ。今日の四時間目の後に来る予定だから、あなた達がお弁当を食べてある時ね」
「挨拶とかは、どうなさいます?」
「そりゃー、するわよ。これでも担任なんだし」
「その時に同席よろしいですか? どんな方かも知りたいので」
「んー、まぁ、クラス委員長だし……いいか! オーケーよ。四時間目終わったら職員室きて頂戴。それまでにお昼ご飯食べておいて下さいね」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、先生はニコッと笑ってから出て行った。
ここまでした理由は、見学ルートの変更だった。それは、事前に確認しておいたとある探り屋に会うため。
まずは情報が欲しかった。
相手が野ウサギなのか、ライオンなのか、知らなければ対策のしようがない。
野ウサギなら足が速く、近接戦闘武器では歯が立たない。だから、たいてい噛ませる罠を使う。
しかしライオンは全く真逆。自ら突っ込んで来て、前者のような、ちゃちい罠では狩ることが出来ない。だから槍などで狩る。
この様に、まずは敵を知らなければならない。
「ユウマ。移動教室なの、覚えてんのか?」
先程、先生に気付かれないように、グーパンしたデュークだ。殴られてもなおヘラヘラしている。
「あぁ、大丈夫だ。地下11階だったろ」
「ほれ、お前の鞄の中から出しといたぞ」
と言ってデュークは俺に必要な教科書と筆入れを渡して来る。
なんやかんやでいい奴なのだ。
「ありがとう。俺たちもそろそろ行くか」
教室もいつの間にか、俺たち二人以外、無人になり静かになっていた。
横スライドのドアを開けて廊下に出る。
山の中の学校だから窓はなく、廊下の等間隔に描かれてた魔法陣によって照らされていた。それは、腕幅くらいの大きさで青白く光っている。
通常は点灯用の魔法陣は建物を作る際に、壁にめり込ませて、分からなくしてしまう。
なのに魔法陣が剥き出しになっているのは、生徒達に魔法の日常性を染み込ませる為だ。
自分が理屈も分からない魔法を使っても、基本しか出来ず進歩することは絶対ない。
このような施しは他にもそこら中にあり、充実した空間になっていると思う。
デュークが口を開いた。
「なな、ユウマ。お前、誰か好きな子いるのかよ」
と、唐突に聞いて来た。
「はぁ? いるわけないだろ」
今はミッションの事で頭がいっぱいだ。
そんな事を考えている余裕はない。
「確かに、このクラスはそうかもしれないけど、ほら、生徒副会長のリーナさんとかさ」
確か女子の副会長は、顔は整ってはいると思うが、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「なんだ? デュークは狙ってんのか?」
からかうように言う。
「いや、俺は顔では判断しない。どちらかと言うとあの人は萌えだな」
リーナ先輩は、デュークも言う通りの人物だと思う。
何もないところで転んだり、服の向きが逆だったり、寝間着のまま登校したりと……
とにかくドジだった。
何故あの様な頼りない生徒が、副会長になれたのかが不思議でたまらない。
「萌え、ね。天然と何が違うだろうな」
「そんな事も分からんのか、アンポンタン」
「悪かったな、アンポンタンで」
「天然ってのは、良いものもある。ただ、悪いものもある。萌えは、俺らの心を掴む様にピンポイントで天然が発揮される事だ!」
「『俺ら』って俺も含めるな。お前だけだ」
「何言ってるんだ。同志であるファンクラブの事をいってんだよ」
ファンクラブなんてあったのか。
「お前も入ってんのか?」
「だから、顔では決めないって言ったじゃねーか」
「そうだったな」
「あっ、お、お、あ、あの、おふ、お二方。早く授業に、行った方が……ぁあああああ! すみません! 私なんかがでしゃばってしまって!」
急に声がかかった。
図書館のドアの隙間から顔を出してこちらに謝っている。
金髪のメガネを掛けた少女とは……
「おい、どーすんだよ。本人じゃねぇか(小声)」
知らねぇよ。
「すみません、こちらのデュークが副会長に用があるそうですよ」
「……えっ、な、な、何でしょうか、デュークさん」
「ちょーーっ、何してくれてんだよお前は‼︎(小声)」
「朝の仕返しだ」
その言葉を置き去り話に、早々にこの場から逃げ去った。
「えー、あー、あの。今のは友人の冗談っていうか……」
「嘘……だったんです、か? ……ぅうう」
「あーあー! 泣かないで下さい、本当のことですから! ホント、ホントです!」
「あっ、や、やっぱりそうだったんですね。ご、ごめんなさい。それで、なんですか?」
「チクショー。ユウマ俺に腹パンした挙句にこの仕打ちかよぉおおお‼︎(小声)」
最後の断末魔はなんだったんだろう。
何も聞こえなかった。
腹パンしてない。
その後デュークはげんなりした様子で教室に入って来た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アルミナ・ハルバーナです。今日はよろしくお願いしますわ」
「教師のナーラ・マルーズです」
「学級委員長のユウマ・セリナールです」
俺は、お昼を三時間目の後の休み時間に済ませ、言われた通り職員室で先生と合流し、客人が通されている会議室に来ていた。
案内人は女性で、髪を後ろで丸くまとめている。すらっとした体格に、よく似合うメガネ。
横で挨拶した幼女……ともい、マルーズ先生よりも、ずっとこちらの女性の方が教師に見える。
「では早速、本題に入らせていただきますわ」
「えぇ、お願いします」
「まずは、ここから徒歩で五分……いわゆる学園通りですわね。ここから近いですから、既にご覧の生徒さんもいらっしゃるかもしれませんが、色々ありますので、組み込ませて頂いた訳ですが、やはり────」
と、しばらく説明が続いた。
内容としては、聞いているだけで、早く行きたい、という衝動に駆られるものばかり。
恐らく何も知らないクラスメイトが見たら、興奮が収まらない事だろう。
それと同時に、目的のルートとはズレており、それを指摘した。
「すみません、ここのルートを……こんな風に変えてもらえませんか?」
そう言いながら地図を指先でなぞる。
「どうしてですの?」
「ご存知かもしれませんが、この場所には新聞屋がいるという話を知人から聞いています。なんでも、情報が正確なのだとか。国の情勢を知るのも一つの教育だと考えています」
ハルバーナさんは、少し考えて頷いた。
「そうですわね、ご所望通りにさせていただきますわ。……ちなみに私の後学のため、他にありましたら、なんでもお聞き下さいまし」
「そうですね……あ、そう言えば────」
なんとか、違和感なく盛り込む事が出来た。後は適当に相槌を打っていれば、それでいい。
彼女の中で俺の評価が、少し変わった事に気付かないまま、適当に流していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先ほどの会議から30分ほど経過した今、俺を含めたクラスメイト全員は、元の世界で言う一般校の校庭ぐらいの広さを誇る、校舎の入り口に集められていた。
ここは校門から学校の敷地に入ると、噴水や石像、様々な石のタイルなどなど、ほぼ石で出来た芸術とも言える場所だ。
流石はこの国でもトップクラスを誇る魔法学校。金の使い方が分かっている。教育の面で見れば、分かっていないとも言えるが。
しかし、前に述べた、廊下に剥き出しにされた魔法陣の事を考えると、全く分かっていない訳でもないらしい。あえて言うなら、余った金を使っているのかもしれない。
そう言えば、ここは来訪者が全員生徒という訳ではなく、外部の人間も来る。ここが学校の顔というのなら、この装飾にも納得だ。
話がずれてしまったが、俺たちは今から街案内をしてもらう。
今現在、クラスメイトは何も見ていないから、仲のいい友達と雑談に夢中になっている──つまり、現時点では俺が一番ワクワクしていた。
先生は今、案内役の人のお世話をしているから、俺がクラスをまとめなければならないが、今回ばかりはそんな些細な事は忘れてしまうかもしれない。
あぁ、勿論ミッションは覚えているよ。そこまでバカじゃない。
そう、自分に言い聞かせて、しゃがんでいる皆んなに声をかけた。
「あー、一回喋るのやめてくれ! そろそろ始めるから!」
あまり、皆と接点の無い俺の声に、誰もが黙りこくる。
品定めしているような目か、邪魔したなという嫌味の目か、あまりいい雰囲気では無い空気が流れる。デュークだけはニヤニヤと笑っていたが、無視した。
「おい、委員長さんよ。自分が主席だからってあまり調子こいてんじゃねぇぞ?」
見ると、クラスの中ではガキ大将の位置にいる、ガランだ。名字は忘れた。
「そうだ、そうだ。ガランの言う通りだ!」
「マジで、舐めてるわ」
ガランの暴言にその取り巻き達が乗ってきた。人数は五、六人か。
関わりたくは無いと思ってはいたが……クラス委員長は、やっぱり、こんなやつらをなんとかしないといけないよなぁ……
ここは穏便に済ませよう。
「別にお前らに喧嘩を売ったつもりはない」
「んだと、ゴラァ! その態度は!」
えぇ……逆に怒らせてしまったんだが。
これ、どうするんだよ……