ペンネーム?
「なんだったんだ……今の?」
嵐が去った。
こう表現するのが正しいのではないだろうか。
そう思うほどにさっきのは異彩を放っていた。
俺は新入生歓迎で部活動紹介を見ていた。
で、問題はさっき見た紹介。
とりあえず、何がやりたかったのかが分からない。
結局何部だったんだろう、というのが感想であった。
でもまぁ、そんなわけ分からない部活には縁はないだろう。
そう思って、俺はすぐにその部活の事を考えるのをやめた。
中学のときは部活選び失敗したからな……今回は慎重に決めなければ。
なんてことを思いながら、俺は体育館を出て行く。
刹那、俺は背中に殺気を感じ、とっさに振り返って身構える。
しかし、いくらガードしていても、全身を守ることができるわけではない。
腕で構えるんだから、腕は絶対にダメージを受けるわけで……左手の二の腕に強烈な一撃を食らった。
「失礼ね、今回は攻撃するつもりはなかったのに」
腕を組んで、目の前に立つ希望。
「今回は、という事は以前に攻撃したことがあるという事だし、結局攻撃したし!」
左腕をさすりながら文句を言う俺、裕也。
「なんか文句ある?」
「いえ、なにも」
笑顔が怖いです……お前、言動だけだったら男だよね、ジャイアンだよね?
経験上、こいつとこれ以上一緒にいるメリットはない。
俺はダッシュでその場から逃げる。
これで俺の今日の安全は保障された。
さて、今回はもっと慎重に部活を決めなければならない。
中学のときなんか、失敗して散々な目にあったことだし……ちなみに希望とはこのときに会った。
もうアイツと三年の付き合いになる。
しかも、ずっとクラスが一緒……すまん、さっきの言葉を訂正する。
俺、希望とクラス一緒だから、嫌でも会うことになる。
このあと、俺は逃げたのをどう言い訳したらいいんだ?
何の話だっけ?
そうそう、俺柔道部だったんだけど、そのときに一緒に入ったのがアイツ。
幼いときから空手をやってたとかで、超強かった。
ていうか、怖かった。
他人に対する遠慮がなくなって、攻撃にためらいがなかったからな。
もう少しあってもよさそうなもんだが。
案の定、帰ったら拷問が待っていた。
関節技とかやめよう。
「痛い。三重の意味でイタイ」
腕と心と周りの視線が。
こら、そこ!
『リアジュウ、バクハツシロ』みたいな視線を送るんじゃない!
実際くらってみたら、絶対に俺の痛みが分かるから。
「いや、もう少し大丈夫でしょ?」
コイツ、越えてはいけない一線が分かってるから、ぎりぎり手前でとめるんだよな。
いいんだか、悪いんだか……
「ギブギブ! ギブって言ったら、やめよう! ホントに!!」
俺が必死に要求してやっと腕を解放してくれた。
あー痛い。
なんで俺はお前の相手をするたびに、こんなに疲れなければならんのだ。
お前『希望』から『絶望』に改名しろ。
俺はここですべての体力を使い切るわけには、いかない。
俺はこのあと部活めぐりするって決めてるからな。
「そういえば、お前、部活何に入るんだ? ここの柔道部は男ばっかりだろ?」
お前ならそこに入っても、違和感ないどころか、頂点に立てると思うが。
「あんまり興味ないのよね……あんたもどうせ、今日は部活を見ていくんでしょ? ついて行ってもいい?」
希望は見た目だけはすごく美人さんである。
そんなヤツに上目遣いで頼みごとなんてされようものなら……ねぇ?
断れないんだ、これが。
恐ろしさを知っている俺でさえな。
それを分かっていてそうしているんだろうから、ホント怖い。
俺は希望に一生利用されるんではないだろうか。
で、希望が俺についてくるわけだが、俺はどこに行けばいいんだ?
もうトラウマで運動部という選択肢は消えた。
トラウマっていうのは部活のたびに、練習という名目でボコボコにされていた、ってものなんだけど、誰にされていたかは言わなくても分かるよな?
とりあえず文化部でさらに男女ともに所属している部活が好ましい。
最低、あてはまる部活がなければ、入らなくてもいい。
俺たちはいろんな部活をめぐっていった。
そういっても文化部の数なんて知れているがな。
そして、囲碁将棋部から出てきたときのことだった。
「なんかどれもしっくりこないよな。将棋くらいなら俺でもできるけど、ルール覚えたばっかりの初心者に負ける自信があるぞ」
「何の意味があるのよ、その自信? 全く役に立たないじゃない。そういえばこの隣の教室もなにか部活やってるんじゃないの?」
「えっ、マジで? 俺あんまり部活について調べてきてないから、どこで何部が活動しているのか全く認識してないんだよな。ここは何部なんだ?」
窓は外から見えるようになってないし、勧誘もしている様子もない。
「とりあえず入ってみようよ」
と言って、希望は俺を無理やり引っ張って中に入る。
そこには、数人の部員らしき人しかいなかった。
「ええと……ここって何部ですか?」
とりあえず聞いてみる。
「ここは文芸部です」
一人の部長らしき人が愛想良く答えてくれた。
文芸部? 文芸部……部活動紹介でそんなのやってたか? う~む…………まさか……?
「もしかして、それって、部活紹介ですごく異質なオーラを放っていたあの部活ですか?」
俺が質問するより先に、希望がすごくストレートな質問をしていた。
「うん、そうだよ」
平然と答える部長。
本人たちにも自覚はあったようだ。
「文芸部ってものは中学校には存在してなかったんで、よく分からないですけど、どんな活動をしているんですか?」
今度は俺が質問する。
「君達、部活動紹介で言ってたよ?」
「インパクトがあったことしか記憶になくて……結構聞き取りにくいですし」
さすがに、部活動紹介を見た時点で全く興味がなかったとは言えない。
「文芸部は絵を描いたり、小説を書いたりするのが、好きな人の集まりだよ。2、3ヶ月に一回にそれをまとめた部誌というものを発行する。これが活動内容です」
あの混沌としていた紹介の割には結構まともな活動をしている部活だった。
というより……
「へぇ、面白そうですね。実は僕、受験勉強から逃げるために、中3の後半くらいから小説書いてるんですよ」
まるで俺のためにある部活のようだ。
「えっ、そうだったの?」
一番ビックリしていたのは希望だった。
「スゲー厨二病だけどな。えーと、入部してもいいですか?」
「もちろんいいわよ。あなたはどうするの?」
部長は希望に聞く。
「私も入部します。一応、絵は描けるので」
「えっ、そうだったの?」
今度は俺がビックリする番だった。
「描けるわよ、普通に。アニメのキャラばっかりだけど」
お前、それオタクというものになりつつあるのではないのか?
ちなみに、文芸部がオタクの集まりであることに気付くのは、もう少し先の話である。
とりあえず入部が決まり、俺たちは教室の中にある席に座る。
希望は紙を渡され、なにやら描いている。
さて、俺はどうすればいいんだ?
「ええと、小説書いてるって言ってたよね? どんな話?」
困っている俺に部長が助け舟を出してくれた。とりあえず乗る俺。
「ああ、それですか……さっきも言いましたけど、すごく厨二病ですよ」
よく考えたら、あんまり助け舟じゃないかも。
「いいって、いいって。部員に一人はいるから。そういう人」
逆に言うと、部長はそうじゃないということですよね……いまさら引き返せないか。
「生き霊を自分の体に宿している主人公が、人間に憑依する生き霊を倒していく話ですね。正確には少し違うんですけど、またいつか、原稿持ってきましょうか?」
我ながら良いまとめである。
「宿すのと憑依されるのはどう違うの?」
「自我があるかどうかですね。宿すのは人間の意志で、憑依は生き霊の意志で」
「なるほどね。また今度、読ませてくれるの楽しみにしてるわ」
絶対に持ってきませんけど。
ていうか、完成するかどうかが怪しいです。
「先輩、描けたんですけど、どうすればいいですか?」
と言って、ちょうどいいタイミングで希望が完成した絵を持ってくる。
ていうか、うますぎだろ。
お前、漫画家のアシスタントとかになれ。
いや、冗談抜きで。
たぶん偏見からくるギャップも含まれているんだろうが、それでもうまいと言える。
「そういえば、二人ともペンネーム決めておいてね。部誌で必要になるから」
ペンネーム?
確かに必要になるよな。
「ペンネームですか? いったいどんなふうに決めれば?」
「自分のペンネームでしょ」
部長にあしらわれた。
そんなこと言われましてもね。
簡単に思いつかないし。
「そういえば、部長。二人組っていうのはアリなんですか?」
突然、希望がわけの分からないことを言い始めた。
「いいわよ。ペンネームはどうするの? どちらも解散しない自信があるならペンネームをひとつにしてもいいし、たまには自分たちだけで作品をつくりたいときは、二つになるし」
わかりました、と返事をすると希望は俺のほうを向いて、
「そういうことだから、アンタ、二人のペンネーム決めておいてね」
と、魔性の笑顔で言うのだった。
あやうく了承しそうになったものの本日二回目だったため、何とか思いとどまる。
「ちょっと待ってくれ。俺まだ何も言ってないんだけど……」
「なんか文句あるの?」
絶望さんが怖いです。
「どんなふうに二人組でやっていくんですか?」
思わず敬語になってしまう俺。
「あんまり選択肢ないでしょ? 原作をアンタが書いて、私が漫画を描く。またはアンタが書いた小説の扉絵や挿絵を私が書く。そのどっちかね」
あれ?
意外と好条件。
「ジャンルはどうするんだ? おまえだって描くものに好みがあるだろ」
「別に何でも良いわよ。私があんたに合わせるから」
何だと……?
あの希望が俺に合わせると?
そんなことがあってもいいの?
雨でも降るんじゃないの?
雨乞いでもするの?
軽いパニックに陥ってしまった。
とりあえず、この日は時間も遅くなってしまったのでここまでになった。
で、次の日。
俺は放課後、希望と一緒にペンネームを考えることになった。
三年使う名前だからな。
たかが三年、されど三年。
さて、どうやって決めたものか……
そういえば、みんなは希望ってあんまりお前に危害加えてねぇじゃねぇか、とか思っている人がいるだろう。
違うんだ。
頻度が多すぎていちいち説明していたら、面倒なんだ。
攻撃を最小限のダメージに抑えるようにするのは慣れた。
もうすでに、俺は攻撃を防御しながら会話する技を習得している。
まぁ、さすがに急所三箇所を狙われたときはどうにもならなかったが。
実際、かなりの頻度で食らっていたし。
鳩尾、腎臓二箇所はなしだよね。
ちなみに鳩尾ってどの臓器があるんだろうね。
「早く決めなさいよ。せめて案だけでも」
何で一緒に考えようという姿勢が見られないのか。
二人のペンネームだからね。
「そんなこと言ってもなぁ……何十人もの人が見るんだから、少しはまともな名前にしないと」
「じゃあ、これ貸してあげるから、どうにかしなさい」
と言って差し出されたのは電子辞書。
これを使ってどうしろと?
「これを使ってペンネームを考えるのは至難の業だと思うのですが……」
「適当に探して、気に入った漢字や単語を使えばいいじゃない」
言ったお前が一番適当だよ!
そんな決め方でほんとに良いのかよ。
ええい、こうなったらヤケクソだ。
ほんとに適当な決め方してやる。
コイツのイメージからして、『鬼』っていう字から熟語を探そう。
ええと……お……に……意外と鬼から始まる単語ってたくさんある。
流し見ているとひとつの単語が目に留まる。
『鬼蘇鉄』。
なんか漢字が格好いい。
もうこれでいいんじゃね?
希望に見せようとした瞬間、俺の頭を何かがよぎった。
これ……鬼いらないよな。
そうなると……『蘇鉄』。
うん、これのほうがなんか落ち着く。
今度こそ希望に見せる。
「なんか無機物っぽい名前よね。まぁ、いいんじゃない?」
本当に決まってしまったけど、こんなのでいいんだろうか?
実際には、蘇鉄は裸子植物で立派は有機物なんだけど……まぁ確かに無機物っぽいよな。
名前の中に鉄が入ってるし……なんだよ『蘇る鉄』って。
全く植物につける名前じゃねぇじゃん。
結局、俺たちのペンネームは『蘇鉄』で決定し、初の部誌はかなりの厨二病な作品が完成した。
それにしても、希望はほんとにすごい。
扉絵を描いてもらったけど、キャラから背景まですべてがすごい。
白黒にするのがもったいない。
いつかカラーで描く機会があればいいのだが……ていうかほんとにすごいんだけど。
何回見てもすごいよこれは。
キャラは萌える。
萌えるってこういう感覚なんだね。
ちなみに、この作品は絵の評価がとてもよかったが、話の評価が全くよくなかった。
このあと俺は次期部長をやらされた末に、希望にライトノベルやアニメを薦められ、順調にオタクへの道を進んでいくのだが、それはまた別の話である。