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Someone's love story:Garnet  作者: 幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)
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▼5. 寄り添う心(Getting closer)

料理教室最終日―。


祥悟の仕事の都合で深夜からのスタートになった。


祥悟の部屋、午前零時を回る壁掛時計。灯りのついたキッチンにミカと祥悟がいる。


「今日は卒業試験みたいなものだよね。俺一人で作ってみたいんだけどいいかな?…っていってもお決まりのリゾットと蒸し野菜だけど(笑)。

…ねぇ、出来上がるまでの間、俺の伴奏で二人一緒に歌わない? ミカさんの好きなあの曲…。俺の『先生』をしてくれた御礼にミカさんの夢、叶えます。」


そう言って祥悟は慣れた手つきでリゾットと蒸し野菜の下ごしらえを済ませ鍋を火にかけると、ダイニングテーブルからミカが座るための椅子を取り出しピアノの前に運びながらミカを呼んだ。


「お姫様。いざ、ピアノへ。」


+++++


最後のレッスンが次回に迫った先週の料理教室の夜、ダイニングテーブルには食べ終わったばかりの食事に使った二人分の食器と ミカが淹れたばかりの熱いコーヒーが入ったケメックスのコーヒーサーバーが置かれていた。


食べ終わるとすぐに祥悟が食器を洗い、その間にミカがコーヒーを淹れるのが二人のつねだった。けれど、その夜ミカはこの1年ですっかり自分の生活の一部になっていた祥悟との料理教室があと1回で終わってしまうことがひどく淋しくて、気がつけば


「食器はコーヒーを飲んでから二人で一緒に洗おう?」


…などと自分の主義に反する提案を祥悟にしてしまう始末だった。


(片付いていないテーブルでコーヒーを飲むなんて主義じゃないのに…。やだな、どうしちゃったんだろう。)


いつものミカらしからぬ言葉に祥悟も、


「えっ、いいの?」


…と驚きながらも、


(じゃあ、せめて整然と食器を置いとくか…。)


と、ミカがコーヒーを淹れる間に二人分の食器を出来る限り綺麗に重ね、カトラリーや箸もきちんと揃えて置いてみた。そしてテーブルから少し離れた場所で食器類の置き方を確認し納得したあと、サイドボードから数年前MoMAで買って来たポップな絵柄のマグカップを二つ持ってきてテーブルでミカを待った。


やがて良い香りと共にサーバーにコーヒーが落ち、祥悟が選んだひょうきんな猫の絵が付いたカップにミカがコーヒーをたっぷり淹れ終わると、二人はダイニングテーブルのいつもの場所に向かい合って座り食後の時間ときを過ごした。



祥悟がキャスターの仕事をする月曜日も二人で食事をとる時間はあったけれど、ミカは二人でその日の献立を作り終えたあとのこの時間の方が格段に好きだった。


大好きなこの時間が次回のレッスンで終わってしまう寂しさからミカの様子がいつもとは違っていたこの日、祥悟はミカにこう尋ねた。


「ミカさんに『先生』をしてくれた御礼をしたいんだけど、何がいい?」


ミカは祥悟を見つめてにっこり微笑みながら答えた。


「…何もいらない。ごぉくんと一緒にいるだけで楽しかったし、何も言わずにピアノで弾き始める曲がいつも私の好きな曲だったことも嬉しかったし。それだけで充分だから。」


思いもよらないミカの答えに祥悟は困ったような悲しいような顔をして黙り込んだ。


(弱ったなぁ…。俺、ミカさんのために何かしたいのに…)


しばらく続いたそんな祥悟の困り顔に耐え切れず、ミカは言った。


「…そうだなぁ。誰にも話したことはないんだけど、実は私 昔から叶えたかった夢があるの。それはね、「一生を共に過ごすって決めた人とAtlantic Starrの♪Always♪を歌いたい」ってことなの。…笑っちゃうよね、あまりにもささやか過ぎる夢で。

でもね、残念なことにうちの旦那さんったら音楽に興味がない上に音痴だからこの夢が叶う見込みは全くないの(苦笑)。だから、ごぉくんが旦那さんの代わりに私と一緒に歌ってくれたら嬉しいなぁ…。―もちろん私みたいなおばさんが相手でもよければの話だけど。」


ミカの言葉に祥悟の表情が一転して明るくなった。


「…ありがとう、俺の気持ち受け取ってくれて。最終日に絶対願いを叶えるから楽しみにしてて。」


ミカの答えに祥悟はこう答えた。


+++++



そして訪れた料理教室最終日。


祥悟宅のリビングに置かれたアップライトピアノの前に祥悟とミカが並んで座っていた。いつものように祥悟は何も言わずにピアノを弾き始めた。


ここ1週間、空き時間を使ってスコア(楽譜)を探し、どんなに帰宅が遅くても必ず自宅のピアノで練習し、週1回のピアノのレッスンでは子どもの頃から懇意にしている先生に


「祥(悟)ちゃん一体どうしたの?」…と不思議がられながらも、


「今週だけ課題曲を変更して下さいっ。」


…と頼みミカの大切なあの曲にレッスンをつけてもらった。


その1週間仕事はいつになく忙しかったけれど、形のないミカへの贈り物に自分のベストを尽くしたかった。


+++++


イントロが終わりかけたところで祥悟はミカの顔を見て、


(歌うよ。)


…と無言の合図を送ってから男声パートを歌い始めた。


それぞれが男女のパートを、そして男女が甘い言葉をかけあうコーラスの部分を二人一緒に唄った。


一緒に唄うのは初めてなのに息ぴったりのハーモニーで唄えることは祥悟にもミカにも不思議なことだった。



唄い終わると、ミカは小首をかしげて自分の右隣にいる祥悟の顔を覗き込んで礼を言った。


「ありがとう。夢を叶えてくれて。今日のことずっと忘れないからね。」


ミカにまっすぐ見つめらた祥悟は、ミカの顔に自分の顔を重ねてキスをした。しばらくして唇を離した祥悟は、鍵盤の上に置いてあった両手でミカを優しく包み込んだ。


…本当にミカには忘れられない夜になった。


突然の祥悟の行動に始めはただ驚くばかりだったミカも、祥悟の気持ちに応えるかのように自分の小さな手のひらを祥悟の背中にそぉっとのせた。


(ああ、俺やっぱりミカさんのことが好きなんだ…。)


祥悟は自分の心に秘めていた気持ちを改めて自覚した。



二人はピアノの前で長い間1つの影になっていた。


―キッチンから料理の出来上がりを知らせるタイマーの音が聞こえてきた。



+++++


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