牡羊の転機
・牡羊座
4月20日~5月20日
牡羊座にとって幸運の花は『雛菊』
牡羊座にとっての幸運色は、『深紅・黄・紫』
宝石では『ダイヤモンド』
いま……何時?
枕元に置いてある携帯電話を開いて時刻を確認する。
6時05分。朝日が昇りはじめている空は薄い黄色と青色が混ざりあったような淡い色をしていた。うっすらと雲が広がっている。
まだ起きるには早いかな、もう少し眠っても大丈夫だよね。
そう思ったけれど、二度寝してしまうと起きられないという恐怖が込み上げてきた。
だめだ……起きよう。
結局6時08分、私は上体を起こして腕を上げ、唸りながら上半身を伸ばした。
顔を洗って髪を梳き、台所でパンを焼いている間にスクランブルエッグとサラダを作り、デザートのヨーグルトにいちごとバナナをスライスして混ぜたものを用意する。いつもより早く起きてしまったのでゆっくりと朝食を作ることができた。普段は時間に余裕がないため、(早起きしない方が悪いのは知っている)コンビニで買ったり食べなかったりと不健康な朝を過ごしている。見た目も栄養的にもバランスの取れた朝食を摂るのは久しぶりだった。
朝食をゆっくりと食べたあとは紅茶を淹れてテレビのニュースを見ていた。とても私の朝とは思えないほど優雅だ。これで二度寝できたならばどれだけ幸せだろう。
と、あり得ない妄想を膨らませてしまった。
歯を磨きながら今日の恋愛占いが始まるのを待つ。
私にとって毎日の占いは欠かせないものだ。
そう。私、眞琴には毎日の日課がある。
それは朝の恋愛占いを見ることだ。
その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。
私自身は5月10日のおひつじ座生まれだ。
さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。
――今日の恋愛占い――
*恋愛運……不安定な運勢。何か大切なことを思い出せずにもやもやしてしまいそう。意中の相手とも会えないかも。でもいいことも! 人生を変える大きな転機が訪れるかも。
*全体運……努力の結果が思ったほど見えなくても焦ってはダメ。成功のイメージを膨らませて物事に取り組んで。
*幸運の鍵……短編小説
*相性のいい星座……魚座
不安定な運勢と書かれてしまったら一日のテンションをどう上げればいいのかに困ってしまう。
意中の人に会えないかもって、まるで予言されてるみたいだ。もともと同じ学部じゃないから滅多に会えないのは分かってはいるけれど、こうも書かれると余計に悲しくなってくる。
人生を変える大きな転機が訪れるかもってなんだろう?
占いの結果は一旦忘れて大学へ向かった。春らしい陽気な天気に胸を躍らせながら、桜の咲く学内の道を歩いていく。あたたかい今日はアイボリーの透かし編ゆるニットとモカブラウンの落ち着きのあるロング丈カーゴスカートを着て正解だったようだ。
…………あれ、いまのどこかで。
前にも同じこと思った気がする。そういえばこの服装は前にも着ていたような。
違和感はあるもののあまり深く考えずにさらに歩いていく。
文学部の学舎へ向かっている途中、薬学部に所属する友人のあかりに出会った。
…………あれ、これもどこかで。
「あー眞琴だぁー。ねぇねぇいま時間空いてる?」
いっしょだ。いつかの日とまったく同じだ。あかりに会って、話しかけてきて、そして――――
「ねぇー聞いてる?」
「あぁごめん、今日はこれから古文の講義あるから……って、え?」
「ん? まことぉー?」
わたしいまなんて言ったの。今日は古文の講義じゃない。なのに古文の講義って言ったよね……。
何かおかしい。
「なんでもないよ、午後からなら空いてるけど?」
「それならそれでいいや。あとでテラスでお茶しようよ、それまでボクはレポートでも仕上げてるから」
この言葉も聞いたことある。いつかはわからないけれど、確実に聞いたことがある。思い出せそうなのに霧が掛かったような感じでもやもやする。
これはデジャヴなんかじゃない。一度体験したことであるけれど、たまたま思い出せないだけだ。
「うん、じゃあまたあとでね」
今日は古文の講義なんかじゃない、国語学だ。(日本語の音韻・文法・語彙・文字・文体・方言などについて歴史的・地理的に、また、個別的・体系的に研究する)
講義が始まる時間が過ぎても講師が来る気配を感じない。もう10分も過ぎている。
静寂を破るように講義室の扉が開いた。現れたのはこの講義を担当している講師ではなかった。
「担当の講師が急用で来られなくなったので私が代わりに担当します。といっても、とくに何をしようとも思っていないです。レポートをしたい人はやってもいいですし、寝たい人は寝て構いません。ただし携帯電話とかゲーム機、音楽機器は使用しないように。それはさすがに注意しますからね。私自身することは本当に何もないので、適度に自由に過ごしてください。あとでこの大学を卒業した生徒の短編小説を配るのでよければ読んであげてください。以上です」
そう言ってすぐに講義室から出て行ってしまった。
今日の講義の時間って無意味な感じがする。この気持ちの人がいったいどれだけいるのかな。
辺りを見回すとすでに机に俯せている者、ひたすらノートに文字を書いている者、絵を描いて遊んでいる者、様々だった。意外と無意味な時間と考えているのは私だけかもしれなかった。
講師がプリントを持って戻ってきた。
前の席から一枚づつ、起きている生徒や寝ている生徒に関係なくプリントを置いていた。大抵の講師ならば今の状況を見たら怒り出すに違いないだろう。
私のところにもプリントを置いていった。
短編小説と言っていたが、本当に短い。原稿用紙5枚程度の文字しか書かれていなかった。
タイトルは『夢をみたあとで』
ボクは夢をみていた。
でもその夢が夢だと気が付いたのは時間感覚的にいうとずいぶんと後のことだ。
現実と何も変わりのない世界。違和感なんて感じることもなく、ボクは過ごしていた。いつも通りに起きて自転車に乗って駅に向かい、電車に揺られて大学に行って講義を受け、友人と他愛無い話しをして笑い、夕方にバイトへ行って帰宅して眠る。ほぼ毎日は同じことの繰り返し。
でもあるとき違和感が生じた。
それはある日のことだった。なにげなく日めくりカレンダーを見たときだった。
あれ、今日って×月××日だったかな?
両親や友人に聞くと間違いなくその日は×月××日だった。
そして次の日……。あまりにもおかしなことが起こっていた。
日めくりカレンダーがまた×月××日だったのだ。もちろん両親や友人に確認した。「今日は×月××日なのか」って。すると皆ボクが可笑しなことを言ったかのように笑うのだった。
そのときようやく分かった。この世界が現実じゃないこと。夢だということが。
同じ日々の繰り返し、似た現象が何度か起こる。これらは何か目的があるようで、ボクをこの世界に閉じ込めておくために必要な現象だったようだ。
ボクはこの世界に何日分滞在していたかは定かではない。時間感覚でいうとずいぶん長い。
同じ日を繰り返してはいるが、記憶の引き継ぎは主に行われない。しかし、何かの拍子にデジャヴのように感じる瞬間がある。それらを見つけられたボクは違和感の壁を次々と壊してようやく夢から覚めた。
そこは×月××日の次の日だった。
目が覚めたときボクは見知らぬ天井をみつめていた。もう夢じゃないのは分かっていた。そう、夢の世界とは目覚めた場所が違った。
ボクは思い出した。あの日、父は出先で交通事故に遭って意識不明の状態で病院に運ばれ、電話を受けてパニックになった母も家を飛び出して交通事故に遭った。
そうだ。それを聞いたボクは過呼吸を引き起こして病院に運ばれたんだった。
夢をみたあとでボクは現実を知ってしまった。もしかするとあの夢はボクが幸せでいるために創られた楽園だったのかもしれない。
……驚いた。
ここに書かれている文章がまさか私の感じていることについて書かれているなんて。とてもじゃないが文章を流せられなかった。ここに書かれていることがたとえば事実だとすると、私の感じている違和感はこの文章と同じではないだろうか。
私は何度もその文を読み返した。講義が終了するまで何度も何度も。
ここでは記憶の引き継ぎが主にないって書かれている。つまり同じ日を繰り返しても気が付かないってこと。でもこの主人公は気が付いた。
デジャヴに感じる違和感を見つけて……。
もしも。もしも私の感じている違和感が、この世界が、現実じゃなく夢ならば、この主人公のような結末が待っているのかもしれない。
――ボクが幸せでいるために創られた楽園だったのかもしれない。
私は確かめないといけない。このどう見ても普通の世界が現実なのか夢なのか。
物語通り違和感やデジャヴを感じている私なら見つけられるかもしれない。この世界の秘密を。
今日の出来事をもしも忘れてしまったらどう対処すればいいのだろう……。だめだ、きっと忘れちゃだめなんだ。
必ず明日へ記憶の引き継ぎをしてみせる。
今日は恋愛運がとくに関係しなかったなぁ。でも、重要な手がかりを得た気がする。
私はこのもやもやする違和感の真実に辿り着きたい。それがどんな結末でも。
きっと今日のおひつじ座は何かを伝えたかったんだ。今日はいい日だった。
他の星座ならどうなっていたのかな?
星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと。
読んでいただきありがとうございます。誤字脱字あるかと思われます。もしも見つけた際は教えていただけると幸いです。一日更新が遅れたこと、申し訳ありませんでした。