激情の双子
・双子座
5月21日~6月21日
天秤座にとって幸運の花は『野ばら』
天秤座にとっての幸運色は、『黄・淡青・緑』
宝石では『碧玉・緑柱石』
…………あれ?
なんだろう。なにかあったような気がするのだけど思い出せない。大切というか幸せというか、大事な何かを忘れているような気がする。この違和感はいったいなんだろう。前にもこのような違和感を感じたことが記憶に残っている。それがいつだったかは見当もつかないけれど……。
カーテンの隙間から今日も太陽の光が射し込んで一日が始まった。
眠たい目を擦りながら洗面台に向かう。重たいまぶたを上げて、蛇口を開けて水を出した。栓をした洗面器に水が溜まっていく。水が次第にお湯に変わって湯気が立ち、鏡が白く曇り出した。洗面器に半分ほどお湯が張られた状態で蛇口を閉めて両手を浸す。熱くもなく冷たくもない生ぬるいお湯を両手の柄杓で掬い上げて顔を洗う。眠気がお湯に溶けて洗面器に雫となって落ちていく。重たかったまぶたは軽くなった。
ふんわりと柔らかい真っ白なタオルでやさしく押さえながら顔の水気を取る。化粧水を手に取って顔に染み込ませていく。もちもちとして気持ちいい。
鏡に映るぼさぼさの髪を櫛で梳かしていく。お母さんに買ってもらった光沢のある赤い半円型の櫛は私のお気に入りで宝物の一つだ。
そしてここから私にとっての本当の一日が始まる。
私、眞琴には毎日の日課がある。
それは朝の恋愛占いを見ることだ。
その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。
私自身は5月31日のふたご座生まれだ。
さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。
――今日の恋愛占い――
*恋愛運……カップルは相手への奉仕が過ぎて金銭的な出費がピークに。お金のかかるデートばかり選ぶよりも、会話を楽しむことに神経を使いましょう。片思い中の人も、まずは好きな人とたくさん会話することを心がけて。共通の趣味から急接近も期待できそう。
*全体運……つい口げんかをしがち。友人と言い合いになっても、言っていい事と悪い事は見極めて。
*幸運の鍵……銭湯
*相性のいい星座……牡羊座
大学に向かう電車の中で私は今朝起きたときに感じた違和感について考えていた。車窓に映り込む自身にこのもやもやとする気持ちを心の中で問いかける。
なにか忘れていることでもあるの?
……………………。
もしかして夢でも見てた?
……………………。
ねぇ、このもやもやする違和感はいったいなぁに?
……………………。
答えてくれる気配は一向に感じられなかった。
仕方がなく私は映り込む自身の姿の奥に見えるいつもと変わらない景色を眺めた。普段とは違う何かを見つけようと空に浮かぶ雲の形に動物を探してみたり、橋下の川の色を眺めてみたり、建設されていく建物を見つめた。
あれ…………ちょっと待って。これって前にも同じことがあった気がする。
そう思った瞬間。私の脳内に今の風景と似ている映像が流れ込んできた。電車に乗っている人の性別や年齢は違うけれど人数は同じで、空に浮かぶ雲の形は何かの動物に見えて、橋下の川の色は脳内に流れてきた映像と似た色をしていた。
これってどういうこと? デジャヴっていうやつなの? でもたしか、デジャヴって実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したように感じることを言うんだよね。じゃあこれはきっと違う。だって私は以前にも似た体験を一度しているのだから。
電車を降りて文学部の学舎へ向かう途中、薬学部に所属している友人のあかりに出会った。
「あー眞琴だぁー。ねぇねぇいま時間空いてる?」
「ごめん、これから古文の講義ある。それ終わったら今日は何も用事ないから空いてるけど?」
「それならそれでいいや。あとでテラスでお茶しようよ、それまでボクはレポートでも仕上げてるから」
「うん、じゃあまたあとでね。終わったらメールか電話するよ」
「はいは~い」
とういわけで講義が終わったらあかりとお茶をすることになった。おかげで講義に対して頑張ろうという意欲が湧いた。正直今日の講義は一つしかないため、その講義を聞きに大学まで来るのは面倒のほかでもなく、どうにもモチベーションが上がらないでいた。何かイベントや褒美がなければこのような日は無駄に過ごした気分になってしまうのだ。
結局一時間半の講義はうとうととしている間に終わってしまった。始めの十分程度しか真剣に聴いていなかったせいか、真面にノートを取ることができていない。最初の数行のみ綺麗な字で書かれていて(周りからすると綺麗じゃないかもしれない)色ペンも使われている。そのあとのノートは見るに堪えないものだった。字はぐにゃぐにゃに曲がっていて何を書いているかも読めず、おまけに何も書いていない場所を円で囲んで『ポイント!』などと書かれている。
私はこのとき単位を落とす予感がしてならなかった。
講義終了後あかりの待つテラスへ向かった。学舎の三階にある眺めがいいテラスで女子に大人気の場所だ。毎日女子生徒しかいないせいか、男子禁制になりつつある場所でもある。
このテラスで一番学内の景色が綺麗にみられる窓側の席にあかりは座っていた。運がよかったのだろう。あの席にはいつも誰かが座っているため座るのは今日が初めてだった。
「ごめんごめん待たせちゃったね」
「へいきよ~。レポート書いたり絵を描いてたりしてたらすぐだったよー」
「そう、それはよかった。でも退屈だったと思うからおごるわよ」
「ほんとっ!? じゃあねーじゃあねー春のおすすめケーキセットにしよっかな!」
「はいはい。すいません、春のおすすめケーキセット2つお願いします。飲み物はアイスティーとアイスコーヒーで」
あかりのレポート用紙を覗くとあまり進んでいなかった。どちらかというと絵の方がたくさん描かれている。きっとこっちの方に時間を掛けたのだろう。多少雑に描かれているものの、特徴を捉えて描かれているので上手に見える。
ライオンが泣いているイラスト。
弓矢を持つ天使。
水槽を泳ぐカメ。
三角フラスコに試験管に天秤。
背中を合わせる男女の絵。
これだけ描いているのだからレポートが進んでいないのも分かる。その集中力をレポートに向けていればきっとすでに終わっていただろうに。私が言えるはずもないので心の中で留めることにした。
「ねぇ、その背中合わせの男女って誰と誰?」
「これはねー秋坂くんと誰かさん」
「誰かさん?」
「だって秋坂くんに彼女さんがいるって噂は聞いたことないでしょー? だから誰かさん。秋坂くんが好きそうなタイプの子を描いたつもりなんだけど、はたしてこの関係になる人って誰なのかなぁ?」
「人気だものね、何十何百の生徒の中から一人だけだからほんと予想もできないわ……。もしかすると他の大学の生徒かもしれないし、後輩の可能性だってある。それを含めるともう絶望的ね」
「あきらめるのはまだ早いよ~。告白もしないであきらめるのはただの弱虫だよ? 臆病者だよ? 気持ちを伝えてからでも遅くないよ? ボクは卒業するまでに言うつもりだよ、ダメでもともとなんだから本当の気持ちを伝えなきゃ」
「まぁ……そうかもしれないけど」
「眞琴は悔しくないの? ずっと言わずに心の中で留めてだよ、もしかしたら付き合えてたかもしれないチャンスを捨ててだよ、他の女の子が隣にいるのを見て悔しくないの?」
「それはもちろん悔しいけれど……どうせ結果論なのよ」
「どうせって言葉はただの言い訳だよ? 何もできない自分が許せない、でもそれを認めたくない、だから〝どうせ〟って言葉で終わらせる。ボクその〝どうせ〟って言葉嫌いかな、だって全部できない方に運んじゃうんだもん――」
なんでだろう、あかりの言うことは正しい。告白してないのだから諦めるのはまだ早いし、逃げる行為は弱虫で臆病者の証拠で、言わなかった方が嫉妬するのも間違ってる。
わかってる。わかってるよ……。
でも……!
「――でも眞琴は高校の時から言い訳ばかりだったから仕方がないのかなぁ~」
「ねぇ、あかりに何が分かるの……? たかが4年くらいで私の気持ちの何が分かるっていうの? 辛い思いしたことないあかりにはきっとわからないよ……」
「お待たせしました、春のおすすめケーキセット、アイスティ―とアイスコーヒーです」
「まこと……?」
「ごめん……私急用を思い出したから帰るね。あの、これ先に払っておきます、おつりはいいですから。2つとも食べていいからね……」
運ばれてきたおいしそうなケーキセットに手も付けないまま、あかりの驚いたような、怯えたような顔に私は涙を堪えて逃げるようにテラスを出た。
抑えられなかった。抑え切れなかった。
あかりが正しいのに、正しいのを認められなかった。
そういえば占いで書いてあったっけ。友人との口げんかでも言っていい事と悪い事があるって。完璧に悪い事を言っちゃったな……。
だめだ、またもやもやしてきた。きっと今日の占いがいけなかったんだ。あんなこと書いていなければ結果は変わっていたんだ。他の星座にはどんなこと書かれていたのだろう。私の星座が違っていればあかりとも喧嘩しないで済んだはずだ。
きっと……そうだ。
星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと。
読んでいただきありがとうございました。ここから物語は少しずつ違う展開をみせていきます。まだまだ続きますので、どうか引き続きよろしくお願いします!
次回の星座が何になるか楽しみにしていただけますと幸いです☆




