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虚実の水瓶

 ・水瓶座

 1月20日~2月18日

 水瓶座にとって幸運の花は『桜草と椿』

 水瓶座にとっての幸運色は、『緑』

 宝石では『紫水晶・サファイア・オパール』






 私、眞琴には毎日の日課がある。

 それは朝の恋愛占いを見ることだ。

 その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。

 私自身は2月10日のみずがめ座生まれだ。

 さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。



 ――今日の恋愛占い――


 *恋愛運……意固地になりがちな時期。意中の相手とうまくいっているのに、周りに冷やかされたせいでついムキになって、目の前にいる相手のことを悪く言ってしまうなんてこともあるかも。そんなときは後ですぐに相手にフォローのメールや電話をしましょう。

 *全体運……頑張り過ぎて気疲れしてしまいそう。ごく親しい相手には、時には甘えてもいいかもしれません。

 *幸運の鍵……紅茶

 *相性のいい星座……天秤座



 意中の相手とうまくいってることになってる!

 てことは、今日はすっごくいい日なんじゃない? 恋愛運では私が周りに冷やかされたことでムキになっちゃうんだ……。でもだいじょうぶ。常に心を穏やかに保っていればいいんだ。今日一日はムキになったりしない。もしなってもすぐに仲直りすればいいんだから、今日は絶対にいい一日になる!

 みずがめ座で本当に良かったと思う。


 ところで、私には好きな人がいる。

 それは同学年で音楽学部に所属する赤坂紡あきさかつむぐ君だ。

 学内の女子なら誰もが彼のことを狙っている。それほど人気のある彼は容姿端麗で性格もいいという、まさに理想の男性だ。そして、彼を狙っている女子の中にもちろん私も入っているわけで、何度か話し掛けてみようと試みたけれど、緊張のあまり彼の前に姿を出すこともできなかった。

 彼は私の気持ちなんて知らないだろう。いや、それ以前に私のことすら知らないに違いない。彼のような人が、姿を出すこともできない、話しを掛けることもできない、目も見られない臆病な私を知っているはずがない。たぶん――絶対と言ってもいいけれど、私だけが彼のことを意識している。



 そんなもどかしい恋もあるのだ。



 春らしい天気の今日はライトグレーのポンチョ風Vネックセーターに裾がくしゅくしゅの黒レギンスを組み合わせてみた。ベルトの付いた低ヒールのペタンコブーツを履いて家を出た。


 駅の改札口を通ったときにちょうど電車が着いた。階段を駆け上がってホームへ向かう。

 普段なら女性専用車両に乗るのだけれど、すでに扉が閉まりそうだったため、一番近い一般車両に乗り込んだ。幸いなことに車両内は空いていた。乗っているのはお年寄りと親子連れ、私と似た年齢の男女が数名だった。

 朝の通勤ラッシュ時に比べてお昼前の電車はなんとも居心地がいい。満員電車内のあの圧迫感は何度体験しても具合が悪くなる。見ず知らずの人と体を密着させるのが一番神経を使ってしまう。とくに一般車両は男性がいて抵抗があるし不安になることが多い。とはいえ、私だけかもしれないが女性専用車両でも抵抗はあるのだ。それは女性特有の香水の匂いだ。単体の匂いとしては決して嫌いではないのだが、多種類の匂いが混ざり合うことで不愉快な匂いに変わる。


 結局のところ、私は電車に出来る限り乗りたくないということだ。


 開いた扉側にある長椅子のほぼ中央に座り、半ば身体を右に向けて、動き出した電車の車窓から流れていく景色を見る。いつもと変わらない景色に私は、普段とは違う何かを探していた。空に浮かぶ雲の形に動物を探してみたり、橋下の川の色を眺めてみたり、建設されていく建物を見つめた。特別違う何かを見つけられないまま、電車は次の駅に止まった。扉が開くと同時に数人が降りて数人が乗り、扉が閉まってまた電車は動き出す。いつもと変わらない。



 ――そう思っていた。



 私の左隣に誰かが座った。窓の外を見ている私は、いったいそれが大人なのか子供なのか、女性なのか男性なのか分からなかった。気にもしないまま景色を見続けていると、その人が突然話し掛けてきた。


「あれ、君ってもしかして××大学の文学部の子だったりする?」


 傾けていた身体を戻して振り返る。

 私は初め目線を下げて振り向いた。声の主が男性だと分かり、いきなり相手の顔を見るのが恥ずかしくなった。スウェードの靴にベージュの綿パン。男子ならよくある感じの服装だ。さらに目線を上げていく。ワイン色のシャツに濃灰色のニットカーディガンを羽織っている。


「やっぱりそうだ。よく音楽学部のあかりさんと一緒にいるでしょ」


 あかりを知ってる?

 私は顔を上げて相手の顔をみた。

 私の心臓が速く大きく脈を打った。全身に鼓動が伝わって身体が震え、耳が熱くなって周りの音が何も聞こえなくなった。車内に流れるアナウンスも他の乗客の声もすべて。聴こえるのは私の心臓の音だけだ。

 まさか秋坂君がいるとは思わなかった。


 胸に右手を押し当てて自身を落ち着かせる。呼吸もままならないくらい私は動揺していた。けれどそれを表に出さないように私は必死に押し殺している。視界が揺らぐなんて漫画やアニメの中だけのものだと思ってた。


「君ってあたたかい手してるんだね」


 ……え?

 右手は胸に押し当てたまま。私は左手の行方を追った。ようやく神経が正常に働き出したのか、長椅子の布とは全く違う感触があった。それは少し硬くて柔らかい、まるで人肌のような感触だ。

 私の左手は秋坂君の右手に覆いかぶさるように置かれていた。思わずはその左手を素早く引っ込めて、右手同様胸の前に押し当てた。


「あ、え、あ、えっと、その……ごめんなさい!」


 公共の場を忘れて私はなかなか大きな声で謝ってしまった。乗客の視線が私と秋坂君に刺さる。

 いつの間にか電車は次のホームに辿り着いた。


「ちょっと空気入れ替えようか」


「えっ……」


 彼は私の左手を取って電車を降りた。その駅ははいつも降りる一つ手前だった。


「あの空気の中でもう一駅ってしんどいでしょ。どうせすぐに電車来るし、大丈夫だって」


 ぜんぜん大丈夫なんかじゃない……。

 秋坂君と二人きりなんて夢でも見ているんじゃないかな?

 どうしよう。さっきずっと手握っちゃってたし、大声も出しちゃって大迷惑だったよね。

 それに、私の鼓動が手を伝って聞こえてたらどうしよう。考えるだけで恥ずかしくなる。  


「あ、あの、その、さっきはすいませんでした」


 私は赤くなっているであろう顔を隠すために深々と頭を下げて謝った。


「ん? あぁ気にしなくていいよ。俺の方こそ勝手に降ろしちゃって悪かったよね、ごめん。それよりもさっきはすっごく緊張したわー」


「えっと、それはその……手を握っていたことですか」


 下を向いた状態で尋ねる。


「えっと、まぁ、うん。君は無意識だったみたいだけどさ、さすがに女の子に手をいきなり握られたりしたら恥ずかしくなった。心臓の音が手を通って伝わってるんじゃないかなって思ったよ」


 あ、私と同じことを考えていたんだ。

 このとき初めて彼が近い存在のように感じられた。いままではどこか遠い感じがしていて、近づいちゃいけないものだと勝手に思い込んでいた。


「えっと、君の名前知らないんだけどさ、よかったら教えてくれない?」


「えっ、あ、眞琴です! 眞琴って呼んでくれればいいです!」


 頭がぼぉーっとして思考回路が上手く働いていないみたい。身体中が火照って熱い、炎に包まれたように熱い。過呼吸に似て酸素が息が荒くなる。もう一度まばたきをしたら私は記憶を無くして倒れてしまいそうだ。


「眞琴っていうんだ。いい名前だね、響きがすっごくいい」


 ――もう、ほんとに倒れそうだ。


「お、電車きた。おい眞琴、下ばっかみてっと危ないぞ」


 秋坂君は私の肩を優しく両手で支え、点字ブロックの方へ遠ざける。ホームに入ってきた電車の窓に映る私たちの姿は、まるで本物のカップルのようだった。

 そして私は借りてきた猫みたいに彼の隣に座っている。車内はよく見かける大学の生徒ばかりだった。


 ねぇ、あれって音楽学部の秋坂君じゃない?

 うん。それよりもさ、あの隣に座ってる子って誰?

 あれ私と同じ文学部の子だよ。まさか付き合ってるのかな。

 それこそまさかよ。秋坂君があんな女と付き合うはずないでしょ、ないない。

 だよね。秋坂君のタイプじゃなさそうだもんねー。


 聞こえてくる批判の声。

 気にしちゃダメ。がまんがまんがまんがまん……。

 占いで言ってたんだ。平常心を保って、冷静になって、落ち着いて。気にしない気にしない。


 ――――あの子じゃ秋坂君は無理に決まってるのにお気の毒。うたかたの夢でも見られただけ幸せだと思わなくちゃねー。


 大丈夫。言わせたいだけ言わせればいい。怒っちゃダメ!


「おい!」


 声を張ったのは私じゃなく、隣に座る秋坂君だった。


「なに好き勝手言ってんだ、全部聞こえてんだよ。言いたいことあるなら面と向かってはっきり言えよ。俺のことを言うのは構わないけどな、眞琴のことを悪く言うのは聞き捨てならない」


 真剣な眼差しで真っ直ぐと相手の顔を見て話す秋坂君に、目を背けて黙る女の子たち。

 ちがう。

 ちがう。

 悪いのは私なのに。


「誤解です……誤解なんです! 私はたまたまさっき話し掛けられただけで、付き合ってるとかじゃなくて、良くしてもらっただけで、秋坂君の親切心に甘えていただけなんです!」


「眞琴……?」


 電車が駅に着き、扉が開いた。


「………………ご迷惑をお掛けしました」



 私は秋坂君の顔を真っ直ぐ見ないまま言い、飛び出すように電車を抜け出した。





 それからの記憶はよく覚えていない。

 大学には行かずに、どこか知らない公園でただずっと泣いていた。

 正直あれだけ言われて悔しかった。でも、それよりも悔しいことがあった。

 秋坂君が私のことで怒ってくれた。

 秋坂君は何も悪くないのに、嫌われるかもしれないのに……。

 謝りたい。

 たくさん謝りたい。

 手を握ってしまったこと。話してしまったこと。隣に座ってしまったこと。怒らせてしまったこと。私だけが勘違いしていたこと。カップルみたいだなんて馬鹿みたいに思ってしまったこと。


 謝りたいよ……。

 謝りたいのに電話番号もアドレスも分からないなんて……。

 占いの嘘つき。仲直りのチャンスを与えてくれないなんて、ホント――



 水瓶のオブジェから流れた水に映る私は、とても彼の前に出られるような顔をしていなかった。




 ――これじゃあほんとにうたかたの夢だ。



 もしも私が他の星座だったら仲直りできたのかな。この運命も変わっていたに違いないよね。




 星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと。









 読んでいただきありがとうございました。タイトルは〝虚実のみずがめ〟じゃなく、〝虚実のすいびょう〟と読みます。

 次はどの星座のお話になるか楽しみにしていただけると幸いです☆



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