終焉の牡牛
・牡牛座
4月日20~5月20日
牡牛座にとって幸運の花は『ばら・すみれ』
牡牛座にとっての幸運色は、『ピンク・ダークブルー』
宝石では『サファイア・エメラルド』
――今回で十二星座すべてを体験したことになる。これが最後のおうし座だ。
今日でこの夢の世界を抜け出して、3月22日を終わらしてみせる。ずいぶん前からだけれど、迷いや不安は断ち切っているし、後悔しないと決めているから私の気持ちは揺らいだりしない。必ず秋坂君へこの気持ちを伝えて、すべてに終止符を打つんだ。
目が覚めたのはアラームをセットした時刻よりも30分早い午前7時だった。昇った太陽の光はカーテンを薄っすらと透過し、窓の外で小鳥たちは朝を告げていた。仕方がなく起きて枕元に置いてある携帯電話の設定してあるアラームを解除する。カーテンを開けて太陽の光を身体でいっぱい浴びて、体内にまだ残っている眠気を消していく。
今日も一日陽気でいい天気だ。
手元に置いてあるファッション雑誌を手に取ってページをぱらぱらとめくる。
しし座の私は占いを信じてなるべくお洒落をしようとしていたんだよね。でも今回は着飾ったりなんてしない。ありのままの、普段の私を見てもらわなくちゃ。(といっても大してお洒落なんてしたことないんだけれど……)
パジャマを脱いで着替える。キャミソールの上に袖口と裾にレースが拵えてある黒のTシャツ、パッチワークの付いたデニムの裾をくるくるとルーズにロールアップして穿いた。
リビングでテレビを付けてニュースを見ながら、朝食の焼いたパンにいちごジャムを塗って食べる。最近人気のある本の紹介、芸能人の結婚、各地の桜開花についてなど、見たことあるものばかりが流れていた。食べ終えた食器類を片付けて歯を磨きながら占いの時間を待つ。
これが最後の3月22日の占いになりますように。そして、できることならば私の背中を押してくれるような結果でありますように。
私、眞琴には毎日の日課がある。
それは朝の恋愛占いを見ることだ。
その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。
私自身は5月10日のおうし座生まれだ。
さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。
――今日の恋愛占い――
*恋愛運……大きく前に進める日になりそう。素直な気持ちで意中の相手に告白すると成功するかも。ありのままの自分を伝えることが一番。下手に着飾ったり意識するとうまくいかないかもしれないので注意!
*全体運……今月の中で一番運勢がいいといってもいいでしょう。しかし、自分に迷いや不安など負の要素を抱いていると運気は下がっていくかも。太陽へ向かっていくような元気で明るい強い気持ちが大事!
*幸運の鍵……桜の木の下
*相性のいい星座……獅子座
もしかするとお願いが通じたのかな?
そう思えてしまうほど、背中を押してもらえるような結果内容だった。恋愛運も全体運も幸運の鍵も私に勇気をくれているようだ。今更かもしれないが、相性のいい星座を振り返ってみると次に体験する星座を示しているのに気が付いた。つまり、今回のしし座には二通りの道があると想定できる。
ひとつは、この夢の世界から抜け出して現実の世界でしし座を持った本当の私。
ひとつは、もう一度夢の世界の初めに戻る形。あの日の私はしし座で逃げ込んできたから、しし座が一番初めになるのかもしれない。
どちらにしても進むしかない。ここが終わりなのか、それとも折り返し地点なのかわからないけれど、答えはきっと私次第だと思う。
私は歯ブラシを洗って口をゆすいで髪形を整え、鏡に映る自分に言ってみた。
「みてて。もう弱かった頃の私じゃないから――」
胸もとにタックをあしらい、ウエストに共布リボンが付いたベージュ色の裾レースワンピースを羽織り、キャメル系のコルク調ウエッジシューズを履いて通学かばんを持って家を出た。
8時過ぎの駅のホームは会社員や学生で結構溢れていた。わざと電車を一本送らせて次の電車の女性専用車両に乗ることにした。4分後に到着した電車の女性専用車両は先ほどに比べてかなり空いていた。朝から満員電車なんてできることなら避けたいし、一本遅らせたのは正解だったようだ。
地下鉄を乗り継いで大学に着いた。
いつもと変わらず舞い散る桜の花びらが出迎えてくれた。門をくぐる前に手を伸ばしてひとひらを手に乗せる。軽く拳を握った状態で目を閉じて一息ついてみた。
……十二星座を体験してみて、楽しいことも辛いことも強くなる方法も、あかりのことも秋坂君のことも知ることができたんだよね。ここを楽園だとは思わないけれど、それでも私自身を知ることができたし、なによりも強くなれた気がする。きっとこの夢の世界に来ていなかったら私は弱いままで前なんて向けなかったと思う。下を向いたまま何度も失敗して後悔して、楽しいとか嬉しいとか幸せとか、そういった素敵な感情に気付けなかったんじゃないかなぁ。本当のしあわせって何か分からないけれど、私にとっての本当のしあわせは、前を向いて歩けることみたい。こんなに近くにあったなんて知らなかった。
閉じていたまぶたを上げて腕を前に出し、握っていた拳を開くと桜の花びらは風に乗ってどこまでも高く飛んで行った。
――よし、いこう。
桜並木の下で立ち止まるのはきっと告白する時だ。
今回で本当に最後かもしれない古文の講義を真剣に受けてみた。結局よく分からなかったものの、睡魔に負けず、ノートもしっかりわかりやすく取った。これも進歩なのかもしれない。
講義を終えてから携帯電話を確認するとあかりからメールが届いていた。
『講義終ったぁ~? よかったらテラスでお茶でもしない?』
今回はお茶のお誘いがある回みたい。
『ごめん、今日は大切な用事があるのよ。とても大事な用事だからお茶はできないわ』
『そっかぁーそれなら仕方がないね。じゃあまた誘うねぇー』
『今度は3月22日以降にね。あ、お礼もしないといけないし謝らなくちゃね。まず誕生日プレゼントありがとう。次にすごく感じ悪いことしてごめん。三つ目に正しいこと言って導いてくれてありがとう。それと、私の友達でいてくれて、ライバルでいてくれてありがとう。あかりがいなかったら私はやっぱりダメダメだったと思うの。じゃあ明日ね!』
携帯電話の電源を切ってかばんにしまって講義室の席を立つ。
「あの、眞琴さん、ちょっといいかな?」
前の方から来て話し掛けられる感じにも慣れてきたような気がする。
あだな〝芥川〟の加川君が声を掛けてきた。
「なにかな?」
「ここじゃちょっと言いにくいんだ。すまないけれど場所を変えて話したい」
そう言われた私は講義室を出ていく加川君の後ろをついて行くことにした。とくに何を話すでもなく黙々と学舎を歩いていく。
階段を上がったり下がったり、右に曲がったり左に曲がったり、いったいどこに行きたいのかな?
結局着いたのは、何度か前を通って通り過ぎ、入ってもみた二階にある文学部の資料室だった。ただ、さっきまでは数人生徒がいたのだが、いまは誰もいない。
「……その、眞琴さん、真剣に聞いて答えてほしい。よかったら付き合ってくれないか」
わたし馬鹿だ。前に一度加川君から告白されていて、場所を変えてまでも話したい内容をどうして見抜けなかったんだろう。わざわざ人気のない場所にまで連れてきてくれたのに、私の答えはもう決まっているからただ傷付けるだけなのに……。
「眞琴さん?」
ううん、違う。もしも話し掛けられたときに気づいたとして誤魔化して逃げていたら、その方が加川君を傷つけたに違いない。相手の気持ちをしっかり受け止めて私の気持ちを伝えなくちゃ、いつまで経っても逃げてるだけだ。私が加川君ならきっと、話を聞いてもらえないことを避けられていると思って勝手に傷ついて、ずっともやもやした気持ちを抱いていくかもしれない。危うく私は加川君にそんな気持ちをさせるところだった。
「加川君の気持ちはすごく嬉しい。告白するのって勇気がいるし、すごく緊張すると思う。だからね、すごく嬉しい。けどね、私にも好きな人がいてね、もうこの気持ちに嘘は付けないの。ごめんなさい……」
「いや、わかってはいたんだ。ただ、それでもどうしても言いたかった。面と向かってこの口で直接言いたかったんだ。話し掛けたときにもしかしたら勘付かれて避けられると思ったんだが……いや、勘付いてはいたんだろうさ。でも来てくれて嬉しかったよ。わざわざ時間を割いて悪かった。眞琴の気持ちを聞くことができて本当によかったよ」
「私も同じだよ、気持ちを聞けて良かった。私も振られるかもしれないけどさ、お互いに下を向かないでさ、前を向いていこうね」
加川君は「あぁ」と言って笑ってくれた。これでよかったんだ。
私と加川君は資料室を出て互いに違う方へ向かって歩いた。加川君はきっと前を真っ直ぐ向いて歩いていると、後ろの方で響く靴の音を聞いて思った。階段を下りた私は学舎の外に出て言い聞かせた。
だいじょうぶ。絶対だいじょうぶ。言える。絶対言える。よしっ!
思いっきり地面を蹴って私は走った。
風に舞う桜の花びらを纏いながら桜並木の下を駆けていく。
足が軽い。
心が軽い。
いまの私を止められるものなんて何もない。
「わたしの世界って、こんなに綺麗だったんだ!」
音楽部の学舎へ向かう途中にひとりで歩いている秋坂君の姿を見つけた。
私の足がさらに速くなっていくのを感じる。とどけ――この想い!
「秋坂君!」
「ん? あれ、眞琴どうしたの?」
「はぁ……はぁ……あのね、聴いて……ほしいの」
乱れた呼吸のまま大きく息を吸った。
「わたし秋坂君が好きです!」
言えた。言えたんだ。わたし言えたんだ。
「ったく、俺よりも早く告白かよ……こんなんだから草食系男子とかって言われんのかもなぁ。それにしても、〝これだから俺も諦められなかったんだよな……〟。じつは俺もずっとずっと前から眞琴のことが好きだ! だからさぁ、俺と付き合ってくれ!」
それから私は地面に座り込んで泣いてしまった。張り詰めていた糸が切れてしまったのか、全身に力が入らず、安堵に満ちた心はゆっくりとしあわせを感じて熱を帯びた。火照る顔を柔らかな風がそっと撫で、それといっしょに桜の花びらが舞い上がって私と秋坂君を包み込んだ。ひとひらひとひらに今まで体験してきた十二星座の出来事が映像みたく映り込み、この夢の世界の終焉を告げるように私の目の前に光のカーテンが降りてきて静かに幕が閉じた。
星座占いの結果は人生を多少なりとも左右していると思う。
その日のモチベーションを左右すると言ってもいい。
いい結果もあるし、時には残酷とも思えるような結果もある。
それでも、毎日を楽しく過ごせられるのはやっぱり星座占いがあるからだと思う。
これからも私は毎日星座占いを見ていく。
それが私の日課だから。
3月22日。私はこの日もこの世界も、現実世界に戻ってもきっと忘れることはないだろう。
読んでいただきありがとうございました。
これで終わりではありません。もう少しですが、最後までお付き合いしていただけると幸いです☆




