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倥偬の山羊


 ・山羊座

 3月21日~4月19日

 山羊座にとって幸運の花は『リラ・けし』

 山羊座にとっての幸運色は、『ベージュ・こげ茶』

 宝石では『黒サファイア・トルコ石』









 ……なるほど。今回の3月22日は私にとって、とても特別な日になるみたいだ。





 私、眞琴には毎日の日課がある。

 それは朝の恋愛占いを見ることだ。

 その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。

 私自身は3月22日のやぎ座生まれだ。

 さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。



 ――今日の恋愛占い――


 *恋愛運……とにかく忙しい一日になりそう。あっちに呼ばれこっちに呼ばれでは心身共に疲れ切ってしまうかもしれないけれど、意中の相手からお誘いがあるかもしれないから気は抜かずに! 意中の相手の話をしっかり聞きつつ愚痴をこぼすと新密度アップ!

 *全体運……より高い理想を持って行動するのが幸運への近道。たとえそれが叶わないほどの高い理想だとしても気にせずに。望む気持ちが強いほど運気がアップ!

 *幸運の鍵……ピアノ

 *相性のいい星座……牡牛座




 今日は私の誕生日のようだ。

 朝起きたときに今回の星座と誕生日の記憶が入ってきて正直驚いた。まさか現実世界よりも先に夢の中で誕生日を迎えるなんて、まさに夢にも思わなかった。

 私は枕元に置いてある携帯電話のアラーム音ではなく、メールの着信音で目が覚めた。朝日が昇り始めたばかりの六時過ぎだというのに、次から次へとメールが流れ込んできたのだ。



『誕生日おめでとう!』

『ひさしぶりー。そういえば今日は誕生日だよね、おめでとー!』

『誕生日おめでとう。こうして俺たちもどんどん大人になっていくんだろうなぁ。あと数年後には結婚してて子供がいて、安定した収入で暮らしてるのかもな。早く大人になりたくて大人の真似をしてた幼い頃の俺たちもさ、気付けばもう大人なんだよな……。夢に向かって思う存分勉学に励んでな! 俺は齷齪あくせくと働いてるぜ!』



 十数通のそれらは全て私の誕生日を祝うメールだった。その中には熟睡中であろう夜中の2時や3時に送られてきたのもあった。メールボックスにある未開封メールの一番下は、12時ちょうどに届いていて、送信者はあかりだった。


『まことハッピーバースデーぃ! きっとボクが一番最初におめでとうを送ってるかなぁー。これは逆にプレゼントをもらえるのでは……? 冗談だよ! プレゼンと用意してあるから楽しみにしててね~』


 メールに添付されている写真を開いてみると、黄色い包装紙できれいにラッピングされている四角い箱が映っていた。かなり近くで撮影したのか、箱が大きく見える。箱が大きくても小さくても嬉しい気持ちに変わりはない。あかりにはしっかりとお礼を言わなくちゃ。

 あかりは記憶を引き継いでいないみたい。その方が私にとってもあかりにとっても幸せだ。



 白と青のボーダーキャミソールの上に読めない英語がプリントされた短丈Tシャツを重ね着し、黄色の前開きのマキシスカートを穿いて、レースアップブーツサンダルで大学へ向かった。

 文学部の学舎へ向かう途中、携帯電話がポケットの中で震え、メールの着信音が鳴った。道の中央で立ち止まってメールを確認しようとした瞬間――


「どーんっ!」


 ――突如背中に効果音とは似ても似つかないような軽い体当たりが来た。効果音を発した声と体当たりなどという幼稚な行動をするのは一人しか思い浮かばなかった。私の頭の中では誰が後ろにいるのか容易に想像がついていたので振り返る必要がなかった。


「朝からこんなことするのはあなただけよあかり……」


「ピンポーン! 眞琴すごーい、大正解だよぉー」


「なにがピンポーンっよ、痛いじゃない」


「そんなに強くぶつかってないよぉー? 眞琴は大げさだね~」


 あかりはにこにこ笑っていて楽しそうだ。

 その楽しげなあかりを一旦放置して、先ほど確認しようとしていたメールを開いてみた。送信者はあかりで、本文には『眞琴の後ろにいるの……』と書かれていた。


「あれぇ、そのメール今見たの!? 立ち止まったから振り向くんだと思ってそこの茂みから出てきたのに!」


 なるほど。このメールはそういう意味だったの。

 一見怖いような文に思えたけれど、いまメールを読んでしまうと当り前のことが書かれているだけだった。つまりあかりは私の背中ではなく、お腹に突撃してくるつもりだったらしい。振り向くタイミングが違っていて良かったのかもしれない……。


「それで、体当たりだけしに来たわけじゃないでしょうね?」


「もちろんだよぉー、はいこれ誕生日プレゼント」


 今朝のメールに添付されていた写真と同じ黄色い包装紙包まれた四角い箱を渡された。その大きさは写真で見た大きさと同じで、なかなか大きな箱だった。


「ねぇ結構な大きさの箱だけれど、いったい何が入ってるの?」


「それは開けてからのお楽しみだよぉ~」


 中身が気になったので桜並木の下に設置されているベンチに座って開けることにした。箱が大きい割には大して重たくはない。膝の上に置いて綺麗にラッピングされている包装紙を丁寧に剥がしていく。英語で何やら書かれた真っ白な箱は高そうな雰囲気が出ていた。

 両手で箱のふたを真上に持ち上げて中が見えないように視界をふたで一度覆う。そして恐る恐るそのふたを右にずらしていく。


「ちょっとこれって……」


「良いでしょ~きっと眞琴なら似合うと思って買っちゃいましたっ!」


 箱に入っていたのはマニッシュなフォルムに、ロープベルトのアクセントでちょっぴりマリン風なブラウン色の中折れハットだった。

 いつの日かあかりと買い物に行ったとき、気になっていたハットだった。


「ねぇ高かったでしょ……」


「そうでもないよ? それに、眞琴の誕生日プレゼントはいいものを選ばなくちゃね」


 笑顔で言うあかりを見ていると、罪悪感にも似たやるせない気持ちになった。

 私はあかりからおめでとうの言葉をもらって、おまけにプレゼントまでもらったのに、何も返してあげることができない。最悪、恩を仇で返すことになるかもしれないと思うと気が気でなかった。

 あかりは記憶の引き継ぎをしていないようなので心配する必要がないのだが、それでも私の心はきりきりと締め上げられるように痛んでいた。


「……ほんとごめんね」


「いいよいいよ、それじゃあ今日は講義あるから行くね、ばいば~い」


 手を振りながら走って行くあかりに、私は泣きそうになりながら手を振り返して見送った。

 あかりはきっと気が付いていないだろう。わざわざプレゼントをくれたことに謝った意外にもう一つ隠された、本当の〝ごめん〟に。

 もう引き返すことなんてできない。この夢の世界にまで逃げ込んで、自分の思い通りになるまで、気の済むまでやり直そうとして、次第には他の人の記憶を書き換えてしまうかもしれない状況にまでして、引けるはずがないんだ。

 私には秋坂君に告白する道しか残っていない。たとえそれがどんな結果だとしても。

 もらったハットを箱から出して深く被った。



 古文の講義を終えたあと、講師に呼ばれた私は次回の講義に使用する資料集めを任されてしまった。誕生日だというのに、問答無用のようだ。

 資料を集め終ったのは夕方の5時過ぎだった。日も暮れはじめ、空は綺麗なオレンジ色をしていた。帰ろうとしたとき、マナーモードにしていた携帯電話が震えた。開いて確認すると、そこには登録されていない見知らぬ人物からメールが届いた。


『いきなりメール送ったりしてごめん! 今日誕生日なんだってね……これから少しだけつきあってくれない? 3分、いや、5分はほしいかも!』


 私はこの誰かも知らない人物に『どちらさまですか?』とメールを返信した。するとすぐに返事がきた。


『あぁそうか、まだ登録してくれていなかったんだね、俺は秋坂紡だよ。それでさ、少しだけ時間あるかな?』


 いきなり送信されてきたメールの差出人は秋坂君だった。彼はやっぱり記憶を引き継いでいるようだった。


『あ、はあ、大丈夫でし、時間ありま』


 あまりの唐突さに手が震えてしまい、なかなか文字を打つことができない。さらには打ち間違ったままの中途半端なメールを間違って送信してしまった。送信後すぐに新しくメールを作り、秋坂君へ送った。


『さっきのは手違いで、間違って送ってしまったものです! なので、気にしないで下さい!』


『だと思った。音楽学部の学舎の前に来て。待ってるから』


 私は返事を打たずに携帯電話をポケットにしまい、高鳴る左胸の鼓動を左手で押さえながら走った。空に深い群青が広がっていくに連れて辺りが暗くなっていく。私を秋坂君の元へ行かせないように道を閉ざしていくみたいだ。


「お願い、まだ沈まないで……」


 すると、私の願いに応えるように街灯に灯りが燈った。右側に設置された街灯が背中の方から追い越すように徐々に点いていき、私は照らされている桜並木に導かれて音楽学部の学舎まで走り続けた。


「……眞琴!」


「はぁ……はぁ……はぁ……っ、遅くなっちゃった……」


 息が切れてうまく話せない。そこまで学舎が離れているわけでもないが、高まる鼓動に圧迫されながら走っていたせいで倍近く疲れてしまった。


「誕生日なのにごめんな、こっち――」


 秋坂君は私の右手を掴んで学舎の中に入っていく。

 学者の1階にあるとある音楽室。小さく丸い穴が幾つも空いた防音の壁に分厚い扉。文学部の学舎にはない教室だ。


「だいじょうぶ?」


「うん、へいき」


「よかった。たまたま朝にあかりさんと会ってさ、大きな袋を持っていたから聞いてみたんだよ。そしたら眞琴が誕生日だって聞いてさ、何か用意しなきゃって思ったんだけど講義があって何も用意できなかったんだ……」


「そうなの、いいよ別に、気持ちだけでわたしはすごく嬉しいから」


「あげられるものは何も用意してないからさ、せめて一曲聴いてほしいんだ」


 そう言って秋坂君はピアノの前に座った。灯りも点けないで鍵盤に手を置く。窓の外から入る僅かな街灯と月の明かりが静寂な空間を包み込んだ。

 ――――。

 張り詰めた空気に秋坂君の演奏するピアノの旋律がゆっくりとしたテンポで流れる。やさしさの中にあたたかさや希望など感じる旋律に思わず息を飲んだ。すうっと秋坂君は息を吸い込んで歌いはじめた。


 この曲って、秋坂君が前に学園祭でバンドを組んで歌ってたのだ。ピアノだけで演奏しているけれどたしか、『千の言葉よりも……』だ。



 愛してるんだって君に言われたいよ

 千の言葉よりも嬉しい言葉なんだ

 言い尽くせないほどの言葉なんかよりも

 愛してるんだって君に言われたいよ



 はじめてこんな近くで秋坂君の歌を聴いた。

 歌を聴いてこれほど気持ちが揺さぶられるなんて思わなかった。耳を澄ました先に、風景や感情や想いが見えたのは初めてだった。

 こんな誕生日プレゼントは初めてだよ……。

 これが現実世界だったならばどれほど幸せだろう。現実じゃなくてもこんなに嬉しいのだから、きっと気を失ってしまうかもしれない。けれどやっぱりこれで満足してちゃいけない。この幸せは手放しちゃいけないんだ。



 残りはおうし座だけ。この夢の世界で思い残すことのないように、告白してみせる。


 


 星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと、私はこの世界から出られるはずだ。



 






 読んでいただきありがとうございます。今回のお話は長くなってしまいました……。残り星座は牡牛座だけです。最後の展開をお楽しみにしてください!

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