追求の乙女
・乙女座
8月23日~9月22日
乙女座にとって幸運の花は『すずらん・露草』
乙女座にとっての幸運色は、『ベージュ・黄色』
宝石では『紅縞めのう・ピンクジャスパー』
10回目の3月22日は私の星座がおとめ座のようで、つまり残りの星座は牡牛座と山羊座の2つだけになった。もしも十二星座を全て体験することで出られるなら今回のおとめ座を入れて三回だけだ。でも私は残りの星座を、時間を何に使えばいいのだろう。
私は実はこうも考えていた。
この夢の世界は後悔した者、現実から逃れたくて迷い込んだ者が、一時的に心の安らぎを与えられる休憩所のような場所だと。だから休憩(後悔や迷いが消えた状態)が終わったのならば即、出られると思っていた。何が言いたいかというと、私はもうこの世界にいる必要がないと思ったのだ。前回のかに座で私はあかりに言いたい気持ちを素直にぶつけた。後悔を断ち切って、迷いも吹き飛ばして、秋坂君に告白すると決めた。
これだけ気持ちが整ったのにも関わらず出られないのは、やっぱり十二星座すべてを体験するか、体験したうえでとある条件を満たさないといけないのか。まだわからないことがあるみたい……。
それなら私のやることはこの世界の秘密を追究することだ。
私、眞琴には毎日の日課がある。
それは朝の恋愛占いを見ることだ。
その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。
私自身は9月2日のおとめ座生まれだ。
さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。
――今日の恋愛占い――
*恋愛運……前半は、自分に自信が無くなり、異性の前で緊張してしまいそう。常に自信を持って過ごそう。後半は徐々に緊張も解け、本来のあなたの魅力を取り戻せそう。手帳を持ち歩くことであなたの周りは幸運のムードで包まれるかも。
*全体運……遊びも勉強も、悩み事が多くてうまく行かない時期。素早い決断と行動が幸運のキーに。
*幸運の鍵……手帳
*相性のいい星座……山羊座
今日も今日と変わらないなぁ。
私以外の人には決して意味の分からない言葉を、青々とした空につぶやいた。駅のホームも電車の中も、学内に咲く桜の花の美しさも、ほとんど変わらない。たまに小説や漫画で「ずっとこのまま、時間が進まなければいいのに」みたいな台詞を見るけれど、これほど虚しいことはないと思った。たしかにはじめは幸せになれるならいいと思ったけれど、実際は違う。『夢をみたあとで』の主人公は楽園だなんて言っていたけれど、ここは楽園なんかじゃない。前に進まない、時間の切り取られた世界なんて、生きながら死んでいるのと同じだ。
ここで得られる幸せは本当の幸せなんかじゃない。
占いで後半から魅力を取り戻せそうと書かれていたのでオシャレをして家を出てきた。水色のスキッパーシャツに裾レースキャミソールを合わせ、ナチュラルカラーのキュロットパンツ、春らしい透け感のあるデザインで、エアリーなフラワー調カットプーティーを履いた。
ゆるふわな感じがこの陽気な天気に合ってる気がする。いままでの服装が合っていないとは思わないけれど、おとめ座の私はこれで決まりだ。
今回は講義がある回だった。この日の講義を私はいつもノートも取らず、うとうととして話しすら聞いてはいなかった。一度は真面目に講義を聞くのもいいかもしれない――
今回も講義は古文だった。3月22日の講義が古文から変わることはないようだ。
――と言ったものの、結局半分程度を聞いた後に眠ってしまったみたいだ。いつの間にか目をつむっていると意識が遠くなった。十回目でようやく分かったことだが、私は3月22日の講義は真面に受けられないようだ。
講義終了後、あだ名〝芥川〟の加川君が前から歩いてきた。
「ねえ眞琴さん、これから文学部のみんなでランチに行こうと思うんだけど一緒にどうかな?」
これは初めてのパターンだ。でも。
「行きたいけれど、ちょっと用事があって。その、ごめんね……」
「いや、用事があるなら仕方がないさ。また今度誘うよ」
「うん、ありがとう」
機会があれば今度は現実の世界でね。
私は一人で学内の図書室に来た。ここなら集中して物事を考えられそうだと思ったからだ。適当に本を何冊か手に取り、窓側の席に座った。読んでいるふりをしながら目をつむって夢について考える。
この世界の秘密を私はまだすべてを知っているわけじゃない。もしかすると知っていることはほんの僅かで、本当は何一つ分かっていないのかもしれない。
なぜなら、どうしても気になることがさそり座の時に起こったからだ。
それは秋坂君の記憶についてだ。
あのとき秋坂君は私のことを「眞琴」と呼んできた。現実世界で一度として話をしたことがないのに、ましてや名前を覚えてもらえるような機会もなかったのに、さそり座のときに普通に呼んでいた。それも「前に駅のホームで直接聞いたじゃん」と。つまり秋坂君はみずがめ座の記憶を持っていたことになる。これはどう考えてもおかしい。
この世界は私の見ている夢。これは間違いない。(……と思う)
私以外の人が記憶を引き継ぐなんてことあるのだろうか。だけど、現に秋坂君は引き継いでいた。今回出会っていないから確かめようがないけれど、もしも私の他にそのような人がいるのなら大変なことが起こるかもしれない。
それは記憶の引き継ぎによる現実世界での記憶改ざんだ。
『夢をみたあとで』の主人公は夢で見た出来事を覚えていた。この世界をあの小説に例えるのならば、夢をみている私は主人公に当たると思う。主人公ならば記憶を引き継ぐのは納得できる。でも他の人はただ私の夢に登場したにすぎないわけで、私のように意思があるとは思えなかった。私の意志と星座占いと理想の形がこの夢の世界を構成していると勝手に決めつけていた。あらかじめ登場する人物の言動や行動に意思はないと、最近になって思い込んでいた。
もしも、私の夢に登場した人物が現実世界と繋がっていたとして、記憶の引き継ぎが起こった場合、現実世界にいる本人の3月22日という今日の記憶を書き換えてしまうのではないだろうか。もしくは記憶が追加されてしまうのか。
私の見ている夢が他の人にも影響を与えてしまうならば、なんとしてもここから早く抜け出す必要がある。これが夢の中でだけならいいのだけれど、現実世界に記憶を引き継いだ人が現れた場合、引き継いでいない人との会話や事象、記憶に誤差が生じてしまう可能性が考えられた。
「どうしよう……」
「なに悩んでるの」
ずっと目をつむって考え事をしていたせいか、周りの状況をまったく把握できていなかった。顔を上げると、私の前の席に秋坂君が頬杖をついて座っていた。
「あ、あきさかくん!?」
「しーっ、ここ図書室だって。大声出したら怒られんぞ」
私は慌てて口に両手を当てた。
「なんで、えっ、どうして?」
「いやいや、たまたま図書室で勉強してたら眞琴を見かけたから声掛けよって思っただけ。寝てたの?」
「ううん! ちょっと考え事……」
「そう。あまり深く考えたら身体に毒だよ。ねぇ、突然で悪いんだけどさ、メールアドレスと電話番号交換しない?」
――え?
「だめ?」
「ううん! そんなことないよ!」
「だからここ図書室だって……。携帯電話ある?」
「ごめんなさい……。うん、ちょっと待って」
カバンの中を探ってみたが携帯電話らしきものが見当たらない。ポケットを確認してみてもない。
あれ、もしかして家に置き忘れてきた!?
「あの、家に置き忘れちゃったみたい……」
「あれ、マジで。アドレスとか電話番号とか覚えてたりする?」
「まったく覚えてないです……」
「そっかぁーそれは仕方がないな」
「あ、ちょっと待ってください」
カバンを再度手探りする。今日の占いで書いてあった、幸運の鍵は手帳だって。普段はあまり持ち歩かないのだけれど、今回は持って来たんだった。あれには携帯電話のアドレスも番号も書いてあったはず――――あった!
「秋坂君、携帯電話はないけれどこれに書いてあるの」
「ほんとに!? ちょっとみせて!」
「秋坂君しーっ」
「あ、ごめんごめん……」
こうして私は夢の中だけれど秋坂君に携帯電話のアドレスと番号を教えることができた。そして秋坂君は自分のアドレスと番号を紙に書いて渡してくれた。
「メール送るから」
「うん」
秋坂君は席を立って出て行った。
あ、聞きたいことあったのに聞きそびれちゃった……。次でいいよね。
一日ずっと色々考えてはみたけれど、結局は何一つ解決しなかった。逆に悩み事や不安が増えた気がする。残る星座はあと2つ。次回も追い求めなくちゃ!
今回は秋坂君のアドレスも電話番号も手に入れちゃった。もしも記憶の引き継ぎが行われているのならメールが送信されてくるかもしれない。送信されてこなかったら私から送ってみよう。驚かずに返ってきたのならば、秋坂君は完璧に記憶を引き継いでいると証明できる。
それを知ることで出口に近づくかもしれない。早くここから出るんだ!
星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと、私はこの世界から出られるはずだ。
一日遅れてしまいました……。
読んでいただきありがとうございました! なんだか私自身分からなくなってきました……。
がんばって最後まで書きますのでお付き合い願います!!
変だと思ったらこっそり教えてください><




