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前世から今世、そして来世で

作者: 尚文産商堂

「あなたには、前世の記憶がありますか」

高校の同級生に、確か3年生も終わりになっていた、3学期が始まって間もないころの話しだった。

あまり親しくない子から、急に俺にそう言ってきた。

親しくないと言っても、同じ理系クラスで、同じ部活だという程度の付き合いはある。

「前世って。俺は今世の記憶しかないな」

「そう…そうだよね。ごめんね、妙なこと言っちゃって。このことは忘れてね」

それだけの会話だ。

おそらく、1分も話していないだろうこの会話が、なぜか俺の心に強く残っていた。


数年後、社会人となり、働き出した俺は、大学の後半に付き合い出した人と結婚した。

おめでとう、おめでとうと友人らに言われ続けて疲れていた時、彼女が俺のところにきた。

「おめでとう」

「ありがとう」

「ほら、プレゼントよ」

彼女が渡してきたものは、勿忘草だった。

儚い色の花を咲かせている。

「私のことも、忘れないでね」

彼女から手渡された時、急に何かがフラッシュバックした。

それは、まだ俺が生まれていなかった時代、前世の時の記憶だ。


時代は明治。

御一新も遠くなった今日この頃。

第4師団にて、俺は司令部勤務をしていた。

西南の役によるその勇猛さは比類されうるものがなく、先帝も、そのことを高く評価あそばされ、御直々に感状を授けられた、誉れ高き部隊だ。

その司令部で法務官をしている俺は、軍事裁判について、様々な勉強をしていた。

事務的なものについては、法事務官に任せることにして、今日は早く終わったということで、少し街を出歩くことにした。

商都大阪は、極めて隆盛な商業中心の街で、いずれは東京市を、追い抜いてしまうという話さえあった。

活気満ちる街を一筋離れ、すぐ裏手の筋を、のんびりと歩く。

喧騒から離れたその場所だから、きっとすぐに気づけたのだろう。

遠くから、明らかに駆け回る足音。

slして女性の助けてという叫び声。

近所の人も気づいたらしく、軍服をきている俺を見つけると、すぐに通報した。

竿竹を借りると、昔取った杵柄で、長刀の構えをした。

相手の足音は、すぐに大きくなった。

銃は、危険だということで机に入れっぱなしだったのを悔いたが、士官とはいえ、法務士官は、一般的に銃は持ち歩かなかった。

憲兵隊なら別だっただろうと思いながら、敵がくるのを待った。


タッタッと短く足音が響いて、洋装の女性がかけってきた。

すぐ後ろからの足音で、数名いることがわかっていた。

男ばかり3人ほどが、すぐ後ろから、追いかけてきた。

「覚悟!」

俺は、敵の姿を確認すると、3人にすぐさま攻撃を加えた。


5分ほどで警察がやってきた。

「これは、葛木少佐。いかして、このような裏路地へ」

警官に聞かれる。

俺は、用意していた答えを告げる。

「ふらりと立ち寄った時、女性の声が聞こえた。そして、路地へ入り、近くのお母さんに通報したことを告げられた上で、竿竹を借り、敵を鎮圧した」

「そうですか。また後日、調書を取るかもしれませぬ。ゆめゆめ忘れぬよう…」

「心得た」

俺はそれから、縁側に震えて座っている女性の元へと近寄った。

「大丈夫でしたか」

「ええ、ありがとうございます。軍人さん」

「どうか、葛木と。第4師団司令部勤務、法務少佐ですので。いつでも待っております」

「では、いずれお会いできるでしょう」

女性がそう言って俺に名乗る。

「わたくしは、金江と申します。どうか、お忘れなきように…」

俺はそのまま金江を警官に身柄を引き渡し、今回の件を上司の報告するために、一度司令部に戻った。


そして今、俺は戻った。

「金江?」

「葛木少佐、おしたい申し上げておりました」

「それから俺たちは出会わなかった。君は何をしていたんだい」

「私は、少佐と別れて以来、許嫁と結婚致しました。子供ももうけ、第2次大戦直前に帰らぬ者と呼ばれるようになりました」

「そうだったのか。俺は司令部の法務部を束ねる責任者になり、師団長より絶大なる信頼を得ていたが、机にしまっていた銃が暴発し、1週間後にしんだ。殉職扱いを受けたよ」

一瞬会話がなくなり、俺はその隙間を埋めるように言った。

「来世で、君と出会えた時、その時は、恋仲になれるかな」

「ええ、きっと」

俺はそこで話を切り上げた。



ふと思う。

前世の記憶がある時、その時に出会えた人は、どうするんだろう。

男子高校生の俺は、前世の記憶がある。

結婚式の時に言ったセリフも覚えている。

その相手は、どこにいるんだろうか。

そんなこと考えながら、授業を受け続ける。

そういえばこの前、前世のことを聞いて回っている男子がいたな。

……まさかな。

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