あわてんぼうのサンタクロース
「ねえっ、プレゼント来てるわよ、サンタさんから! よかったわねえ、あんたたち!」
母ちゃんが嬉しそうに言った。僕は眠たい眼をこすりながら居間を覗く。確かに、ちゃぶ台の上にきれいに包まれた二つの箱が置いてあった。
そんなはずはない、と僕は思った。
だって、今日は12月24日。クリスマスイブの朝にプレゼントが届くなんて、聞いたことがない。
「……おはよう……」
姉ちゃんが起きだしてきて、妙にはしゃいでいる母ちゃんに気付く。何が起こったのかすぐに悟ったみたいだ。僕は怒ったように言った。
「サンタの奴、間違えたんだ。一日早いじゃないか!」
「えっ……」
母ちゃんの表情が一瞬で変わった。それは、驚いたような、あっけにとられたような、複雑な表情だった。
「なあ、姉ちゃん! こんなドジなサンタって、あるか!」
僕は何だか妙に不愉快になって、姉ちゃんに言った。姉ちゃんは黙っていた。
~~
うちには、サンタが存在していた。いや、あの頃の僕には真実がわかっていた。姉ちゃんもそうだったに違いない。だけど、とにかくうちではサンタがいることになっていた。サンタがいるのだから、当然プレゼントも来る。
だけど、うちに来るサンタはいつもドジばかり踏むサンタだった。
「拓郎君へ。空に向かって毎日おねがいしていたこと、ちゃんと届きましたよ。ゲームソフトでしたね。でもね、あのゲームソフト、すごく人気ですぐに売り切れてしまったのです。がんばってさがしたけれど、見つかりませんでした。だから、かわりのソフトを送ります。きっとこれもおもしろいですよ」
そんな手紙と共に、欲しくもないゲームソフトが置いてあったこともある。僕はそれを見つけた時、腹が立って腹が立って、そのゲームを壁に投げつけたりした。
そのおかげで姉ちゃんのゲンコツを食らう羽目になったけれど。
休日の外出も外食ももってのほか。誕生祝いすらない、うちはそんな家庭だった。母ちゃん一人で僕と姉ちゃんを養ってくれていたのだから、贅沢言えないことぐらい、子供の僕にもわかっていた。だから、僕はいい子でいた。何も欲しがらなかった。
一年にただ一度プレゼントを受け取ることができたクリスマスは確かにそれなりに楽しみではあったけれど、もしもサンタクロースが嫌だと思えば別にプレゼントを持ってこなくてもよかったのだ。
サンタクロースがプレゼントを持ってくるのを誰よりも待ち望んでいたのは、母ちゃんだった。母ちゃんはいつも僕にサンタクロースにプレゼントをお願いするように急かすのだった。
「サンタクロース、くるわねえ。あと少しねえ」
クリスマスが近くなると、母ちゃんはいつも嬉しそうだった。僕はいつしかプレゼントに期待をしなくなっていたけれど、姉ちゃんは楽しみ楽しみと笑っていた。
~~
「何で一年に一回しかない日を間違えるんだよ! バカじゃねえの、サンタって!」
僕は何だか無性に腹立たしかった。母ちゃんはうつむいていた。目の前に置いてあるプレゼントだって、きっと期待外れのものに違いないと思った。
「……開けましょうよ。ね。せっかくのプレゼントだし」
姉ちゃんが言った。僕はやり場のない怒りを収める方法が分からなくて、姉ちゃんの提案を突っぱねた。
「学校あるだろ! まだクリスマスじゃねえし!」
僕は母ちゃんの用意してくれた朝ごはんも食べず、家を飛び出した。母ちゃんが僕の背中に声をかけた。
「ごめんね」
~~
学校では友達がみんなプレゼントは何が欲しいかを言い合っていた。僕はすでにプレゼントを受け取っている。だけど、そんなこと、恥ずかしくて誰にも言えなかった。
今朝の腹立たしさは、もう消えていた。その代わりに、僕の心の中はなぜだか悲しい気持ちが満ちていた。一生懸命指折り数えていたのを、僕は毎日見ていた。なのに間違えた。それが何だってんだ。うちのサンタクロースはドジばかりだけど、とても優しいサンタクロースなんだ。誰にもバカにしてもらいたくない。僕は、今朝の態度を少し恥じた。
~~
家に帰ると、姉ちゃんが真新しい洋服を抱きかかえながら嬉しそうにクルクル回っていた。
「それ、姉ちゃんのプレゼント?」
「そうよ。あんた……どうする?」
居間を見ると、今朝あったはずの僕のプレゼントはなかった。
「クリスマスは明日だもんね」
姉ちゃんが言った。
「拓郎、うちのサンタがプレゼントのために毎年クローするの、わかってるんでしょ?」
「……面白くねえよ」
姉ちゃんのくだらないダジャレを聞かされるまでもなく、僕は知っていた。母ちゃんは今日も働きに出ていて今はいない。帰ってきたら、ありがとうを言おうか。いや、プレゼントを持ってくるのはサンタだ。母ちゃんがそう言っている。
どうにかして感謝を伝えたかった僕がある考えを思いついたのは、日も暮れてからのことだった。
そうだ、姉ちゃんにも相談してみよう。
~~
夜になって、母ちゃんが帰ってきた。母ちゃんは僕を見ると、気まずそうに言った。
「やっぱり、クリスマスにちゃんともらった方が嬉しかったよねえ、プレゼント」
「うん、まあ」
「大丈夫よ母さん。私たちまだプレゼントもらってないもの」
姉ちゃんがくすくす笑いながら母ちゃんに言った。
「サンタさんは、今夜持ってくるのよ」
そう言いながら僕にウインクする姉ちゃん。
「……プレゼント、何だろな。今年は来るかなあ」
僕はまだプレゼントを知らない。見たこともない。そうだ、今朝の出来事は、きっと僕が楽しみのあまり夢見た妄想だったのだ。
「母ちゃん、プレゼント来るかなあ」
「拓郎……」
「明日の朝、楽しみにしてようよ、母ちゃんも姉ちゃんも」
「そうよ、ね。母さん」
僕たちは笑った。僕のそれは照れ笑いだった。
~~
次の日の朝、居間に僕と姉ちゃんへのプレゼントが置いてあった。
「姉ちゃんの、もう開いてる気がするぞ」
僕は姉ちゃんをひじで小突いた。
「まあまあ、いいじゃないの」
僕は苦笑いしながら、僕宛へのプレゼントの包装をはがす。僕が欲しかったロボットアニメのプラモデルだった。中身は敵の雑魚ロボットだったけれど、これだって一生懸命作ればすごくカッコいいはずだ。
「母ちゃん、サンタから来たよ」
僕は朝ごはんの支度をする母ちゃんに話しかけた。母ちゃんは軽く微笑むだけだった。
「あら? ねえ、母さん、母さんへのプレゼントもあるわよ」
姉ちゃんが机の上の封筒に気付いて言った。
「え?」
不思議そうな顔をする母ちゃん。姉ちゃんは母ちゃんに封筒を手渡した。そこにはこう書いてあるはずだ。
「お母さんへ。わしのかわりにプレゼントを毎年届けてくれてありがとう。じゃが、お母さんへプレゼントするのを忘れておったです。子供たちと相談して、プレゼントを作ったので受け取ってください。 サンタクロースより」
母ちゃんはとても喜んでいた。
サンタクロースがプレゼントされたっていいはずだ、姉ちゃんと僕はそう思ったのだ。
プレゼント? 僕の作った「肩たたき券」と、姉ちゃんの作った「家事手伝い券」だ。
普段から家事をよくやる姉ちゃんの券は、僕の券よりはあまり値打ちがないだろうけれど。
~~
あれからサンタクロースは相変わらずドジばかりだった。姉ちゃん向けのプレゼントを宅配で取り寄せたために僕が着払いをする羽目になったり、すでに持っているおもちゃをプレゼントされて、母ちゃんと一緒に店に交換してもらいに行った事もある。
だけど、僕も姉ちゃんもそんなドジなサンタクロースが大好きだった。
彼は、いや、彼女は、ついに僕たちに正体を明かすことはなかった。
母ちゃんが死んだ年、サンタクロースは来なくなった。
~~
僕も姉ちゃんも大人になった。
「そういえば、うちのサンタクロース、あわてんぼうだったね」
姉ちゃんと会うと、いつもそのことを思い出して笑い合う。姉ちゃんは、笑った後にいつも泣く。
「どんな思いでプレゼントを届けようとしていたのか、今の私にはよくわかるのよ」
そう言って隣にいる自分の子供の頭を優しく撫でた。今では姉ちゃんもサンタクロースなのだ。
「姉さんのうちのサンタは、しっかり者だろうね」
からかい半分でそう訊くと、姉ちゃんは静かに笑って言うのだった。
「私はね、あのサンタさんにまだまだ追いつけないわ」
僕は、今も大事にしまってあるサンタからのプレゼント、つまらないゲームソフトを思い出して、少し笑った。