第8話:紅に染まれる男たち
家の中に足を踏み入れたタケルは、壁一面を埋め尽くすCDの山と、微かに漂うレモンオイルの香りに圧倒されていた。JASA(全日本音響平準化機構)が管理する無機質な住居とは違う、生活の「ノイズ」が染み付いた空間。
「……僕の父は、『静寂』が完成していくのを、誰よりも恐れていたんです。
もし父が生きていたら、この部屋を見て凄く感動しただろうな。」
旧時代の遺物に囲まれた鉄心の部屋を、輝く瞳で見つめたタケルは寂しく呟いた。
「親父さんは見れなかったとしても、今お前の目を通じて見ている。興奮しすぎない程度に好きに見てくれ。」
鉄心はタケルの背中を見つめながら、真とこんな風に過ごすことが出来ないことに悲しさを覚えた。
今では禁止されているCDや、雑誌が所狭しと並べられてあり、
タケルはまるで子供のように心を奪われていった。
「...これは!?」
タケルの雑誌を読む手が止まる。
そこには強烈なヴィジュアルをした5人組と「X」というバンド名が記載されていた。
記憶の片隅にあった父との思い出、父が時折、タケルに観せてた激しくも美しい映像が蘇ってきた。
ちょうどその時、一階のリビングでコーヒーを淹れていた紗江が二人を呼ぶ。
タケルは雑誌を持ったまま、鉄心と一緒に一階のリビングに降りていった。
ーーーーーーーーー
コーヒーを飲みながら、鉄心はタケルに話しかけた。
「どうだ、何か心に刺さる物でもあったか?」
タケルは手持った雑誌の1ページを広げ、語りだした。
「僕の父は、JASAが配布した『健康増進用・消音電子パッド』を、僕が物心つく前から毎日叩かせました。父はいつも僕の耳元で、チップの監視を掻い潜るように別のリズムを教えていたんです。
父が僕に本当に見せたかったのは、JASAがアーカイブから削除したはずの、古い映像データでした。
そこには、長い髪を逆立て、凄く激しいのにクラッシクのような美しさを兼ね備えた曲を、
命を削るように演奏し続ける人達の姿があったんです。」
「……X(X JAPAN)か。」
鉄心が重く呟く。タケルは強く頷いた。
「はい。昨日、この家から響いてきた爆音を聴いた瞬間、僕の中で父が教えていた『リズム』が、あの映像の音と重なった。そして今日、この部屋に来て確信したんです。……あれは健康増進とか、脳開発なんかじゃなかった。父が残してくれた最高の宝物だったってことに。」
タケルの告白を聞き終え、鉄心はタケルの「メタラーとしての素質」を見抜いていた。
だが、同時に冷静な判断を下す。
「いいかタケル。お前はメタラーだ。だが、今のままじゃ一音鳴らした瞬間にスタンガンで焼かれて終わりだ。紗江、今のこの世界で、堂々とスティックを振るうことが許されてるのは、どんな奴らだ?」
紗江が、デバイスに映し出したホログラムを操作しながら、落ち着いた声で答えた。
「『JASA公認・国立マーチング・フィルハーモニー』。真兄が唯一認めている、高度に統制された楽器演奏集団よ。クラシックや行進曲といった『規律ある調和』だけが、今の世界で許された唯一の生演奏なの。」
「……なるほどな。真はクラッシク愛は貫いているようだな。タケル、お前はその『国立なんちゃら』の門を叩け。」
「えっ……? 僕が、あんなお堅いところへ?」
困惑するタケルに、鉄心は不敵に笑って見せた。
「いきなりメタルを鳴らそうとするから捕まるんだ。まずは奴らの懐に潜り込め。紗江、タケルをその楽団の『補助スタッフ(機材運搬係)』として送り込むことはできるか?」
「正直、できるかどうかは分からない。彼らは音楽のエリート集団、当然JASA傘下の音楽学校を上位の成績で卒業した天才たちばかり。でも、演奏者ではなくJASAの外部協力者リストにタケルさんの名前を入れておくことは可能だからやってみるわ。……タケルさん、まずはそこでプロの打楽器奏者の付き人として、彼らの『技術』と『知識』を徹底的に学ぶの。」
鉄心はタケルの肩を強く叩いた。
「楽団には最高級のタイコが揃ってるはずだ。この部屋の雑誌は好きなだけ持ってけ。多分ドラムの譜面もあるだろう。メタル音楽の譜面は雑誌から学びつつ、楽団ではプロの演奏家たちから技術を学ぶんだ。俺たちの『メタル』をいつか必ず演奏するために。」
「……わかりました。親父から教わったリズムを、奴らの聖域の中で磨き上げてやります。」
「そうとなれば、まずはタケル君の脳内チップを父さんと同じ仕様にしないといけないわね。
昨日の爆音による健康調査として、私がタケル君を病院に連れて行くわ。そこでチップの書き換えをするから数日分の着替えを用意して。」
タケルの目に、絶望ではない「目的」の火が灯った。
2076年、JASAが率いる最高音楽集団『国立マーチング・フィルハーモニー』。その影に、鋼鉄の反逆者が「補助スタッフ」として紛れ込む。
メタル再興への一歩として、最も静かで、最も危険な潜入作戦が始まった。
読んでいただきありがとうございます。
日本を代表するメタルバンド『X(X JAPAN)』。
作者がメタルを聴くきっかけとなったバンドです。皆さんも是非聴いてみてください。
少しでも面白いと思っていただけたら、高評価やブックマークをお願いします。




