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第7話:帰路の世界(Welcome Home)

病院を出た二人は、真が手配した完全静音の自動走行車に揺られていた。 窓の外を流れる2076年の街並みは、どこまでも白く、清潔で、そして死んだように静かだった。


「……なぁ、紗江。真はどうしてあんな偏屈になったんだ? 昔からメタルやロックには興味を持ってないことは知ってたが、何もここまで静寂な世界にすることはないだろ。」


鉄心が窓の外の「音のない景色」を苦々しく睨みつけながら問う。紗江は視線を落とし、少しだけ遠い目をした。


「……お父さんがいなくなった後、家の中が本当に静かになっちゃったから。真兄は、その『静かさ』に耐えるために、もっと完璧な『静寂』で自分を塗りつぶすしかなかったのかもしれないわね。それからというと、感情の揺らぎや不協和音を、すべて社会を壊す『毒』だと定義したの。それが今、真兄が推し進める理念...『音響調和アコースティック・ハーモニー』なの。」


「そのアコースティックハーモニーとやらに浸食された結果が、これってことだな。」


鉄心は背もたれに深く体を預け、ため息をついた。真の潔癖さが作り上げた理想郷。確かに街は、争いや揉め事とは全く無縁の景色が広がっている。人為的な騒音を耳にすることはなく、発生源である感情や思考を制御・支配することで達成した一つの正解である。


鉄心は、自然が好きだった。

自然の静寂に身を置くことで、目に見えない感覚、自然との繋がりを身近に感じることが出来た。

自然に浸るために鉄心は山に登ったのだ。

都会の街並みや人混みは時に吐き気がするほど陰鬱で、華やかな光と香りで取り繕った世界に感じることがある。しかし一方で、こういう毒々しさが好きな人もいる。

世界が陰と陽でできているのと同じように、調和を保つことで存在することが出来るのだ。


真の理想郷は、行き過ぎた思想の上に建つ脆い城であることを、鉄心は見抜いていた。


ほどなくして車が止まった。そこはつい昨日、鉄心がギターをかき鳴らした懐かしの家である。

鉄心と紗江は車から降りて、空に向かって伸びをする。


「さてと、部屋の中のCDでも整理すっ・・・」


鉄心が門を潜ろうとした時、その足を止めた。 門柱の影に、一人の男が立っていたからだ。


30代半ば。整えられた身なりだが、その瞳には、この街の住人にはあるはずのない「飢え」と「困惑」が混じり合っていた。


「……すみません。」


男の声は、微かに震えていた。


「昨夜、ここで、あの『破壊的な音』を鳴らしたのは、あなたですか?」


鉄心は無言で男を睨み返した。真の息の掛かった追手か、それともただの苦情係か。 だが、男の手元を見て、鉄心はわずかに眉を動かした。男は、まるで何かの聖遺物でも扱うかのように、使い込まれた「ドラムスティック」を握りしめていたのだ。


「……アンプは没収されたはずだ。用があるなら、協会の理事長にでも言ってくれ」


「違うんです! 苦情を言いに来たんじゃないんです……!」


男が身を乗り出した。その必死な形相に、紗江も足を止め言った。


「これ以上興奮すると、鎮静作用の電気信号が脳内のチップから送信されるから落ち着いて。

 話なら中で聞くわ。」


男は息を整え、それでも言葉に興奮をのせて続けた。


「教えてください。あの、胸の奥を直接ぶん殴られるような、脳が焼き切れるような衝撃を。

私は、あの音を知っている気がするんです。……ずっと昔、死んだ親父が聴かせてくれた音楽と似ている気がするんです。」


男の言葉に、鉄心の中で何かが繋がった。 男が持っているスティックは、この時代の洗練された素材じゃない。手汗で変色し、激しい連打でささくれた、50年前のドラムスティックだ。


「……あんた、名前は?」


「……タケル、です」


鉄心はフッと口角を上げ、男の横を通り過ぎながら嬉しそうに告げた。


「タケル。……その棒切れ、飾りじゃねえなら、振り方を思い出しておけ。……この家に入るには、熱いメタルハートがなきゃ灰になるからよ。」


鉄心が家の鍵を開ける。

50年の時を超えた「音」に引き寄せられた最初の迷い子が、今、鉄心の下にやってきたのだ。



読んでいただきありがとうございます。

メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。

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