第6話:Silent Lucidity~静かな夜明け
真っ白な病室に、規則的な電子音だけが響く。
鉄心はベッドの上で、首筋に残るスタンガンの鈍い痛みを感じながら、静かに息を整えていた。傍らには、眉間に皺を寄せた真が立っている。
「……父さん。昨夜の行動は、私の立場を危うくするだけじゃない。この社会の平穏を乱す、極めて重大な違反行為だ。」
真の説教を聴きながら、鉄心は冷静に真を観察していた。
(こいつは真面目すぎる。自分が作り上げた世界の「正解」しか見えてない。人間は、自分が信じた物しか信じねぇらしいが、行き過ぎてる。俺がいない間に何があったんだよ、まったく...。)
しかし、その完璧な秩序を信じ込んでいる勤勉さこそが、今の鉄心にとっては最大の隙に見えた。力で暴れるよりも、その秩序に従う「フリ」をする方が、今の状況を打開するには遥かに合理的だ。
その時、脳の深層部で、チップが「ノイズ」として処理していた微かな振動が熱を帯びた。
『……冷静ね、お父さん。真兄の性格を逆手に取ろうとしているのが伝わってくるわ。』
「さっ...?!」
『今は何もしゃべらないで。脳波の波形をこちらで「正常値」の状態に偽装する。真兄のデバイスには、お父さんがシステムを受け入れたように表示されるはずよ。……そのまま、静かな老人を演じきって。』
脳内に直接響くどこか聞き覚えのある懐かしい声。鉄心は察した。
その声に従って鉄心はふっと視線を落とし、力のない声を絞り出した。
「……悪かったな、真。目が覚めてから、何もかもが変わった世界で俺は、自分を取り戻すことに精いっぱいだった。今朝、この静かな部屋でずっと考えてたんだ。正直、50年前の世界に未練が無いわけじゃない。だが、俺が愛した音は、...もうどこにも無いことは事実だ。目覚めたからには、俺はこの時代に従うしかないってことによ。」
「……わかってくれればいい。」
真の表情に、微かな安堵の色が混ざる。自分が心酔する「静寂の正しさ」を、あの頑固な父が認めた。真にとって、これ以上の「治療結果」はない。
そこへ、真のデバイスに通信が入った。
『――真兄、今いい? 父さんの容態を聞いたの。病院で少し騒ぎがあったそうね。』
「……ああ、紗江か。一時はどうなるかと思ったが、今は落ち着いているよ。ようやく現実を直視し、こちら側に適応する意志を見せてくれた。」
『そう、それは良かったわ。……でも、父さんをこれ以上その無機質な部屋に留めておくのは、精神衛生上、逆効果だと思うの。私たちと違って、突然50年後の世界で目覚めたんだから、問題を起こすのは当然だわ。私が父さんを自宅で引き取り、少しづつこの社会に慣れさせていく方が今後の事も考えて懸命だと思わない。前例がないことだから、難しいとは思うけど、実の家族を被検体として病室に留めておくのは私は考えられない。』
真は少し考え込む。組織の理事としての多忙な日常と、父の監視。
研究対象であり、実の父でもある。
『もし私が真兄の立場で、父さんの立場が真兄だったら、この状況を受け入れれる?』
真の瞳がわずかに見開かれた。
「……確かに、お前の言う通りかもしれない。今の父さんなら、自宅療養の方がシステムへの適応も早いだろう。……わかった、その方針で手続きを進めるよ。」
『ありがとう。……それと、もう一つ。あの古いギターだけど、母さんが最期まで大切にしていた形見でもあるわ。弾かせる必要はないけれど、父さんの情動を安定させるための「宝物」として、身近に置いておくことを許可してくれない?』
真は足元に置かれた黒いケースを、見つめた。
「……分かった。音を出さなければ、ただの木材だ。だが、アンプは没収だ。二度とノイズを撒き散らさせない。」
『ありがとう、じゃあ、1時間後にそっちに向かうわ。』
紗江からの通信が終わり、真はふぅとため息をつく。
「父さん、そこで聞いてたからわかると思うけど、紗江が迎えに来る。今後は紗江と一緒に自宅で療養してくれ。ただし、紗江に迷惑をかけるようなことはやめてくれ。」
鉄心は、伏せた目の奥で鋭く光る瞳を隠し、神妙な面持ちで力なく頷いた。
1時間後、紗江が病院に到着し退院の手続きを終え、病院の冷たい自動ドアを抜ける。
真が見送る背後で、鉄心と紗江は並んで歩き出した。
病院の監視カメラと真の視線から完全に外れた、建物の影。
二人は一度だけ立ち止まり、顔を見合わせた。
鉄心は、無造作に右手を掲げた。人差し指と小指を突き立てる、鋼鉄の誓い。
紗江もまた、全く同じサインを返す。
メロイック・サイン(Maloik Sign)
「似合うようになったじゃねぇか。紗江。」
「ふふ、誰の娘だと思ってるの?」
奪われた音を奪い返すための「共犯」が、今ここから始まる。
読んでいただきありがとうございます。
6話のタイトル『Silent Lucidity』は クイーンズライクの名曲です。是非聴いてみてください。
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