第5話:Painkiller(鋼鉄の救世主)
「いつの時代にも、ロックやメタルがあるから人間は生きてこれたんだぜ。」
鉄心は、紗江が隠した金属の小箱――超小型の真空管アンプ・エミュレーターをレスポールに繋いだ。変換プラグが「カチリ」と、50年の時を超えて噛み合う。
「父さん、やめるんだ。それは……」
「黙って聴け。これが、お前が消し去った『魂の叫び』だ!」
鉄心の指が、1弦から6弦までを叩きつけるように振り抜いた。
――ギャォウィーーーーーン!!
2076年の無音社会に、汚らしくも美しい、極限まで歪んだディストーション・サウンドが産声を上げた。 鉄心が弾き始めたのは、Judas Priestの『Painkiller』。1990年代のメタルキッズの脳天を貫いた凶悪なリフが、最新の防音壁を震わせ、部屋の空気を「狂気」へと変えていく。
「あ、ああああ……最高だ……! 指が、耳が、細胞が沸騰してやがる!」
鉄心は陶酔した。 50年分の休符を取り戻すように、指板の上で指を躍らせる。鉄心にとって、この爆音こそが、過去と現在を繋ぐ唯一の「痛み止め(ペインキラー)」だった。
「やめろ、父さん! 止めてくれ!!」
真が叫ぶが、その声は爆音の濁流にかき消される。 真の腕のスマートデバイスには、無数のアラートが赤く点滅していた。
『警告:セクターTB(8地区)にて、基準値を500%上回る未確認ノイズを検知』 『警告:近隣住民12名から「破壊的な不協和音」の通報。直ちに出動せよ』
「くそっ……! こんなことが本部に知られたら、私の理事長としてのキャリアは終わる!だが、家族の思想犯がバレれば、紗江まで連行されることになる……!」
真は絶望的な状況に顔を歪めた。 窓の外では、これまで見たこともないような「恐怖」に怯える近隣住民たちが、耳を押さえてうずくまっている。彼らにとって、メタルのリフはもはや音楽ではなく、未知の「音響兵器」による攻撃に等しかった。
「……父さん、すまない」
真は、スーツの内ポケットから、護身用の超高電圧スタンガンを取り出した。 2076年のエリートが持つ、音一つ立てずに標的を無力化する「クリーンな武器」だ。
「おい、真!覚えているか!? 最高のサビだ!お前も一緒に歌っ…!」
鉄心が最高のシャウトを放とうと振り返った瞬間。 真の放った電光が、鉄心の首筋を焼いた。
「……がっ、……は……」
鋼鉄の咆哮が、無慈悲に途切れる。 レスポールを抱えたまま、鉄心の体が床に崩れ落ちた。 レスポールから小型のアンプが外れたと同時に、魂が抜けたような「プツン」という虚しい音が響く。
「……すまない、父さん。この世界では、父さんは危険すぎる」
真は、気絶した父を抱きかかえた。 遠くから、組織の「静謐維持部隊」のサイレン(それすらも不快感を抑えた微かな電子音だ)が近づいてくる。 真は苦渋の決断を下した。
父を、再び「管理下」へ戻す。 あの白い、音のない病院の深層部へ。
2076年の空の下、鉄心の短い「脱走ライブ」は、一曲を終えることなく強制終了された。
読んでいただきありがとうございます。
第5話に登場した『Painkiller 』はジューダスプリーストというバンドの代表曲であり、ヘヴィメタルを代表する1曲となります。是非聴いてみてください。
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