第2話:解凍された鋼鉄(メタル)
「……ッ、PA(音響)担当! 照明を落とせ、眩しすぎるぞ!」
意識の底から這い上がった俺の第一声は、激しい怒号だった。
ライブハウスのスポットライトよりも無機質で、刺すような純白の光が、ジワリと視界を覆う。
だが、耳に飛び込んできたのは、期待していた大音量の歓声ではなく、不気味なほどに澄み切った「無」だった。
「おはようございます、第12号・保存検体。あなたの脳波から『激しいノイズ』を検知しました。落ち着いて、深呼吸を。スー、ハー……」
枕元で、半透明の女性――ホログラムの看護師が、ノイズ一つない声で微笑んでいる。
「検体……? 何を言ってやがる。俺は……そうだ、山でライチョウを……」
身体を起こそうとして、異変に気づく。
胸元には無数の丸いセンサーが貼り付けられ、そこから太いコードが何本も伸びている。
「おい、なんだこの装備は。……胸にスタッズ(鋲)を打ち込みやがって。2026年の医療は、患者をパンクロッカーにするのが流行りなのか?」
「スタッズ…… データベースを照合中……。ああ、20世紀の『トゲのついた服を着る人たち』の用語ですね。いいえ、それは心電図パッドです。トゲはありませんので、ご安心ください。」
「安心なんかしてねえよ! それにこの腕の配線……。この太さ、プロ仕様のシールドか? まさか、俺の心音をマーシャルの3段積みアンプに直結して鳴らしてるのか?」
「マーシャル……? 照合中……。**1947年発表の『マーシャル・プラン(欧州復興計画)』**のことでしょうか? 残念ながら、点滴の中身はただのブドウ糖液で、復興計画は含まれておりません。」
「……話が通じねえな、このホログラム!」
俺は、ベッドの脇に立っていた金属製のポール――点滴スタンドを、力任せに引き寄せた。
「これだ……この重量感、この鈍い輝き。最高のマイクスタンドだな。」
俺は、千切れるセンサーを無視してベッドの上に立ち上がった。スタンドを斜めに傾け、クイーンのボーカルことフレディ・マーキュリーさながら仰け反った。
「聴けぇ! 北アルプスの地獄から戻った、俺の咆哮をォォ!」
乾いた喉から、渾身のシャウトを放とうとした。
だが、肺から漏れたのは「コフッ」という情けない空気の抜ける音だけだった。
「生体異常アラート確認。検体が、『便秘で苦しむ野生動物』のような発声をしています。声帯の潤滑油が不足しているようです。ハーブティーを処方しますか?」
「誰が便秘のサルだ! 寝起きの一発目は魂の叫びと決まっているだろ!」
「『魂の叫び』……。その症状は、2040年の精神医学会で『静寂不足による一時的な錯乱』と定義されています。現在、病室のボリュームは0.5デシベルです。十分に静かです。
それからサルという具体的な生物名は申しておりません。あまり自分を卑下なさらぬようお願いします。」
「 このやろう…。ワケの分かんねぇことをごちゃごちゃと……。
おい、それより千春は? 嫁の千春はどうした。真は、紗江は無事なのか!?」
俺の切実な問いに、看護師は指先で空中にウィンドウを浮かべた。
「ご家族に関する情報は、特定の方への取次ぎが必要です。……現在、プロトコル『M』を起動しました。担当のご遺族……失礼、関係者へ通知を送りました。到着まで15分ほどお待ちください。」
「15分だぁ……?」
俺は点滴スタンドをマイクスタンド代わりにしたまま、力なくベッドに腰を下ろした。
15分。
アイアン・メイデンの大作や、ドリーム・シアターの組曲なら、せいぜい2曲か3曲分だ。
アルバム1枚分ですらない。短い時間のはずだった。
だが、窓の外に広がる見覚えのない景色を眺めながら過ごすその15分は、今の俺には十分に長すぎた。
自動ドアがスンッと音を立て、静かにスライドした。
「……さん。本当に、目覚めたんだね」
逆光の中に立っていたのは、仕立ての良いスーツを落ち着いた様子で着こなした、一人の紳士だった。
白髪は混じっているものの、手入れが行き届いた髪。肌には健康的なツヤがあり、その佇まいには、働き盛りの男が持つ特有の重厚なオーラが漂っている。
「……誰だ、あんた」
俺はマイクスタンドを握りしめたまま、困惑して問いかけた。
「馴れ馴れしいのは構わないが、あいにくクラシックが似合う男は、俺の友人にはいない。」
男は一瞬、穏やかな、だがどこか寂しげな笑みを浮かべた。
その表情の作り方は、俺よりもずっと大人びていて、洗練されている。
「相変わらずだね。……僕だよ。サックスを吹くのが『趣味』だった、真だ」
脈打つ鼓動が体中を駆け巡る。全身がまるで増幅器のように鼓動に合わせて震えるのを感じた。
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メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。
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