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第1話:凍れる鋼鉄、50年の休符(フェードアウト)

「――Heavy Metal Never Dies.」


かつて誰かが言ったその言葉を、俺は人生のバイブルとしてきた。

だが、この言葉が後の俺の人生を大いに狂わせることになるなんて、北アルプスの峻険な尾根に立つ俺は、微塵も思っていなかった。


2026年、5月。ゴールデンウィークを少し過ぎたころ。

標高2,800メートルの山中。俺、佐々原鉄心(ささはら てっしん:50歳)は、アイゼンの爪を氷の斜面に深く叩き込んでいた。

吹き付けるブリザードの咆哮は、俺の脳内で「インギーの泣きのギターソロ」へと変換される。

切り立った岩肌は、歪んだギターが奏でる重厚なリフだ。


「……いいか。山は『静寂』だけじゃない。地球が奏でる、最高にヘヴィなベースラインなんだよ」

独り言が白く凍りつく。登山歴15年。俺の身体は、この過酷なリズムに完璧に同調シンクロしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

遡ること数時間前。

「あんた、またそんな格好で……。山をライブハウスか何かと勘違いしてない?」


出発の朝、妻の千春(ちはる : 50歳)は呆れたように笑いながら、俺の着古したバンドTシャツの上に、厚手のフリースを重ねさせた。

「いいか千春、標高が上がるほど、魂のゲインも上がるんだよ」

「はいはい。……真、お父さんに何か言ってあげて」


リビングの隅で、大学生の息子・真(まこと : 21歳)はアルトサックスのリードを丁寧に手入れしながら、冷ややかな視線をこちらに向けた。

「……その爆音の音楽、山で流さないでよ。自然にはモーツァルトのような完璧な調律が似合うんだから。サックスの繊細なビブラートを、親父のうるさいシャウトと一緒にしないでほしいな。」

「真...。お前の言うことも、確かに一理ある。だがな、メタルの『歪み』もまた、自然の一面でもあるんだ。」


真は「Con Rumore(騒々しく)、だね」と音楽用語で皮肉を飛ばし、再び楽器の手入れを始めた。そんな俺たちのやり取りを、高校生の娘・紗江(さえ : 18歳)が「はいはい、喧嘩しない! お父さん、お土産は可愛いライチョウのぬいぐるみね」と笑って受け流す。


「ぬいぐるみもいいが、本物の写真を撮ってきてやるよ。」


俺は紗江に向けてメロイックサインを送り、愛する家族と、愛する爆音に包まれた家を後にした。

それが、俺が聞いた「現代」の最後のアンサンブルになるとも知らずに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

登山を始めて3時間。

視界は、抜けるようなコバルトブルーの空と、眩いばかりの雪の白を映している。

ピッケルが氷を叩く「カーン」という乾いた音が、静寂の中に鋭く響く。

厚手のグローブ越しに伝わる衝撃は、自然の偉大さを知るには十分なほど重厚だった。

装備は万全。ルート、天候確認、自身の体調もすべて抜かりなし。

だが、山という名のステージには、常に予想外の「即興アドリブ」が入り込む。


「……ッ!?」


凍てつく岩陰から、ふわりと白い影が躍り出た。

ライチョウだ。冬毛をたっぷり蓄え、丸々と太ったその姿は、あまりにも「もふもふ」としていた。

つぶらな瞳が、俺をじっと見つめる。


(……くっ、反則的な可愛さだ。紗江の言ってたぬいぐるみより、本物の方が一万倍メタルじゃねえか……!)


俺はスマホを取り出し、一歩、さらに一歩と吸い寄せられるように近づいた。

レンズ越しにその愛くるしい姿を捉えようとした、その瞬間――。


足元で、鼓膜を突き破るような「メキッ」という不吉な破砕音が響いた。

昨日からの昇温で不安定になっていた雪の塊(雪庇)が、俺の体重に耐えかねて一気に崩壊したのだ。


「しまっ……!」


重力が牙を剥いた。視界から空が消え、上下の感覚が激しく反転する。

叫ぶ間もなく、俺の身体は垂直に近い斜面へと投げ出された。

加速する落下。背中のザックが岩に叩きつけられ、肋骨の折れる鈍い衝撃が脳を突き刺す。


(止まれ! 止まれ止まれ止まれッ!!)


必死にピッケルを雪面に叩きつけるが、氷結した斜面はそれを嘲笑うように弾き返した。

視界が血の色と、無慈悲な白に染まる。


ドォォォォォォン!!


最後に味わったのは、全身を粉砕するような巨大な衝撃と、すべてを飲み込む雪の濁流。

そして、体中の熱を奪い去る、絶対零度の「静寂」だった。


俺の意識という名のフェーダーが、ゆっくりと、しかし確実に絞り切られていく。

遠のく意識の淵で、千春の穏やかな笑顔、サックスを吹く真の真面目な横顔、

紗江の不器用なメロイックサインが脳裏に浮かぶ。


鉄心の時間は、ここで永遠のフェードアウトを迎えた――。

読んでいただきありがとうございます。

メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。

少しでも面白いと思っていただけたら、高評価やブックマークをお願いします。

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